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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。 作者:藤孝剛志

第6章 ACT2

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20話 ヒロインムーブのできない女

「ふむ。慣れないことはやるものではないな」


 イゼルダの安易な思惑はあっさりと潰えた。

 ホーネットはとにかく女に好かれる性質だ。なので手を差し伸べればすぐにやってくるかと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 もちろん、まわりくどいことをせずとも魔法を使えば拘束するのは容易い。

 だが、魔力は極力温存しておきたいと考えてしまったのだ。

 魔力が尽きればこの体は崩壊する。力を振るう機会は慎重に見計らわなければならない。

 ギフトでなら、最低限の魔力消費で安全に拘束する術もあるのだが、王族の女は目を覚ましたらしく、無効化能力は再び発動状態となっていた。

 では蟲はどうかといえば、けしかけるには遠すぎた。

 顔を合わせてすぐに立ち去ったのでは、蟲をまとわせて内部に侵入させる余裕もない。

 それに蟲で身体を傷つけるのは避けたかった。

 できるだけ自然な状態で女の体を手に入れたいとイゼルダは思っていたのだ。


「なんだ、てめえ!」


 ラウンジから男たちが飛び出してきた。

 先程の少女を追ってきたのだろう。

 イゼルダは、手にした剣であっさりと男たちを斬り殺した。

 お互いがギフトを使えないなら、後は純粋な技量の勝負だ。

 イゼルダの体は勇者ホーネットのものであり、その人格はなくなったとしても、剣術は身に染みついている。

 少々腕に覚えのある程度の海賊風情をあしらうのは造作もないことだった。

 だが、それが油断だったのだろう。

 さらに飛び出してきた騎士の一撃を躱しきれず、イゼルダの脇は斬り裂かれた。

 致命傷ではない。だが、修復に余計な魔力を消費することになってしまった。


「なるほどな。ギフト無効化戦略を取っているのだ。技量に優れた者を配置するのは当然のことか」

「勇者がいることは織り込み済みです。あなたに優位はさほどありませんよ」


 襲撃に当たって、この船の戦力は調査していたのだろう。

 彼らは勝算を持って事に当たっているのだ。


「ふむ。王剣位か獣剣位といったところか。スキルによるインフレが始まる前の位階であればこの状況でも存分に力を振るえると」


 剣聖を頂点とした剣術の位階がある。

 上位の者たちは剣術を超えた絶技を振るうのだが、それはギフトがあってのことだ。

 剣のみを使っての戦いであれば、下位剣士の方が熟達している可能性がある。

 イゼルダの剣技はホーネットの残滓といったものであり、達人を相手にすると分が悪かった。

 ここを切り抜けるには魔力を使うしかないかもしれない。

 しかし、イゼルダにはまだ試しておきたいことがあった。


『おい! そこを動くな!』


 突然、女の声が船内に鳴り響いた。

 海賊の女首領が、操舵室から放送したのだ。

 騎士はその声に反応し、一瞬の硬直を見せる。

 イゼルダはその隙をつき、騎士の首をはねた。


『くそっ! 俺に何をしやがった!』

「少々体を操らせてもらった。なに、心まで操らないという言葉に嘘はない」


 もちろんその言葉が操舵室まで届くことはない。

 イゼルダは、体内の蟲で神経系に干渉し、女の体を操ったのだ。骨の折れる繊細な作業ではあるが、これなら魔力は通信にしか消費しない。


「しかし、リソース管理にここまで苦慮させられるとはな」


 本来なら、ホーネットの体で目覚めるつもりはなかったので準備がまるでできていない。

 イゼルダが愚痴を言っていると、乗客が五人やってきた。

 彼らはイゼルダの遠い子孫であり、イゼルダの分身たる存在だ。イゼルダが活性化しているが、自意識が目覚めるには至っておらず、蟲からの指示に従って魔力収集を行っていた。


「こんなものか。もっといるかと思ったが」


 なので手下を増やすため、異界に通じる門を開くことにした。

 門からは死霊があふれ出て、死体に取り憑き、動き出して人を襲うのだ。

 もちろん、それだけでは捜索対象まで襲いかねないが、門を通過した死霊とは契約が行われる。それにより行動を制限することが可能だった。

 イゼルダと捜索対象は襲わない。

 捜索対象を見つけた場合はイゼルダに連絡する。

 イゼルダが課した条件はそれだけだった。

 死霊はこちらの世界に出てくる機会を虎視眈々と狙っている。

 後は勝手に、喜々として人を殺し、仲間を増やしていくことだろう。

 この方法なら、門を開く際に魔力を消費するだけで済む。魔力を温存したい今のイゼルダにとっては理想的な方法だった。


  *****


「足遅いな! てか、それ走ってんの!?」


 大階段の最下段に腰掛けて待っていた知千佳は、実にやる気のない様子でやってくる夜霧を目撃していた。


「これでも……急いだんだけどな」


 目の前までやってきた夜霧は息も絶え絶えだった。

 夜霧なりに頑張ったのかもしれず、あまり強く言うのはやめようと知千佳は思った。


「水着なんだ……いいね」

「ガン見してないで、息整えなよ!」


 見られ慣れている知千佳だが、それは遠慮がちにチラチラと覗き見るようなものに対してだ。

 ここまで近くで真正面からじっくりと見られると、さすがに恥ずかしくなってくる。


「で、どうするの? 何が起こってるのかさっぱりなんだけど」


 夜霧が隣に座ったので、知千佳は今後について話しはじめた。


「うむ。これまでの話をまとめると、二つの事態が進行しておるように思える。一つは海賊。もう一つは小僧が道中に出会った操られておるような輩だ」

「うーん。まともに相手しても仕方がないし、どうにか逃げ出せないかな」

「うむ。やはりヒロインムーブのできない女だな。乗客全てを助けようとか言い出して、博愛精神があることをアピールせんのか?」

「言い出したらどうすんの?」

「無駄なことはよせと言うが?」

「気分で話さないでくれるかな!」

「しかし、逃げると言ってもな。この状況ではなかなか難しい。脱出艇は海に流されておったしな」


 ここに来るまでに確認したが、脱出艇はなくなっていた。

 海賊たちの仕業だろう。

 乗客を人質にしたいのだから、脱出手段を奪うのは当然だった。


「触丸で船を造るのは?」


 夜霧が言う。事前に考えていた計画の一つだ。

 三人ぐらいが乗れる船なら作れるということだった。


「先ほどしばらくの間は封印が途切れておったが、今は駄目だな」

「王都にも封印はあったけど使えてたよね?」

「王都の封印は薄く広くという感じで、力をランクダウンさせるものだった。だがここで使われている封印は、狭い範囲で強力な効果を発揮しているのだ」

「狭いっていうけど、この船かなりでかいと思うけどね」

「ああ。だったら海に飛び込んで泳いで効果範囲外に逃れてから使うのは?」

「……高遠くん、泳ぎは得意? 素人がいきなり海になんか飛び込んだら死ぬよ?」


 夜霧の体力ではおそらく無理だろうと知千佳は判断した。


「壇ノ浦泳法で、一人確保しながら泳ぐのも不可能ではないが……槐は捨てていくしかないな。これ、かなり重い」

「あ……うちの変な泳ぎ方、壇ノ浦泳法っていうんだ……」

「結局、逃げるよりはこの状況をどうにかする方が簡単そうかな」

「うむ。無効化能力も、クラーケンも海賊関連だ。海賊の首領を倒すのがてっとり早かろう」


 息が整ったのか、夜霧が立ち上がった。


「首領ってどこにいると思う?」

「そこらの海賊を捕まえて吐かせるか。知千佳。お主に任せた」

「なんで!?」

「そりゃ、俺の力は尋問向きじゃないし」

「我、ラジコン操作だし。昔のバイオやってる感覚だし」

「なんで、平安時代の幽霊がゲームに詳しいかな!」


 知千佳も立ち上がり歩き出した。


「なんかさー、私が先頭に立つってどうなのかなーって思わなくもないんだけど!」


 知千佳、もこもこ、夜霧の順で歩いている。

 男女平等の適材適所な配置なのかもしれないが、それでももう少し女の子扱いしてくれると嬉しいなどと思う知千佳だ。

 廊下に人の気配はなかった。

 海賊は、乗客を集めて軟禁しているので、どこかの閉じ込めやすい部屋にいるのだろう。


「で、そこらへんにいる海賊をやっつければいいんだね!」

「やけくそだな」

「そうもなるでしょ! あ、いた!」


 廊下を歩いていくと、曲がり角からいかにも海賊といった格好の男があらわれた。


「じゃあ適当にそこらへんの物を投げつけて……うん?」


 海賊の首がぐらりとゆれ、横倒しになる。首が直角に折れているとしか思えない光景に知千佳は唖然となった。


「あれ、なんかおかしくないですかね?」

「ふむ……死霊の類が死体に取り憑いておるようだな」

「なんだ。もこもこさんの仲間か」

「あんなのと一緒にするでないわ!」

「それはそうとして、どういうこと!?」

「ゾンビのようなものだな」

「だったら、ラジコン操作の人がやっつけてくれませんかね?」

「無限ロケットランチャーを用意してくれたらな」


 そんなことを言い合っていても、海賊の死体は近寄ってこなかった。

 発見した時点から動いていないのだ。


「どうしたんだろ……じっとされてても対応に困るんだけど……」

「……ミツケタ……」

「うわっ!」


 ぞっとするような声でそれはつぶやいた。

 そして、それまでの緩慢な動作が嘘のように、いきなり飛びかかってきたのだ。

 知千佳は身構えたが、それは知千佳に向かってくることはなかった。

 知千佳の横を素通りし、後ろにいる夜霧へと襲いかかったのだ。


「死ね」


 死体は足をもつらせて倒れ、夜霧はそれを易々と躱した。

 体力はないが、こういった動きはそつなくこなすのだ。


「俺を狙ってたな」

「うむ。不自然な動きだったな」

「って、のんびりしてる余裕ないけど!?」


 夜霧ともこもこが海賊の動きについて考えているうちに、ぞろぞろと人がやってきていた。

 廊下の前後。

 海賊や乗客や船員が、ここへ集結しつつあるのだ。

 全てが死体であり、死霊だった。

 全てが虚ろな目をしていて、不気味な笑みを浮かべていた。


「こんなの前にもあったよね……」


 知千佳はハナブサの街でのことを思い出した。

 不死機団によるアンデッドの襲撃だ。


「死ね」


 そして、死霊どもは全滅した。


「これも前に見たよね!」


 結果も同じだった。

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