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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。 作者:藤孝剛志

第3章 ACT1

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1話 なんだって私がこんなところで死ななきゃならないのよ!

『……診断モードに移行。状況EXと判定。人格ユニットと仮想人体をディスコネクトします。起きてください』


 そんな声が聞こえてきて、篠崎綾香は目を覚ました。

 随分とおかしな体勢になっていた。

 手足は何かにひっかかっているし、体は斜めになっている。

 体はうまく動かず、もどかしい。動かないわけではないが、どこか遠くにあるものを操っているような感覚だった。

 何度かの試行錯誤の末に、綾香はコツを掴んだ。体を動かそうと考えてから、実際に動くまでに時間差があるのだ。要はゆっくりと、確実に動かしていけばいい。

 綾香は絡んでいる手足を戻し、どうにか上体を起こしてあたりを見回した。

 座席がずらりと並ぶここは観光バスの中のはずだが、綾香はそう認識するまでに多少の時間を要した。バスの後ろ側半分がなくなっていて、床が斜めになっていたからだ。

 通路は血で濡れていた。少し見上げた先、出入り口側に誰かが倒れている。制服からして男子生徒で、狭い通路に横たわっていた。

 男子生徒の腹には大きな穴が空いている。死んでいるはずだ。こんな大怪我をして生きていられるはずがない。

 綾香は次に自分の体を確認した。自分も血まみれで、胸には大きな穴が空いている。男子生徒と同じような状態だというのに、なぜか自分は生きていた。

 綾香は思い出した。

 修学旅行中だった。バスが突然平原に移動してしまい、賢者を名乗る女があらわれ、クラスメイトは自分たちを置いてどこかに行ってしまったのだ。

 わけがわからない状態だ。だが、綾香はひどく冷静だった。

 ただ、淡々と現状を認識していた。


『こんにちは。状況は把握出来たでしょうか?』

「だれ?」


 先ほども聞いた声だ。それは、綾香の頭の中に直接響いていた。


『私は診断ユニットです。そして、あなたは人格ユニット。篠崎綾香を体現するものです』

「わけがわからないんだけど」


 平板な声を綾香は発していた。確かにわけはわからない。だが、それをなんとも思っていなかった。


『記憶に混乱が見られますね。まずは整理いたしましょう。修学旅行中の我々は、突如謎の生物に殺されました』


 綾香は思い出した。天井を突き破って入ってきた鋭い何かに胸を貫かれたのだ。

 上空にドラゴンがいる。逃げて行ったクラスメイトはそんなことを言っていた。ならば、それはドラゴンの攻撃だったのだろう。


『正確には、人間なら死ぬようなダメージを受けたので、死亡状態を再現していたということになります。なぜなら、あなたには人間と同様の死は存在しないからです』


 そう言われて、綾香は胸に空いた穴を確認した。一見、それは痛ましい傷口だ。血があふれ、肉がえぐれ、臓器が露出している。だが、本当にそれが人間の体内の様子なのかと言われると、どうにも怪しく思えた。

 ゆっくりと右手を傷口に差し入れて内部を確認する。なんの感覚もなかった。


『我々は人造人間です。無機質と有機質を組み合わせて作り上げられた、生命の模倣品なのです』


 それは衝撃の事実なのだろう。だが、感情は動かなかった。そうなのかと思っただけだ。


「それで。あなたが出て来たのはなぜ?」

『はい。本来、人間なら死ぬような状況になった場合、先ほどまでの状態を維持し続けて回収を待つことになっていました。ですが無線によるネットワーク通信は行えず、周囲の環境は想定外のものとなっています。人間以上の耐久力を持つとは言え、このままですと我々は機能を停止することになってしまいます』

「停止するって死ぬってことよね? 人造人間なら死なないんじゃないの?」

『はい。生物としての死はありません。記憶情報の保持さえ行うことができていれば、この体が機能を停止したとしても再生することは可能です。ですが、それは研究所に回収されればの話です。このまま待機し続けていても状況が改善される可能性は低いと判断しました。ダメージが想定以上であり、いくつかの重要な臓器の欠損があります。このままではいずれ身動きがとれなくなります。早急に対応する必要があり、その為にあなたとの連絡を行ったわけです』

「つまり、この体を動かせるのは私だけということ?」

『概ねその通りです。あなたを通してこの体を操るのが最も効率がよいのです』

「死ぬような怪我をしたから死ぬだけのことでしょう。無理に延命することに意味があるの?」


 何のために自分が作られたのかはわからないが、人造だと言うのなら新たに作ればいいだけのことだろう。今の綾香はそのように考えた。全てがどうでもいいように思えたのだ。


『お前がどう思うかは知らんが、計画遂行ユニットとしては、死なれちゃ困るんだよ』


 別の声が聞こえてきた。様々なユニットがあるようだが、それぞれが個性を持っているのだとすれば、随分と無駄なことをしていると綾香は思う。


『我々には個性はありません。感情をシミュレートするアルゴリズムを持つのは人格ユニットだけであり、あなたが我々に個性を感じているのは、そのような解釈を行っているにすぎません。実際、今行われているのは会話ではありません。ユニット間プロトコルによるローカル通信です』

「計画って?」

『次世代の人類を作り上げるプロジェクトだ。俺たちは第三計画だな。生物と機械を融合させた個体による人の模倣と、社会への適応状況を観察することになっているって、反応が薄いな』

『仮想人体をディスコネクトした影響でしょう。感情は肉体の、主に脳の影響を受けるものですから』


 怪我による苦痛を切り離す為なのだろう。体がどこか遠くにあるような曖昧な感覚はそのためで、感情もどこかに置いてきたように綾香は感じていた。


『それだけどよ。こういう不自然な状況は計画遂行ユニットとしちゃ、首肯しかねるな』

『メディカルユニットとしては、最善の方法だと思っていますよ。自然な状態と言われましても、この場合は死んでいるのが自然ということになるんですから』

『バトルユニットからの意見としては、今のままじゃ戦うことすらできないわね。エネルギーのほとんどを生命維持に回してるんだけど、底の抜けたザルに水を流してるようなものよ。すぐに力尽きてしまうわ』

『以前から疑問に思ってるんですけど、バトルユニットって必要なんですか?』

『とりあえず、仮想人体のみ修復するってのはどうだ? 胸に大穴が空いてるのは見ないって方向で』

『それについては大丈夫ですよ。視覚情報をマスクいたしますので、人格ユニットからは無傷の状態に見えるようにできます』

『そうですね……人格ユニットがこのままの状態では活動に支障を来しますので』


 途端に様々な感覚が蘇り、綾香は混乱に陥った。


「ちょっと! するならするで、予告とかしなさいよ!」

『すみません、何分はじめてのことでして』

『で、どうよ。このまま死ぬつもりか?』

「まさか! なんだって私がこんなところで死ななきゃならないのよ!」


 先ほどまでの厭世観にとらわれた状態が嘘のようだった。

 綾香は体を確認した。胸に空いた穴は元通りになっている。制服も以前のままで、血の汚れなどは完全に無くなっていた。

 これは中々に衝撃的な体験だった。こんなことができるとなれば、自分の見ているものの真偽が実に疑わしくなってくる。


「あんた達が私の中にいるってのはわかったし、人造人間だっていうならそうなんでしょうよ。で、私はどうすればいいの?」


 だが、この世界が現実なのかなどという壮大な疑問を綾香は横に置くことにした。それは気にするだけ無駄なことだろうからだ。


『損失した箇所を補う必要があります。有機質を取り込んでください』


 メディカルユニットが言わんとしていることを察し、綾香は目の前に転がっている男子生徒を見つめた。

 桐生裕一郎だ。バスに残された四人のうちの一人。綾香と同様の目にあったのか、腹に大穴が空いている。


「取り込むって……これを? 冗談じゃないわ! どれだけ困窮しようと、人を食べたりなんてするもんですか!」

『そうですね。無理にとは言いません。そもそもこの程度では足りませんので』

『俺も人間を取り込むのは反対だ。それは、計画に反する行いだろう』

「私は後どれぐらい動けるの?」

『おおよそ三十分程度でしょうか。ユニット間での議論が長引いてしまいましたので』

「とにかく人間を食べるとか取り込むとかは論外だから!」


 綾香はバスを出ることにした。

 斜めになった床を下り、壊れた後部から平原へと出る。

 わけのわからないことが立て続けに起こっているが、やはり一番不思議に思えるのはこの景色だろう。

 バスは雪山を走っていたはずなのに、いつのまにか春の陽気に包まれた平原にいるのだ。こんなことがありえるとはとても思えなかった。


「あと二人いたと思うんだけど。どうなったかわかる?」

『バスに残されていたのは、高遠夜霧と壇ノ浦知千佳ですね。少なくともこのあたりで死んでいるということはなさそうです』

「私が死んでいる間の記録とかはないわけ?」

『死んだ人間が何かを見たり聞いたりするわけがないだろ? 俺たちがやっていたのは、研究所への通信だけだ』

「なんなのその頑なな方針は」

『確かに融通が効かない部分があることは認めよう。だが方針転換だ。今は、取れる手段は全て取って、どうにかして研究所へ帰還するのが俺たちの最優先目標になっている』


 あたりを見回す。

 どこまでも平原が続いていた。近くには森があり、離れた所には街らしきものが見えている。

 そして、バスの側には大きな爬虫類らしきものが倒れていた。これがドラゴンなのだろう。桐生と綾香を殺した存在だ。

 見ていると怒りがわき上がってくる。綾香はドラゴンに近づき頭部を蹴飛ばした。

 すると、ドラゴンの首は勢いよく跳ね、おかしな方向へとねじ曲がった。


「え?」


 綾香は呆然となった。軽く蹴ったつもりだったし、固そうな鱗に跳ね返されるだけだと思っていたのだ。


『現状、無理矢理に体を動かすためにリミッターが外れています。注意してください』

『この生物の質量なら、損失した部分の修復に足りるかもしれません』

『人間を食うよりはましだな』

「……これを?」


 あらためてドラゴンを見る。

 表皮は頑丈そうな鱗で覆われている。食べられる部位を探すには手間取りそうに思えた。


『我々の知識にはない生物ですが、おそらくは爬虫類。中生代に存在していたと思われる恐竜のようなものでしょう。炭素生物には違いないかと』


 綾香は少し迷った。だが、他にいい案も思い付かない。残り時間はもう三十分を切っているのだ。


『判定ユニットとしてはこのまま余計なことはせずに人間として死ぬのもありかと思っております。これまでの記録を厳重に保管しておけば、いずれ誰かが見つけてくれることでしょう』


 計画とやらが人間を作りあげることなら、それは死を持って完結するのだろう。ここで死んだとしても、それは貴重な実験の成果だとでもいいたげだった。

 綾香は考える。ここで死んでしまっていいものかと。

 死にたい理由などない。綾香の人生はこれまで順風満帆だったのだ。これから先も幸せを約束された人生を歩み続けるはずだった。

 まだ高校二年生だ。これから先、いくらでもやるべきことはあるだろう。なのに、こんなわけのわからない場所で人生を無に帰してしまっていいものか。


「それに、なんだって私があんな奴らにいいように利用されて死ななくっちゃならないのよ!」


 クラスメイトたちのことを思い返すと、腸が煮えくりかえりそうな激情に襲われた。

 クラス全員で逃げる方法を考えてもよかったはずだ。なのに彼らは、実に安易で非情な決断をあっさりと下した。

 あの時点ですでに、無能力者に対する差別意識のようなものが芽生えはじめていたのだろう。

 それを許すことができなかった。

 なによりも、篠崎綾香を見下すような人間がいることを許容することができなかったのだ。


「どうすればいいの?」

『まずは組成を知りたいですので、少しばかり口にしてもらえませんか?』


 綾香は手刀をドラゴンの鱗に突き刺した。

 あっさりと貫通し、生温かい肉の中に手が潜り込む。適当に肉を引きちぎり、綾香はそれを口に運んだ。常の彼女ならこんなことはできなかっただろう。だが、なんとしても生き延びて、クラスメイトたちに思い知らせてやる。そんな昏い感情が、おぞましい行為を可能としていた。

 ドラゴンの血肉は甘かった。口にした瞬間、蕩けるような快感を覚えたのだ。そして、強烈な飢餓感に襲われはじめた。


『問題ないですね。十トンほども食べていただければ十分でしょう』

『こんなわけのわからない生き物の肉を食うってのもなぁ。まあ人間を食うよりはましかもしれねーけど』


 綾香が、ドラゴンのほとんどを喰らい尽くすまでにさほどの時間はかからなかった。

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