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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。 作者:藤孝剛志

第7章 ACT1

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10話 拙者、扉に挟まれたら死んでしまうかもしれないでござる!

 中堅冒険者パーティ『ヒガリ村青年会』で盗賊を務めていた青年、ジャンは山を駆け上がっていた。

 カダンの街から逃げ出し、そのまま駆け続けていたのだ。

 唸りを上げて飛んでくる盾を回避できたのはほとんど偶然だった。

 ただパーティの後方に位置していたため、前にいた二人が犠牲になった後に反応できただけだった。

 ジャンは無我夢中でしゃがみ込んだだけだ。

 飛んでくる盾の向きまでは考えていなかった。

 もし、あの盾が垂直に飛んできていたなら、ジャンの顔面は左右に分かれていたことだろう。


「くそっ! 難易度は3だったろ! あんなのがいるなんて!」


 クエストの難易度は絶対ではないが、目安としては有効だ。中堅パーティが安全に遂行できる難易度は5だとされている。

 たとえ難易度に多少の揺らぎがあろうとも、ミッション開始すぐに一撃でやられるようでは難易度がなんの参考にもならないだろう。


「緊急クエストだってことをもっと慎重に考えてればよかったのか?」


 緊急クエストは前もって用意されてはおらず、突発的に発生するものだ。

 今回のクエストでいえば、隠れ潜んでいた王族を発見できたため、すぐさま対処したかったのだろう。

 クエストは複数のミッションで構成されているが、緊急故にかその内容は単純だった。


 緊急クエスト、王家の残党を殲滅せよ!

  ミッション1 カダンの街に行け!

  ミッション2 王家の残党を発見せよ!

  ミッション3 王家の残党を殲滅せよ!


 普通なら一つのクエストは、もっと多くのミッションで構成され、それぞれに詳細なクリア条件が設定されているものだ。


「緊急だからミッションが精査されていなかった? くそ、逃げ帰ってどうしたらいいんだ」


 ヒガリ村青年会はその名の通り、ヒガリ村の若者たちが集まって結成された。

 実家を継ぎ、農作業を仕事とするのが嫌な者たちだった。

 冒険者は、農村に暮らす者にとっては唯一といっていい職業の選択肢だった。

 冒険者稼業は帝国に推奨されているため、冒険者を目指すことに誰も文句を言うことはできないのだ。

 だが、一人生き残り、これからも冒険者を続けていけるのかは疑問だった。

 ジャンが冒険者としてやれていたのは、幼なじみであるパーティメンバーと一緒だったからだ。

 今さら他のパーティに入ってうまくやれる気はまるでしなかった。


「いや、とにかく帰ってからだ!」


 一人で西側にいるのはまずい。

 山道を登っていたジャンは、途中で道をそれて藪の中に踏み入った。

 そちらに転移用ポータルがあるのだ。

 ポータルは冒険者以外には使えないが、場所がばれていてはまずいこともある。

 なので、ポータルの位置はできるかぎり隠されていた。

 枝葉で傷付くことなど無視して、ジャンは藪の中を進む。

 しばらく行くと、開けた場所に出た。

 そこに石造りの遺跡が建っていた。その内部に転移用ポータルが存在している。


「なっ!」


 ジャンは遺跡前の光景に固まった。

 血まみれになり、いくつにも分断された人間たちがそこに転がっていたのだ。

 それらは死体なのだろう。生きてはいられないほどに損壊されたいくつもの人体が、無造作に放置されていた。

 見たところ、冒険者のようだった。

 戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、聖騎士、吟遊詩人、錬金術師、死霊使い。

 冒険者は独特の装備を身につけているので、一目で判別できるのだ。


「どういうことだ……モンスターの襲撃でもあったのか……」


 転移ポータルの位置がばれた際の懸念点がそれだった。

 ポータルはいくつも用意されているが、それでも数は限られている。位置がばれてしまえば、襲撃は簡単だろう。

 魔獣の類に待ち伏せするような知恵があるとも思えないが、人型のモンスターには知性のあるものもいる。野盗といったモンスターは人間とほぼ変わらない。

 それに、死体をよくみてみれば全て鋭利な刃物で切り裂かれているようだった。

 少なくとも武器を使う程度の知能のあるものがこれをやったのだ。

 ジャンは迷った。

 別の転移ポータルを目指すべきなのか、それともとにかく早く目の前の遺跡に飛び込み、ポータルを使うべきなのか。

 だが、迷っているうちに選択肢の一つはなくなった。

 遺跡から、何者かがあらわれたのだ。


「あんたは……何をやってるんだ?」


 現れた女は、血に濡れた剣を持っていた。

 単純に考えれば、その剣で冒険者どもを切りまくったということになる。

 逃げるべきだった。

 犯人でない可能性もあるが、犯人であるという前提で行動しなければ取り返しのつかない事態になるだろう。

 だが、聞かずにはいられなかった。

 現れたのがユニーク職業ジョブ、英雄を保持する女だったからだ。

 英雄クリス。

 冒険者でその名を知らぬ者はいない。

 誰もが憧れる凄腕の冒険者だった。

 確かにクリスなら、ここに転がっている冒険者全てを敵にまわしたとしてもあっさりと勝利することだろう。

 だが、英雄にまで上り詰めた彼女がこんなことをする理由がまるでわからない。

 何か理由があるのだろうと、そう考えてしまったのだ。


「神のお告げがありまして」


 こともなげにクリスは言った。


「こんなことをしろと神が言ったのか!?」


 だとするならそれは、まともな神ではないだろう。

 魔神や邪神と呼ばれるような存在としか思えなかった。


「いえ。殺せと言われたのは、人類の敵である、タカトーヨギリという少年なのですが」

「こ、この中にいるのか?」


 人類の敵。

 それが本当ならまさに英雄が戦うべき相手だろう。

 その戦いは熾烈を極め、幾多の冒険者を巻き込んでしまったのかもしれない。


「いえ。この中にはいませんね」

「だったら……」

「殺した相手の力を得られるという力を神からいただいたので試してみたんですね」

「は?」

「とりあえず、一緒に来た仲間を斬ってみたんです。そうしたら確かに、その人の分だけ力が増えたようでした。これは面白いと次々に試していたところこんなことに」

「あんたは……英雄だろ? 十分に強いじゃないか! ここまでする必要はないはずだ!」

「いえ、私も強くなるために修業はしてきましたけど、好きでやってたわけじゃなくてですね。簡単な方法があるのならそっちを選びますよね?」


 クリスは何を当たり前のことをと言わんばかりだった。

 確かに同じ成果が得られるのなら簡単な手段を選んだ方が効率はいいだろう。

 だが、そのために仲間を殺すのかと聞かれれば、ジャンには無理だとしか言いようがない。


「そ、そうか。俺はこれから東へ帰るところだ」

「そうですか。ではどうぞ」


 遺跡の入り口あたりに立っていたクリスが道をあけた。

 自分も殺されるのかもしれないと思っていたジャンは胸をなで下ろした。

 考えてみれば、ジャンなどを殺したところで、クリスにとってはなんの足しにもならないだろう。

 ジャンは、遺跡の中へと入った。

 入ってすぐのところに魔法陣がある。

 そこに入れば、冒険者として登録された者であれば帝都まで転移できるのだ。

 わけのわからないことが立て続けに起こって混乱しているが、とにかく街に戻れば落ち着いて今後のことも考えることができるだろう。

 ジャンは一歩を踏み出し、背中に軽い衝撃を受けた。

 胸から、剣が突き出ていた。


「なんで……」


 クリスは、ジャンになどまるで興味がないという態度だった。

 見逃されたのだと思っていたのだ。


「それは、背中を向けて油断している人を刺すほうが簡単じゃないですか」

「お、俺なんか殺しても……」

「塵も積もればって言うじゃないですか」


 俺は塵なのかよ。

 それが、ジャンが最後に考えたことだった。


  *****


 エント帝国城の一室。

 その部屋は大音量の音楽と煌びやかな照明で演出されていた。

 煙とアルコールの匂いが充満するそこは、ヨシフミのお気に入りの場所の一つだ。

 なので、ヨシフミを探す場合はまずここを探せばいい。

 もっとも、ヨシフミを探しているのは、花川ではなくルナという少女だった。

 花川は、ルナの後をつけていたらここまでやってきてしまっただけのことだった。


 ――ナイトクラブ的なところでござるかね? もっとも品行方正なオタクであるところの拙者が行ったことなどないのですが。


 スツールに囲まれた丸テーブルがあり、そこではあられもない格好をした美女たちが酒を飲んでいる。

 ヨシフミはというと、バーカウンターにいた。

 そこでふんぞり返り、フロアで踊る女たちを眺めているのだ。


「ヨシフミぃ! こいつなんとかしてよ!」


 ルナがヨシフミに飛びつき、花川を指差した。


「拙者がどうしたでござるか?」


 花川は道化の格好をしていた。

 ヨシフミに与えられたもので、これを着ていなければこの城で安全を保つことはできないのだ。


「あぁ? なんだってんだよ、いきなりよぉ」


 ヨシフミが不機嫌そうに言う。

 普通ならいきなりヨシフミに殺されてもおかしくはない態度だが、ルナはヨシフミの四天王の一人であり馴れ馴れしい振る舞いがある程度は許されていた。


「こいつ、キモイ! もう消しちゃっていいよね!」

「あぁ? てめぇ、俺が決めたことをなんだと思ってんだ?」


 ヨシフミの機嫌がさらに悪化する。

 ルナは、怯えた顔になった。

 即座にこれ以上踏み込んではいけないと悟ったのだろう。


「こいつは道化だ。俺がそう決めた。ルナよぉ。この国で俺の言葉は絶対だよなぁ」

「そ、そうだよ……ごめん、許して……」


 ルナは、ヨシフミに頼み込めば、花川ごときどうにでもなると思っていたのだろう。

 だが、ルナが想定していたよりもヨシフミは花川を重視していたのだ。


「もっとも、俺がこいつに許しているのは言葉だけだ。そのルールをこいつが破ったのなら好きにすりゃいいんだが……どうなんだ?」

「拙者、彼女には指一本触れてはおらんでござるよ?」

「当たり前だよ! そんなことされたら即座に消してるよ!」


 消すというのは比喩表現ではない。

 ルナは街の一部を消したり作ったりすることができるのだ。

 この城も街の一部であり、任意の場所を消し去ることができる。そこにいる人間も一緒に消すことができるのだ。


「拙者、匂いを嗅いでるだけでござる」

「キモイ!」

「側に近寄って匂いを嗅ぐのは許されるでござるよね! 匂いがするのはそちらのせいでござるよね? 匂いを嗅がれるのが嫌なら、匂いを発さなければよいのでは?」

「こいつ、部屋に入ってくんの!」

「それは……鍵をかけとけばいいだけじゃねーのか?」


 呆れたようにヨシフミは言った。


「違うの! こいつ私の後ろにぴったりくっついてくんの。そして言うの! あー、扉に挟まれちゃったら、拙者攻撃を受けたようなものでござるよねぇ。それは許されるんでござるかねぇ。ってキモイ口調で!」


 この城で花川が何を言っても許される。害されることはない。

 そんなルールをヨシフミは決めた。

 道化を続けている限り、花川の帝都での安全は保障されている。

 つまり、誰も花川を攻撃することはできないのだ。


「そこんとこどうなんでござるかね? 拙者、扉に挟まれたら死んでしまうかもしれないでござる!」

「死にゃあしないだろうが……まあ、ルールはルールだな」

「ひゃっほー! お墨付きをもらったでござるよ! あ、ついでに確認なのでござるが。拙者を閉じ込めるとかも攻撃とみなされるでござるよね?」

「まあ、そうだろうな。お前の自由は俺が保障してる。それを破る奴がいるなら俺が許さねぇ」

「つまり、拙者に許されているのは、移動の自由と、言葉の自由ということでござるよね?」

「そうだな」

「人に危害を加えるとか、城の重要な物品を壊すとか、盗むとかは駄目でござるよね」

「そりゃーだめに決まってんだろ。お前は人畜無害であることを求められてんだからよ」

「ですが、ドアの開け閉めをするだけでも、多少は損耗が発生するもの。その点にまでは文句を言われないでござるよね?」

「んなもん、常識の範囲で考えろよ」

「でしたら、拙者がルナ殿の下着を漁ろうとかまわないということでござるよね?」

「なんでそうなるのよ!?」

「ルナ殿の部屋に入ってタンスを開け閉めするのは何を傷つける行為でもないはず! 下着を手に取りその子細を存分に確認したとしても、ちゃんと元の場所に戻しておけばプラマイゼロ! 何憚ることはないはずですな!」

「やめてよ! あんたの手脂がつくでしょ!」

「えー!? それは常識の範囲内の損耗のうちだと思うのですが? なんでしたら洗濯しておいてあげるでござるけど? むむっ? どうせ洗濯するのなら、一時的に汚してしまってもかまわないのでは? 頬ずりしたり、舐めたり、巻き付けたり!」

「……殺したい……ほんと、殺したい、こいつ……」


 ルナは震えていた。

 花川にでも殺意がわかるほどだった。

 だが、どれほど憎もうと恨もうと、ルナには何もできないのだ。


 ――こんな人生もこれはこれでありなのでは? とにかく安全であるというのが大きいですな!


 安全な立ち位置で、制限はあるものの好き勝手にできるのだ。

 花川は、優越感を覚えていた。


「まあそういうわけだ。もうこいつのことでごちゃごちゃ言いにくるんじゃねーぞ? 他の奴らにも徹底しとけ。知りませんでしたじゃ済まさねぇからな」

「……はい……わかり……ました……」


 ルナは絞り出すように言った。


「いやあ、しかし煌びやかなお部屋ですな。これも魔法によるものなのでござろうか?」


 話はついたようなので、花川は話題を変えた。


「ん? 電力だが?」

「あれ? そーゆーのこの世界でありなんでござるか?」

「んなもん、磁石がありゃ発電ぐらいできるだろうがよ。こいよ、見せてやる」


 ヨシフミが立ち上がり、部屋を出ていく。

 花川はとりあえずついていくことにした。

 断ってもお咎めはないのだろうが、何を見せてくれるのか興味があったのだ。

 廊下を進み、エレベーターに乗る。

 これも電力で動いているのだろう。

 エレベーターは下層へと動いていった。

 地下に到着し、外へ出る。

 微かな明かりだけのある空間だった。

 遠くまで見渡すことはできないが、かなりの広さがあるようだ。

 熱気と湿気があり、規則正しい何かの音が聞こえている。

 目が慣れてくると、そこかしこに人がいることがわかる。

 彼らは、何かを押していた。


「えーっと……これはもしかして?」

「タービンだな。何かの漫画でやってたのを参考にした」


 巨大な筒からいくつもの棒が飛び出していて、それを何人もの人間が押して回しているのだ。

 それはこの地下空間にいくつも存在していて、同じように回されていた。


「世紀末救世主伝説!? いや、その、拙者もその漫画を読んだことはありまして、その時はなんて無駄なことをと思ったのですが」

「俺は皇帝になったときによぉ。何か皇帝っぽいことをしなきゃなぁ、って思ったんだよ。で、これを思い出したんだ。いかにも皇帝っぽいだろぉ?」

「なのでござるかね……」

「まああれだ。お前が、何かしでかした場合、ここに堕とすから」

「は、はははは……肝に銘じておくでござるよ……」


 花川の現状は、ヨシフミの気まぐれによるものだ。

 気まぐれではじまったものなら、気まぐれで終わることもあるだろう。

 つまり、いつまでも無事でいられる保証はまるでない。

 花川は、逃げ出す算段も必要なのではと考え始めていた。

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