11話 フフフ……奴は四天王の中でも最弱……
ヨシフミは絢爛豪華な謁見室で、だらしなく玉座に腰掛けていた。
いつものように革ズボンに鋲のついたジャケットといった皇帝とは思えない格好をしていて、そこから一段下がった床に部下達が跪いている。
定期的に行われている、報告会だった。
基本的に国家運営は官僚達が行っている。
ヨシフミは思いつきで適当な勅命を発したりするだけではあるのだが、重要事項については耳に入れておく必要があるため、このように人が集められているのだ。
「……ランジはどうした? 俺が召集してる会議にこねぇってことはぶっ殺されてぇのか? あぁ!?」
余程の理由がない限りこの会議を欠席することは許されないし、その場合でも事前に申請する必要がある。
ヨシフミの恐怖をわかっているはずの者が、無断欠席をするなど普通ならあり得ない事態だった。
「恐れながら……事前の打ち合わせにおいでにならなかったので、ご自宅へと確認に向かわせたのですが……つい先程、お亡くなりになっていることが確認されまして……」
部下の一人が言った。
「あ?」
予想外の言葉にヨシフミは間抜けな声をあげた。
殺すなどと言ったが、まさか死んでいるとは思ってもみなかったのだろう。
「外傷などはないとのこと。ご遺体はベッドの上で発見されました。寝ているうちに息をお引き取りになったようでして……」
「ランジって誰でござるか?」
玉座の横に立っている
花川は宮廷道化としてここに呼ばれているのだ。
もうこの立場にも慣れたもので、賢者であり皇帝であるヨシフミが相手でも臆することなく話しかけている。
「ああ。四天王の一人だ」
「四天王というと、ルナ殿とレナ殿とアビー殿と……ああ、そーいや一人足りませんな?」
「おまえ、四天王って聞いてもう一人が誰かって興味ねぇのかよ」
「いや、確か聞いたことはあって……ああ! 男だということですっかり興味を無くしたのですな! しかしてこれはあれですか。あれを言えるというわけですか。フフフ……奴は四天王の中でも最弱……ベッドの上で安らかに息を引き取るなど魔族の面汚しよ……」
「魔族じゃねーけどな。そこそこ強かったから引き込んだんだが」
「賢者様が規格外過ぎて、そこそこ強いのレベルがわからんのですが?」
「剣の一振りで、この島を両断するぐらいだな。あ、両断はしてねーか。エルフの森は不思議パワーで守られたみてーだし」
エント島の東西を分断する大断裂のことだろう。
島は東西に細長い形状をしているが、幅は平均で三百キロメートルほどらしい。
底が見えないほどの深い谷になっているらしいのだが、それが人の手で、しかも剣で切り裂かれたものだとは花川も思っていなかった。
「とんでもないですな! では、まずいのでは?」
「めんどくせぇが、四天王が三人じゃ格好がつかねぇからな。一人増やす必要はあるわな」
「その、その件に関連する報告が別にありまして」
「言え」
「ランジ様と同様に亡くなった者たちが帝都内で発見されました。およそ五百名です。その者たちはほぼ同時刻に亡くなったとのこと。おそらくランジ様もその時間帯に亡くなったものと推察されます。老衰や病気の者も含まれるかとは思いますが、通常であれば帝都における一日あたりの死亡数は二十名ほどで、これは異常な数値です」
「なんだそりゃ? 伝染病かなんかか? だったらルナにパージさせるが?」
「いえ。死んだ者たちに関連はなく、場所も年齢も様々で共通点はまるでありません。その後被害が広がっている様子もありません」
「ふーん。まあ、調べとけよ」
「はい!」
その話はそれで終わった。
四天王の一人が死んだことについては驚いたようだが、それ以上の感想はないようだ。
「次、いい?」
女が手を挙げた。
冒険者の酒場でヨシフミと一緒にいた女の一人。
四天王のアビーだった。
酒場ではヨシフミに合わせた格好をしていたが、この場ではドレスで着飾っている。
「アビーか。なんだ?」
「私の調査網に王族の反応があったの」
「へえ? うまく隠れてるようだったが、急だな? てっきり周到に準備して、いきなり襲ってくるんじゃねえかと思ってたが」
ヨシフミはこの帝国を乗っ取った際に、王族を見逃したとのことだった。
賢者の力を用いれば全滅させるのは容易いはずだが、あえて火種を残したらしい。
「なので、王族の残党を殲滅するクエストを発行したんだけど、向かった冒険者たちは帰ってこなかったわ。一パーティーだけ、残党拠点の街に辿り着いて王族を目視はしたようなんだけど」
見逃しはしたが安穏と過ごさせるつもりはないようで、王族は発見次第殺せとヨシフミは指示を出していた。
「返り討ちか。やるじゃねえか。何か力をつけてやがるのかな?」
「そこまではわからないわ。とりあえず難度3の緊急クエストを設定したんだけど、報酬と難度を上げていいかしら?」
「そのへんは任せる。好きにしろ。それとだ。さっきのランジが死んだ件だが、それはお前の調査網にはかからなかったのか?」
「特には。寝てる間に静かに死んだのならかからないでしょうね」
アビーの調査網は国全体を覆っているが、すべてを捉えるわけではない。
網と例えられるように網目が存在するのだ。
その網目は大きく、些細な出来事までを網羅し尽くすものではなかった。
「なら何かと戦ったってわけじゃねーのか」
「つ、次、いいかな……」
部下の一人が手を挙げる。
随分と弱々しい声だった。顔も声の印象通りに頼りない風貌だ。
「アキラか。どうした?」
「ん? 名前といい、顔といい日本人でござろうか?」
花川が、はじめて見る相手のようだった。
もしかすれば会っているのかもしれないが、影の薄いタイプなので印象に残っていないのかもしれない。
「ああ、俺と一緒にこっちに来た奴だ。なんだかんだ生き残って、今は賢者の従者をやってる」
花川も巻き込まれた賢者による集団異世界転移。
こんなことは以前から行われており、賢者になる者を選抜しているのだ。
これまでの例では賢者になれるのは一人だけであり、生き残った他の参加者は賢者の従者としてそれなりの地位を与えられるとのことだった。
「その……天空の警戒網に何かがひっかかって……」
「賢者の方の話か。それは後にしろ」
この場は帝国に関する会議なので、賢者関連は場違いということだろう。
その後も会議は続いたが、花川からすれば特に興味のない話題だった。
*****
花川は帝都を出ると殺すと言われていた。
では、帝都内なら安全なのかと言えばそうとも限らない。
城の中の人間には、花川が道化であることを周知徹底されているが、城を出てしまえばその限りではないからだ。
花川の道化服には皇帝の紋章がでかでかと描いてあるので、皇帝の関係者であることはわかるようになっている。
なので一般市民が花川に危害を加えることはないだろう。だが、無法者の類がそれを考慮してくれるかは怪しいところだ。
安全第一と考えるなら、城を出るべきではない。だが、城の中に居続けるのも案外暇なものだった。
安全を確保されていて生活に不便がないのならそれで満足すればいいのだろうが、人は安全や贅沢にはすぐになれてしまうものなのだ。
「ルナ殿とか、すっかり姿を見かけなくなってしまいましたし」
帝国の重鎮たちの部屋は城の中に用意されているが、花川の行動に嫌気が差したのか、ルナたち女幹部は部屋を引き払ってどこかへ行ってしまったのだ。
先ほどの会議にもやってきていたが、会議が終わるとさっさと帰ってしまった。極力花川には関わらないようにしているらしい。
「いや、ヨシフミどのの取り巻きってことで最初の印象は最悪でしたが、素材はいいのでござるよね!」
酒場ではヨシフミのファッションに合わせていたのか、不健康で退廃的な見た目だった。
だが、ヨシフミがいないところでは、それぞれが好みの格好をしているのだ。
「メイドさんとかは、特に嫌がらないのでつまらんのでござるよね……」
使用人の女たちはお手つきになることが前提となっているのだろう。
花川が相手だろうと、嫌な顔一つ見せない。
かといって、手を出してしまえば、花川の道化としての地位は失われてしまう。
道化の地位は、花川の生命線だ。そんなことで失ってしまうわけにはいかなかった。
そういうわけで、城にいてもすることのない花川は城を出て帝都の街をぶらぶらと歩いていた。
「そういえば、来てすぐに色々あったので街はろくに見ておりませんでしたな」
建物は石造りで、道路は石畳で舗装されている。
街は活気にあふれているので、ヨシフミの治世はそれほど悪くはないのかもしれない。
「しかし、そうは申しましてもいきなり消されるとかもありますからなー」
だが、どれだけ平和そうに見えたところで、ヨシフミが潜在的な脅威であることは間違いない。
ヨシフミは暴君なのだ。全ては彼の気分次第でしかなかった。
「特に行くあてはないのですが……冒険者ギルドとかがどうなったか見にいってみるでござるか」
帝都外縁部にある三層南西ブロック。そこが花川たちが最初に訪れた地区であり、冒険者ギルドのある場所だ。
この地区で丸藤彰伸は創造主の力で巨大生物を暴れさせたが、それらはルナの力でブロックごと消されてしまったのだ。
この街はいくつもの壁で区切られていて、壁で囲われた単位がブロックとされている。
花川はブロックごとにあるゲートを通過して、目的地へと向かった。
「すっかり元通り……元通りでもないのでござるか?」
更地になっていたはずだが、そこには通りがありいくつもの建物があった。
そして、それらは全てが真新しかった。
「人がどうなったのかとか考えるとちょっと怖いでござるな……ふむ。とりあえずギルドに行ってみますか。せっかくですので冒険者登録とかしてみたいでござるし」
街並みは元通りになっているようなので、位置はなんとなくわかる。
しばらくいくと冒険者ギルドが見えてきて、花川はよろめいた。
誰かに横から押されたのだ。
そんなことを全く予期していなかった花川は、押されるがままに進んで建物の隙間に足を踏み入れてしまった。
「おっとっと。と、なんなんでござるか!」
気付けば、狭い路地で前後を挟まれていた。
仮面を被った男たちで、前と後ろに二人ずつ。
「せ、拙者をどうするつもりでござる!? 拙者になにかあれば皇帝陛下が黙ってはおられませんぞ!」
「知るかよ」
男たちは一斉に剣を抜いた。
「うそぉ! 皇帝の権威、ないがしろなんでござるが! ……ってルナ殿の親衛隊でござるか?」
花川は、簡易的なものではあるがステータスの確認ができる。
顔を隠しているのは見られるとまずいからだろうが、花川には関係がなかった。
「こ、こんなことをするとルナ殿に迷惑がかかるでござるよ!」
「お前が生きていては、ルナ様に安らぎが訪れない」
「今もお前の影に怯えていらっしゃるのだ」
「これはルナ様のあずかり知らぬことだ」
「お前を殺したら顔を潰して死ぬ。俺たちの行動はルナ様とはなんの関係もない」
「無茶苦茶覚悟が決まってらっしゃる!」
逃げ場はなく、相手は死ぬ覚悟で襲ってくるつもりのようだった。
――だ、大丈夫でござる。拙者はヒーラー! 即死さえ避ければどうにでもなるのでござる。痛いのも最初から覚悟しておけばそれなりには……。
人一人程度なら倒せる攻撃魔法も使える。
攻撃を食らいながらも回復さえできれば、一人ずつ始末していくことは可能だろう。
だが、彼らは不退転の覚悟だった。自らの死など端から度外視しているのだ。
「この人たち相討ち覚悟で全員同時にツッコんでくるつもりでござるよ!」
彼らは傷付くことなど構いもせずに剣身を手で掴み、腰だめに構えた。
そのまま体ごと突進するつもりなのだ。
花川程度の攻撃では突進を止められないかもしれない。
とりあえず前にいる相手に攻撃を。そう思ったところで路地の奥で何かが煌めいた。
花川の前にいた二人が倒れた。
ほぼ同時に背後の二人も倒れる。
倒れた男たちの頭部に投擲用のナイフが突き刺さっていた。
「これは……ま、なんだかわかりませんが助かったということですな!」
「花川」
「ひぃっ!」
路地の奥から呼びかけられ、花川は震えあがった。
「こっちにこい。俺だ。三田寺だ」
三田寺重人。クラスメイトであり、
酒場で賢者ヨシフミと遭遇して逃げ出したのだが、レナが追いかけて始末したような話を花川は聞いていた。
「ええっと……」
花川は後退りした。
助けてくれたようではあるが、これまで散々に花川を虐げてきた相手だ。素直に会いに行く気にはなれなかった。
「悪いようにはしねぇ。今までのことを謝れっていうなら、謝る。だから話を聞いてくれ」
「ほう……じゃあ、土下座をしてもらえますかな?」
「……お前……調子にのんの早すぎだろ……わかったよ。土下座でもなんでもするから、とにかくこっちにきてくれ」
花川はその必死な声から、弱った人間の匂いを感じ取った。