
市民から選ばれた裁判員が判決を下した津田寿美年死刑囚(63)の死刑が初めて執行された18日、加害者の罪や遺族の悲痛な思いに接してきた人たちの胸に、さまざまな思いが去来した。この公判で裁判員を務めた当事者は、気持ちの整理をつけられないままでいる。弁護士は「時期尚早」と、死刑制度の是非に対する国民的議論の必要性を訴えた。
「自分自身、整理がつかない」
判決から4年6カ月。津田死刑囚の公判で裁判員を務めた20代男性は刑が執行された18日、こう答えた。
2011年6月17日。殺人罪に問われた津田被告に、横浜地裁は求刑通り死刑を言い渡した。判決後に行われた裁判員経験者の記者会見。当時、大学4年生だった男性は言った。
「考え抜いた末の納得の結論」。緊張した面持ちを浮かべる一方、思い残すことなく自分の意見を言えたと語り、最後に述べた。
「判決を真摯(しんし)に受け止めてほしい。控訴はしないでほしい」
だが、判決から11カ月後、神奈川新聞社の取材に対し、男性は揺れ動く心境を語った。
「かなうことなら控訴してほしい」
判決後、津田死刑囚は弁護団による控訴を自ら取り下げ、刑はすでに確定していた。
「今になって、津田さんの顔が浮かぶんです。裁判中、あまり表情を変えなかった。あの顔を思い出すんです」
男性は自問の言葉を繰り返した。
「本当にあの判決で良かったのだろうか」「いま、あの人は何を思っているのか」「僕らの決断で1人の命が奪われる。裁判の素人が1人の人生を決めてしまっていいのだろうか」
長い沈黙をはさみ、続けた。
「死刑囚3人の死刑が執行されたというニュースをテレビで見ました。津田さんの名前がないか探していました。名前がないと分かったとき、ほっとする自分がいました。再び死刑が執行され、執行者の中に津田さんの名前を見つけたとき、僕自身、どんな気持ちになるのか。想像することはできません」
刑が執行された18日、男性は取材に応じなかった。
遺族「一つの区切りに」
「死刑が執行されても許せるものではない。驚いたが、亡くなった家族が戻ってくるわけでもない」。事件で殺害された大家の柴田昭仁さん=当時(73)=の妻(73)は、津田寿美年死刑囚の死刑執行を受け、遺族としての心境を明かした。川崎市の自宅前で取材に応じた。
市民から選ばれた裁判員が判決を言い渡したことについては、「つらい判断だったと思う。あってはならない教訓の一つだと思ってほしい」と静かに語った。現場アパートの建て替えを尋ねられることもあるが、被害者3人がまだいる気がして踏み切れないという。「遺族にとっては何も変わらない。ただ、先へ進んでいくために今回の死刑執行で一つの区切りをつけないといけない」と自らに言い聞かせるように語った。
被害者家族の代理人を務めた野呂芳子弁護士は「遺族にとって一つの区切りとなることを願う一方、被告(死刑囚)もまた一つの新たな命として生まれた日があったことを思うと、被害者やご遺族のためにはもちろん、加害者自身のためにもこのような犯罪は二度とあってはならないという思いを強くしている」とコメントした。
「執行は尚早」津田死刑囚弁護団
津田寿美年死刑囚の死刑執行を受け、横浜地裁の公判で津田死刑囚の弁護人を務めた弁護団は「裁判員裁判制度における死刑に関する議論が深まらない中での執行は時期尚早だった」とコメントした。
弁護団は公判で、津田死刑囚が怒りっぽい性格を自覚してトラブルを避けようとしてきたことや、幼少期に父親から虐待を受けるなど不遇な生育歴があったと主張。情状酌量を求め、無期懲役が相当と訴えていた。
しかし、判決では「死刑を回避するほどの有利な事情にはならない」と退けられた。死刑言い渡し直後の接見で津田死刑囚は「覚悟はしていました」と話したという。弁護団は控訴したが、その後津田死刑囚が自ら取り下げた。弁護団の一人によると、死刑確定後は手紙などの連絡はなかったという。
「極めて浅慮 存廃議論を」
裁判員裁判の判決に基づく初めての死刑が執行されたことを受け、横浜弁護士会は18日、「あらためて死刑の存廃を含む制度に関する国民的議論が必要」とする竹森裕子会長の談話を発表した。
談話では、今回の死刑執行について、国民がより直接的に人の生命を奪う判断に関わったものと指摘。国家が国民の生命を奪うという根本的な問題や誤判の可能性といった重大な論点がある中、「国民的議論が進んでいないのに軽々に新たなステージに足を踏み入れたという点で、極めて浅慮で非理性的な判断と言わざるを得ない」と批判した。
裁判員裁判制度について、事前に証拠が絞り込まれたり、重大事件であるほど過密な審理日程が組まれたりするなど十分な審理が尽くされるか疑問もあるとし、「誤判による死刑の可能性も高まっている」とも主張。国民的議論の前提となる、死刑に関する情報の開示と死刑執行の停止を求めた。
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