4話 ちょっといい人かと思った私が馬鹿だった!
「貴様! 我らを侮辱するか!」
「いきなりやってきて殲滅するとか言われてるのに侮辱もなにもないでしょ!」
「ジョルト、殲滅したりはしないよ」
そう言いながら、もう一人の少年が前へと出てきた。
知千佳は、その少年こそが第二王子のダリアンなのだと直感した。どことなくリチャードに似ているし、雰囲気が他の者とはまるで異なるのだ。
「そうなのですか? これほどの数、野放しにはできないと思ったのですが」
「だからと言って彼女たちを脅してどうするというんだ」
ダリアンの物腰は優雅であり穏やかだった。これなら十分に話し合いの余地があると知千佳は考えた。
「彼女らは、耐久消費財であり、我が国民から奪われた財産だ。できるだけ損なわずに、持ち主の元に返す必要があるんだよ」
「ちょっといい人かと思った私が馬鹿だった!」
知千佳は、この世界にはろくな男がいないことをあらためて思い出した。
だが、それでも今までに出会ってきた敵に比べればまだ良いほうだろう。賢者たちのような、暴虐の果てに辿りついたような存在を相手にするよりはよほどましだと思われた。
――どうしたもんかな……。
知千佳は、テオディジアを見た。実に冷めた目をしているが、その奥にあるのは激情だ。今にも飛び出して、無敵軍団とやらに襲いかかりかねなかった。
「ちょっと、いいですか!」
知千佳は、アミュレットを掲げて、王子へ話しかけた。
まずは事情を聞く。何をするにしてもそれからだと思ったのだ。
知千佳が前に出たことで、テオディジアの殺気が多少は抑えられた。話をするなら一旦は任せるという態度になったのだ。
「ああ、リックの友達がきてるって聞いたけど君のことかな? でもどうしてこんなところで、半魔と一緒に?」
「あー、たまたまそこで出会いまして。その、第二王子様、ですか? あなたこそどうしてここに?」
――もうちょっとなんか考えてから話しかけろよ、私!
ろくな言い訳になっていなかったが、知千佳は勢いだけで強引に話を進めた。
「ダリアンだよ、よろしくね。僕は王族が継承する封印の力がそれほど得意じゃなくてね。王都にいてもあまり役にたたないから、国内を漫遊してちょっとした世直しのようなことをやっているんだ」
「ここに来たのも世直しの一環なんですか?」
「ふむ。そうか。君は異世界の人だから事情をよく知らなかったんだね。だったら大丈夫だよ、君が罪に問われることはない」
いまいち話がかみあっていないが、知千佳たちが異世界からやってきたことは知っているようだ。
それは見た目での判断かもしれないし、リックから聞いているのかもしれない。
「その、この人たちを連れて行くために来たんですか?」
「そうだよ。半魔強奪事件があってね。半魔はそれぞれを所有者の元へ返す必要があるんだ」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。この人たちは、不当に拘束されて、扱き使われてたって聞いてますよ? おかしくないですか?」
「人の物を勝手に持っていくのは犯罪だろう? それはどこの世界でも同じじゃないかな?」
「物……じゃないですよね?」
「確かに物ではないけれど、我が国の法では半魔は動産として扱われる。占有権を持つ所有者がいるんだよ。勝手に持っていったからって、所有者が変わるわけじゃないんだよ」
「この人たちは動物じゃないんですよ? 見た目がちょっと違うだけの人を所有とかおかしいんじゃないんですか!?」
「ふむ。確かに僕も思うところはあるよ。けれど、現時点の法がそうなっている。法をないがしろにすることはできないよ」
「うん。話つうじないな!」
この国の法がそうだというなら、道徳や倫理面で反論しようと無駄なようだった。
「知千佳。ちょっといい? 別にこの人たちが連れていかれたとしても私たちには関係ないんじゃない?」
キャロルが知千佳の耳元で囁いた。
「けどさ、見過ごせる?」
「郷に入れば郷に従え、ということかもしれませんね。ここで国家と対立するのはまずいのでは?」
諒子までがそんなことを言い出した。
王が死んだ後は第一王子が暫定的に後を継いだということだった。その第一王子が王都にいたのなら死んでいる可能性もあるだろう。つまり、現時点でこの第二王子こそがマニー王国の最高権力者なのかもしれないのだ。
「うう……」
所詮、自分たちは余所者だ。この世界の住人同士が対立しているとして、首を突っ込むのはどうかという気もしてくる。
「少し様子をみていましたが、話し合いが成立するとは思えませんね」
「同感だ。こいつらを排除するしかないだろう」
エウフェミアとテオディジアが前に出て、知千佳たちを下がらせた。
「さて。我々は十名しかおりませんし、そちらは百名を超えています。全員を拘束して連れて行くのはさすがに手間ですね。できるだけ、傷つけずに連れて行きたいものですが――」
「知るか」
話を遮るかのように、テオディジアが剣を抜いた。
その閃きは黒に染まり、闇の刃を解き放つ。
長く伸びた黒光が狙うのは全員だ。十名全てを薙ぎ払う巨大な剣圧が草原を駆け抜ける。
だが、その闇の刃は誰一人として傷つけることはできなかった。
軍服に、馬の装甲に。触れた瞬間に霧散したのだ。
しかし、その程度は予期していたのか、エウフェミアは片手を掲げて攻撃の準備に入っていた。
手が赤く輝き、赤光を迸らせる。それは空へと伸び上がり、無数に枝分かれした。
避けようのない、滝の如き光の奔流がダリアンたちへと襲いかかる。
それは、瞬く間に前方を覆い尽くした。
その光の一筋一筋はどれほどの熱量を持っているのか。草原は抉れ、削れ、蒸発し、あたり一帯を白煙が包み込んだ。
「やった!?」
「知千佳、それ言っちゃ駄目なヤツ」
だが、誰が何かを言ったからといって運命が変わるはずもない。
それはなるべくしてなった結果なのだ。
白煙が晴れ、騎馬の影があらわれる。
彼らは消滅などしてはいなかった。それどころか、埃一つ付いてはいないのだ。
「少し面映ゆくはあるけれど、無敵軍団の異名は伊達じゃないんだ。僕は魔道具を作成するのが得意でね。この軍服と馬甲は全ての魔法と物理攻撃を遮断するんだよ」
「ふざけるなよ……そんなものが存在してたまるか……!」
「だったら試してみるといい。そうだ、君たちは好きなだけ攻撃すればいいよ。そして、どうしようもないと諦めがついたら、一緒に来てくれるかな?」
ダリアンたちの足元から、何かが飛び出した。人の背骨のような、槍のようなものが一斉に発生し、馬を貫こうとする。
だが、それも馬甲に触れた瞬間に砕け散った。
エウフェミアが血で作り出した赤い槍で突きかかり、テオディジアが剣を薙ぎ払う。ありとあらゆる、使える全ての技能を持って、二人は攻撃を続けた。
それは、滑稽なありさまだった。
ダリアンたちは微動だにせずのんびりと眺めているだけだというのに、攻撃する側だけが必死なのだ。
そして、それを見ていた半魔たちに変化が訪れた。
とても敵わない。
そう思ったのか、じりじりと後退り、一目散に逃げ出したのだ。
「バインド」
されるがままだったダリアンがつぶやく。
途端に、知千佳の体に何かが巻き付いた。
光でできた鎖状のなにかが全身に絡みつき、身動きを取れなくしたのだ。
その現象は、戦っている二人以外の、百名を越える全てに訪れていた。
「逃げるのは駄目だよ。敵わないと思ったのなら、所有者の元に帰ってくれなくちゃ」
「ダリアン様の魔法は常識外れですな……これほどの人数を一度に拘束されるとは……」
「別に難しいことじゃないよ。バインドぐらいジョルトでも使えるじゃないか」
「成功率は低いですし、これだけの人数をターゲットにするなどとても無理ですよ」
「そうかな。頭の中で対象の位置を描くだけのことだと思うんだけど」
「それが凡人の我らには無理なのですよ……」
ダリアンとジョルトは、猛攻に晒されているとは思えない呑気さで語り会っていた。
「なにこれ!? 全然動けないんだけど!」
突然あらわれた光の鎖は、実際の鎖と変わらないものだった。
それが両足と、両腕ごと胴体に巻き付いている。
力を入れてもぴくりともせず、動きは完全に封じられていた。
知千佳がいまだ立っていられるのは優れたバランス感覚が故だろう。拘束されたほとんどの者は、その場に倒れていた。
『ほう? これは凄いな』
「感心してる場合なの!? なんとかしてよ!」
『なんとか、か。まあできんこともないのだが』
「ほんと!?」
『
そして、この世界で使われる魔法やギフトと呼ばれる能力のほとんどは、このシステム上で動作しているとのことだった。
「じゃあそれやってよ!」
『だが、そう長時間通用するものではないから、タイミングを見計らう必要があるな』
「時間って?」
『三十秒が限界だ。これでは逃げることはできぬ。打開策としては、ダリアンとやらを無力化するぐらいだが、その時間でできるかどうか』
動けるようになり、三十秒でダリアンを無力化できるかどうか。
接触さえできれば可能だろうと知千佳は考えている。
だが、問題は距離だった。
ダリアンまではそれなりの距離があり、近づくだけでも大半の時間を使ってしまいそうだったのだ。
「なにがどうなってるんだよ」
背後からそんな声が聞こえてきて、知千佳は振り向いた。
まだ眠そうな顔をした夜霧が、そこに立っていた。