9話 というか、あきらかに仕様の検討が足りておらん
少年が手にした武器は、片刃で反りのある独特の拵えから見るに日本刀のようだった。
「もこもこさんなら刀に詳しくて、あれがなんとか丸だとか何正宗だとか、わかったりしないの?」
「刀も多少は扱えるが、銘にまでこだわっとらんからな。まあ、日本刀であることには間違いなかろう」
「ここぞとばかりに平安時代の知識を活かしてくるのかと思えば、詳しくないってなんなんだ、うちの先祖!」
「いや、うちの流派は壇ノ浦流弓術なのだがな! 刀にまでこだわっとらんわ! あんなものそれなりに切れればなんでもいいではないか! 所詮は人斬り包丁よ!」
「ちなみに、ビビアンの盾は?」
「ラウンドシールドかのう? って何度も言うがうちのメインは弓術だからな!」
昼間の酒場だ。
客はまばらであり、刀を抜いた少年が注目されている気配はない。
だが、ここで戦いを始めたなら否が応でも気付かれることだろう。
「提案なんだけど。人がいないとこでやってくれないかな?」
「知るかよ」
少年は吐き捨てるように言い、席を立った。
一般人に目撃されることなど気にしている様子はなく、提案が受け入れられる余地はまるでなさそうだった。
「仕方ない。客に出てってもらおう。壇ノ浦さん、悲鳴でもあげてよ」
「私が? まあいいけど。きゃー! 刃物を振り回す危ない少年があらわれたー! みんな、にげてー!」
知千佳は、わざとらしい大声を上げた。
途端に注目が集まる。
ここは冒険者の酒場でもなんでもない、ごく普通の人々がやってくる場所だ。
当然、荒事になれているわけもなく、刃物を抜いた少年を見た者たちは、慌てて酒場を出ていった。
「へえ? 大量殺戮者で極悪人って聞いたけどな?」
「人の言うことを鵜呑みにするのはよくないな」
「ほんと、しれっと言うよね」
「なんなのあなた! 使徒同士で戦ってどうすんのよ!」
ビビアンも席を立ち、盾を両手に持って身構えていた。
「どうするって、他の使徒を殺せば能力を奪えるんだ。だったらとりあえず殺しとくだろ?」
「嘘! そんなこと聞いてない……え? 要望があったので追加した? そのうち説明しようと思ってたって、マルナリルナ様!」
ビビアンが天を仰いだ。
どうやら、神からまたお告げがあったらしい。
とりあえずはこの二人の問題らしいので、夜霧たちも席を立ち距離を取った。
「けどあれだよな。俺を殺すために使徒に力を与えたってことなら、殺すと力を奪えるとか余計な要素だよな? 実際、俺そっちのけで殺し合いがはじまってるし」
「ビビアンから漏れ聞くだけでも、ひどくいい加減な神様のような気がする……」
ビビアンと少年が向かい合っていた。
少年は余裕の態度だ。
ビビアンも最初こそは戸惑っていたが、自分は無敵なのだと思い出したのだろう。不敵な笑みを浮かべている。
「お手並み拝見といこうではないか」
「もこもこさんは、この戦いをどう見る?」
「ふむ。まあ、どっちもド素人丸出しだな。重心が定まっておらん。ガキの方も刀の扱いを知っておるわけでもなさそうだし、ビビアンの盾の使い方も実に適当だ」
「先に動くのは刀のほうかな? ビビアンは専守防衛みたいなこと言ってたし」
「だが、冒険者に対しては先手を打っておったぞ?」
「あれは、王族目当てでやってきた敵だってことがクエストでわかったからじゃないか?」
「なんにしろ防御性能に自信のあるビビアンは様子見でよかろう。だが、それも刀の能力次第か。あちらも使徒なら特殊な力を得ているのやもしれぬ」
「あんたら、すっかり観戦者モードだな!」
先に動いたのは、夜霧の予想通り少年の方だった。
刀を無造作に下げたまま、ビビアンへと歩き出したのだ。
「スパイクシールド!」
ビビアンが叫ぶと、盾の中心部から何かが飛び出す。
巨大な、槍のような棘が真っ直ぐに少年へと伸びた。
「もうなんでもありだな!?」
少年は、刀を切り上げた。
スパイクは切断され、店の中へと飛んでいった。
客を逃がしておいて正解のようだ。
「まあ、棘の生えた盾は実際にありはするのだが。それより、あっさり切られたのはどうなのだ? 全ての攻撃を反射する無敵の盾のようなことを言っていたような」
「スパイク部分にまでその効果はないんじゃないかな」
「ちょっと驚いたけど、それがどうしたよ? その程度なら奪うほどのもんでもないな」
少年は一旦立ち止まり、ビビアンを値踏みするように見た。
「ふん! ちょっと切れ味のいい剣が出てくるぐらいどうだってのよ? 私の盾はどんな攻撃も防御する無敵の盾なんだから!」
「へえ? 面白いな。俺の刀はなんでも切れるんだ。ひとつ勝負してみようじゃねぇか」
少年が刀を肩に担ぐように構えた。
「来なさい! 返り討ちにしてあげるから!」
少年が一気に踏み込んだ。
瞬時に間合いを詰め、刀を袈裟懸けに振り下ろす。
ビビアンはそれを予期していたのか、刀を受け止めるべく盾を振り上げた。
夜霧は固唾を呑んで、その結果を見守った。
カタン。
と、音がした。
半分になった盾が、床に落ちた音だ。
「え?」
ビビアンが間抜けな声をあげた。
その体は斜めにずれていく。
刀は盾を切断し、ビビアンの左肩から脇腹へと通り抜けたのだ。
ビビアンの上体も床に落ち、血と臓物を撒き散らした。
「矛盾の故事もまあ、実際に試してみれば結果は出るというものよな」
「矛盾する能力なら、どっちが勝つかは能力を与えた神様の匙加減ひとつってことだろうな」
「そんなこと言ってる場合!? 大惨事なんだけど!」
少年が血に濡れた刀を宙に放り投げる。刀は瞬く間に消え去った。
「俺の勝ちだ。で……お、出た出た」
少年が盾を出現させていた。
ビビアンの能力は、少年に移ったのだろう。
「てことはだ。タカトーヨギリをいつ処分するかは考え物だな」
ビビアンを倒して調子にのっているのだろう。
夜霧を餌にして、他の使徒もおびき寄せることを考えているようだ。
「……直接俺に危害はないとしても、利用されるのはな……」
こんなことを繰り返されるのなら鬱陶しい。
少しばかりルールを破っても、ここでこの少年は仕留めておいたほうがいいのではないか。
夜霧はそう考えたが、まだビビアンと少年の勝負は終わってはいなかった。
「死ぬかと思ったじゃない!」
両断されたはずのビビアンが、立ち上がったのだ。
元通りになっていた。
服はバッサリと切られてあられもない姿になっているが、肌には傷一つ残っていない。
血だまりも、こぼれ落ちた内容物も全て消えてなくなっていた。
「なに……いや、なるほどな。お前の能力を得た今ならわかる。死んでも生き返るんだな」
「その通り! 無敵の防御力ってなんだったの? って点で釈然としないけど、万が一のために死んでも生き返るようになってんの! これがシールドアドバンスリザレクションの力!」
一度は死んでいたのに、ビビアンに悲壮感はまるでなかった。
再び盾を出現させ、やる気は満々といった様子だ。
「……また、とりあえずシールドって言っときゃいい感……」
「ふむ。しかし、これは奇妙なことになってきたな。殺せば能力を奪えるということであったが?」
「確かに言葉通りにはなってるね。殺したから刀の奴に盾の力は移った。けど、ビビアンは生き返ったから」
「なんというか……ルールがバグっておらんか? というか、あきらかに仕様の検討が足りておらんな」
ビビアンは無敵の防御だと言っていたが、見ての通りどうにかする方法はある。
そして使徒同士の場合、殺してしまえばその不死身の蘇生能力は殺した側にも発生する。
では、その不死身性を持った使徒を含めて殺し合いを続ければどうなるのか。
不死身の力を持った使徒が、その能力とともに増え続けていくばかりだ。
例えば、ビビアンが少年を殺したとすれば、今度はビビアンに刀の能力が発生し少年は生き返る。
そんなことを続けていれば際限が無い。
それは果たして、夜霧を殺すために利するシステムなのかどうか。
夜霧には疑問だった。
「ちっ! めんどくさいことになったな!」
「どう? 何をしたって私には勝てないことがわかったかしら!」
「ああ、悔しいことにな。盾の力の詳細がわかっちまった。俺の刀で防御を貫いて殺せても、いくらでも生き返るから切りが無い」
「だったら、おとなしく尻尾をまいて帰ることね!」
「……いや? こうなったら当初の目的に立ち返るだけのことだな」
少年が飛び下がり、ビビアンから距離を取った。
「あ!」
ビビアンが少年の意図に気づき、狼狽した。
「タカトーヨギリを殺せばいい。それで、俺だけが不死身の体と最強の刀を使えることになる!」
少年が夜霧へと向き直った。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
他の使徒の力を得ようとして、不死身が伝染するこの状況を続けていれば収拾が付かなくなるだろう。
ならば、さっさと夜霧を殺して力を使えるのは自分だけにしてしまえばいい。
欲をかかずに単純に考えれば、その結論に達するはずだった。
「だから、気兼ねせずにあんたを殺せるな」
夜霧は力を放った。
少年は、飛びかかろうとした体勢で床に倒れた。
少年は、倒れたままだった。
しばらく様子をみてみたが、ビビアンのように立ち上がる様子はない。
完全に死んでいた。
「……その、やっぱり高遠くんが殺した相手って、生き返ったりはしないんだ……」
「当たり前というか、死んだ人は生き返らない。それが常識だと思うけど」
死とは不可逆的なものだ。
生き返るというのがそもそもありえない。
生き返ったように見えるなら、それは実は死んでいないというだけのことだろう。
夜霧にとっての死はそうであり、その当たり前の常識に反した事象は夜霧の認識下では発生しない。
他の者が殺したのであれば生きている余地はあるが、夜霧がその力で殺したのならば、それは確実な死だ。蘇ることはありえない。
「え? なにがどうなって……」
ビビアンは呆然となっていた。
泥仕合を予想していたのだろう。
事実、少年が夜霧を狙わなければ勝負はつかなかったはずだ。
「神様から聞かなかったの? 俺の力は任意の相手を即死させるってものだよ」
「そ、そんな無茶苦茶なことあるわけないじゃない!」
「そう思うよね……普通は……」
知千佳がしみじみと言った。
「あっ。神様からお告げが! ……なんでも切れる刀を自由に出し入れできる能力が、タカトーヨギリに敗れました……だって」
どこから聞こえてくるのかわからないが、ビビアンは天を仰いでいた。
「なるほどの。どんな能力で挑んで敗れたのか周知することで、対策を考えさせようという腹か」
「盾の能力も敗れてる気がするけど?」
「ふむ。まあ、死んだのは刀のほうだけだしな。そのようなカウントやもしれぬ」
「これでわかったろ? ビビアンの無敵の力とやらじゃ俺の力は防げない」
「……だ、だとしても! タカトーヨギリを守らないといけないことにはかわりないわ!」
「なんでだよ?」
「だって、殺されちゃったら私の力はなくなっちゃう! でも、この力は王国を取り戻すためには必要だもの!」
根は善良なのか、やはり何もしていない夜霧を殺そうという発想にはならないようだった。
「いや、別に放っておいてくれていいけど。殺されるつもりはないし」
神の使徒には夜霧の位置が大体わかるらしい。
なので戦いは避けられないのかもしれないが、負けるつもりはさらさらなかった。
「でもまあ、こんな調子だと街にいると迷惑かけるな。泊まっていけって話だったけど、さっさと移動しようか」
「うん。これからもあんなのが次々にやってくるのかと思うとね」
知千佳も同意見のようだった。