11話 最終的にこんなことになったのは、エロゲ三貴族のせいなんだけど
賢者候補、総勢26名。
正確には、賢者のギフトを持つ24名と、ギフトを持たず候補者かどうかが怪しい夜霧と知千佳を加えた一団は、王城の敷地内にある屋敷に案内された。
26名を十分に収容できるその建物は、迎賓館の類らしい。規模からするとちょっとした城とも言えるだろう。
玄関ホールまで来たところで、案内の兵士が去って行った。
そこであらためて、夜霧たちと、クラスメイトたちは向き合うこととなった。内輪の話を人前でするのも躊躇われたからだ。
「君たちを置いていった俺の判断に間違いはなかったと思っている。今から思えば、他にやりようがあったかもしれないが、あの時点の限られた情報、人員でできることには限界があったからだ」
開口一番に矢崎は言う。しかし、わざわざそう言うということは、後ろめたい思いもあるのだろう。
矢崎がギフトによって得たのは将軍というクラスだ。
将軍には「統率」というスキルがあり、それにより大勢を一つの目標に向かって動かすことができる。その目標が納得できるものであるなら、ある程度は強制的に仲間たちを従わせることができるのだ。
なので、無能力者を囮として扱うという作戦の責任は、ほとんどが矢崎にあることになる。もっとも、クラスメイトたちもその非情な作戦を否定しなかったわけで、責任がないわけではない。
「俺はどうでもいいよ。そもそも寝てたしね」
夜霧にとってはどうでもいいことだった。もともとクラスメイトと仲が良かったわけでもないし、裏切られたとも思っていない。
「私は、正直に言えばむかついてはいるけど、今さらぐちぐち言うのも鬱陶しいから、もうそれはどうでもいいよ。それとも、私たちが来たらなんか文句あるわけ?」
知千佳は強気な態度だった。すぐに水に流すというわけにもいかないのだろう。
「それは――」
「私はお二人の合流は歓迎すべきことだと思いますよ」
矢崎が言い淀んだところで、一人の少女が前に出て来た。
「誰?」
夜霧は小声で隣の知千佳に聞く。
「え? 秋野さんまで知らないわけ? 無茶苦茶有名だと思うんだけど」
呆れたように知千佳が言うが、知らないものは仕方が無い。
彼女の名前は
知千佳が言うには、全国的に有名なアイドルグループのリーダーとのことだった。そう言われると、他の女子よりも垢抜けているように思えるが、アイドルに詳しくない夜霧からすれば知千佳の方が可愛いと思える。
「こんなわけのわからない異世界においての数少ない仲間なんですから、協力しあわないでどうするというんですか?」
「しかし……彼らが信用できるかどうかは……」
「それは、あなたが同じ目にあったなら、復讐に走るようなさもしい感性の持ち主だからそのように思ってしまうのではないのかしら?」
そう言われて、矢崎は押し黙った。
「矢崎がリーダーって聞いたような気がするんだけど?」
「私もそう思ってたんだけど、なんか様子が……」
蒼空が出て来て以降、矢崎の勢いはまるでなくなってしまっていた。
「不肖ながら今では私が皆さんを率いさせて頂いています。よろしくお願いいたしますね」
ぼそぼそと話し合う夜霧たちを見て気付いたのだろう。蒼空は微笑みながらそう言った。
*****
ロビーでの話の後、それぞれは割り振られた部屋に行くことになった。
もともと彼らはチームで活動している。チーム毎で一つの部屋とすることで、部屋割りはすんなりと決まったのだ。
チームは戦闘力で序列が決められているらしく、夜霧は最下位のチームに所属することになった。
「てかさ、俺達は二階に立ち入り禁止なのに、女子は一階を自由に移動出来るってなんなんだよ」
夜霧と一緒にやってきた一人が、部屋に入ったところで文句を言いだした。
二階が女子、一階は男子と大きく分けられたのだ。
「って、悠吾くん。高遠くんは、こいつら誰? って顔してるよ?」
もう一人の少年が言う。夜霧を含めて三人が、同じグループだった。七つのグループに分かれているので、第七グループということになる。
「うん。君たち、誰?」
部屋はゆったりと大きく、ベッドが四つ並んでいる。
夜霧は、応接コーナーのソファに腰掛けた。二人も同調するように向かい側に座った。
「マジかよ! 俺、結構お前に話しかけてたぜ? なんやかんやと! お前誰とも話そうとしねーしさ、クラスで孤立すんのはどうかなーと思ってよ!」
「はは、高遠くん、いっつも眠そうな顔してたから、ろくに聞いてなかったんじゃないかな」
勢いのある方が
「まあ、なんだ俺らは使えねーグループってことで落ちこぼれ同士よろしくな!」
「悠吾くん。高遠くんは未評価だから、とりあえず僕らのところに来ただけで、落ちこぼれかどうかはまだわかんないよ?」
「あ、そうなの? でも、虫を殺せるだけなんだろ?」
事前に決めていたとおり、夜霧のクラスは
遅れてギフトが発現したのだと説明したが、今の所は特に疑われている様子はない。
「そう。君たちの能力は?」
「俺のクラスは
「僕は、
「能力はさ、もともと持ってた本人の趣味とか素質とか性格とか、そういうのが反映されるみたいだな。確かに俺は料理人を目指してたし、幸正は本好きだ。で、そうなると、高遠は虫が嫌いとかあるのか?」
「どうかな。蚊は鬱陶しいから嫌いだけど」
「そりゃ誰でも嫌いだろ?」
発現する能力の傾向についてまで、夜霧は考慮していなかった。そうなると、虫嫌いで通した方が、筋は通りやすいのかもしれない。
「そういや、これまでのことを聞いてもいいかな? クラスのみんながどうしてたのか気になるんだけど。最初は矢崎が仕切ってたんでしょ?」
「ああ、それな。今の状況になったのは、男の方が少なくなっちまったからだよ。男子は11名。女子は15名。元々男子の方が多かったんだけど、勝手にどっかに行っちまう奴が多くてさ」
いなくなったうちの3名は、バスを出たところで夜霧と遭遇した者たちだろう。男子は19名だったはずなので、かなり減ってしまっている。
「ま、最終的にこんなことになったのは、エロゲ三貴族のせいなんだけど」
「それって――」
エロゲ男爵がどうとか言っていた件についてだろうか。三貴族ということなら、男爵の他にあと二名いるらしい。
興味が出て来たので、聞こうとしたのだが、そこでドアがノックされる音が聞こえてきた。
幸正が立ち上がり、ドアを開けに行く。
入ってきたのは、長髪で俯きがちな少年だった。
「げ。深井じゃん。なんの用だよ」
悠吾が露骨に顔をしかめる。
「……た、高遠くん……ちょ、ちょっと、話、いいかな……」
緊張しているのか、つっかえがちに話しかけてくる。
もちろん、夜霧はその少年についても知らなかった。
*****
「で、エロゲ男爵ってなんなの!?」
知千佳は二階の割り当てられた部屋で、同室のクラスメイトに聞いた。
「まっさきに気になるのがそれかよ!? なんでそんな前のめりなんだよ!」
応えたのは
部屋には
グループは男女混合にしない方針とのことで、このグループが女子の最下位だった。戦いを任せられているのは1から5のグループらしい。
「ごめんね、ともちーを置いていって」
のんびりとした声音でろみ子が言う。
彼女らはソファでくつろいでいるところだった。
「あー、それは私もごめん。どうでもいいって知千佳は言ってたけど謝っとく」
「まあそれはいいよ。仕方がなかったんだろうし。で、男爵って?」
「どんだけ男爵に食いついてんだよ……」
樹菜は呆れた様子だった。
「まあ、あいつらは今の状況になった原因でもあるんだろうから、その辺も含めて話をするけどさ。エロゲマスター
「え、そのエロゲなんとかってクラス名ってやつ?」
「そう」
「相当ひどいな!」
「そして、誰が言い出したのか、牛尾がエロゲ男爵。棟方がエロゲ侯爵。矢立がエロゲ伯爵って呼ばれてる」
「それ言い出した奴なんなの? 悪意満載じゃん!」
「って、そう言いながらも楽しそうだな、知千佳!」
「え、そんなことはないと思うけど、話続けて、どうぞ」
「で、まあクラスとかは賢者が与えたもんだし、変なクラスになったとしても本人が悪いわけじゃない……と思ってたんだけど、みんなのクラスを確認していくとどうも、このクラスってのは本人の性質が反映されたものらしいってわかってさ」
「あのね。牛尾くんたちはよくそういうゲームをやってたんだって。それで女子はみんな引いちゃったの」
ろみ子が補足した。
「いや、まあでも男子がそういうのやるのは仕方ないんじゃないの? 多かれ少なかれみんなやってるっていうか」
知千佳はゲームをよくプレイする方なので、まだ理解はある方だった。
「まあそうやって理解を示そうとした子もいたんだけどさ。能力がさ、牛尾が時間停止。棟方が透明化。矢立が触手ってのが判明して」
「触手って能力なの!?」
「あ、そこ食いつくんだ。うん。好きな場所に触手を生やせるって能力で。実際見たことあるけど、はっきりいってキモかった。でさ。そんなエロゲなんとかって能力が発現するぐらいエロゲやりまくってて、しかも、悪用し放題みたいな能力に目覚めちゃったような奴らと一緒にはいられないってなっちゃったんだよね。これってもう生理的嫌悪感に近いわけでしょ。最初のうちは矢崎がリーダー面してたけど、あいつじゃ収拾付けられなくなってさ。そこで、秋野さんが状況の改善を図ったのよ」
「秋野さんのクラスはアイドルなの」
「まあ実際アイドルなわけだし当然なのかな」
ろみ子の説明を聞いて、そのままだと知千佳は思った。
「ああ、このアイドルってのはさ、本来の偶像って意味の方らしいよ。宗教的意味が――」
そこでドアがノックされる音が聞こえてきて、三人は顔を見合わせた。
誰かがやってくるような予定は特になかったのだ。
知千佳が立ち上がり、ドアを開けに行く。
あらわれたのは、二宮諒子とキャロル・S・レーンだった。
「あの! 壇ノ浦さん! 少しお話いいですか!」
知千佳の顔を見るなり、諒子が勢い込んで話しかけて来た。
「いいけど、中に入る?」
知千佳はそう答えつつも疑問に思っていた。これまで特に接点のない二人だったからだ。
「いえ、その内密な話なので、出て来てもらっていいですか?」
「え? いや、急にそんなこと言われても……」
知千佳は不審に思った。焦る諒子に、平然としているキャロル。この二人の組み合わせも不思議だった。
「高遠くんのことで相談があるんです! お願いします! 助けると思って!」
「……わかった。ちょっと出てくるね」
知千佳は中の二人に声をかけた。
怪しくはあるが、あまりに必死な様子だ。それに、夜霧についてのこととなると無視するわけにもいかなかった。