22話 これまでで一番わけわかんないよ、この人
イゼルダの場当たり的な計画はそれなりにうまくいっていた。
死霊たちは出会う相手を片っ端から殺していき、取り憑き、包囲網を広げていく。
捜索対象にたどり着くまで、そう長い時間はかからないだろう。
魔力集めも順調だった。
死霊たちと奪い合うことになるが、船内にはまだたくさんの獲物がいる。
イゼルダの子孫を蟲で操り、人のいるところで蟲をばらまく。
そうやっているとイゼルダとして活性化する者もそれなりには増えてきた。
中には自意識に目覚めた者もおり、それらには積極的に魔力集めを任せた。
そうするうちに、捜索対象の少女を見つけた死霊が、イゼルダのもとにやってきた。
どうやら操舵室へと向かっているらしい。
イゼルダもそちらに向かうことにした。
『妙だ。死霊どもが次々に消えている』
自意識のあるイゼルダが心話を送ってきた。
『ほう。この環境下で死霊に対抗できる者がいるのか?』
ギフトが使えない今、死霊に対抗できる手段はほとんどないはずだった。
『目当ての女の近くで消えているようだ』
『ギフトに頼らない力なら興味深い。お前はそのまま様子を探れ』
『わかった』
対象の近くにいるイゼルダを先行させて、何が起こっているのかを確認させる。
すると、少女には同行者が二人いることがわかった。
少年と、少女型の人形だ。
死霊は、少年に襲いかかろうと近づいていくが、ある程度近づいたところで倒れてしまう。
死霊は消え、ただの死体が残るのだ。
『浄化の類か? 徳の高い聖職者なら、ギフトに頼らずともその存在だけで魔を滅するとも言うが』
『聖職者には見えないし、これといって何もしてはいないな』
『濃度の低い私を、死霊に紛れて向かわせてみるか』
さっそく実行させる。
だが、結果は同じだった。
イゼルダの分身も、死霊と同様に倒れて動かなくなったのだ。
ただ、分身そのものは死んではいない。中で操っていた蟲だけが死んだのだ。
『どういうことだ?』
『わからん。何かをされたようにも見えなかった。ただ、死んだのだ』
『お前が行ってみろ』
次は、自意識のある分身に向かわせた。
状況は逐一得られるようにしてみたが、少年に向かっていったところで魔力による通信は途切れ、何もわからなくなった。
『ただ、死ぬ。意味がわからない』
別の分身からの心話が送られてきた。
やはり少年に向かっていった分身は死んだのだ。
この結果からみると、少年は殺意の主体を認識していることになる。
『ギフトに頼らない魔法か? 面白いな』
『引き上げた方がよいのではないか? このまま女を確保しようとするなら、あれが敵となるのではないか?』
『何を言っている?』
『正体のわからない攻撃をしてくるのだ。我らでは対抗できない恐れがある』
『そんなことか。対抗などできなくともかまわんよ。たとえ全滅したところで、貴重なデータが得られたというだけのことだ』
元の人格に引きずられているのか、目覚めたばかりのイゼルダは個体の死など取るに足りないことを理解していないようだった。
ここにいるイゼルダは、無数にある最強へと至る道の一つに過ぎず、これが駄目なら別の道を探ればいいだけのことだ。
女たちは貴重な研究材料だが、必ずしもここで確保する必要はない。
そういう者がいると知れればそれでいい。
それは、イゼルダの集合記憶として保持され、いずれどこかのイゼルダが思い出し、さらなる最強への道を拓くために利用することだろう。
しばらくして、イゼルダは六人で操舵室の前にたどり着いた。
道中でイゼルダの因子を持つ者たちと合流したのだ。
到着とほぼ同時に扉が開き、中から謎の力を使う少年が出てきた。
続いて、興味深い体の少女、少女型の人形、能力無効化能力を使う女海賊も出てくる。
女海賊の自由を奪っていた蟲は活動を停止していた。
おそらく少年が蟲を殺したのだろう。
「あんた、この船の護衛をするって言ってた人だよな?」
少年が聞いてきた。
イゼルダは答えず、仲間を一人けしかけた。
海賊だった男で屈強な体の持ち主だ。
その男が抜剣して、先頭にいる少年に襲いかかる。
男は走り出してすぐに前のめりに倒れ、動かなくなった。
死んでいた。
そして、イゼルダには何が起こったのかまるでわからなかった。
「面白いな」
こんな力があるのかと、イゼルダは感心していた。
他の分身にはわからなくとも、自分なら何かつかめるのではないかと思っていた。
その少年が何かをするのはわかっているのだ。その瞬間を見逃さないように細心の注意を払えば、全てとはいかずとも片鱗でも窺えるかと思っていた。
だが、何もわからなかった。
システムのスキルではないようだし、魔力が使用された形跡もない。
何の前触れもなく、心臓が止まったとしかわからないのだ。
わからないということは、対抗策もないということだ。
イゼルダは己を過信してはいなかった。
なんの根拠もなく、自分にはその力が通用しないなどとは思わない。
つまり、その力の対象にされてしまえば為す術はないと理解した。
「こっちは何も面白くない。さっきからずっと襲われてるけど、あんたの差し金か?」
「その通りだ」
「だったら話が早いな。俺の力は任意の対象を即死させるものだ。襲わせてたんならもうわかっただろ?」
「ああ。実に興味深い。そこで、君たち全員を私の研究対象とすることにした」
「話通じない予感しかしないよ、高遠くん!」
「研究って?」
「ふむ。古代遺物を接収し、貴様らを拠点に連れていく。女は私と交配し、子を産んでもらう。そちらの女は珍しい体だし、海賊は王族だ。その血を取り入れるのは研究の一助となるだろう。お前にはその力を存分にふるってもらおう。その力の源を解析したい」
「わかりあえる余地ゼロだな!」
「壇ノ浦さんと、交配されるのは困るな」
「そこはあえてスルーしたんで、掘り返さないでもらえるかな!」
「あんたの望みは何一つ叶わない。俺に勝てないことはわかってて、何しにきたんだ?」
「そうだな。あえて言うなら、絶望への序曲を奏でに来たとでもいうところか」
それはイゼルダの悪癖だった。
絶望に歪む顔を見たい。
苦痛に喘ぐ声を聞きたい。
身を震わせて慟哭する様を見たい。
恐怖に震え、糞尿を垂れ流す姿を見たい。
人の嘆きを、絶望を、恐怖を全身で味わいたい。
簡単に言ってしまえば嗜虐嗜好であり、イゼルダが大魔導士になどなってしまったのは、それが原因だった。
人に絶望を与えるには圧倒的な力が必要であり、力を求めた結果が魔導の頂点だったのだ。
「絶望もなにも……あんたに何ができるってんだよ。俺たちは脱出したいだけだから、どいてくれないかな?」
確かに、今のイゼルダではこの少年に恐怖を与えることなどできない。
だが、そこはかとない不安感を、恐怖の予兆を与えることはできる。
これから始る終わりのない絶望を告げることはできる。
「ここにいるのは全員が私、イゼルダだ」
少年、幼女、海賊、老女、中年男性。年齢も性別も身分も違うそれらは全員がイゼルダだった。
「これだけではない。私は世界中にいる」
「千年以上の時をかけて広まったのだ」
「ここでお前に殺されようとさほど問題ではない」
「お前の顔は覚えた」
「お前の匂いを、魂の波動を覚えた」
「逃げられはしない」
「どれほどお前が強かろうが」
「四六時中、世界中からやってくる我々に」
「対応できるのか?」
「信じられないか?」
「信じなくともいい」
「そのうち理解できる」
ここでただ説明したところで妄言としか思えないだろう。
だが、いずれはわかる。
恐怖の日々がここから始まったのだと、理解できる時が訪れるはずだった。
*****
「そんなこと言われてもな……」
夜霧はとても困惑していた。
イゼルダと名乗った者たちは、よくわからないことをまくしたてて、勝手に悦に入っているのだ。
さすがに、わけがわからないという理由だけで殺すのは躊躇われた。
彼らはただ喋っているだけで、特に危害を加えてはこないのだ。
「高遠くん、これまでで一番わけわかんないよ、この人……」
「困ったな。いっそのこと攻撃してきてくれた方が、まだましだ」
「しかし立ち塞がっておるのだから排除するしかないのではないか?」
「わかったよ。あんたは敵だ」
敵対の意思を見せているし、継続的に危害を加えるつもりだと言っている。
ならばこの場で排除しておくべきだと夜霧は判断した。
「死ね」
夜霧は、傭兵の少年を殺した。
「ほう。やはり何もわからない。どうなっているんだそれは? もっと見せてくれないか?」
幼女が似付かわしくない口調で喋り出した。
夜霧は、少年を殺せば洗脳が解けるのではと思っていたが、そんなことはないらしい。
夜霧は、一人ずつ殺していった。
誰もが同じ口調で、同じようなことを言った。
最後に、老女が残った。
「実に傲慢な力だ。だが、お前が私の前にひれ伏す日がくるのが楽しみで仕方がない。今、この時から貴様の苦難が始まるのだ!」
「死ね」
そして、立ち塞がる者は全て倒れた。
「なんだか、すっきりしない感じあるよね……」
「うむ。死をまるで恐れてはおらなんだな」
「そういや、海賊の人はどこに行ったんだ?」
廊下に出たときには傍にいたはずだが、姿が見えない。
廊下は塞がれていたので先に行けるはずはなく、気になった夜霧は操舵室を覗いた。
誰もいなかった。
「窓から出たの?」
知千佳も部屋の中を見て言う。
確かにそれぐらいしか考えられないだろう。
「まあ撤収してくれるなら、それでいいんだけど」
いつまでも海賊と同行するものでもないだろうし、これはこれでいいのだろう。
夜霧がそう考えていると、船が大きく揺れた。
船体がみしりと軋み、大きな音を立てている。
窓から外を見てみれば、巻き付いていた触手が離れようとしているところだった。
海賊は、約束通り撤収を開始したらしい。
触手がなくなり、船は自由になった。
だが、船は傾きはじめていた。
「ん? これって……」
「触手により支えられておったということか。巻き付いた時点で船へのダメージはかなりのものだったのだろう」
「ああ、階段が潰れたりしてたしね」
「じゃあ……」
「多分、沈む」
「結局沈むんかい!」
知千佳のツッコミが揺れる船内に響き渡った。
*****
そこはイゼルダの座とでも呼ぶべき場所だった。
現世とは隔絶した、イゼルダにしか到達できない世界だ。
そこには選りすぐりのイゼルダが保管されていた。
今の時点での、最高のイゼルダが集められているのだ。
「ホーネットが死んだ。出だしは順調だと思ったのだがな」
「そうか? 勇者と剣皇を兼ねるのは無駄が多いだろう。別系統の力を求めた方がよかったと思うが」
「マニー王国の王族をみつけたとのことだが」
「はぐれ者なので都合がいい。イグレイシアに気兼ねする必要がないからな」
「今の我々にとってイグレイシアなどどうということもなかろう?」
「あえて敵に回す必要もない。他にできることは無数にあるのだから」
「面白い女がいると」
「肉体の性能が隔絶している。自然に発生したとは思えない」
「我らと同じように、計画的な交配を繰り返し改良を重ねたのだろう」
「我らは身体性能に関してなおざりだったからな」
「取り入れられるならうまくはまる可能性がある」
「ああ。スキルによっては、身体性能を基本値とするものがあるからな」
「おかしな力を使う男については」
「何もわからぬということだ。継続的な調査が必要だろう」
「興味深い。是非その力の源を解明したいものだ」
数人のイゼルダが活性化し、話をしていた。
ここはイゼルダを保管するためだけの、何もない空間だ。
常時覚醒していたところで退屈なだけであるため、普段は眠りについていた。
特筆すべきことが起こった場合にのみ活性化し、語り合うのだ。
基本的には、それはただ語り合うだけのことだった。
ここで方針を決めたり、指示を出すようなことはない。
現世のことは、現世にいるイゼルダが解決すればいいことだからだ。
ここはあくまでも、保管庫でしかなかった。
ここに変化が起こるとすれば、あらたなイゼルダがやってくることだが、それはしばらくは起こりそうにない。
ひとしきり語り合ったイゼルダは、再び眠りにつこうとした。
そして、目が現われた。
「なに!?」
イゼルダ以外には何もない、受け入れないはずの空間に瞳があらわれたのだ。
空間に線が走り、それが上下に開いていく。
それはまぶたが開くような動きであり、現われたのは切れ長の目だった。
それは次々とあらわれ、空間を埋め尽くしていく。
「なんだこれは……」
「どうやってここへ……」
「貴様……船にいた男か」
それは勘でしかなかったが、その目から少年の雰囲気を感じ取ったのだ。
「なるほど。私を殺しにきたか」
「ここを探り当てるとはな」
「だが、それがどうした」
「ここが中枢だとでも思ったか」
「ここにいる私が死んだところでさほどの意味はない」
「私は世界中にいる」
「それは人の形態を取っているものだけではない」
「目に見えないほどの微少な、蟲のごときものですらが私だ」
「ここにまでやってくるその力は驚異的だ。それは認めよう」
「だが、その程度の力で私を滅ぼせるとでも思っているのか」
「いくら殺したところで私を殺し尽くすことなどできない」
「私はいくらでもいる。世界中に分散しているのだ」
「どれほど殺そうと、生き残りがいればそこから増えていく」
「大量絶滅すらも想定済みだ」
ここは重要な保管庫ではある。
だが中枢ではない。
たとえここにいる者が全て殺されたとしても、問題はないのだ。
自分を無数に分散し、冗長性を確保し、常にお互いを複製し合う不死のシステムが構築されている。
イゼルダは、現世の状況を確認した。
応答は、返ってこなかった。
異常だった。
イゼルダは相互監視を行っている。万が一の事態に対応するためであり、何かがあればすぐに警報が発せられるはずなのだ。
なのに、警報はなく、現世のイゼルダは沈黙している。
それが何を意味するのか。イゼルダにはすぐ理解ができなかった。
簡単で当たり前の答えがすぐそこにあるのに、それを直視することができなかったのだ。
「どういうことだ……」
「私は、人間だけでも百万人はいたはずだ……」
「一人でも、一匹でも生き残っていればアラートがあるはず」
「馬鹿な……ほとんどは、私の意識などないただの人間だぞ……」
イゼルダの因子を持つほとんどの者は、何事も無く一生を終える。
それは危機に備えての余剰と、偶然が生み出す多様性のために用意された。
それがイゼルダを内包しているなどわかるはずもなく、調べる方法もない。
万が一気付かれたとしても、その時点ではただの人間でしかないのだ。
普通の人間なら、潜在的に危険かもしれないという程度のことで殺すことはできないだろう。
その点でイゼルダは人類を信頼していた。総体としての人類は善であるだろうと考えていたのだ。
だが。
この少年は違った。
どのように知ったのか、どうやってやったのかはわからないが、現世のイゼルダを殺し尽くしたのだ。
百万を超える人類はもとより、家畜や野生動物、虫や植物、微少な細菌に至るまで、イゼルダの因子を含むものを全て殺戮した。
イゼルダは、恐怖を覚えはじめていた。
その力にではない。
自分が死ぬかもしれないということに怯えはじめていたのだ。
これまでは個体の死など怖れる必要はなかった。
死んだところで、それまでの記憶は別の個体へと継承される。
記憶は分散して様々なイゼルダに保持されていて、いくらでも増やすことができた。
だが、今はもう余剰がない。
死ねばそれまでだ。
全てが、消え去る。
努力が、研鑚が全て水泡に帰す。
もう後がないということが、これほどに恐ろしいのだと、イゼルダは千年ぶりに思い出していた。
これまで、イゼルダは死と無縁だった。
なのに今さら、死は唐突にやってきた。
避けようのない死が、眼前に迫りつつあった。
「き、貴様が殺したのは! なんの罪もないただの一般人だ! それでなにも思わないのか!」
挙げ句の果てに出てきたのは、なんの余裕もないそんな言葉だった。
それで少しでも罪悪感を与えられればと思ったが、目の群れにはなんの動揺も見られない。
それは、この程度のことで揺らぐような精神を持ち合わせてはいないのだ。
「助けてくれ! お前に私を殺さなければならない理由などないだろう!」
「お前の力はわかった! 今後お前に関わることはしない!」
「私が、どれほどの月日を費やしてこの環境を作りあげたと思っているのだ!」
「わざわざここに来たということは私に望みがあるのだろう?」
「何が欲しい、金か? 女か? 全てを与えてやろう! 私は何もかもを持っているぞ!」
それが何を考えているのか、イゼルダには最後までわからなかった。
*****
イゼルダは根絶された。
遺伝情報の一片すら残らなかった。
*****
夜霧たちは甲板に出てきた。
船は傾きを増している。
沈みつつあるのは間違いないようだった。
「海賊の仁義って何なんですかね!」
「しかし、撤収するという約束は守っておるしな」
「これだったら撤収を頼まないほうがましだったな」
「とにかく脱出しようよ! もこもこさん、船を作れるんだよね?」
「今さらこんなこと言うのもなんだけど、船で脱出するのはいいけど、どこに行けばいいんだろ?」
「え? 東のほう?」
知千佳は何も考えていなかったようだ。
「東の島国? ここからだとまだ遠いんじゃないかな。食料はリュックに入ってるからしばらくは持つと思うけど」
「だったらどうすんの!?」
「一番近い陸地を目指すべきだと思うけど、それがどこにあるかだな」
そう言われて知千佳があたりを見まわす。
だが、視力のいい知千佳でも陸を発見することはできなかった。
「地図を探しに戻る?」
「うーん。さすがにそんな余裕はないような」
「とりあえず船を作って海に出るしかなかろうな」
時間はあまり残されていない。
もこもこの言うようにまずは脱出するしかないだろう。
「お困りですか?」
夜霧は声のした方へと振り向いた。
見覚えのある少年が微笑んでいた。
「誰だっけ?」
見覚えはある。だが、夜霧には名前まで思い出すことができなかった。
「降龍さん。だったかな」
知千佳は覚えているようだった。
「そうそう、その人だ」
「え? 一緒に船に乗ってたの!?」
「同行の許可は得たよね?」
そう言われると、許可したような覚えが夜霧にはあった。
「で、困ってたら、助けてくれるのか?」
「うん。僕、空を飛べるからね」
「ああ! そんなこと言ってた気がするね!」
「僕、龍だし」
「そうだったの!?」
知千佳が驚く。夜霧もなんとなくその時の話を思い出してきた。
「インパクトのある自己紹介を心がけたつもりだったんだけどな……」
「なんだかんだ飛べない理由を言ってなかった?」
「空を飛ぶと賢者の警戒網に引っかかるという話だね。だけどそれは、夜霧くんが迎撃してくれれば済む話だろ?」
「それだけのことか」
「それだけのことなんだよ」
「ま、緊急事態だし、乗せてもらおうかな」
多少の懸念はある。
攻撃を察知して賢者を殺してしまうと、賢者の石が力を失う可能性が高い。賢者の石を求めているのにそれでは意味がないだろう。
だが、そんな懸念よりもまずは船を脱出する方が優先だろうと夜霧は考えた。
「あ、龍って、細長いほうのやつなんだね」
降龍の変身は一瞬だった。
気付けば次の瞬間には龍身になっている。
知千佳の言うように、元の世界で言うなら東洋風の龍だ。
「……逆鱗ってどこにあるのかな……」
龍には一枚だけ逆さになっている鱗があるという話を夜霧は思い出した。
「モンハンだと尻尾から剥ぐよね」
「触らないでよ!?」
夜霧、知千佳、もこもこの槐は龍の背に乗った。
「じゃあ行くよ」
そう言うと降龍はふわりと浮いた。
そのままするりと前進していくが風圧は感じなかった。
振り落とされはしないかと夜霧は心配していたが、この調子なら大丈夫そうだ。
「あ、それと僕、そう遠くまで飛べないから悪しからず」
「それは飛び立つ前に言ってくれないかな!」
先行きは、とても不安だった。