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即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。 作者:藤孝剛志

第2章 ACT2

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17話 空間を殺すとどうなるのかわからない

 その塔は、唐突にあらわれた。

 少し前に、一瞬だけ垣間見ることのできた建物だ。それは幻などではなく、十分な存在感をもって屹立していた。


「こんなものが見えなくなっていたとはとんでもないでござるな……」


 アオイと花川は高台の上にいた。

 塔が見えた方、全身に刃を備えたバケモノが飛んでいったと思しき方へと進んでいる途中だ。

 突然あらわれた塔はとてつもなく高く、他に人工物のない峡谷にあって一際目立っている。アオイは、五百メートルほどはあるだろうと推察した。


「結界の類があったみたいだね。これほど巨大なものを覆い隠していたんだから大したものだよ。まあ、このあたりは剣聖の支配下だから、ボクたちはあまり近づくことはなかったんだけど」

「剣聖ってあれでござろう? 勇者とか育成してるという」

「ま、勇者ってのは剣聖のなり損ないらしいけどね。聞いた噂だと、たまに見込みのある奴を集めて試練を課して、生き残った者を鍛えてるとか。ま、賢者も似たようなことをやってるんだけど」

「あ、そういえば、その、拙者も賢者になれと言われておった気がするのですが」

「誰に?」

「シオンと言う方なんですが」

「ああ、ご愁傷様」


 花川のことをただの不摂生なデブだとばかり思っていたアオイだが、急激に憐憫の情がわいてきた。


「ちょっと待ってくださらぬか! なんか今、羽をもがれて地面でもがいている虫けらを見るような目で見られたのですが!」

「シオンは零か百かみたいな方針でやってるからね。育成とかする気ないんだよ。ちゃんと育てれば成長するかもしれないのに、無茶苦茶に追い詰めて生き残ったら万歳! みたいなやり口なんだ。だから、君もそのうちひどい目にあうとおもうよ」

「今でも充分にひどい目に遭ってると思うのですが! あ、その、こんな所までついてきた拙者を助けてくださったりとか? ほら、ずっと一緒にいるわけですから、愛着がわいてくるとか、なんかかわいく思えてきたりとかしないでござるか? ストックホルム症候群的な!」


 そう言われてアオイは花川をじっくりと見てみた。無理だった。


「すまないね。賢者候補の処遇については不干渉ってことになってるから」

「だったら帰してくださらぬか! 賢者目指して努力いたしますから!」

「大丈夫だって。ボクと一緒にいてもいい修業になると思うから」

「どっちにしても死ぬ予感しかしないのでござるが! というか今まさに棺桶に片足つっこもうとしてるでござるよ? あのバケモノを追いかけてるってなんなんでござる!」

「何か起こりそうな方へ向かってるだけさ。けど、あれとまともに戦う気はボクにもないよ。ターゲットは高遠夜霧なんだから、あれは回避すればいいだけだろう」

「いや、あのですね。高遠が狙いでしたら、前から言っているように、拙者は必要ないでござろう!」

「そうか。そのあたりの説明ってしてなかったっけ。そうだな、たとえば織田信長だ」

「はい?」

「知らない? 織田信長?」

「ほほう? 拙者が第六天魔王のことを知らぬとでも? 馬鹿にしないでいただきたい!」

「彼みたいなさ、運命値の高い存在って中々殺せないんだよ。杉谷善住坊に撃たれたって死なないし、足軽に混じって前線で戦ったって死なないし、桶狭間で無謀な突撃をしたって死なないんだ。敵からすりゃもうまさにチートって奴さ。けど、そんな彼を殺す方法がある」

「それは、本能寺の変ということでござるか?」

「そう。運命に守られている存在を殺すには、運命を利用するしかない。ただ闇雲に殺そうとしたって駄目なんだ。ドラマチックな、ここで死んだら盛り上がるって状況を作り上げるんだよ。運命はより面白そうな状況を好む。死んだ方が面白いって状況を作りあげるんだ」

「えーと、その、拙者を連れて行く理由の話だったでござるよね?」

「そうだよ? 級友との再会とかドラマチックだろう?」

「ですけど、アオイさんの力で高遠の能力を封じれば楽勝! みたいな話なのでは?」

「まだ高遠夜霧の情報があまりないし、ボクは自分の能力を過信してはいない。結局、勝敗なんてのは運命の筋書きなんだよ。その筋書きを運命が好む形で、ボクに都合のいいように誘導する。ま、何かの役に立てばって程度のことで――」


 それほど花川に期待しているわけではない。アオイはそんなことを言おうとしていたが、そのセリフは突如発生した轟音にかき消された。


「……その、塔が見えなくなったんでござるが、また結界で封じられたとかそんなことなんですかね?」


 そんなことは思っていないだろうに、花川が恐る恐る聞いてくる。


「どう見てもあれは物理的に消し飛んだって感じだね」


 塔は綺麗さっぱりとなくなっていた。

 塔だけではない。峡谷や周囲の森もまるごと消え去っていたのだ。

 そして、それをやってのけたであろう存在が宙に浮いていた。

 上空から下方へ。それは何かを放ち、一直線上を消滅させたのだろう。


「むちゃくちゃすぎるでござるよ! 地形が変わるレベルなんですが!」


 花川が甲高い声で絶叫する。


「困ったな。もし塔に高遠夜霧がいたとしたら、生死確認ができない」


 始末を請け負うものとしては、ターゲットがどこかで勝手に死んでいるというのは迷惑きわまりない話だった。


「ま、この程度で死ぬようなら、ボクがくる必要もないよね」


 アオイは逃げようとする花川を引きずりながら、塔があったはずの場所へと向かいはじめた。


  *****


「え? あれ!?」


 夜霧と知千佳ともう一人の女が一目散に駆け出していくのを見て、ライニールは戸惑った。

 自分も逃げ出したほうがいいのか、それとも踏みとどまって戦った方がいいのか。


「ライニールさん! 壇ノ浦さんたちを気にしている場合じゃないですよ!」


 リックが叫び、ライニールは我に返った。

 そして逃げるだけ無駄だと気付く。相手は百階建ての塔のほとんどを消し飛ばすようなバケモノなのだ。逃げる場所などどこにもない。

 それに、宙に浮いているのは魔神の眷属のはずだ。ここでどうにかして食い止めなければ、結界は破られ、魔神は復活し、人類は絶滅してしまう。


「臆病者などいるだけ無駄ね! 結界から出てきたってなら丁度いいわ! 今度こそ私の攻撃をお見舞いしてやるんだから!」


 杖を振り上げ、意気盛んなのはライニールを剣聖の試練へと誘った少女、フレデリカだ。

 彼女は全ての能力が常人からかけ離れているが、特に魔力に秀でていて、その魔力値は常人の一万倍を超えている。

 知る限りにおいて最強の存在で、だからライニールは、少々情けなく思いつつも彼女の背に隠れるように移動した。


「あの、魔神じゃないですよ。その眷属ですよ?」

「それぐらいわかってるわ! 手下ごとき軽く始末してあげる!」

「ライニールさんは、石を使えるように準備しておいてください」


 リックが剣を抜く。

 他の候補者たちも、それぞれが迎撃態勢を取った。

 宙に浮いていた眷属がゆっくりと、剣聖の前に着地する。

 魔神の眷属らしいが、その姿はほとんど人だ。違いといえば背に黒い翼が三対生えているぐらいだろう。だが、それの放つ圧倒的なまでの瘴気がそれを人などとは思わせない。それは人を超越した、次元の違う存在だった。


「結界はどうすれば解ける? 教えれば殺しはしない」


 心の弱い者が聞けばひれ伏してしまいそうな声だった。事実、その声には魔力が込められていて、ライニールが身に着けている指輪の一つが精神支配に抵抗して砕け散った。


「随分とお優しいことじゃねぇか。いきなり塔をぶっ壊したくせによ」

「塔を壊したのはそれで結界が解ける可能性が高いと判断したからだ。だが、それで解けなかったのだから他の手段を模索する必要がある」


 さすがは剣聖ということなのか。眷属の問いかけに臆せずに答えていた。

 眷属は剣聖の返答を否と判断したのだろう。周囲にいた剣聖候補者の一人を指差した。

 指の先端が一瞬輝き、糸のように細い黒い雷光が候補者の額に穴を開ける。即死だった。


「今さら焦りはしない。一人ずつ殺していくから、教える気になったら言ってくれ」

「舐めてんじゃねぇ!」


 男が一人、剣聖と眷属の間に飛び出した。

 男は六人に分身し、それぞれが同じタイミングで眷属に斬りかかる。

 六方向からの同時攻撃。躱すことなど不可能な必殺の斬撃だが、眷属は躱そうともしなかった。

 眷属は鬱陶しそうに腕を振るったのだ。

 いくつかの刃は眷属に届いた。だが、それらは痛痒すら与えることができず、上下に分かたれた六つの死体が生まれただけのことだった。


「あれ、残像みたいなものかと思えば、実体あるんですね」

「へえ。そんな軽口叩けるなんて随分余裕じゃない」


 フレデリカが感心したように、ライニールに話しかけた。

 剣聖はといえば、飛びすさり眷属から距離をとっていた。

 機を見計らっているということか、まだ剣を抜いてもいない。


「結界さえなければこっちのものよ!」


 フレデリカが杖を掲げ、その先端に光が灯る。それは輝きを増しながら、少しずつ浮いていき、巨大な光球を作り上げていった。


「あ、あの、そんなのんびりでいいんですか!? そ、それにでかすぎると思うんですが!」


 それは、塔の屋上で作り上げたものよりもさらに大きくなっていた。太陽のごときそれは、壊れた塔の外へと飛び上がっていき、塔の内部に収まる大きさをはるかに越えていく。


「全力全開! 出し惜しみなし!」

「いや、その、これでは全員巻き込んで――」


 だが、ライニールの心配は無用のものだった。空を覆うほどの光球が途端に小さくなったのだ。光球の周囲は朧気にゆらめいていた。

 膨大な魔力をはらむ光球を限界まで圧縮したのだろう。だがそれが着弾したときにいったいどのような現象が巻き起こるのか。ただではすまない予感にライニールの体は小刻みに震え始めた。

 幸い、眷属はフレデリカに注目してはいない。近くにいるものから、ゆっくり一人ずつ殺しているだけだ。


「くらえ!」


 フレデリカが杖を振り下ろし、眷属を指し示す。拳大にまで圧縮された光球が、凄まじい速度で眷属に襲いかかった。

 眷属は光球を見もせずに、無造作に手を振るった。光球を掴み取り、そして何事も起こらなかった。


「は!?」


 フレデリカが固まった。認識が現実に追いついていないのだろう。今度こそ本当に、全力を出し切った最高の一撃のはずで、それをあっさりと握り潰されるなど考えもしていなかったはずだ。


「人間にしては威力あったと思うよー。当たれば火傷ぐらいはしてくれんじゃないかなー」


 その声はフレデリカの前にいる小さな少年からだった。いつの間にあらわれたのか、後ろに手を組んでにやにやとフレデリカを見つめている。


「まあ、次元障壁を越えられないんじゃ、なにやっても無駄なんだけどさ」

「この!」


 フレデリカが反射的に杖で殴りかかった。

 少年は左手で受け止めた。ライニールには信じられなかった。フレデリカは膂力も尋常ではない。だが、竜の頭部を粉砕したことすらあるその一撃は、少年の細腕にあっさりと止められてしまっているのだ。


「うーん。残念だけど、お姉ちゃんは僕らと戦えるステージに立ってないよ。今、何をされてるのかもわかってないでしょ?」

「何が!」


 フレデリカが杖を取られまいと、引き戻す。

 フレデリカは勢い余って尻餅をついた。だが、杖は少年の手にあるまま、フレデリカの手も杖を掴んだままだ。

 フレデリカの右腕は、肘で分断されていた。


「女の子だから甘い物好きでしょ? だからお菓子にするのがいいかなって思ったんだけどどうかな?」

「や、やだ! なにこれ!」


 フレデリカの右腕は茶色く変色していた。固くざらついたそれは、焼き菓子そのものだ。

 少年が杖を掴んでいた右手を囓り、ぽろぽろと欠片が零れ落ちる。それを見たフレデリカが戦意を喪失し、リックが少年に斬りかかった。少年はそれを大げさに飛び退いてかわした。


「うん。お兄ちゃんの方がまだ戦えるね。その剣と鎧はいいものだ。どこで手に入れたのかは知らないけど、僕らに届きうるものだよ」

「ライニールさん! フレデリカさんを頼みます!」

「え、あ、はい!」


 次々に巻き起こる惨状に呆然となっていたライニールだが、リックに呼びかけられて我に戻った。


「剣聖様! ユニーク個体がもう一体あらわれました!」


 遅れてあらわれたメイド人形が今さらな報告をした。


「ユニーク個体って呼び方やめてよね。僕らにも名前はあるんだ。僕はリュート。そっちの羽の人はオルゲイン。ま、短い付き合いかもしれないけどよろしくね」


 リュートと名乗った少年が恭しく挨拶をする。


「まずいな。二匹出てくるケースはこれまでになかった」


 剣聖の顔に焦りが見られた。これまでにも眷属は結界から時折出現し、それを剣聖は倒し続けてきた。だが、複数が同時にあらわれたことはかつてなかったのだ。


「ライニール! どうしよう、どうしよう、どうしよう! 治んないよ! お菓子になっちゃったよ!」


 フレデリカが錯乱していた。彼女はこの世界に生まれ落ちて以来、傷付くことなどなかったのだ。

 生まれて初めての負傷が、右腕が焼き菓子と化して崩れ落ちるという異常事態。これで冷静でなどいられるわけがない。

 彼女は回復魔法も得意としており、必死に治そうとはしているようだが、効果はまるで発揮されてはいなかった。

 翼をもつ魔神の眷属、オルゲインがゆっくりと一人ずつ殺していく。

 少年の姿の眷属、リュートはリックの攻撃をあざ笑うようにかわしていた。

 この状況での頼みの綱である剣聖は、やはり何もしてはいなかった。腰を落とし、剣の柄に手をかけてはいるので、何かを仕掛けようとしているのかもしれないが、現状では役に立っているようには思えない。

 ライニールは、ただその惨状を見ていることしかできなかった。

 ライニールは、無力だったからだ。

 もともと大した実力もない。ここまでやってこれたのは、召喚した仲間を使い潰しながら、しかも何度もやり直した上でのことだ。

 もう星結晶もろくに残っておらず、ろくなものを呼ぶことはできないだろう。魔神の眷属を相手に何度やり直したところでさほど意味があるとも思えない。

 もうどうしようもないのだ。

 力なく笑うライニールだったが、その時、視界の片隅で明滅しているものに気が付いた。

 女神からのメッセージだ。

 藁にもすがる思いで確認する。


・【お知らせ】再びのUR限定ガチャ開催決定!


 ライニールはそれに賭けることにした。


  *****


 一方その頃。

 夜霧たちは地下への階段を下りていた。

 最初に入った小部屋にあったので、探し回る必要はなかったのだが、新たな問題が発生していた。

 その階段は果てしなく地下へと続いているように見えたのだ。

 それは異常な光景だった。この塔は崖際に存在している。階段が見たままの状態なら、崖を突き抜けて外へと飛び出しているはずだった。

 だが、ありえない光景だからとぼうっとしているわけにもいかない。

 三人は階段を下りた。だが、どこまで下りても果てが見える気配すらしない。そして、階段を上れば、すぐに元の小部屋に辿り着くのだった。


「ここにも結界があるのかな」


 とりあえず再び階段を下りながら夜霧は言った。


『ふむ。時に干渉する結界があるのなら、空間に干渉する結界があるのやもしれぬな。地下までの距離を限りなく引き延ばすようなやり口か』

「この先にあるのが、結界を制御している場所だとするなら、そこを守るのも当たり前か」


 塔で試練を行っているのだ。よそ者が簡単に入れるようになっているわけもなかった。


「仲間の人はこの先にいる感じがする?」

「間違いないな。より強く感じるようになった」

『ふむ。その気配のようなものは、結界に遮られずに届いておるわけか。どういうことだろうな』

「おそらくだが、この結界を作り出しているのが同胞だろう」

『なるほどの。塔が魂を吸収して結界を維持しておるのかと思っておったが、それはそれとして独立したエネルギー源として半魔を利用し、部分的に結界を展開しておるわけか』

「仕組みやら考えるのはいいけどさ。どうするの? これ?」


 話にあまりついてこれていないのか、知千佳がつまらなさそうに言う。


「ここが本命だろうし、どうにかして下りるしかないけど、どうしたもんかな」

「あ、だったらさ。高遠くんが殺すってのは? この結界だかなんだかをさ」


 そう言われてできそうかを夜霧は考えてみた。


「これは難しいな。この場合何を殺すんだよ?」

「……空間?」

「空間を殺すとか意味わかんないよ」

「氷を殺したり、扉を殺したりも、十分意味わかんないけどね!」

「たとえば、この結界が俺を閉じ込めようとしてるってなら、結界自体を脅威と認識して殺す事は可能だ。けどこれは、先に進めないだけだし、先に行かなきゃ死ぬって切羽詰まった状況でもないしね」


 殺すには、夜霧が対象を認識する必要があるが、空間というのは曖昧すぎるのだ。認識出来なくとも死の脅威に対してなら発動できるが、今回はそうではない。


「空間を殺すとどうなるのかわからないから、よっぽどのことじゃない限りやめといた方がいい気がするな」


 最悪の場合、世界が崩壊する可能性すらある。禁じ手の一つだろう。


「もこもこさんを助けた方法は? ほら、塔が魂を吸収するのを止めたよね。あんな感じで壊せないの?」

「うーん、この場合、この結界の元ってのがテオディジアさんの仲間かもしれないんだろ? 結界の源を壊したら、助けるはずの人が死んでました、じゃ全く意味がないし」

『我だけなら行けるかもしれんな。実体があるわけではないしの』

「そういや、幽霊ってのも意味よくわかんないよね……」


 もこもこは、夜霧たちと一緒に行動しているとその空間認識にひきずられるとのことだった。


『気配は届くということらしいしな。なので、我が先行して様子を確かめてこよう。結界の発生元を特定できたならテオディジアまでのパスを作り、小僧はそのパスを伝って結界を止められそうな場所を殺せばよいだろう』

「いや、もうなんだかわかんないから、もこもこさん、うまくやってみてよ」

『うむ。では……おや?』


 もこもこが首をかしげた。


「どうかしたの?」

『なにやら、揺れたような気が』

「何も感じないけど?」

『なんというのか、心で感じ取るような揺れなのだが』

「そんなこと言われても――」


 ルォオオオオォオゥ!


 耳をつんざくような咆哮が聞こえる。そして、空間がずれた。夜霧は、その現象をそのように捉えたのだ。

 階段のある空間に垂直に線が走り、その左右で上下に少し動く。

 それは一瞬のことで、すぐに元へと戻ったのだが、その現象は階段に変化をもたらしていた。

 真っ直ぐだった階段が、緩やかに湾曲し先が見えなくなったのだ。それがこの階段本来の姿で、ここは塔の内周にそって作られた大きな螺旋階段なのだろう。


『む? 結界が解けたのか? どういうことだ?』

「ま、何かする手間が省けたし、下りたらいいんじゃない」


 夜霧が、引き続き階段を下りようとしたところで、下から突風が吹いた。

 途端に、知千佳が夜霧の腕にしがみついた。


「どうしたの?」


 知千佳は震えていた。


「なんか……黒いのが通り抜けていったんだけど……全身から刃の生えたバケモノみたいな……」


 知千佳にはそれが見えたのだ。ただ、それは夜霧たちのことなどどうでもよかったのだろう。

 夜霧は振り返った。

 それが通りぬけた痕跡はもうどこにもない。だがそれは、まっしぐらに地上を目指しているようだった。

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