2話 一度ぐらい水着回か温泉回をやったほうがいいかと思うんだけど?
肉に覆われた街を脱出してきた夜霧は、通りがかった馬車から下りてきた少女、リズリーと対面していた。
「はい、私、元賢者みたいなんです。これをあげますからお願いきいてください!」
そう言ってリズリーは、丸い石を差し出していた。
殺して欲しい人がいる。彼女はそう言っていたので、これが報酬のつもりだろう。
「いやだよ。殺せとか人に言われて殺すわけないだろ」
だが、そう言いながらも夜霧はリズリーが差し出す丸い石は受け取った。
なぜならそれこそが賢者の石であり、今の夜霧にとって最も必要な代物だったからだ。
「ちょっと! 殺せってお願いはどうかと思うし断るのもわかるけど、だったらもらっちゃだめでしょ!」
「じゃあ返すよ」
知千佳が不満そうだったので、夜霧はいったん賢者の石をリズリーに返した。
「あ、その、ごめんなさい。夜霧さんに会えて舞い上がっちゃってたんですけど、これじゃわけわかりませんよね」
「うん」
突然あらわれた見知らぬ少女にまくし立てられてもさっぱり意味がわからない。
夜霧は馬車からあらわれたもう一人の人物に目を向けた。
白銀の髪に褐色の肌をした美女。峡谷の塔で一緒に行動したことのあるテオディジアだ。
「この子が妹さん?」
全く似ていないので、違うのだろうとは思いつつも夜霧は念のために聞いた。
テオディジアは行方不明になった妹を探すために塔を訪れたという話だったのだ。
「いえ、そうではないのですが……」
テオディジアはどう説明したものかと悩んでいるようだったが、すると馬車からさらに人が下りてきた。
こちらもテオディジアと同じく、銀髪に褐色の肌の女性だ。
夜霧は、彼女らのような種族が半魔と呼ばれていることを思い出した。
「あれ!? 橘くんの親衛隊の人だよね?」
見たことがあったのか、知千佳が驚いている。
夜霧も、橘裕樹のことを思い出した。
支配者だと自慢していたクラスメイトの少年で、五人の女を親衛隊として侍らせていた。この女性はその親衛隊の一人なのだろう。
「はい。その節は大変失礼をいたしました。私、エウフェミアと申します」
「あんたが妹か。覚えていたら話は簡単だったな。いや、こうして出会えているわけだから、別にいいのか?」
夜霧たちは、エウフェミアという名をどこかで聞いた気がする、程度の曖昧なことをテオディジアに伝えたのだがどうにかなったらしい。
「うん。出会えたのは喜ばしいことかもしれないけど、でも、どーゆーことなのかさっぱりなんだけど?」
知千佳が首を傾げる。夜霧も同感だった。
「そうですね。そのあたりを説明させていただきたいのですが、ここではなんですので馬車の中へおいでいただいでもよろしいでしょうか?」
エウフェミアがそう言い、夜霧と知千佳は顔を見合わせた。
「どうする?」
「賢者の石を持ってるしな。取っちゃだめなんだろ?」
「あんな小さな子から取るって選択肢が出てくることに驚きだよ!」
「だったらとりあえずは話を聞くしかないよね」
そういうことになった。
「どうする?」
夜霧は、デイヴィッドと諒子とキャロルに聞いた。彼女らは夜霧たち以上に話についていけていない様子で、事の成り行きを静観していたのだ。
「落ち着ける場所へとのことだったが、馬車に乗るのなら僕の案内は必要ないだろう」
デイヴィッドは王都の門を守る衛兵だ。街の人にとっては頼りになることもあるだろう。王都が壊滅的なこの状況で連れ回すのも悪いだろうと今さらながらに夜霧は考えた。
「私はお供いたしますが」
「同じく」
とは、諒子とキャロル。
もともと夜霧の監視役だった二人だ。こんな状況であっても任務を継続しようとしているのかもしれない。
なので、夜霧たちは馬車の中で話を聞くことになった。
*****
馬車の中で七人が会していた。
応接室の様になっている車内には豪華なテーブルとソファがあり、馬車の主であるリズリーと、その従者であるエウフェミアとテオディジアが一方に座っている。
対面には、知千佳、夜霧、キャロル、諒子の四人が座っていた。
「では、経緯を説明しよう」
主にテオディジアがこれまでの経緯を説明した。
事のはじまりは、橘裕樹がハクア原生林にある半魔の里を襲ったことだった。
今となってはその理由はわからないが、裕樹の支配下にある魔物や人間が里に侵入してきたのだ。
里は壊滅した。里にもそれなりに戦える者たちはいたようだが、あまりの数にどうしようもなかったらしい。
そして生き残りは裕樹に支配され、連れて行かれた。この時からエウフェミアの数奇な運命は始まることになる。
エウフェミアはその美貌のおかげで、裕樹の親衛隊に抜擢された。
それからしばらくは裕樹に従っていたが、夜霧の力で裕樹が死んだことにより解放される。
裕樹が死んだのは地下の遺跡であり、同行していたエウフェミアが地上に出てみると、そこに賢者のレインがいたのだ。
地上はクラヤミと呼ばれるアグレッサーが通過したばかりであり、砂礫と化していた。
レインはエウフェミアが無傷であったことに興味を持った。レインは吸血鬼であり、吸血によって眷族を増やしていく。エウフェミアは吸血され、隷属することになったのだ。
その後レインは夜霧を攻撃し、返り討ちに遭い死亡する。
エウフェミアは再び自由になり、里へ帰ったがそこには誰もいなかった。エウフェミア以外は戻ってこなかったのだ。
エウフェミアは自由になりはしたが、ただ自由になったわけではない。
レインはオリジンブラッドと呼ばれる原初の吸血鬼であり、その存在が消失したことにより、後継者争いが勃発したのだ。
エウフェミアは否応なくその戦いに巻き込まれたあげくに勝利し、オリジンブラッドを継承してしまう。
行く当てのなかったエウフェミアは継承時に得た記憶を元にとある館へと向かい、そこでリズリーに出会ったのだ。
「眠くなってきた」
そこまでを聞いた夜霧があくびをはじめた。
「おおーい! 一所懸命話してくれてるんでしょうが!」
正直な話、理路整然としているとは言い難いテオディジアの説明だが、それでもどうにかわかりやすく伝えようとしてくれているのだ。夜霧の態度はあんまりだと知千佳は思った。
「いや、話が長いからってのもあるけど、単純に力の使いすぎだよ。だから、話聞いといて」
そう言って夜霧は、横になり知千佳の太ももに頭を乗せた。
確かに魔界からここまで夜霧は力を使い続けていたので、眠くなるのは仕方がないのかもしれなかった。
「ちょっ! 膝枕なんて許してないけど!?」
「狭いから仕方がない。不可抗力だ」
「相変わらず自由すぎるな!」
そして夜霧は、すぐに寝息をたてはじめた。こうなってしまうと今さら文句も言いづらい。
『小僧の唯一の弱点だな。まあ、だから殺せるというわけでもないのだが』
夜霧は力を使い続けると眠くなるのだ。
だが、これが弱点とも言い切れない。揺さぶれば起きるし、この状態でも反撃はできるらしいからだ。
「あー、気にしないで話を続けてくださっていいですよ。あとで高遠君には話しておきますから」
知千佳の太腿の上で眠る夜霧は実に安らかな様子だった。
呆れた様子の知千佳だが、その安寧を与えているのが自分だと思えば多少は誇らしく思える部分もある。
「そうか。そういうことなら」
エウフェミアがやってきたとき、リズリーは王都へと向かう準備中だった。
リズリーが主人だと直感したエウフェミアは彼女に従うと決め、一緒に王都へと向かうことになる。
その旅の途中、エウフェミアは同胞の気配を感じ取れることに気付いた。
その話を聞いたリズリーは、半魔たちを助けながら行こうと決める。
そして、峡谷に入ったところで、テオディジアと出会ったのだ。
「で、合流してここまでやってきた、と。で、なんでここに来たんですか? 高遠くんに会いに来たようなことを言ってましたけど?」
「はい。それにはまず私が何者なのかという説明が必要なんですが、簡単に言ってしまうと私は賢者レインなんです」
「え? そうなの?」
知千佳は、レインが遠くから突っ込んでくる姿しか見ていないが、それでもこんな子供ではなかったことぐらいは覚えていた。
「正確に言いますと、夜霧さんと戦う前に残しておいたコピーなんです。夜霧さんの力を警戒してレインは私をまったくの別存在として作りあげました。なので私にはレインとしての記憶がありません」
夜霧は複数あらわれたレインのコピーも全て殺している。なので、レインの意思や記憶を受け継がない存在としてリズリーを作りあげた対応は正しかったのだろう。
「そして私は、夜霧さんに好意を持つように作られているんです」
「なにそれ!?」
『ほう? ライバル登場か?』
「万が一にも夜霧さんと敵対しないようにと考えたんだと思います。レインには夜霧さんにお願いしたいことがあったから」
「それが誰かを殺せってことなの?」
「はい。レインでは殺せなかった相手です」
リズリーはそれ以上は言う気がないようだった。
それは、夜霧が起きてからということだろう。
「うーん、だったら何を聞けばいいのかな。まだ色々聞いとかないと駄目な気がするんだけど」
「一ついい?」
それまで沈黙を保っていたキャロルが手を挙げた。
「なに?」
「これだけ女ばかりなら、一度ぐらい水着回か温泉回をやったほうがいいかと思うんだけど?」
「脈絡なさすぎだな!」
即座に知千佳はツッコんでいた。