5話 ろくに人と話してこなかったから、こういうの向いてないとは思う
「高遠くん! 今まで何してたのかな!」
「いや、多分わかってると思うけど寝続けてただけだよ」
「こんな大騒ぎしてたのに!?」
そう言われると申し訳なくもあるが、起きたらこんな状況になっていたのだ。
夜霧は知千佳の前へと回り込んだ。
中々に見応えのある状態になっていた。胸の上下を光の鎖が縛り上げているので、よりはっきりと形のいい胸が強調されているのだ。
魔法的な鎖なのかと思っていたが、実体があるらしい。
「ねえ? もしかしてこれ見に来ただけなの!?」
「そんなことはないけど」
少々勿体ないと思いつつも、夜霧は知千佳を縛る鎖を殺した。
光の鎖が霧散した。やはり本物の鎖とは異なる存在なのだ。
全員は解放しなかった。それは単純に難しかったからだ。
夜霧の力は、基本的には生物を殺す力だ。応用で様々なものを殺しはするが生物以外が相手になると精度はそれほどでもない。
なので、目の前にある鎖を殺すのは可能でも、広範囲に散らばり、様々な状態で半魔を縛り付けている鎖を一度に殺すのは難しかった。
「で、寝起きには中々に辛い状況なんだけど、何がどうなってるんだ?」
知千佳が経緯を簡単に説明した。
幸いというべきか、敵は夜霧がやってきたことにさほど注目はしていないようだ。テオディジアたちが諦めるのを待っているらしい。
「めんどくさい状況だな……」
話を聞いた夜霧は頭を抱えたくなった。法を優先するなら、マニー王国の言い分が正しいようにも思えるが、そもそもその法に正当性があるのか。
かといって、異世界からやってきた夜霧が、ろくに歴史や経緯も知らずにこの世界における国や法の在り方に口出しをしていいのかという問題もあるだろう。
――けれどまあ、どっちの味方をするかとなると。
夜霧は、塔での半魔に対する仕打ちを思い出した。
魔力を効率よく奪うために、人の体を生きたまま解体する。
それをする側にはするだけの理由があったのかもしれないが、それを許していいとはとても思えなかった。
「とりあえず、話し合いだな」
「それ、さっきやってみたけど!?」
「問答無用な賢者たちとは違うなら、話ぐらいしてみてもいいだろ」
「自分ならどうにか出来そうと思ってる感じがはらたつな!」
夜霧は、ダリアンに近づいていった。
すると、夜霧に気づいたテオディジアとエウフェミアが、攻撃をやめて跳び下がった。夜霧のそばまでやってきたのだ。
「助けて、もらえるのか。正直埒があかない。手は出し尽くしたが、なんの手応えもない」
「ちょっと、信じがたいですね。オリジンブラッドを圧倒する人間がいるなんて……」
「とりあえず話をしてみるよ」
夜霧はダリアンまで数メートルの地点で止まり、馬上の彼を見上げた。
第二王子らしい。
確かにそんな雰囲気だと、夜霧は思った。
「いまさら出てきたということは、真の代表者ということでいいのかな?」
「代表者か。そういうことになるのか?」
一人、先頭に立っている時点でそういうことになるのだろう。
「それで、諦めてくれたのかな? 僕もできるだけ荒事はさけたいんだよ。このまま付いてきてくれるとありがたい。ああ、もちろん、ついてくるのは奪われた者だけでいい。所有権のない半魔については、返す先がないからね」
穏やかで自信に満ちた態度だった。
ダリアンには罪悪感などまるでないのだろう。
彼は世直しの一環でここにきて、自分の行いが間違っているとは思ってもいないのだ。
「荒事を好まないってのは俺も同じだよ。だから、黙って立ち去ってくれないかな?」
「……ふむ。君はこの状況が理解できていないのかな? 君たちの攻撃はまるで通用しないのは、見ていたのなら十分にわかっただろう」
「通じないとして、そっちも攻撃してこないんなら、どうにもならないじゃないか」
「なんにも交渉になってないんだけど!」
ツッコミながら知千佳が隣にやってきた。
「ろくに人と話してこなかったから、こういうの向いてないとは思う」
「だったらなんで来たの!?」
知千佳が呆れ混じりに言う。
積極的に攻撃をしてこない相手を殺すわけにもいかなかった。
「そうか。この程度じゃ力の差をわかってはもらえないのか。だったら仕方がないな」
ダリアンが右手を真っ直ぐに横へと伸ばす。
右手の先に光が生まれ、その光が複雑な幾何学模様を描きはじめた。
何らかの魔法なのだろうが、夜霧がこれまでに見たことのない発動方法だ。魔法にもいろいろとあるらしい。
立体複層魔法陣とでもいえばいいのか。文字と図形が絡みあったそれは、球状に展開していき、そして唐突に消えた。
爆音。閃光。暴風。振動。
立て続けに発生したそれらが、夜霧の五感を揺さぶる。
とても、立ってはいられなくなった夜霧はその場で膝を突いた。
何かが起こった場所、ダリアンの右手が指す方を見る。
なにも、なかった。
元々、草原が広がるだけで何かがあるわけでもなかったが、さらになにもかもがなくなっていたのだ。
草原は、消滅していた。
草も、大地も消え失せ、あるのは底の知れない空虚な闇だけだった。
見渡す限りの巨大な穴がそこに開いていたのだ。
――なるほど。さっきから感じてた死の予感はこれか。
夜霧が起きてきたのは、死の気配を感じたからだった。
これを直接向けられては半魔のキャンプ地など一瞬で消え失せるし、ここまで広範囲に影響を及ぼせるなら逃げることもできないだろう。
「って、なんで壇ノ浦さんはそのまま立ってんの?」
「そう言われても……」
縛られている時もそうだったが、よほど体幹がしっかりとしているようだった。
『小僧がひ弱すぎるのではないか?』
半魔たちは絶望に沈んだ。
ここまで圧倒的な力を見せつけられては、逆らう気力もなくなるだろう。
「さっすがダリアン!」
「地形変わるってどんだけだよ!」
「地図書き換えないとだめだよね、これ?」
「いや、これでも手加減してるんだけどね。陣を発動したのも、わかりやすいようにだし」
「どこが手加減なんだよ!」
「半魔相手にここまでしなくてもいいのに。あーあー可哀想に、固まっちゃってるじゃん、こいつら」
対して、王国軍は喝采していた。今まで黙っていたダリアンの部下たちが、ダリアンを褒め称えていたのだ。
「ん? なんか雲行きが怪しい?」
「そうだな。王国軍って雰囲気でもないような」
ダリアンが喋っているだけなら、威厳を保てていた。だが、部下たちが喋りはじめると途端に空気が変わったのだ。
「さて。どうかな? おとなしくついてきてくれる気になっただろうか」
「いや、デモンストレーションでそれ見せられてもさ。そっちは、半魔を殺さずにつれてかえりたいわけだろう? 意味あるの?」
立ち上がりながら夜霧が言う。
「困ったな。ここまでしても、まだわかってくれないのか」
「だめっすよ。ダリアン。こいつらダリアンのお情けをわかってねーんですよ。人の一人や二人、目の前で殺してみせねーと理解できねー馬鹿なんすよ」
そう言って王国軍の一人が前に出て来た。
「しかし……ああ、そうか。奪われた半魔以外なら、殺してもさほど問題はないね。所有権のない半魔は野生動物と同じだから」
「いや、今度はこっちの番だろ?」
ダリアンが何かをする前に、夜霧は話しかけた。
「というと?」
「ただ帰れって言っても無駄なのはわかった。だから、王子様以外で、俺から一番近い所にいる奴を殺す。5」
「高遠くん! それは……」
「言いたいことはわかるけど、俺にできるのはこれぐらいだろ。4」
何も殺す必要はない。
彼らはまだ直接的な危害を加えてきてはいない。
彼らは悪人とは言い切れない。
知千佳の言いたいことはそんなところだろう。
だが、半魔の側につくとは、王国と敵対するということであり、とりあえず無敵軍団とやらを追い払うにしても力を見せる必要がある。
そして、中途半端に身体の一部を殺すなどしたところで夜霧の脅威を示すことにはならず、ずるずると被害が拡大していくだけだろう。見せしめのつもりなら、やはり一人は殺す必要があるのだ。
「はあ? カウントダウンだ? いいぜ、俺をやってみろよ!」
先程前に出て来た男がさらに馬を前に進め、挑発するように夜霧の目前にまで迫ってきた。
「3、2、1」
「ほらほら、どうした? 何をどうするってんだよ? ダリアンの作ったこの無敵装甲を前に何ができると――」
「死ね」
夜霧は、誰が見てもわかるようにと指差した。
「それで気がすんだかい? だったら――」
ダリアンの言葉は、男が落馬したことで途切れた。
そして、空気が変わった。
王国軍の人間は、こんな結果になるなど思いもしなかったのだろう。
夜霧は衝撃が浸透するのを待った。
全滅させるのは容易いが、積極的にそうするつもりはない。
所詮、その場凌ぎではあるのだが、追い返す以上のことをするつもりもないからだ。
「俺は、任意の相手を殺すことができるんだ。だから、立ち去ってくれ」
『皆殺しにせんのか?』
「国外まで行けばこいつらもわざわざ追ってはこないだろ」
後々面倒だというのはあるが、夜霧や知千佳を狙っているわけでもない相手だ。さすがに気が引ける思いはあった。
「貴様! 我ら無敵軍団をなんと心得る!」
「いや、だから無敵じゃなかっただけだろ」
状況は飲み込めたのだろう。だが、撤退するという選択肢はまだ浮かんでこないらしい。
「いいわ! こんな奴ダリアン様の手を煩わせるまでもない! 私の魔法で――」
ダリアンの背後にいた女が叫ぶが、最後まで言い切ることはできなかった。
「当たり前だけど、攻撃してきたら反撃するからな。それと、逃げる人は攻撃しないから、安心して逃げて」
脅しているつもりなのに、どうもうまくいかない。
夜霧は自分の交渉の下手さをあらためて自覚していた。