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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。 作者:藤孝剛志

第3章 ACT1

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10話 は?

 知性を獲得した天盤喰らいは、天盤への侵入を果たした。

 天盤は天蓋という強固な殻に覆われているが、数多の世界を天蓋ごと喰らってきた天盤喰らいにとって、極小さな穴を開けて中に入るぐらいのことは容易いことだった。

 その天盤を選んだことに特別な理由はない。手近な天盤を選んだだけのことだ。天盤喰らいの目的は知性体を観察することで、基本的に天盤には知性体が存在しているものだからだ。

 天盤喰らいは、侵入した天盤で支配的立場に立っている種族のうち、最も一般的な身分に属することにした。

 人間の農民になることにしたのだ。

 自らの情報を圧縮した胚を、適当な農民の胎内に生成し、人としての身体を作り上げる。

 そうして、天盤喰らいは、人間の赤子としての視点を得た。

 この時点では、その赤子はまだ分身のようなものだった。人間を観察するための探針プロープのようなものであり、本体は"海"と呼ばれる、天盤を内包する虚無の空間に置いたままだった。

 天盤喰らいは、人間を観察するに当たってルールを定めた。その赤子にはただの人間として生を過ごさせる。一切干渉をしないというものだ。

 天盤喰らいの分身は、それなりの人生を生きた。

 親と同じく子供の頃から農作業に従事し、年頃になれば村の女と結婚し、何人かの子供をもうける。貧しいながらも楽しい暮らしだ。

 最初のうちこそ、天盤喰らいはその人生を興味深く観察していたが、次第に飽きはじめた。

 それは農民としてはよくできた人生なのかもしれないが、大して変化のない、同じ事を繰り返すだけの毎日だったからだ。

 転機が訪れたのは、凶作が続き、身を縮こめて過ごす冬のことだった。

 突如としてやってきたならず者の集団が、村を占拠したのだ。

 何者かに追われていて、身を隠すつもりだったのだろう。だが、彼らは大人しく身を潜めるようなまねはせず、なけなしの食料を無駄に消費し、気に入らない者を笑いながら殺した。

 彼らは村を後にする時に、女を奪い、家に火を放ち、井戸に毒を撒いた。

 そこで、天盤喰らいの分身は死んだ。妻を奪われ、家族とともに殺されたのだ。

 天盤喰らいはその時、何を感じたのか。

 愉悦だった。

 突如として巻き起こった惨劇は、退屈を破壊するものであり、実に刺激的だったのだ。

 定住して安穏とした人生を過ごすのは面白くない。

 そう思い世界に目を向けてみれば、そこには多種多様な刺激が満ちていた。

 天盤喰らいはより深く、この世界に入りこむことにした。

 個性を獲得しつつあった天盤喰らいは、自分自身の体験としてその世界を満喫したくなっていたのだ。

 二人目を作るにあたって天盤喰らいは考えた。

 一人目を殺されたのは少々癪に障っていたのだ。

 なので、今度はより強力な個体を作成することにした。余計なルール設定もなしだ。普段は人間としての刺激を味わいつつも、いざというときはいくらでも天盤喰らいとしての力を奮えばいい。

 赤子からの人生はもう十分だろう。適当な人間の身体を依代にして、天盤喰らいは再びこの世界に生を受けた。


   *****


 全てが思うがままだった。

 最初の頃は、目に付く物を手当たりしだいに破壊し、殺してまわったが、それが面白いのも最初のうちだけだった。元々敵などいないに等しいのだ。ある程度続ければ退屈にも感じてくる。

 なので、次の段階として、天盤喰らいは人々を支配し、コントロールすることに興味を覚え始めた。

 支配するのは簡単だった。力を見せつければ人々は勝手にひれ伏していくのだ。

 天盤喰らいは、支配した人々を組織し戦わせた。

 それが実に面白かった。

 戦争は天盤喰らいにとって最高の娯楽になったのだ。

 軍隊を作り上げ、街を蹂躙し、徴兵してさらに戦わせる。

 そんなことを続けるうちに、天盤喰らいは一国を手中に収めていた。

 これは、天盤喰らいに軍事の才があったためでもなんでもない。天盤喰らいは、自ら采配を振るい、成り行きに任せはしていたが、負けそうになれば、天盤喰らいとしての、神の如き力を行使していたのだ。

 天盤喰らいは、アルガンダ帝国を築き上げ、世界に覇を唱え始めた。

 それはただ武力で周辺国家を制圧するだけのものであり、そこにはなんの意義もない。

 それは天盤喰らいにとって、ただの娯楽なのだ。

 なので、不可侵とされている、マニー王国を侵略するのも遊びに過ぎなかった。そこに魔神が封印されていようとどうだっていい。それこそ、魔神が復活でもしてくれればより面白い展開というものだろう。

 天盤喰らいは最初から、その奇跡的な力を使ったりはしない。

 それは最後の手段であり、最後の手段というわりには頻繁に使っているのだが、あくまで人を争わせるのが面白いのだ。

 なので、一応は戦術のようなものを天盤喰らいは考える。

 それが、メルド平原に兵を集結させて、一気に王都へと攻め込むというものだった。

 メルド平原は水晶平原とも呼ばれている。

 そこは、結晶蟲と呼ばれる化け物が大量に棲息し、全てが結晶化するという魔境なのだ。

 ここに大量の兵を潜ませるなどというのは、余人には考えも付かないことだろう。

 なぜなら、この平原に一定期間兵を置くことなど通常ならできないからだ。絶え間ない蟲の襲撃に、兵は疲弊し、損耗する。宙に漂う蟲どもの糸は、いずれ兵たちをも結晶化させてしまうことだろう。

 普通なら馬鹿馬鹿しい限りだが、だからこそ、ここからの攻撃は奇襲となりえる。

 天盤喰らいはこの作戦に固執した。

 自らの思いつきを実践することが面白いのであり、そのためにいくら兵が死のうがそれはどうでもいいことだった。

 まずは、メルド平原を通る鉄道路線を全て掌握させる。そこはこの平原で唯一の安全地帯であり、人がいる場所だからだ。

 天盤喰らいは、平原中央に陣を敷き、そこから指揮を執っていた。

 全てが順調に進んでいる。

 天盤喰らいはそう思っていたが、ある駅からの報告がいつまで経ってもない。

 不審に思った天盤喰らいは、調査に向かわせた。

 その駅を制圧する予定だった者たちは事切れていた。

 これは良くない知らせだ。ただの駅員が兵を返り討ちになどできるわけがない。ならば何者かがこの地にいる。順当に考えれば、マニー王国の関係者だろう。

 すぐに、その場から逃走する車について報告があった。王都へ向かっているらしい。

 逃がすわけにはいかない、そう天盤喰らいは考えた。

 それではせっかくの作戦が台無しになる。

 天盤喰らいは指示を出した。何がなんでも始末するしかない。全軍を持ってその車両を止めることを命じたのだ。

 そして、それは直ちに実行されるだろうと天盤喰らいは思っていた。

 なにせ、アルガンダ帝国には、この世界においてはオーバーテクノロジーともいえる火器や、強力な魔法兵器の類が大量に配備されていたからだ。

 それらは天盤喰らいが、これまでに喰らってきた世界における知識から再現したのもので、ただの兵士を万夫不当の勇士へと変えるものだ。

 だが、いつまで待っても、朗報は訪れない。しびれを切らした天盤喰らいは、力の一部を行使し、今の状況を脳裏に描いた。

 装甲車が走り続けている。

 追いすがるのは、配下であるアルガンダ帝国の兵士たち。それぞれが、馬や竜や戦車に乗り追いかけているが、それらは発砲することなく、力を失って、蛇行しお互いにぶつかり、あるいは水晶の岩や木に激突していたのだ。

 何が起こっているのかはわからないが、兵たちが恐慌を起こしつつあるのがわかった。


『逃げるな。なんとしても殺せ!』


 直接兵士たちに指示を出す。

 もうこの時点で、通常の作戦行動は逸脱していたが、それでも装甲車に対して自ら力を奮わなかったのは、これがまだ娯楽の一部だったからだ。

 そもそも、マニー王国を滅ぼす程度のことは、やろうと思えばいつでもできる。天盤喰らいとしての力を直接奮えば容易い事ではあるのだが、それをしてしまえば何も面白くはない。最終的に負けるつもりはないが、それでもギリギリのところまでは過程を楽しみたいと思っているのだ。

 だが、そんなことを考えているうちに、兵士たちはばたばたと倒れていった。

 乗り手を失った、馬や竜が途方に暮れ、歩兵たちは屍をさらし、コントロールを失った戦車は火の手を上げている。

 天盤喰らいには意味がわからなかった。

 なぜこんなことになるのかがさっぱりわからない。

 だが、もう限界だった。

 あっと言う間に損耗率が四割を越えている。彼らは天盤喰らいの命令を忠実に守ろうとして、次々に死んでいっているのだが、これではもうまともな軍事行動をすることなど出来はしないだろう。

 仕方が無い、と天盤喰らいは考えた。

 まだメルド平原からの奇襲に固執していた天盤喰らいは、とりあえずは装甲車を始末し、態勢を立て直そうとしたのだ。

 視点を装甲車へと移す。少女が運転をしていて、助手席には少年がいた。

 天盤喰らいは、苛立ちながらも、どうしてくれようかと考えた。

 焼き殺してくれようか、はたまた精神を操作して殺し合いでもさせようか。いや殺すなど生ぬるい、手足を捥いで糞便溜まりにでも叩き落とすか。

 そして、天盤喰らいは、自分が10秒後に死ぬことを悟った。


「は?」


 まるで理解ができず、天盤喰らいはただ呆然となって、貴重な余命を2秒も浪費した。

 天盤喰らいのような存在にとって、時空とは己の一部だった。周囲の空間や、時間は、自らの意思で制御できる範囲内のことであり、未来を予知するなど造作もないことなのだが、10秒より後の未来を見通すことがかなわなくなっていたのだ。

 死とはなんなのか。

 客観的には把握しているし、分身の死によって擬似的にそれを体験してはいるが、本質的な意味で天盤喰らいはそれを理解していなかった。

 自分に死があることすら、想像の埒外だ。天盤を喰らい続け、いくつもの世界を内包する己を殺す方法など、自分でも考えつかない。

 なのに自分が死ぬ事を知ってしまっている。

 己の存在が消滅することをわかってしまっている。

 なぜ、そんなことになるのか、その意味が何もわからない。

 疑問ばかりが脳裏を埋め尽くし、思考は空転した。

 天盤喰らいには、それが決定された未来であるということしかわからなかったのだ。

 後5秒。そこから先の未来が見えない。自分の時間はそこで終わってしまっている。

 天盤喰らいは時間を操作した。数秒単位のことなら、時間を遡ることなど造作も無い。

 死まであと15秒。10秒戻った所で、何も変わらないことを理解し、異常に気付く。

 天盤喰らいが自分が死ぬと気付いたのが10秒前だったのだ。

 この時点で、なんらかの死に至る原因が発生しているなら、それより前の時間に戻れば、死の因果から解放されるのが道理だ。なのに、間近に迫る死は、天盤喰らいを捕らえて放さない。

 天盤喰らいは、自意識が目覚めて以来、初めて恐怖した。

 見えない何かが己が身に絡みついている。

 それは一切知覚できず、それ故に振りほどく術がまるでわからない。

 あまりにも理不尽なそれは、因果すら越えていた。過去に遡ろうと、決定した事象を覆すことができないのだ。

 天盤喰らいは、人としての身体を放棄した。

 アルガンダ帝国の皇帝としての身体を天盤内に放り出し、自らの本体へと意識を戻したのだ。


  *****


 天盤をも飲み込めるほどの巨体。それはどこか魚のような形をしている。そのほとんどが顔であり、大半が口を占めているそれは、ただ喰らうというその性を表わした姿なのだろう。

 "海"に漂うその本体で、天盤喰らいは目覚めた。

 その身に秘めた膨大な力に身震いする。

 自分はちっぽけな人間などではないことを急速に自覚したのだ。

 この瞬間、時の流れは曖昧となり、全能感に満たされた。

 自分という存在の規模の大きさを、天盤の上で生き足掻く人間どもの卑小さを認識する。

 すると、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 この自分がおめおめと逃げ出した。それが許せなくなったのだ。

 こんな天盤など消え去ればいい。

 怯え恐れた自分を糊塗するかのように、激情で心を埋め尽くす。

 天盤喰らいは、数多の世界を喰らい溜め込んだ力を解放することにした。

 こんなものは喰らう価値もない。一欠片も残らず滅びればいい。

 それは強迫観念に似たものであり、その瞬間、天盤喰らいの中から逃げるという選択肢が消え去っていた。

 巨大な口を大きく広げる。それは、まさに天盤を一飲みにできるほどの大口だ。

 その口腔の奥底。そこに光が灯った。

 全てを焼き尽くす怒りの閃光。


『死ね』


 放とうとした瞬間、天盤喰らいは我に返った。

 何かが、聞こえた気がしたのだ。

 そして、今が、死を悟ってから10秒後なのだと気付く。

 天盤喰らいは最期に、自意識などに目覚めなければよかったと考えた。


  *****


 夜霧たちが王と謁見をしているその頃。

 アルガンダ帝国はすでに滅びていた。

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