アルピニストとシェルパの娘との、世にも奇妙な「結婚生活」

第19回ゲスト:野口健さん(後編)
島地 勝彦 プロフィール

標高6600メートルで雪崩に遭遇

野口: エベレストに向かうたびにそういう光景を目にして、「いつかは自分もああなるのかな」と覚悟している部分はありますが、幸い、今のところはこうして生きながらえています。

でも、下山の途中で酸素ボンベが空になって、諦めそうになったこともあるし、標高6600メートル地点で雪崩に巻き込まれたときは、「あ、終わった。人間の最後は呆気ないもんだな」と思いました。

日野: そんな状況でよく無事でいられましたね。

野口: 運がよかったんです。そこに尽きます。雪崩とぼくらの間に大きなクレバスがあって、重い雪の塊はクレバスに落っこちて、表面の軽い雪だけがドサッと流れてきたんですね。それでも全身が雪に埋まりましたが、もしモロに雪崩が直撃していたら、五体バラバラになって、ヒマラヤのどこかに吹き飛ばされていたと思います。

島地: 運というか、神様、いや植村さんが「まだこっちに来るのは早い」と導いたのかもしれない。野口は、成功するよう、無事に帰って来れるように、ゲンかつぎのようなことはするの?

野口: 若い頃はやってました。植村さんは冒険に出かけるとき、夜に蕎麦を食べて、朝、空港に向かうとき、玄関口で、奥さんから「帰ってきてね」と送り出してもらうのが決まりだったようです。だからぼくもエベレストに向かうとき、植村さんの奥さんに頼み込んで自宅に泊まらせてもらい、蕎麦を食べ、翌朝「帰ってきてね」で送り出してもらったことが何回かあります。

お守りに植村さんが使っていた小さなアーミーナイフをいただいて、それを首にかけてエベレストに登っていました。

日野: エロ本で終わった前回とは違い、今回はいい話が多くて何よりです。ところで野口さん、ご結婚は?

野口: してますよ。2回目のような、1回目のような……。

島地: 学生のときに確か……。

ネパールを舞台にした奇妙な結婚生活

野口: エベレストに登る前、体を高地に慣れさせるために、シェルパの家に寝泊まりしていたことがあって。向こうの家では、朝早くに女性が水を汲みに行き、火をおこしてお茶を淹れるところから一日が始まります。部屋は一つでみんな雑魚寝ですから、その様子を寝ぼけながらボーッと見ていたんですね。

その家では、朝の水汲みは、当時15歳くらいの女の子の仕事で、甲斐甲斐しく働く様子にグッときて、山の上で、お父さんに「あなたの娘にホレちゃったかも」といったら、「そうか、じゃ、下りたら持っていけ」と。高地で意識がふわふわしている状態で、こっちは冗談のつもりでしたが、それが大問題で。

島地: 向こうは本気で、結婚することになったとか?

野口: それで、山から下りてきたら村中が大騒ぎで、何かと思ったら「シェルパの娘と日本人が結婚するから祝っている」と。

島地: ははは、それはもう覚悟を決めるしかないよね。

野口: でも、ネパールの山奥で暮らすシェルパ族には「戸籍」なんてものがないから、その女の子も出生届が出されてなかったんです。日本大使館に相談しても、国際結婚にはペーパーが必要ということで取り合ってもらえず、仕方なくカトマンズに部屋を借りてその女の子を住まわせて、自分は日本から仕送りするという、極めておかしな関係になりました。

日野: 書類上は結婚してないのに仕送りはする。男気あふれる美談じゃないですか。

野口: ぼくも数ヵ月ごとにネパールに行ってました。でも、山奥の生活に比べるとカトマンズは大都会で、それなりの不労所得も入るものだから、会うたびにどんどんケバい女になっていくんですね。しかも、他に男ができたような雰囲気もあり、しばらくしてその関係は終わることになります。そんなわけで、今の結婚が1回目なのか、2回目なのか、説明するのがややこしいんです。