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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。 作者:藤孝剛志

第5章 ACT1

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6話 その努力というのは、システムメニューから魔法を選択し続けるだけのことかい?

 ジョルトは前世の記憶を持っている。

 いわゆる転生をしたのだ。

 前世のジョルトはゴミのような人生を送ってきた。

 幼い頃はどこにでもいるようなよくできた子供だったが、高校受験の失敗で人生に影が差す。そこから自暴自棄になり、ひきこもり、中年になる頃には取り返しがつかなくなっていた。

 何の生産性もない上に、そう裕福でもない親に寄生して迷惑をかけ続けるだけのクズ。彼の世間的評価はそのようになるだろう。

 もちろん、この手の人物の自己評価が世間の評価と一致することなどない。彼は五十歳を目前にしても、まだ自分には可能性があると思っていたからだ。

 ジョルトの前世での死因は、おそらく餓死だ。

 ひきこもり続けていたところ、いつのまにか食事が運ばれてこなくなったことは覚えている。

 定時に食事が届かず、床を何度も踏み鳴らして催促しても何の反応もない。けれど、それぐらいでは階下へ確認に行こうとは思わなかった。

 ただ口をあけて餌が流し込まれるのを待つ雛のような精神しか持ち合わせていない彼にとっては、その程度のことでさえ億劫だったのだ。

 食事が届かなくなって二日目。彼はようやく重い腰を上げた。廊下へ出て階下へと下りる。それは二十年ぶりのことだった。

 肥太った重い体を引きずるようにして、リビングへと赴く。

 テレビが付けっぱなしで、母親は体を丸めるようにしてソファに横たわっていた。

 久しぶりに見る母親は想像以上に年老いていた。

 こんなにも小さかったのか。一瞬そう思いはしたもののそんな感慨など吹き飛ばすような怒りがこみ上げてくる。

 食事の用意もせずにのんきに寝ているとはどういうことだと、憤りを覚えたのだ。


「おいババア! 飯はどうしたんだよ!」


 だが、なんの反応もない。

 母親の体を揺さぶり、ジョルトはぞっとした。あまりに軽く、手応えがなかったのだ。

 ジョルトがひきこもったせいで家庭崩壊し、一人でこの家を守り抜こうとした母親の心身は限界に達していたのだろう。

 もちろん、ジョルトは母親の苦労になどまるで気付かない。この状況でも心配するのは自分の飯のことだけだ。

 そして、ジョルトは死んだ。

 馬鹿のような話だが、彼は家を出ることができなかったのだ。

 家の中に食料はあったが、それを食い尽くせば終わりだった。

 今更外に出て働くこともできず、ネット通販で何かを頼んでも受け取るために人と会うことすらできはしない。

 死ぬぐらいならいくらでもやりようはあったと人は言うだろう。

 だが、ジョルトにはできなかった。ただそれだけのことだったのだ。

 幸い、死の直前のことはよく覚えていなかった。

 覚えていれば、生まれ変わったところで飢え苦しむ記憶に苛まれ続けたことだろう。

 気づけば、赤ん坊になっていた。

 最初は混乱した。

 目も見えず、体もうまく動かせず、自分が赤ん坊になっていることもわからなかったぐらいだ。

 状況が把握できたのは、ようやく立ち上がれるようになった頃のことだった。

 前世の記憶があるからか、言葉を理解できるようになるのは早かった。

 ここは日本ではなく、魔法があり、モンスターのいる世界だ。

 マニー王国の裕福な貴族の三男として生まれ、ジョルトと名付けられた。

 そんなことを、周囲の会話から知ることができたのだ。

 ジョルトは、信じてもいなかった神に感謝した。ここで一からやり直せと言われていると考えたのだ。

 前世ではちょっとした油断で道を誤った。だが、赤ん坊の頃から意識と記憶がある今回はうまくいくのではないか。

 そう思ったのだ。

 貴族に生まれたのも幸先がよかった。

 魔法がある世界だとしても、それは誰にでも使えるものではなかったからだ。

 この世界にはギフトと呼ばれる超常的な力があるが、それは人から与えられて使えるようになるものであり、貴族の家系では強力なギフトが伝承されているからだ。

 ジョルトのクラスは家伝の魔拳士だった。

 これは格闘と魔法を同時に利用可能な、近接から遠距離まで幅広く対応できる戦闘系クラスだ。

 ジョルトは神童と呼ばれた。

 赤ん坊の頃からの修行と、前世の記憶と意識による理解力。

 順風満帆の人生が待っている。ジョルトは当初、そのように思っていた。


  *****


 格技場の床に這い蹲りながら、ジョルトは呆然となっていた。

 床を舐め、ジョルトを見上げるのは対戦相手のはずだったのだ。

 いけすかない先輩からの洗礼を華麗に反撃し、学内での地位を不動の物とする。

 それは、入学時に自分がやったことだ。

 そして、今後自分が学生の間には二度と発生しないイベントのはずだった。

 生意気な新入生を、ジョルトが一方的に叩きつぶすはずだったのだ。

 試合開始と同時に、魔力で身体を強化。瞬時に相手の背後にまわり、死角から一方的に痛めつける。

 そのつもりだったのに、回りこんだと思ったら相手の姿が消えていたのだ。


「どうして……こうなった!?」


 手加減はするつもりだった。

 相手は王族だ。学園内において身分の差は関係ないとはいっても、やりすぎればまずいことはわかっている。

 だが、距離を詰めるまでは本気でやったのだ。背後にまわりこみ、そして気付けば床に叩き付けられていた。

 ジョルトには圧倒的なアドバンテージがあったはずだ。

 他の者がまだ物心つかないうちから、修業をはじめていた。前世のように漫然と過ごすのでは無く、日々努力を続けてきたのだ。

 赤ん坊の頃。まだ動けないうちから使い続けてきた防御魔法。それは熟練の域に達していて、何者の攻撃も防ぎきるはずだった。


『その努力というのは、システムメニューから魔法を選択し続けるだけのことかい?』


 心の中に響く声に驚愕し、ジョルトは背後を見上げた。

 そこには王子と聞いて誰もが想像するような美少年が立っている。

 マニー王国の第二王子ダリアン。今年の新入生で一番注目されている少年だ。


『驚かせたなら悪かったよ。けど安心して欲しい。僕がシステムに干渉して到達できるのは表層意識までだ。心の奥底にまで勝手に踏み入ることはないから』


 その声がダリアンのものだとわかり、さらにジョルトは驚愕した。

 許可した覚えもないのに、一方的に心の中に入りこんできているのだ。


『システムメニューって……なんだよ?』


 心の中で返答する。すると、ダリアンは微かに笑みを浮かべた。


『君、転生者だよね?』


 ジョルトは動揺した。自分が転生者であることは秘密にしてきた。知っている者などいるはずがないのだ。


『システムメニューオープン! なんてやってみたことはないのかい?』


 もちろんやったことはある。

 そして、それこそが転生者である自分のアドバンテージなのだ。

 この世界でギフトを使うものはたくさんいる。だが、魔法に関するUIユーザーインターフェイスを視界に表示し、操作できるのは自分だけのはずだった。

 他の者が、杖や呪文や陣など様々な方法で魔法を発動するのに対し、自分はメニューから魔法を選択するだけでいいのだ。

 魔法に関する知識は必要ない。ただ選択するだけで使用出来るし、使うだけで熟練度があがり威力や精度が向上する。


『まあ、魔法を何度も空打ちしても熟練度はあがるからね。それも努力は努力なのかもしれないけれど』


 鼻で笑われたように感じたジョルトは思わず立ち上がっていた。

 そして、ダリアンへと向き直る。


『背後の取り合いは僕の勝ちだったけど、まだやるのかい?』

「黙れ!」


 負けるわけにはいかなかった。

 ここで負けてしまえば、また同じことの繰り返しだ。一度折れればもう立ち上がれない。それは前世で十分に思い知っている。

 ジョルトはシステムメニューを呼び出し、ランク4スキルから崩壊ディスインテグレイトの魔法を選択した。

 そして、範囲を選択する。

 ただダリアンを狙ったところで、ジョルトの速度を上回る相手だ。簡単に躱されることだろう。

 ならば。

 逃れようがないほどに、広範囲を対象とすればいい。

 ジョルトは、自分を中心に半径100メートルを魔法の対象範囲に設定した。

 崩壊ディスインテグレイトは文字通り、崩壊をもたらす魔法だ。光線状に放てば鋭く穿つこともできるし、範囲を拡大すれば大規模破壊魔法とも化す。

 もちろんこんなことをすれば、王族殺しどころの騒ぎではない。学園そのものが崩壊するだろうし、無関係の者を巻き込んで範囲内の全てが塵と化すだろう。

 だが、ジョルトはどうでもよくなっていた。

 負けるぐらいなら何もかも滅茶苦茶にしてしまえばいいと、本気で思っていたのだ。


「喰らえ!」


 魔法が発動する。

 だが、ジョルトが期待したような光景はあらわれなかった。

 全てが塵となって、砂漠と化すはずだった。だが、目前の景色は何も変わっていないのだ。

 魔力はごっそりと減っていた。

 なので魔法は発動している。

 なのに、なんの影響も与えてはいなかった。

 ダリアンに効かない可能性はあった。

 ランクが上の防御魔法で防ぐことはできるし、威力を減衰することもできる。

 だが、何も起こらないはずがなかったのだ。ダリアンが防御したとしても、周囲の人や建物まで守ることはできないはずだったのだ。


『悪いけど、魔法は解析して無効化させてもらったよ』


 ジョルトは崩れ落ちた。

 そんなことが出来るなど思いもしなかったのだ。

 魔法などというのは、所詮はスキルであり、選択して発動するだけのものにすぎない。

 解析だの研究だのが意味を成すはずなどないと思い込んでいた。

 ダリアンが近づいてくるが、ジョルトは俯いたままだった。


『実は一回目は失敗してさ。僕は無事だったけど、学園が砂になっちゃったんだ。だから今のは二回目なんだ。だから、それほどあっさり無効化したわけじゃないんだよ』


 ダリアンは楽しそうに言うが、その言葉にジョルトは背筋が凍る思いだった。

 それが本当なら、ダリアンは時空すら操れることになる。

 そんな相手にどうやって太刀打ちできるというのか。


『何者だ……お前は……』

『ああ、そう大した者でもないよ。君が魔拳士のクラスであるように、僕のクラスはSEシステムエンジニアってだけのことさ』


 聞いたこともないクラス。だが、漠然とジョルトは理解した。

 それは、この世界を支配するシステムに手が届く力なのだと。

 それはシステム上で発動する魔法やスキルを無効化し、システムを介して時間すら操る。


『……殺せ……』


 そんな相手を前にして一体何ができるのか。ジョルトは絶望に沈んだ。

 もう無理なのだと。人生をやり直したところで無駄だったのだと悟ったのだ。


『いや、殺すつもりならこんなまわりくどいことはしないよ』


 ダリアンがしゃがみ込み、ジョルトの顔を横からのぞき込む。


『君には僕の仲間になってもらいたいんだ。転生者を野放しにしておくわけにはいかないからね』


 ジョルトはよろよろと顔をあげた。

 何を言っているのか、よく理解できなかったのだ。


『まあ、転生者なんて面倒なやつらは殺してしまえってのも理解できなくはないよ。けれど、それも寂しいじゃないか。何、悪いようにはしないよ。僕は話がわかるほうだからね』


 ジョルトは、ダリアンの軍門に降るしかなかった。


  *****


 圧倒的な存在の庇護下にいるというのは、当初想像していたよりも実に快適だった。

 自分ではとても実現できないようなこともダリアンはあっさりとやってのける。

 それを凄い、とても真似ができないと褒め称えつつも、ジョルトは部下としてその力の一部であると認識していた。

 強大な力の奔流と一体化するような、この感覚がとても心地よかったのだ。

 ダリアンの支配下に置かれることで、不自由なことになるかとも思ったが、これまでと特に変わりはなかった。

 ダリアンは清濁併せのむ器量の持ち主だったからだ。

 ダリアンは次々に転生者を仲間にしていった。

 結局、ジョルトと同じような者はいくらでもいたのだ。

 転生後の環境に大差がないなら、前世の差がそのまま力の差となる。

 前世で何の努力もせず、何も成し得なかったジョルトでは他の転生者にはとても敵わなかったことだろう。ジョルトができるような努力なら他の者達もやっているはずだからだ。

 ダリアンは転生者を集め、その集団はいつしか無敵軍団と呼ばれるようになった。

 力を求めてのことではないのだろう。力なら、ダリアン一人で余りあるからだ。

 何が目的なのかはよくわからなかった。

 王族ではあるが、王位には興味がないようだ。

 その力があれば、王都の地下にある魔界すら攻略できるのではとも思うが、ダリアンが魔界に赴くことはなかった。

 彼が言うには、魔界はもう庶民の生活の一部であるので、現状を変えるのは好ましくないとのことだ。まるで自分が行けば、魔界を封じるなど簡単だとでも言わんばかりだった。

 では、彼が何をしているのかと言えば、国内を漫遊しての世直しだった。

 この国では王族があちこちに出かけるのはよくあることなのだが、それでも出ずっぱりなのは珍しいほうなのだ。

 国中を巡り、怪しげな事件や噂を聞きつけては、駆けつけてそれを解決する。

 それは、何かを探しているようにもジョルトには思えた。


「ここ最近半魔が奪われる事件が多いね」


 ある日、ダリアンが半魔強奪事件に目をつけた。

 それが一つ二つのことならば、無敵軍団が出張るほどのものではない。

 半魔は物でしかないし、その所有者が概ね貴族以上の上流階級であるとはいえ、ただの窃盗事件に過ぎないからだ。その程度のことは、当事者が解決すればいい。

 だが、同一犯による連続強奪事件となると話が違ってくる。しかも、その犯人の中には吸血鬼がいるらしいのだ。

 ただの人間では、この事件を解決に導くのは難しいだろう。こんな事件にこそダリアンが必要なのだった。

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