18話 あなたの運勢は最悪中の最悪だったってことよね!
星結晶による、仲間の召喚。
ライニールはこれまでに何度も行ってきたが、出てくるのはほとんどがリスやネズミといった小動物だった。
よくて犬や狼。たまに人が出てくることもあったが戦士というわけでもない、ただの村人だったりして戦闘の役にたったことがほとんどない。
そんなライニールが、この土壇場で召喚を行うというのは博打もいいところだった。
それは、
なぜなら、前回のUR限定で召喚できたのは、ただ見た目が美しいだけでなんの力も持っていない女神の写し身でしかなかったからだ。
今回も同じことになる可能性は十分にある。
だがライニールは、必要星結晶の数に一縷の希望を見出していた。
前回は五個だったが、今回は二十個だったのだ。
数が多いのだから効果はより大きいはずだ。そうでなければ数の違いに意味が見いだせない。
今度こそURの実力を持った真の戦士が登場して、このどうしようもない状況を打破してくれる。その可能性があるのなら、手持ちの二十個を全て使い切るだけの価値があるのかもしれなかった。
だが、こうも考えてしまう。少しでも生き延びたいのならば、星結晶は温存すべきだと。星結晶は復活に使用するのが一番効率がいいのだ。どんな大怪我でも消費一つで治せる上に、運に左右されない。運の悪すぎるライニールにとってそのメリットは大きかった。
ライニールはうずくまるフレデリカの様子をみた。変質しているのは右の肩口からだ。すぐに離れたためだろう。幸い命に別状はないようだったが、動ける状態ではない。ここに留まり続けていては、いずれ殺されてしまうだろう。
――迷ってる場合じゃない!
ライニールは両手を前に出し、星結晶を全て実体化させた。
そして祈る。
最強の存在を思い描き、その召喚を強く願う。
すぐに星結晶はまとめて消えてなくなり、目前の空間がまばゆいばかりに輝き始めた。
そして、キラキラと輝く星の様なものが舞い散り始める。
嫌な予感がした。
前回もこんな感じだったと思いだしたのだ。しかし、URは全てこんな風に登場するのかもしれないとライニールは自分に言い聞かせた。
光が収まり、何者かの姿が現れる。
ライニールは膝から崩れ落ちた。
あらわれたのは女だった。
豪華な衣装と派手な装飾に身を包みながらも、豊満な肉体を惜しみなく見せつけている。
その右手には長大で美しい宝剣が、左手には用途はわからないが神威のこもった宝輪が握りしめられていた。武具はそれだけではなく、斧、槍、矛、刀、盾などが女を守るように浮いている。
女の周囲には花が舞い、星が輝き、爽やかな風が吹き渡っていた。どこからともなく祝福の調べが鳴り響き、歓喜の声すら聞こえている。
まさにURに相応しい偉容と言えるだろう。
だが、ライニールは絶望を隠せなかった。なぜなら、その女は彼をこの世界に送り込んだ女神だった。つまり、前回と同じ結果に終わったのだ。
「ちょ、ちょっと! なんでそんな、もうおしまいだ! みたいな顔になってんのよ!」
ライニールはよほど絶望に満ちた顔をしていたのだろう。女神が慌てて文句を言ってきた。
「でも、どうせ演出に力を割いちゃってます、とかそんなことなんでしょ!」
「ああ、今回はその点は大丈夫。ちゃんと本体でやってきてますから」
「え、では、その」
「今の私は全ての権能を使うことができる! 魔神の眷属ぅ? そんなもの私から見れば格下も格下。雑魚以外の何者でもないってわけよ!」
「おぉ! で、では!」
「ええ。まあ見ていなさいな。全てが片付いちゃうその瞬間を!」
ライニールは安堵した。今度は大丈夫らしい。なにせ女神なのだ。相手はいくら強かろうが、所詮は神の下僕に過ぎない。神の威光の前にはひれ伏すしかないのが当然というものだろう。
女神が悠々と歩き出し、眷属どものもとへと向かう。
眷属どもも格の違う存在があらわれたと気付いたのか、戦いの手を止めて女神を見つめていた。
「ライニールさん、これは!」
小休止ということか、リックがやってきて聞く。
「やりましたよ! 女神さまです! 女神様の召喚に成功したんです! もう安心ですよ!」
「どちらの女神様かは存じませんが、確かに凄まじいまでの神威ですね。これならもしかすれば」
リックの肩に入っていた力が抜けるのがわかった。彼にも、女神の威光は十分に伝わったのだろう。
「ええ。フレデリカさんの怪我も治していただけるかも!」
もう全てが解決したも同然だとばかりにライニールは微笑んだ。
女神が、翼の生えた眷属、オルゲインの前に立つ。
すると、オルゲインは女神の前に膝をつき、頭を垂れた。
「おお! なんですか! 戦わずに決着なんですか!」
ライニールは感激していた。ここまで物事がうまく進んだことなどかつてなかったからだ。土壇場の、人類の絶滅が天秤にかかったようなこの舞台で当たりを引くことができるというのなら、そこまで運勢が悪くはないのではないかと錯覚してしまうほどだ。
だが、やはり彼の運勢は最悪だったのだ。
「ヴァハナト様。こんなところにまでおいでくださるとは」
「ん?」
どうにも様子がおかしかった。魔神の眷属が、正義の女神を相手に取る態度だとは思えなかったのだ。
最初こそは、格上の存在を恐れ許しを請うているのかと思った。
だが、どうにもそれは、自らの主かそれに近い存在を喜びとともに迎えているようにしか見えなかったのだ。
「おー! ヴァハナト先生じゃないっすかー! どうしたんですかー。結界ならもう時間の問題だと思うんですけどー」
少年の眷属、リュートが子犬のようにはしゃぎながら、ライニールもその名を知らなかった女神、ヴァハナトに飛びついた。
「え? あの? これって?」
「まあ、あれよ。私に目をつけられたって時点で、あなたの運勢は最悪中の最悪だったってことよね!」
「あ、その全てが片付くって、今……」
「人類絶滅しちゃうし、それは片付いたって言っていいんじゃないの?」
ヴァハナトはあっけらかんとそう言い、ライニールは絶望の底に叩き落とされた。
役立たずを呼びだしただけならまだましだ。ライニールのしたことは、更なる災厄を呼び寄せただけだった。
*****
階段を下りきり、地下の部屋に入る。
ひどいありさまだった。
石造りの部屋なのだが、壁や床、天井にいたるまでが切り刻まれているのだ。
知千佳が見たという何者かの仕業なのだろう。その跡は深く、どこまでも斬り裂かれているようだった。
だが、元々何もない部屋だったのか、特になにがあるわけでもない。目立つのは一面が大きく開口してるぐらいのことだろう。
「まだ先があるな」
開口部からは峡谷が見えているので窓のようなものだろう。魔神を封印している結界の中心部を確認できるようになっているらしいが、そちらに行っても意味がない。
向かうべきは向かい側にある扉だった。
扉は閉ざされていたが、夜霧はそれを簡単に開いた。この扉にも強力な封印の類があったのかもしれないが、どれほど強固なものだろうと目の前にあるなら殺すのは造作もないことだ。
夜霧が先行して中に入る。中は暗かった。こちらの部屋には窓がないのだろう。
「任せてくれ。灯りをともす程度の魔法なら使える」
「魔法が苦手って言ってたけど、それだけでも凄いですよね」
テオディジアが何かを唱えると掌から光球が舞い上がり、知千佳は感心の声をあげた。
拳大ほどの光球は、天上近くまでとびあがり停止する。
テオディジアが部屋に入ると、光球も付いてきた。どうやら、テオディジアの頭上について移動し、あたりを照らすものらしい。
中にはガラス製の、巨大な円筒が立ち並んでいた。それらも無惨な有様となっていた。隣の部屋同様に、あらゆる部分が切り刻まれているのだ。
「壇ノ浦さんはそこで待ってて」
夜霧は、部屋に入ってこようとした知千佳を押しとどめた。
「え?」
「見ない方がいい」
ただ切り刻まれただけの死体なら、止めはしなかった。
『うむ。素直に聞いておくがいい』
もこもこも口添えする。知千佳は部屋の外に待機することになった。
「……仲間の人がいるかわかる?」
「……おそらくはこれだ……」
テオディジアが円筒の一つを指差した。
円筒は割れているが、残された下部には液体が溜っていた。中に人が浮いていた。銀の髪に褐色の肌なので半魔なのだろう。だが、それらは人の姿をしていなかった。
部屋の中にある円筒は、全て同じような状態だった。
「こんな状態の同胞を見て安堵している自分がひどく浅ましく思える」
全ての円筒を確認したテオディジアが自嘲するように言った。
「妹さんはいなかった?」
身体的な特徴は残っているので、判別は可能なはずだった。
「ああ。だがどうするか。高遠どののお力で楽にしてやることはできるか?」
何人かはバケモノの攻撃を食らって死んでいるが、生きて蠢いている者もそれなりにいた。
「やめといたほうがいいと思う。魂の安息みたいなのを信じてるなら」
「そうだな。同胞のことを他人に任せるのもおかしな話か」
テオディジアが剣を抜く。
夜霧は部屋を先に出た。
少し遅れて、テオディジアが出てきた。
「その、これからどうするの?」
中のことはなんとなく察したのだろう。知千佳は神妙な様子だった。
「まずは上に戻って、後は状況次第かな」
「そう! ラスボスみたいなの! あ、でも剣聖が倒しちゃったのかな?」
「剣聖はどうする?」
夜霧は、少々むかついていた。
何の事情があるのかはわからない。世界を守るために必要なことだったのかもしれない。だが、どんな理由があろうと、人の尊厳をあそこまで踏みにじっていいとは思えなかったのだ。
「怨は必ず晴らせと教えられた。だが、これも人に任せる類のものではない。剣聖を殺すなら自分の手でだが、今の私では届かない」
「わかった」
今の心境なら、手伝ってくれと言われれば、応じたかもしれない。
だが、むかつく程度のことで殺していては際限がなくなってしまう。一度たがが外れてしまえば、元に戻ることは難しいだろう。
――ま、剣聖が俺を殺そうとしてくれたら、後腐れはないんだけど。
そんなことを少しだけ夜霧は考えた。
*****
女神の登場で戦況は一旦は落ち着いてしまっていた。
もちろん、何が相手だろうと猪突猛進しようとする直情径行の者もいたのだが、それは女神の神威の前にあっさりとひれ伏した。
「跪きなさい」
それはただの言葉でしかない。だが、神威のこめられた、女神による言葉だ。
抵抗できたのは、剣聖とリックとライニールだけだった。
つまり、もう戦えるのはこの三人だけとなってしまっていて、闇雲に戦いを挑んでいる場合ではなくなっていた。
幸い、女神たちは旧交をあたためているのか、剣聖たちに注意は向けていなかった。
とんでもないことをやらかしてしまったと、ライニールは呆然としていたが、そこに剣聖がやってきた。
「あ、あの……僕……」
「お前のせいだなんて言わねえよ。お前に何ができるとも思っちゃいねえ」
どう言い訳をしていいのか。だが、剣聖はもうそんなことにこだわってはいなかった。
「状況は最悪だ。だが、まだできることはあろうさ。とりあえずお前に、剣聖の資格を与えておいてやる」
「わ、私にですか!?」
リックが素っ頓狂な声を上げていた。余程驚いたのだろう。
「この状況で動けて、まだましなのがお前ぐらいしかいねーからだよ。念のために言っておくが、剣聖は世に一人きりだ。つまり、俺が死んだら、自動的にお前が次代の剣聖となる。剣聖ってのはただの称号じゃねえんだが、まあ、そのあたりはなればわかる。もっとも俺もそう簡単に死ぬつもりはないがな」
「どうするんですか?」
「あいつらがだらだらやってるってのなら都合がいい。俺は今、塔に蓄えられている力を吸収している。ある程度溜めれば神にすら通用するだろう」
「どうにかして時間を稼げということですね。まあやるしかないようですが」
リックは覚悟を決めたようだ。
そして、ライニールは自分がなにも期待されていないのだと気付いた。
確かに、自分には何もできはしない。だが、状況を悪化させたのは自分なのだ。ただ手をこまねいているわけにもいかなかった。
――自殺すれば……。
ライニールの能力、
「あ、あの! 女神様! ちょっとお話よろしいですか!」
なのでライニールは、今この場でできることを考えた。
女神は、この世界にライニールを送り込んだ張本人だ。知らぬ相手ではない。時間を稼げというのなら、多少でも話ができればと思ったのだ。
「なーに?」
随分と気さくな様子で、女神ヴァハナトは聞き返してきた。
「そ、その、わけがわからないんですが、一体何がどうなってるんでしょうか? あなたは僕が召喚したんですよね? なんで敵の方と談笑されてるんでしょう?」
「あ、それ聞きたい? どうしよっかなー。教えちゃおうかなー」
「是非とも教えてください。気になってしかたないですよ!」
「そうだよねー。君からしたら、なにがなんだかってことだよね。まあ、君とも結構な付き合いなわけだし、わけわかんないまま死んでいくのも心残りだよね。いいよ。教えてあげる」
結構あっさりと、女神は話にのってきた。