「光復節」式典で演説する韓国の文在寅大統領(2020年8月15日、写真:YONHAP NEWS/アフロ)


 韓国の「反日」は近年ますますエスカレートし、かつては問題視されなかった旭日旗も、今や反日運動の攻撃シンボルになった。しかし執拗な反日運動は、日本側に変化をもたらす。経済制裁の発動で画期的変化を遂げた日韓関係。互いに逃れられない宿命にある日本と韓国は、どう付き合っていけばいいのか。在韓40年の日本人記者、黒田勝弘氏が対立激化の背景と今後の行方を探る。(JBpress)

(*)本記事は『反日 vs. 反韓 対立激化の深層』(黒田勝弘著、角川新書)から一部を抜粋・再編集したものです。

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韓国人にはなじみがなかった旭日旗

 韓国では近年、日本に関して「戦犯国」「戦犯旗」「戦犯企業」・・・などと「戦犯」という言葉がよく登場する。以前は靖国神社問題が首相の参拝などで話題になった際、ニュースになる程度だった。その場合も先の大戦に関連する連合国による東京裁判で、いわゆる“A級戦犯”として死刑判決を受け刑死した日本の戦争指導者についてだった。「靖国神社に戦犯が祀られている(合祀)のはケシカラン」などといって関心の対象になったに過ぎない。

 ところがこのところ韓国では、その「戦犯」の意味が拡大されている。典型的には太陽の光をデザインした「旭日旗(旭日昇天旗)」を軍国主義日本の象徴だとし、「戦犯旗」などといって非難や拒否反応を示しているのがそれである。「旭日旗」は今や反日運動の攻撃シンボルになりつつある。

 旭日旗が「戦犯旗」として拒否の対象になっているのは韓国でも比較的新しい現象である。以前は反日の対象としてそんな問題提起はなかった。

 筆者の1970年代からの韓国との付き合いでいえば、たとえば映画やドラマで日本軍国主義の話として日本軍が登場する場面でも、旭日旗を見たことは一度もない。すべて「日の丸」の日章旗であり、部隊も憲兵もいつも日章旗を掲げていた。つまり旭日旗は韓国人にとってはきわめてなじみのないものだったのだ。

 それが話題にされるようになったのは、筆者の記憶でいえば2000年代に入ってからである。サッカーの日韓戦でスタンドの日本人の応援に韓国側からイチャモンがついたのが最初ではなかったか。日本ではそれ以前からスポーツの応援などにしばしば使われていたのだ。

 とくに強調しておきたいことは、軍旗としての旭日旗は1996年9月、海上自衛隊の練習艦隊が初めて韓国を親善訪問し、釜山(プサン)港に入港した時に自衛艦旗として掲げられているのだ。筆者はそれを現地で取材しているが、現地メディアを含め旭日旗が問題になった形跡はない。

 日本の練習艦隊はその後、2007年9月には首都圏の仁川(インチョン)港にも初入港しているが、この時も艦尾には旭日旗が翻っていた。艦では必ず韓国人招待客を招きレセプションが行われる。彼らの間で旭日旗が問題になったことはなかった。海上自衛隊の艦艇はその後も旭日旗を掲げて韓国海軍と共同訓練をしているが、それが問題になったこともなかった。

文政権の非礼な反日パフォーマンス

 旭日旗を「反日」という観点から正面を切って非難の対象にしたのは、2012年夏のロンドン五輪の際の旭日旗騒ぎだった(角川新書『韓国 反日感情の正体』参照)。この時、韓国のサッカー選手のフィールドでの「独島」PRが、政治的行為としてIOCなど国際社会で問題になったのだが、韓国はその腹いせ(?)として、日本の女子体操選手のユニフォームのデザインが旭日旗を連想させる、と文句を付けたのだ。

 これはIOCの見解を含め国際的にはまったく問題にされなかったのだが、当時、最大手紙・朝鮮日報が旧ナチスの党旗(ハーケンクロイツ)と旭日旗はイコールだとして反日キャンペーンを展開した(2012年9月3日付)。このあたりが韓国世論に旭日旗を「戦犯旗」と印象付けるきっかけになったように思う。

 それでも以上はあくまで民間次元の反日感情の話である。これが一気に国家次元の問題として表面化したのが、2018年10月、韓国・済州島で開催された国際観艦式への海上自衛隊の参加問題だった。主催者の韓国海軍(韓国政府)が海上自衛隊の艦旗である旭日旗を拒否したのだ。文在寅政権がスタートした翌年のことである。

 軍隊の公式の旗つまり軍旗は、その国を象徴し代表するシンボルである。国旗に準ずるものといっていい。したがって外国政府がある国の軍隊に対し軍旗を掲げるなということは、外交的非礼である。その国に対する侮辱に等しい。日本としては国家的見地から当然、認めるわけにはいかない。結局、国際観艦式への参加を断った。韓国当局は他の参加国艦艇も艦旗ではなく国旗だけを掲げるようになっていると弁明していたが、観艦式の当日、他国の艦艇は艦旗を掲げていた。

 しかも観艦式で閲兵する文在寅大統領が乗った韓国海軍の指揮艦には、妙な旗が掲げられていた。何と、6世紀の豊臣秀吉軍の朝鮮出兵(文禄・慶長の役=壬辰倭乱)の折、それを迎え撃って勝利したとする、朝鮮水軍の軍旗だという。これ見よがしに掲げられていたのだが、政府主催の国際イベントに大昔の“日韓戦争”の勝利の遺物とは、日本への非礼であり意識過剰というほかないが、この時の旭日旗拒否もまた、明らかに「旭日旗イコール戦犯旗」論を念頭においた反日ポピュリズムの発露だった。世界で共通する海の友好親善という国際観艦式の理念はどこへやら、あれは文政権が先頭に立ってやってみせた、日本への闘志むき出し(?)の反日パフォーマンスだった。

目に余る反日現象に日本が変化

 日韓関係では昔から「反日感情」という言葉はよく語られてきた。韓国側には過去、日本に支配された歴史からくる日本に対する被害意識や悪感情、非難感情など否定的な気分があって、それが日本との関係においてしばしば表面化し、反日感情として両国関係を対立させたり、緊張させてきた。したがって韓国における反日感情の存在は日韓双方で周知のことだった。

 そしてこの反日感情は対日関係のみならず、韓国国内の政治や社会をはじめいろんな分野にも影響を与えてきた。それは「親日的」とか「親日派」といった言葉が、今なお「売国」とか「民族的裏切り」を意味するものとして頻繁に使われていることからも明らかだ。したがって韓国で反日感情というのは、国内的にも対立者や反対勢力を非難する効果的な言説として昔から活用され、今なおそれは続いている。

 これに比べると日本側の「反韓感情」とか「嫌韓感情」という言葉は比較的新しい。日本ではこれまで、過去の支配・被支配という歴史的負い目(?)もあって韓国の反日感情にはそれなりの理解があり、甘受し、我慢するところがあった。ところが近年、韓国における反日現象が目に余るようになり、甘受し切れなくなった。その日本の世論の気分が反韓感情である。

 2019年、日本は近年の国内世論の対韓感情悪化を背景に、日韓関係においては史上初めて韓国に対する“経済制裁”という外交カードを切った。日本側としてはいわゆる「徴用工補償問題」という当面の外交課題の解決を目指した外交圧力として持ち出したカードだった。

 100年経っても反日をやめられない歴史まみれの韓国に対し、日本は「もういい加減にしろ」という歴史離れで対韓制裁外交に踏切ったのだが、その結果、日韓関係は過去とは違った画期的な展開になった。

 今回の関係悪化は、過去とは逆に「日本人が怒っている」ことからもたらされたといっていい。それがついに制裁にまでつながった。これは韓国への配慮がなくなったということだが、それは日本が韓国を対等の存在と位置付けた結果でもある。大きく強くなった韓国はもう過去の韓国ではない。そんな韓国にいつまでも遠慮と配慮もないだろう──歴史離れの日本には当然、そうした韓国観の変化が影響している。

歴史的教訓は「深入りは禁物」

 日韓関係の新しい構図は、主に日本側の変化によってもたらされたことになるが、過去にはなかった新しい状況だけに打開策はなかなか見つからない。「不満の韓国を日本がなだめる」という旧来の図式では、経験の積み上げによって関係改善の落としどころはそれなりにあった。ところが日本の怒りと不満が大きいという新しい構図では、そのノウハウがないのだ。

 歴史まみれの韓国はいわば“歴史絶対主義”であるため、歴史離れの日本に対しては理解がない。いや理解しようとしない。その結果、韓国の対日外交は相変わらず手馴れた、そして気楽な歴史カードにしがみつき、反日ばかりが繰り返される。その結果、日本の対韓外交は韓国の反日と日本の嫌韓を両方同時になだめるという、過去にはなかった課題に直面していることになる。

 新型コロナウイルスをめぐる事態では感染予防のため人と人との間の「距離置き」が強調されたが、日韓関係においてもそうしたある種の距離感が必要かもしれない。日韓は地理的にも歴史的にも文化的にも、お互いきわめて近い存在である。したがって「逃れられない関係」であるため、ともすると“密”になりがちだ。支配・被支配を含め日韓の歴史はそれをよく物語っている。その歴史的教訓は「深入りは禁物」である。

 もともと国際関係において近隣同士は往来、交流、接触が多いため、お互いの様子がよく目につくし、何かと気になる。そこから摩擦や対立もよく起きる。これは日韓だけがそうなのではなく、世界地図的にみてどこでもそうなのだ。対立や緊張に際して感情傾斜を避けるためには、時にそうしたある種の達観も必要だろう。

 近隣に対する感情傾斜と興奮は「深入り」という過剰な“密”を招くことがある。それは思考や判断の幅を狭め、対応を誤らせることになる。そうならないためには、月並みではあるがやはり相手を冷静にウオッチングし、よく知らなければならない。2020年のコロナ事態は日韓関係にもどこか今までと違った距離感をもたらしているように思う。

筆者:黒田 勝弘