22話 幕間 なんでそんなめんどくさいことしてるの?(第2章完)
「って、拙者置いて行かれてるのでござるが!」
夜霧たちには同行を拒否された。
リックたちにも、突然あらわれた花川を連れて行く義理などまるでなかったのだ。
「うぅ……ま、まぁとりあえず命の危険は去ったようなので、どこか落ち着ける場所を探すとするでござるか……」
花川も普通の人間と比較すれば大した能力の持ち主だ。
基本的な能力値は常人を上回るし、どんな傷でも一瞬で治す回復能力も持っている。多くを望まなければ、英雄もどきとしてそれなりに活躍することはできるはずだった。
どこかの寒村で周囲の魔物でも退治していれば、それなりの立ち位置を確保することは可能だろう。なんならハーレムでも作っていちゃいちゃし放題なんてことも夢ではないはずだった。
「そうでござるよ。拙者これでも魔王を倒したパーティの一員だったりするのですよ。ワンランク上を目指してもいいはずでござる! ……そうですな。まずはこの塔の地下でも探索するとしましょうか。高遠はレアアイテムだとかには興味がなかったようですし」
魔神を封印していた塔なのだ。何かが残されているかもしれない。花川はいくらでも物を収納できるアイテムボックスというスキルを持っている。財宝の持ち運びに不便はないのだった。
さっそく地下へ向かおうとしたところで、花川は何者かの気配を感じて振り向いた。
少年が立っていた。
随分とくたびれた様子で、精根尽き果てたという雰囲気だが、その目だけは爛々と輝き狂気を孕んでいるかのようだった。
「え? あ、その」
花川は即座に土下座を敢行した。何度もこんなことをしているためか、やけにスムーズな動きになってきている。
本能が言っていた。
これはどう見てもヤバイ奴なので、逆らってはいけません。花川は本能の訴えを素直に聞き入れた。
「ねえ? これどうなってるわけ?」
少年が一歩を踏み出すと、塔の床が砕けた。八つ当たりだろう。今はその八つ当たりが花川に向かないことを祈るしかなかった。
「あ、あの。そう! 全部高遠夜霧という男が悪いのですよ! ぜんぶ、ぜーんぶ、本当に全部高遠が悪いのでござる! 真実でござる!」
少年は眷属の生き残りだ。どこからどう見ても人間の少年なので、夜霧は殺さなかったのだろう。眷属で死んでいるのは、バケモノじみた姿をしている者だけだった。
「オルゲインが死んだのも?」
「はい!」
「仲間たちが死んだのも?」
「はい!」
「主様が死んでたのも?」
「はい、はい! そうなんです! 全部あいつのせいなんですよぉ! 拙者まったく関係ないのでござる、たまたまここに連れてこられただけなんですぅ!」
惨めったらしく訴え掛ける。戦うなど以ての外で、逃げられる気もしない。ここは泣き落とししかないと花川は考えた。
「信じられないな」
「そうおっしゃられましてもぉ!」
「けど、今の僕には何もわからない。もっと詳しく話を聞かせてもらおうか」
「承知いたしましたでござるぅ!」
花川は床に頭をこすりつけた。
リクトというチートハーレム野郎から逃れてもアオイに連れ回され、ようやく助かったと思えば今度は魔神の眷属とやらが花川を扱き使おうとしている。
だが、二度あることは、三度も四度もあるものだ。
生きていればチャンスはある。花川はとりあえずは服従し、成り行きにまかせることにした。きっと今度もなんとかなる。そう信じることにしたのだった。
*****
賢者シオンの館にある一室。
そこに四人の賢者が集まり、円卓を囲んでいた。
「アオイが消息を絶ちました」
シオンはそう報告した。
前回の会議で、シオンが呼びだした高遠夜霧の存在が問題となっていたのだ。
おそらくはレインの行方不明と、サンタロウの死に関わりがある。
確実ではないものの、たかが賢者候補だ。とりあえずは始末しておけということになった。
一応は賢者に対抗できるだけの戦力があるものと想定。はぐれ殺しのアオイがその任を負うことになった。
たまたま不相応な力を身に付けただけの半端者ならばアオイが適任だろう。そういうことになったのだが、ハナブサから峡谷へ向かうとの連絡を最後に消息を絶ったのだ。
「ってもよぉ。レインにしろアオイにしろ死ぬとか考えらんねぇだろ。まぁ、サンタロウは死体があるからそうなんだろうがよ」
そう言うのは貧相な体格の男、ヨシフミだった。皮のズボンに、鋲のついたジャケットといった格好はチンピラとしか思えないが、彼も賢者の一人だ。
彼はエントと呼ばれる地域を支配する皇帝だった。他の賢者とは違い、自らの領域を直接統治しているのだ。
「峡谷では大規模な破壊が巻き起こった模様ですね。地形が変わってしまってます。この地には剣聖が住んでいるという噂ですが、アオイが敵対するというのも考えづらいですね。そうなると、死にはしなくとも、アオイの身に何かがあったのではと思ってしまうのですが」
「その高遠夜霧ってのもどこにいるかはわかんねーんだろ? だったらとりあえずはほっとくしかねーじゃねーかよ」
「てかさぁ。シオンが呼びだしたわけでしょ、その高遠ってやつぅ。人任せにしてる場合なのぉ? ここは責任を持ってあなたが始末しなきゃいけないんじゃないの?」
文句を言うのはピンクのドレスを着た少女、賢者アリスだった。
彼女はプリンセスを自称しているが、ヨシフミとは違い国にも王家にも属してはいない。シオンには理解しがたいが、存在自体がプリンセスだと彼女は常から熱弁している。
「そうですね。幸い一緒に呼びだした者たちのことならわかりますし、彼らと接触があるかもしれません。わかりました。情報は共有いたしますが、今後は私が中心となって対応することにいたします」
アオイがしくじる、もしくはここまで手間取るとはシオンは思ってもいなかったのだ。
完全にあてが外れたシオンだが、こうなると直々に対処するしかなくなっていた。
「ああ、そういや、随分と減ってるんだっけ?」
思い出したように話に参加してきたのは、金髪碧眼の青年だった。
その容姿からわかるようにシオンたちのような元日本人ではない。彼の名はヴァン。大賢者の実の孫だった。
シオンたちが冠する大賢者の孫はただの称号でしかないが、彼は大賢者の血を受け継ぎ、この世界で生まれ育った者なのだ。
「ええ。立て続けに召喚を行ったのは減った賢者の穴埋めのためですね。もっとも成果はあまりなかったのですが」
「なんでそんなめんどくさいことしてるの? 増やすぐらい簡単でしょう?」
ヴァンはキョトンとした顔をしていた。本当に簡単なことだと思っているのだろう。
「そう簡単に増えないからいろいろと手を尽くしているんですよ。でしたらヴァンは賢者を増やすことができるというんですか?」
「じゃあやってみるよ。レインとサンタロウの穴埋めでいいのかな?」
「二人と言わず何人でも。ここ最近の侵略者はなかなか手強いようですしね」
「そうだね。じゃあ何人か見繕ってみるよ」
ヴァンはあっさりと答え、シオンは複雑な顔になった。
もしそんなことが簡単にできるのなら、わざわざ異世界から候補者を喚びだしている自分は一体なんなのだと言いたくもなるが、そこはお手並み拝見というところだ。
「じゃあそっちはお前らでどうにかしてくれ。つーかよぉ、なんでそんなはりきっちゃってんだ? 侵略者なんざ、自分の領域にくるまでほっときゃいいだろうがよ? 俺らに課せられた義務は、領域内の侵略者の撃退のみだ。それ以外は知ったこっちゃねーだろうが?」
ヨシフミが言う。だが、賢者が減り続ければいずれそのしわ寄せはやってくるのだ。早い内に手は打っておかねばならないだろう。
「だからと言って空白地帯に現れた侵略者を放っておいて困るのは、近隣の者なんですけどね」
領域外だったとしても、近隣にあらわれたなら影響はあるだろう。それを無視することもできないはずだ。
「そうそう、その空白地だよ。前回はうやむやになったがよ。今回ははっきりさせてもらうぜ。要はレインの跡地を俺によこせって話だ」
「はいはーい! 私もハナブサ欲しいんだけどー!」
アリスが元気よく手を挙げた。
「ざけんな、メスガキ! てめえの領域と離れすぎてんだろうが!」
「なに? ヨシフミとこなんて、島じゃん! 海を隔てちゃってるじゃん!」
ハナブサはこの世界において、最も現代日本を再現している街だ。大半が元日本人の賢者にとってはそれだけで価値のある場所だろう。
「なんなのその三下ファッション! 雑魚じゃん! 出て来て数秒でやられる奴じゃん!」
「これのよさがわかんねーからガキなんだよ! てめぇこそそのフリフリはなんだおい? そんなプリンセスがどこにいやがるってんだよ!」
「喧嘩売ってんの!? 私の近衛騎士団が黙ってないからね!」
「かかってこいや! 俺の四天王が相手してやるぜ!」
「ぶふっ! 四天王ってなに? ボスが雑魚っぽけりゃ、部下も雑魚っぽいの! そいつら簡単に死んじゃいそう!」
ヨシフミとアリスの言い争いは収拾がつかなくなっていた。
「わかりました。では主催者権限で勝手に決めさせてもらいます。分割しましょうか。丁度半分にすればいいでしょう。半分がどこなのかは話あって決めてくださいね」
するとどこを取るかと言う話でまたもや二人は言い争いを始めた。
「ま、あとはお二人で勝手に決めてくださいな」
これ以上は面倒だと思ったシオンは、二人をこの部屋から強制的に排除した。
ここにいる賢者は、シオンを除いて幻像だったのだ。部屋の主であるシオンには通信を遮断する権限があった。
「じゃあ賢者を増やせたらまた連絡するね」
そう言ってヴァンも消えた。
ヴァンは空白地帯には興味がなかったようだ。なんのためにやって来たのかはわからないが、彼にはきまぐれなところがある。ただの暇つぶしなのかもしれない。
そして、部屋にはシオンだけが残された。
「賢者はどいつもこいつも好き放題やってるってのに、なんでシオンが賢者の数やら、空白地帯の管理やらしなきゃなんねーんだよ」
会議が終わったと見計らったのか、従者のヨウイチが部屋に入ってきた。
「性分というものでしょうか。思うがままを為せ。お爺さまはそうおっしゃいましたが、これが私のしたいことってわけです。どうしても一定の秩序を求めてしまうんですよ」
「で、夜霧ってやつはどうするんだ?」
「そうですね。どうもその人がなんなのかよくわからないんですよね。即死魔法を使うんじゃないかと、ヨウイチさんは言ってましたけど」
「ハナブサの領主に話を聞いてみたが、何かをしていたようだが、よくわからなかったと、どうでもいいことしか言わなかったな。同じクラスの奴らに聞いてみたらどうだ?」
「ミッション以外のことであまり干渉したくはないのですが……ああ! ではこういうのはどうでしょう? 日本から高遠夜霧を知っている者を召喚するのです!」
シオンは手を叩いた。とてもいい考えだと思えたのだ。
「そんなことができるのか?」
「召喚時のデータが残っていますので、ある程度絞り込むのは可能かと思いますね。さっそくやってみましょうか」
召喚などという大魔術は、普通ならそう簡単には使えないがシオンにとっては造作もないことだった。
なにせ、魔力は息をしているだけでも増大し続けていて、常に持て余している状態だからだ。
シオンが手を前に伸ばすと、円卓の上に魔法陣が浮かび上がった。その地点と、異世界を結びつけるのだ。
それは世界に落とし穴を作るような行為だった。エネルギー的には最下位に位置するこの世界へとトンネルのようなものを作り上げる。
後は、何者かが仕掛けにかかるのを待つだけだ。
一応は、高遠夜霧の情報を元にして関係者がかかりそうなところに設定はしてみたが、望み通りの者が召喚される確率は低いだろう。
無駄に終わる可能性は高いが、魔力は有り余っている。それは、ただの思いつきによる、暇つぶしに近い行いだった。
「シオン。高遠夜霧そのものを召喚することはできないのか? そうして始末すれば簡単だろう」
「同じ世界同士ですと困難ですね。これはポテンシャルの違う世界を繋ぐからできることなんです。あ、出て来ましたよ」
弾けるような音がして、円卓の上に人があらわれる。
それは、白衣の男だった。
「成功か?」
「さあ、それは話を聞いてみないとわかりませんね」
白衣の男は混乱していた。それはそうだろう。男にしてみれば、突然目の前の景色が変わり、得体の知れない場所にやって来たことになるのだ。
「こんにちは。私は賢者シオン。あなたを召喚した者です」
「賢者? 召喚? あなたは何を言ってるんですか?」
話しかけると男は少し落ち着きを取り戻した。
「あなたを喚んだのはですね、高遠夜霧という方についてお聞きしたいからなんです」
その名を聞いた途端に男が狼狽した。それは、あらわれた直後以上の慌てぶりだ。
「召喚? まさか、
慌てていた男だが、何かを納得したのか、興奮してぶつぶつと言いながらポケットから携帯端末を取り出す。
「あははははははっ」
そして、携帯端末の画面を見た男は、気が触れたかのように笑い始めた。
「ここは異世界だというんですか!?」
「その通りですよ」
それはシオンが思っていたのとは違う反応だった。普通ならすぐに信じはしないだろうし、もっと混乱すると思っていたのだ。
「奴が、奴の反応がここにある! そうだよ、奴が死ぬなんてありえないんだ! ここに奴を連れてきたのが、あなたたちだというんですね! ならばあなたたちは救世主だ! 文字通りに世界を救ったんですよ! 僕が世界、いや、人類を代表して、感謝の意を伝えようじゃありませんか!」
「どういうことだ?」
ヨウイチが怪訝な顔になっていた。錯乱しているわけでもなさそうだが、まるで意味がわからない。
「もっとも! それはこの世界が危機にさらされるってだけのことですがね! ちくしょう! なんだってんだ! なんだって世界は救われたっていうのに、僕だけがこんな目にあわなきゃいけないんだ! なんだってあいつは封印を解いちまってるんだよ! お前らにわかるのか? いつもいつも監視ツールを見続けて、あいつが動きださないかとびくびくと怯え続ける気持ちが!」
『ΑΩ、第一門の解放を確認。レベルCを対象とした自爆シークエンスを発動します。警告。周辺の人物は五メートル以上離れることを推奨いたします。カウントダウン開始。10、9、8……』
その機械的な声は男のどこかから発せられた。
「いやだ、助けてくれ! 死にたくないんだ! 元の世界に帰してくれ!」
シオンたちが呆気に取られて見ているうちに、カウントダウンはあっさりと0に到達する。
そして、男の頭部は爆裂した。
頭骨と脳漿をあたりにぶちまけて円卓の上に倒れる。もちろん即死だった。
「一体なんなんだ、こいつは……」
予想外の顛末にヨウイチが呆然としていた。
「まったくわかりませんが……これ以上喚んでも無駄なんでしょうね」
これまでそれほど夜霧を警戒していなかったシオンだが、この事態にはさすがに不気味なものを感じはじめていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
2章完です。
さて、この2章の内容を書籍の2巻として出版しております。
同じ内容ならわざわざ買って読む必要はないと思われるかもしれませんが
・プロの校閲による修正。わかりにく設定の整理。他、よりわかりやすくするための修正。
・エピソードの追加(レインの分身の少女と、エウフェミアのその後)
・書き下ろし前日譚「機関」の掲載
などがあります。
書き下ろし前日譚は主人公の夜霧の過去編となっています。
本編よりもさらにとんでもない能力の片鱗がうかがえる話となっています。
興味がおありでしたら是非ご購入をよろしくお願いいたします。