8話 またまたもうやっちゃってるってことはないかな?
「実際お前らの読みはあってるぜ? どんだけ俺に無礼な言動をしようが殺されることだけはねぇ。だがまぁ、腕の一本や二本は覚悟しとけ」
賢者候補たちはあからさまに混乱していた。
恐慌を来しているといっていいのか。ギフト頼りだった彼らにとって余程の衝撃だったのだろう。
玉座に座っている王は、彼らをにやついた顔で眺めていたが、いつまで経ってもおさまらないので、次第にしびれをきらしはじめた。
「なあ? そろそろ黙れよ。なんならもう二、三人やっとくか?」
すると、賢者候補たちのざわめきはぴたりとおさまった。
だが、夜霧たち以外は心ここにあらずという様子だ。
「ちっ。このままじゃ何話しても右から左って感じだな。仕方ねぇ。本題の前に少しだけ説明してやる。お前らに今後のことを理解させるのも契約のうちだからな」
このままでは話にならないと思ったのだろう。王は溜め息をつき、今の状況について解説を始めた。
「賢者どもはこの世の支配者面しちゃいるが、別に俺たちは賢者の支配下にあるわけじゃねぇ。なので、賢者からなんらかの支援、たとえば賢者派生のギフトを制御する術などは与えられていない。そこまでは知ってたんだよな?」
街中でギフトが制限されるらしいことは夜霧も聞いていた。だが、それは賢者関係者が支配する街に限られるらしい。
「その通りです。実際、王都内でギフトが使用できるのは確認ずみです」
賢者候補を代表して言うのは、将軍のクラスを持つ
「そうだろうとは思ったよ。ギフトが使えないとわかった上であんな態度にでるわけねえからな。で、お前らがギフトを使えない理由は簡単だ。王にはギフトを弱体化させる力がある。その力は王都全体を覆ってるんだが、その力は俺に近づけば近づくほど強まるってわけだ。だから安心しろ。お前らの力が永遠に使えなくなったわけでもねぇし、俺のそばを離れれば、そいつの指もくっつくだろ」
ギフトの制限は局所的なもの。そう聞いたからか、ようやく賢者候補たちは落ち着きを取り戻した。
「とりあえずはこんなもんでいいだろ。なぜ弱体化が必要なのか、何がどこまで弱体化されるのか。そのあたりのことは誰かに聞け。じゃあ本題だ。良く聞いとけよ。何度も説明するほど暇じゃねーからな」
言われるがまま、賢者候補たちは素直に耳を傾けた。
「お前らが賢者になるには偉業を達成する必要がある。この国でお前らがやれそうなのは二つ。一つは、アルガンダ帝国の侵略を阻止することだ」
王が言い放ち、賢者候補たちがざわめいた。国が相手となると、彼らのこれまでの修業がどれほどの意味を持つのか。不安にもなるだろう。
「……なんとなく、本当にそこはかとなく、かすかに思うだけで、まさかとは思うんだけど……それ、高遠君が、またまたもうやっちゃってるってことはないかな?」
知千佳がぼそりとつぶやいた。
*****
時は少し遡り、夜霧たちが出発した直後の塔の跡地。
「もうこうなったら全裸でうんこするぐらいしか、できることはないのでござるよ!」
「なんでだよ!」
土下座状態で泣き叫ぶ少年に、更に幼い少年がツッコンでいた。
泣いているのは花川大門。日本の高校生で、賢者によりこの世界に召喚された少年だ。
もう一人は魔神アルバガルマの眷属。その最後の一人で、名をリュートと言った。
眷属は全滅し、リュートだけが生き残ったのだが、事情がまるでわからない。そこで、この場に一人残っていた花川から情報を引き出そうとしているのだ。
「だってそうでござろうが! もう論理的合理的に拙者がこの場で生き残る方法など何一つ無いではないですか! どうせ聞くこと聞いたらさっさと殺すつもりなんでしょうがぁ! 実力的にはとてもかないませんし、もちろん逃げることもできない! なんかあれでしょ、幼く無垢な少年みたいな見た目だけど、実は残酷無慈悲で、虫けらのようにあっさり殺したりして、あれれぇーおかしーぞー、こんなんで死んじゃうんだぁ、ふっしぎぃ! とか言ったりするんでしょうが!」
花川は無様に泣き叫んでいた。
リュートは、主の仇を討つために花川を情報源として使うことにしたのだが、これではまるで話にならない。
「さっきまでの床に額をこすりつけてへこへこしながらも、なんとしてでも生き延びてやるって顔をしてたのはなんだったんだよ?」
「え、見られてたでござるか?」
「ばっちり見えてたよ」
「……いや、その、そう思ったのはいいものの、結局どうしようもなくてですね……」
花川は実にバツが悪そうに言った。
「だからもう開き直って、脱ぐぐらいしか!」
「だから何でなんだよ! 本当に脱ごうとすんなよ!」
花川はもぞもぞと服を脱ごうとしていた。
「え、脱がずにうんこしろと? 着衣脱糞とはマニアックですな!」
「念のために言うけど、絶対にしないでよ? したら殺すからね」
リュートからすれば、花川はゴミのような存在だ。実力差がありすぎるため、花川が何をしようとかすり傷すら負うことはないだろう。
だが、魔神の眷属とは言っても醜い物を見れば不愉快な気分にもなるし、意味不明な言動には困惑したりもする。
「わかったよ。気まぐれで殺したりはしないから落ち着いてよね」
なので、しぶしぶではあるのだが、リュートは本気で花川をなだめようとしていた。
「本当に? けど、そんなこと言いつつも、ついうっかりとかってことは?」
「ないよ。君しか話を聞く相手はいないんだから、そんな簡単には殺さないよ」
「本当でござるかぁ? そんなことを言いながらも、約束なんて忘れちゃう系のキレた少年を演出するんじゃないでござるかぁ? ほら、唯一の情報源を殺すなんていう後先考えてない行動で、僕は普通じゃないんだぜ感を醸し出そうとするかもしれないでござるよね?」
「……やっぱり殺そうか?」
「すみませぬぅ! 生き残る目が出て来たかと思い、調子に乗っておりましたぁ!」
花川はさらに額を床にこすりつけた。
「で、さっきも言ったように、念じただけで相手を殺せるような奴がいるなんてとても信じられないし、ましてやそれで主様を殺せるなんてのはありえないことだよ」
「ですが!」
「ああ。わかってる。少なくとも君が本気でそう思ってるのはよくわかったよ。経緯はともかくとして、その高遠夜霧ってやつが、主様を殺した可能性が高いってのはわかった。ここにいた奴らは仇として全員殺すのは当然だけども、まずはそいつを殺すのが最優先だ」
「あの、それはいいんですけども、どうやって、というのが問題かと思うのですよ。もちろんリュート様が高遠を殺してくれるというなら願ったりかなったりでして、拙者も枕を高くして眠れるというものです。ついでに知千佳たんもゲットできるならなお嬉しいということなんですが!」
「そうだね。その即死能力ってのが眉唾ものだとしても、主様を殺しうる奴が相手だと想定する必要はあるよね。そうなると僕ではとても勝てないということになる」
「ではどうするのでござろう?」
「それは簡単だよ。主様よりも強いお方の力を借りればいい」
そう言って、リュートは懐から何かを取り出した。
金色に輝く棒状のそれは、ぐねぐねと歪んだ複雑な形状をしている。
「それは?」
「主様のお体から回収したんだ。封印の鍵だよ」
「その、封印ってのが、嫌な予感がするんでござるが? 封じられてるものわざわざ解放するってなんなの、的な?」
「主様は兄妹神の兄神でね。妹神様がおられるんだよ。まあその妹様の所業があまりに目に余ったので、主様が隙を見て封印されたってことなんだけど」
「ですが、魔神様に封印されるぐらいでしたら、魔神様よりも弱いということでは?」
「妹様は無茶苦茶な方だったんだけど、主様にだけは弱くてね。なんでもほいほい言うこと聞いちゃうんだよ」
「ははあ、なるほど。だまし討ちのような感じですか。それって封印解いたらむっちゃ怒り狂ってるとかないですかね。まあ、そんな方がおられるなら、もうその方にお任せするということで拙者は失礼いたしますね!」
そう言って花川は土下座状態のまま、ずりずりと後ろに下がり始めた。
そのままどこかに行ってしまうつもりなのだろう。
だが、リュートはすたすたと近づくと、花川の髪を無造作に掴んだ。
「どこにいくっての?」
「いえ、もう知っていることはほぼ全て話しましたし、殺さないということでしたら、拙者はどこへなりとも消え去ってしまえばよろしいかと! 拙者のようなゴミクズ同然のものは、もう今後リュート様の視界に入ってお目汚しすることなどないようにするのが一番かと思うのですが!」
「うん。でも、僕はその高遠ってやつのことをよく知らないんだよ。だから君にはついてきてもらわないと困るな!」
「いや、その、知らない人についていっては行けないとママが! それに一緒に歩いてて噂になっても恥ずかしいでござるし!」
「あははははっ。知らない人だなんてつれないこと言うなよぉ、友達だろぉ?」
髪を引っ張り上げ、花川を無理矢理見上げさせた。
「いやぁああああ! もう勘弁してでござるよ! また連れ回されて、そんな魔神様の手に余るようなのを復活させるとか冗談ではないでござるよ! つーかなんなんですかもう! ボクっ娘にいいように扱われたかと思えば、今度はショタですか! そんな趣味はないのでござるよ! せめて女装でもすればいいんではないですか!? そしたら、男の娘カテゴリとして認めるのもやぶさかではないのでござるが!」
やけくそぎみに花川が言う。リュートが逆立ちしても勝てない強者であるとかそんなことは、この瞬間吹っ飛んでしまっているのだろう。
「ん? 女の格好がいいの? まあ見た目なんてどうだっていいんだけど」
別に花川の期待に応えてやる必要など微塵もない。だが、服装を変更するなど息をするよりも容易かった。
なので、リュートはきまぐれに姿を変えた。どこかで見かけた町娘のような格好だ。
「お、おお! それはボクっ娘よりいけてますな! いやぁ、見た感じいけるのではないかと最初から思っていたのでござるよ!」
花川が目を輝かせた。もうすっかり現状や立場を忘れてしまっているらしい。
「まあ、人間と違って生殖の必要はないから、僕に性別はないんだけどね」
「ん? それは……どっちなんですかね? 両方ついてるタイプですかね?」
「使わない器官なんて必要ないでしょ」
どん!
途端に大地が揺れる勢いで花川の拳が地面に叩き付けられ、リュートは思わず髪をつかんでいた手を放した。
「それは違うでござろうがぁ!」
花川は号泣していた。
「え、なんで泣いて……」
リュートは呆気に取られた。この瞬間の花川は、気迫だけなら大したものだったのだ。
「無性とか最悪でしょうがぁ! 男の娘はちんちんがついててなんぼのもんでしょうがぁああああああ!」
「えぇええええ? なんだよ、女の格好がいいって言ったからそうしたのに」
リュートには花川のこだわりがまったくわからなかった。