契約6
幼馴染トリオは結構お見通し。
「それは置いておいて、なんでもフォルトゥナ公爵にその時に奇妙な手紙を託されたそうです。
いつに無く荒れておいでだったようで、周囲も驚いて心配していたそうですよ。
おかしなことにそのあて先は一度も会ったこともない、キシュタリア様に関わるなと釘を刺されていたはずのマクシミリアン侯爵家だったそうです」
「どっから調べたんだよ……」
「アンナが何枚も書き損じた便箋を見つけたそうです。酷く乱れた筆跡で、見ていられないような手紙だそうですよ。
侍女や侍従をはじめとした使用人たちの情報網は下手な諜報員より地獄耳です。
ヴァユの離宮内の話であればお喋りばかりの宮廷雀に面白おかしく改変されませんので、信憑性は高いでしょう。
アルベル様は、滅多に書き損じなんてしない方です。さて、何を書かされたのでしょうね?」
うっかり聞き惚れてしまいそうなほど流暢に歌い上げるような抑揚がうすら寒い。思わずキシュタリアが「ジュリアス、怒っているのか?」と無粋な事を聞いてしまう程度には、その笑みが余りにも強い。
完璧すぎる笑みは胡散臭いを通り越して、威圧感があった。
「いいえ、まだですよ。怒るのは早い。早すぎます」
ああ、かなり切れている。ジュリアスは解りづらいが、アルベルティーナを溺愛している。からかい、多少意地悪を言うが根本的にはドロドロに溺愛したがっている。
ひねくれているというか、難儀な性分である。
その分、一見不躾過ぎるまでの無礼な態度の裏で、アルベルティーナが本当の意味で傷つかない様に玄妙な匙加減で接している。
非常に揶揄いつつ繊細にガス抜きをしながら甘やかしている。
「レイヴンに確認を取りましたが、当主のオーエン・フォン・マクシミリアンの宅には妙な魔法使いが食客として抱え込まれているそうで……どうやら、その男はあの日、王宮図書館へオーエンに随行していたそうです。
そして、その日、アルベル様の護衛は図書館側から一部入室を許されない場所があったそうです。非常に珍しいことです。
レイヴンも護衛の数や構造上はいることが難しかった為、御供できなかった。なので、離宮に戻ったお嬢様を見届けた後に暫くマクシミリアン家を監視していたそうです
その日からですよ。羽振りが悪いはずのあの男は、妙にいろいろな社交場で顔を出すようになり、タウンハウスでも催しをしているそうです。
そして、極めつけに息子のヴァンがアルベル様のいる離宮に手紙を盾に押し入った」
役満状態だが、どこか芝居がかったジュリアスの口上はまだ続く。
ミカエリスもまた人々の噂で侯爵子息のヴァンが何度もアルベルティーナの離宮に押し掛けていると聞いた。
「そういえば、ヴァンの糞野郎がアルベルに暴力振るったって聞いたんだけど」
「謹慎を受けたと聞きましたね」
「ええ、それも事実です。どうやら、我らの姫君に恐れ多くもあのマクシミリアンの愚息は懸想しているようで。
エスコートと称して強引に引きずり回したそうです」
「……それ、僕も現場に居合わせたよ。あの馬鹿、図体がでかいしすぐに暴れるし大声を上げる。しかもじろじろ嘗め回すようにアルベルのこと見るし、触りたがる。
かなり我慢してたよ。あんなのが傍に居たら、アルベルが体調を崩す。
アルベルが一番怖がるタイプだよ。絶対、嫌がるタイプだ」
長年傍にいたシスコンジャッジでも、デンジャラスレッド判定。ブラックリストにはもうとっくに入っている。音速を超えて抹消リスト入りである。
事実、アルベルティーナはヴァンに良い感情を微塵も抱いていない。
「私もジブリールに聞いたが、碌な噂を聞かない。確か、彼にはまだ婚約者もいるはずだ」
「でも確かあまり爵位は高く無かったよね?」
「ああ。だがポーター子爵家だが非常に裕福な家で、財政状況が悪化しているマクシミリアン侯爵家へ既に金銭的な援助も行っていると聞く……
この状態で婚約破棄はまずいのではないか?」
貴族の家で爵位の低い家が結納や支度金、融資という形で援助することで、爵位の高い家とつながりを持つことはよくあることだ。金で格式と伝統を買う揶揄されることもあるが、家を残すためには時に必要な事だ。
そして、不義や一方的な破棄には違約金が発生することは当然だ。
この場合、マクシミリアン家は何らかの形で貰った金銭的援助と、違約金を両方支払わなければならない。そして、援助金が多ければ、違約金も比例して増えると言える。
稀に相手が余りにも各上だと泣き寝入りもあるが、マクシミリアン侯爵家は爵位が上であっても貴族としてはうだつの上がらないところだ。
「ポーター家とマクシミリアン家の問題は一度置いておきましょう。
火種としては申し分ないので、あとでじっくりと下準備をさせて頂きますが」
「いいね! 僕そういうの好きだな!」
アルベルティーナ、貴女の義弟は貴女の思っている以上に強かでイイ根性をしている。
ミカエリスは先ほど、アルベルティーナに真摯に向き合っていた時との落差に頭痛を覚える。
「それよりも、アルベルだ。そのマクシミリアン侯爵に彼女と取引できるような材料はあるのか?
つい最近まで家名すら知らなかった、ラティッチェと繋がりがあるとはいえ内情は傾きかけた分家筋だぞ」
「取引というより、脅しでは? そして、おそらく口封じをされている。そして、アルベル様は律義にそれを守っていらっしゃる」
「というより、アルベル自身もこのスクロール系の契約書で縛られているんじゃないかな?
だったらアルベルがこの魔法の契約を知っているのも解る。自分と、僕らに契約という拘束をするのもね」
「喋らないというより、喋れないということか」
何故だろうか。予想の範囲を出ないのに凄く納得がいく。
アルベルティーナは自分宛に来た国王からの手紙すら、キシュタリアが「見たい」といえば笑顔で見せてしまうような人だ。あまつさえ、どうすればいいから相談に乗って欲しいとのたまうような筋金入りの箱入りぽやぽや姫だ。
もしや、以前あったラウゼス陛下はこのサンディスライトの話――などと、キシュタリアの脳裏にひやりとした予想がかする。在りうる。
それくらい、アルベルティーナはキシュタリアに対しに垣根のない人だ。何かあったら言えと脅す必要もなく、困ったことがあったら自主的に持ってくる。
プライバシー侵害なんて微塵も思わず、それが普通となっているアルベルティーナ。
「マクシミリアンとの遣り取りを他言したら、何か罰則があるのかもしれません。
ですが、アルベル様の性格上自分が損したり……それこそ怪我をしたりしても、甘んじて受け入れるでしょう。ですが、大切ななにかでしたら躊躇い、細心の注意を払うでしょう」
それこそ、自分を犠牲にして。
読んでいただきありがとうございましたー。
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