4話 剣からビーム出るような人たちに勝てるわけないでしょ!
夜霧は自分が手にしているペンダントをまじまじと見つめた。
金色の鎖の先に、硬貨ほどの大きさの丸いペンダントトップが付いている。
目立つモチーフは竜と剣と獅子だろう。それらが精緻に刻みこまれていて、確かに貴重な品なのかもしれないが、それにしてもこの状況はおかしいと夜霧には思えた。
今、夜霧を尋問していた衛兵たちはかしこまって跪いている。このペンダントを見たためだろう。だが、こんな小さなペンダントの意匠など遠目に見てもよくわからないはずなのだ。
「えーと、なんなんだろ、これ?」
当然、知千佳もわけがわからないという様子だった。
「わからないから聞いてみようか。ねえ、これってなんなの?」
夜霧は、南中央門の警備責任者だと名乗った男、トルクスに聞いた。
「それは、王家の紋章が刻まれたアミュレットです。王威の込められたアミュレットは、王家に忠誠を誓った者に命を伝えるのです」
「さっきはギフトの鑑定結果なんていくらでもごまかせる、みたいなことを言ってたけど、これが偽物って可能性は?」
「我らが王威を見誤ることはありえません」
トルクスは断言した。
理屈はわからないが、彼らにとってそれは確信に近いものらしい。
「これは見せないとわからない?」
「はい。懐に入っている状態ではさすがにわかりませんが」
「じゃあ、通してもらえるのかな」
「もちろん――」
「ちょっと待ってくれないかな?」
その声は夜霧たちの背後から聞こえてきた。
夜霧がふりむくと、装甲車の陰から男があらわれた。
他の者たちと同じ制服を着ているので衛兵のはずだが、どことなく雰囲気が異なっている。
夜霧はアミュレットをその衛兵に見せつけた。装甲車の陰にいたので見えていなかったのだろう。アミュレットに衛兵を従える効力があるのなら面倒がなくていいと思ったのだ。
「何か勘違いしているようだね? そのアミュレットは王家の者の意思を伝えるだけのものであって、衛兵を黙らせるようなものではないよ?」
随分と自信に満ちた、人を見下したような物言いだった。
「そうなの?」
「はい。それはただ、王家の者の意思を伝えるためのものですので。我らが跪いたのはリチャード様への敬意を表したまでのことです。そのアミュレットが、何をしても許される免罪符のようなものであるとはお考えにならないでください」
夜霧が確認すると、トルクスが釘を刺してきた。そこまで便利な代物でもないらしい。
「僕の名はデイヴィッド。王家の末席に連なるものだよ。だから、まあ、別にリチャードに気兼ねする必要は特に感じないね」
「デイヴィッド! 無礼であろうが!」
トルクスが吠える。どういう関係なのか、夜霧にはよくわからなくなってきた。
「僕は副隊長だよ? 隊長が明らかにおかしな判断を下したのなら諫める義務があるだろう? なるほど、確かにそのアミュレットはリチャードの手によるもので、二つのメッセージを見る者に伝えてくる。一つは、彼らの王都での便宜を図って欲しいというもの。まあ、これはいいだろうさ。どこかでリチャードと知り合って意気投合でもしたんだろう。けれど、もう一つはどういうことなんだろう? この二人が聖王の騎士だってのは」
聖王の騎士。
それは、塔の試練に合格したものに与えられる称号だ。
夜霧と知千佳の二人は、塔の一階に到達した時点で、聖王の騎士となってしまっていた。
「聖王の騎士なら、剣聖から聖剣を与えられて、常に身に付けているはずだろう? それを見せてはくれないかな? それなら僕だって信じるよ」
「そう言われても、そんなのもらってないけど……ああ、そういや、そんなこと言ってたかな?」
「そこ重要だからちゃんと覚えとこうよ!」
「ああ、だから、リックが剣聖になったのはいいけど、塔が崩壊して聖剣とかすぐに用意出来ないから、とりあえずこれが代わりになる、みたいなことだったような」
夜霧の記憶力はいい方なのだが、それは覚えようとしたことに限られていた。アミュレットは渡されたのでなんとなく受け取っていただけだったのだ。
「は、語るに落ちたね。リチャードが剣聖? 馬鹿を言うなよな」
「そう言われてもなぁ。どうしたらいいんだよ」
夜霧は頭をかいた。
アミュレットのおかげで、この局面はどうにかなるかと思ったところでこれだった。
嘘をついているつもりはないが、証明のしようがない。正直な話、だんだんと面倒になってきている。
「証明してみせてくれよ。聖王の騎士だってなら、剣の腕前でさ」
そう言ってデイヴィッドが剣を抜いた。
「デイヴィッド! どういうつもりだ!」
「簡単なことだろ。剣位を持ってない僕ごときに負けるような奴が聖王の騎士なわけがないんだから。さあ、どうする?」
デイヴィッドは意に介さなかった。トルクスもその通りだと思ったのか、それ以上は口を出そうとはしない。
夜霧と知千佳は顔を見合わせた。
「どうしたもんかな?」
「とりあえずここは引き返したほうがいいんじゃない? もうちょっと穏便にすませる方法を考えようよ」
『なに、知千佳。お主が戦えばよいではないか!』
「そうそう、私が戦えば簡単に……って剣からビーム出るような人たちに勝てるわけないでしょ!」
『大丈夫だ。こやつの剣からはビームは出ぬ!』
「ええぇ? そんなこと言われてもさぁ」
「とりあえずやってみたら? 危なそうなら俺がどうにかするし。王都に入れないとこれから先めんどくさそうだ。他の手段を探すっていっても、すぐには思い付かないし」
知千佳は少し悩んだようだが、渋々戦うことを受け入れた。
*****
知千佳はデイヴィッドと5メートルほどの距離を置いて対峙していた。
デイヴィッドは、長さ一メートル程の両刃のロングソードを手にしている。
知千佳が持つのは片刃の日本刀、小太刀だった。長さは五十センチ程度。装甲車の中に用意されていたものだ。
二人の周囲を衛兵たちが囲んでいて、その中に夜霧もいる。
この状況が罠ということはないようで、殺意を持っているのはデイヴィッドのみという状態だ。
「こっちが勝ったら、聖王の騎士って認めてくれて、王都に入れてくれるという約束に間違いはない?」
夜霧は隣にいるトルクスに聞いた。
「それは……もちろん。もともと検問はしておりませんし、我々としては、リチャード様のアミュレットだけで十分ではあるのですが、副隊長が異議を唱えている状態で、無理も通せず……」
デイヴィッドは王家の血がかろうじて流れているという程度の者らしいのだが、その関係性は複雑なようだった。
「高遠くん、なに他人事みたいに見物モードに入ってんの!? セコンド、そう、セコンドについてよ!」
知千佳がのんきにしている夜霧に向けて叫ぶ。夜霧は輪の中に入り、知千佳の隣まで歩いた。
「なんだったら代わろうか?」
知千佳はかなり余裕がない状態になっている。無理にやらせることもないかと夜霧は考えた。
「でも、高遠くんは剣で戦うなんてできるの?」
「ふりならね。適当なところで殺して、死んで動けなくなったところを突き刺すとかすれば格好はつくんじゃないかな?」
「なんなの、その時間差殺人トリックみたいなやり口!」
『いや、ここは知千佳にやらせておきたい。こやつ、あまりにも小僧におんぶにだっこじゃ。このままではいかんとは自分でも思わぬか?』
「そりゃそうだけどさ。でも私で勝てるの? あ、あのロボットからもらった武器は?」
知千佳は変形する金属状の武器を身にまとっている。確かにあれを使えば、ロングソードしか持っていない敵など楽勝だろう。
『今回あれは使わん。使うまでもないわ』
もこもこは断言した。かなり自信があるらしい。
「でもさ、この世界の人ってギフトだとかなんだとか使うわけでしょ?」
『あやつはただの人間だな。この世界でもギフトを使える者は珍しいのだ。我もただのんべんだらりとしておったわけではない。そのあたりは調査しておった。奴らの言う鑑定能力ではないが、大まかに相手の実力を読めるようにはなっておる』
「今まであまり気にしてなかったんだけど、異世界の人って私たちと違いはないってことなの?」
『結論から言えば、この世界の人間は、お主らの世界の人間となんら変わらん。なので壇ノ浦流は通用するということだ』
「どういうこと?」
気になって夜霧は聞いた。
『うむ。壇ノ浦流は基本的には対人間の技だ。人体構造や、反射、心理などを利用して技をかける。なのでそのあたりは真っ先に調べておったのだ。ま、もっともこの世界の人間が違うということであれば、それに合わせて技を変化させればいいだけではあるのだがな。壇ノ浦流は歩みを止めぬ進化する流派なのだ!』
「でも、獣人とかいるよね。あれはどうなの?」
『あれらはほぼ人間なので、大半の技は通用するな。要するにキメラなのだ。動物部分と人間部分で遺伝情報が……ま、今は関係なかろう』
「なんかむっちゃ気になることさらっと言われたんだけど!」
「さて、そろそろはじめてもいいかな? おい誰か合図をしてくれ!」
あれこれと喋っているとデイヴィッドがしびれをきらした。
すると隊長のトルクスが一歩前に出た。
「戦いは一対一で行い周囲の者は手出しをしない。勝敗はどちらかの戦闘不能、もしくは降参により決する。が、何も殺し合いをする必要はないだろう。勝負がついたと私が判断すれば止めるがいいか?」
トルクスがルールを簡単に説明する。一対一である以外はなんでもありということらしい。
二人がうなずく。知千佳も覚悟を決めたようだ。
「始め!」
トルクスが合図をし、夜霧は邪魔にならない場所に移動した。
戦いは静かに始まった。
デイヴィッドは両手で持った剣を頭上に掲げる。
『ふむ。西洋剣術でいうところの屋根の構えに似とるな。ま、簡単に言えば上段構えということだ』
知千佳はというと肩幅ぐらいに足を開いて半身になり、右手に持った刀をまっすぐに相手の顔へと突き出していた。左手は腰の後ろに回してぴたりと付けている。
そして剣先をゆらゆらと揺らし始めた。
「最悪、あいつを殺せばいいからそれほど心配はしてないんだけど、勝てるもんなの?」
こんな勝負に馬鹿正直に付き合う必要はないと夜霧は思っていた。向こうから突っかかってきたのだから遠慮する必要はない。適当なところで殺せばそれで済む話だ。
『大丈夫だ。これもいい機会だから極力邪魔はせんでくれ』
「相手は自信ありげだけどな」
『多少は腕に覚えがあるのだろう。そして、お主らがギフトをもっておらんことも看破しておるはずだ』
「擬装してるのに? 今は賢者候補に見えるようになってるはずだけど」
夜霧たちは、ホテルのコンシェルジュにステータスが擬装できる指輪を与えられていた。
それは一般人と賢者候補のステータスを切り替えることができるもので、今は賢者候補に設定してある。
『それなんだがな。確かにステータス上は賢者候補に見えるのだが、ギフトなしということになっておるのだ。つまり、すごく弱そうなことには変わりないのだな』
「そりゃそうか。出来もしない能力を使えることになってるのもややこしいし」
しかし、それはそれで問題だろう。擬装方法については検討の必要がある。
「相手は正統派っぽいけど、壇ノ浦流は違うよね」
夜霧には、知千佳の構えは変わっているように見えた。あれでどう戦うのかがよくわからない。
『ほう? 小僧も壇ノ浦流に興味があるか。いいだろう! 教えてやろうではないか!』
「まあ、多少は」
『壇ノ浦流のモットーは卑怯上等! とにかく奇をてらえ! というものだ。戦うなら、最も卑怯な手段を見いだし、躊躇なくそれを行え。予想外の行動で敵を欺け。そう教えておる。殺し合いで正々堂々など馬鹿のすることだ。死んでは何も残らんからな』
「それだと壇ノ浦さんは後継者とか無理なんじゃ?」
夜霧はこれまでの知千佳の行動を思い出した。どう考えても向いていない。
『うむ。あやつは心根が素直だからな。正直なところ欺し合いには向いておらんのだが、それでもあやつを後継者と見込んでおるにはわけが……む、そろそろ状況が動きそうだ』
「にらみ合ってるだけに見えるけど」
『敵はリーチを活かすつもりだろう。突っ込んで来たら剣を振り下ろすつもりなので動く必要はない。だが、知千佳はもう動いておるぞ?』
言われてみてみれば、肩幅ぐらいに広げていた足がそろっていて、少しばかり前方に移動している。
『左足は敵から見えぬように隠しておってな。すこしずつ動かして間合いを詰めておるわけだ。伸ばした剣は逆に少しずつ引いておる。解説してしまえば、なんということはないが地味に嫌らしい手口でな。間合いを見誤らせることができる。そろそろ動くぞ』
もこもこが予告する。男が悶絶したのはそのすぐ後だった。
*****
ロングソードを上段に構える男を前にして、知千佳は恐怖を感じていた。
今、防御に使えるのは手にしている小太刀だけであり、重量の差を考えればまともに受けられるかも怪しい。
つまり、攻撃を受ければ死ぬ。当たり前のことであり、当たり前の恐怖だ。
だが、知千佳は恐怖にすくんではいなかった。
真剣を相手にするぐらいのことも当たり前のことだったからだ。
今も、知千佳は淡々と距離を詰めていた。
一見わからない程度に少しずつ足先を動かしていく。
知千佳は相手の目をまっすぐに見ていた。
タイミングを計る。知千佳がやろうとしていることは単純だ。
敵のまばたきに合わせて知千佳は動き出した。
右手の小太刀をほんの少しだけ上に投げて滞空させる。同時に脱力して前方へと倒れた。
地面と水平近くに体が倒れた所で地面を蹴り、滑るように間合いを詰める。
左手で敵の膝裏を払い、その反動を利用して体を起こす。それで倒せるならよかったが、敵は踏ん張った。その隙に知千佳は敵の背後へ回り込む。
ここまでくれば後は簡単だ。人の背面には素手でも効果的な急所がいくらでもある。
敵は、足を払われた時に股を開いてしまっていた。知千佳は、隙だらけの股間を思い切り蹴り上げた。
*****
「ん?」
夜霧には何が起こったのかまるでわからなかった。
気づけば、知千佳の刀が地面に転がっていて、男は股間を抑えてうずくまっている。
知千佳は男の背後に立ちそれを見下ろしていた。
『縮地もどきだな。あの男には知千佳が消えたように見えたことだろう』
「名前ぐらいは聞いたことがあるな。けど、もどきって?」
『消えるまでに手順が多いからな。敵のまばたきに合わせて、小太刀を放しての視線誘導、姿勢を低くしての移動などの小細工をしておるがゆえのもどきだ。本来それらは必要ない。壇ノ浦ではないのが悔しいが、我の知っておる達人なら小細工なしに数秒は目の前から消えてみせるぞ?』
夜霧は感心した。壇ノ浦流などというのはもこもこの悪ふざけのようなものかと思っていたが、十分に使えるものらしい。
「私の勝ち。じゃないなら止めをさすけど?」
「しょ、勝負あり!」
知千佳が判定を求めると、トルクスは慌てて決着を告げた。
途端に衛兵たちから喝采の声が上がった。
デイヴィッドという男はよほど人望がないようだった。