モモンガ冒険譚!!   作:ブンブーン

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第14話 モモンガ、初めての依頼

ーーーーーー

翌朝、早速モモンガは冒険者組合へ訪れた。

 

換金に出したGBL(ギガント・バジリスク・ロード)の金額の受け取りと可能なら銅級で受けられる依頼を受けようと思っている。

カウンターにて換金金額を受け取るがその金額はかなりのモノだった。

 

てっきり金貨2、300枚くらいかなと思っていたが、通常金貨よりも価値の高い白金貨100だった。

 

 

(いや〜流石はレア物!良い収入だった!)

 

 

しかし白金貨は金貨10枚分に相当する貨幣である為、大半の店は白金貨一枚分のお釣りを出すのに苦労する。当然、そんな事は知る由もないモモンガだが、貧乏性故にとりあえず貯金する事にした。

 

財布がホクホクしたモモンガは上機嫌に依頼書が貼られたボードへと向かう。勿論、現地の文字は読めないので『大賢者の片眼鏡(モノクル)』を使う。しかし、貼ってある依頼書は昨日と殆ど変わっていない。魅力的な依頼が全くと言っていいほど無いのだ。

 

 

(分かってはいたけど、やっぱり最下級だからかなぁ…ショボい依頼ばかりだ。)

 

 

日銭を稼ぐにはいいかも知れないなとは思いつつも、先ほどそれなりの金額を受け取ったモモンガは金銭面の余裕はある。その為、別に急いで受ける必要はないが、本人としてはやはり何かやり甲斐のある仕事を受けたかったし、冒険者稼業がどんなモノか純粋に興味もあった。

 

あとは社会人としての労働義務だろうか。社畜性が残っているのか働かないと落ち着かない。

 

 

「うーん、とりあえず一番難しそうなヤツをー」

 

「あの、すみません。もし良ければ、私たちの仕事を手伝いませんか?」

 

「ん?」

 

 

声を掛けられたモモンガが振り返ると、そこには見覚えのある4人組の冒険者がいた。

 

 

ーーーーーー

モモンガは以前《遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)》で現地周辺を見て回っていた際に偶々見かけた4人組の冒険者に出会った。勿論、彼らにモモンガとの面識は無い。

 

彼らは『漆黒の剣』と言う銀級の冒険者チームで、仕事の誘い…と言うよりも依頼には無いモンスターの討伐を行い、狩ったモンスターの強さに応じた報酬を得ようと言う話だった。

要するに自動湧きするモンスターを狩って、そのドロップアイテムを得ようと言うことだ。

 

『戦士』でありチームリーダーのペテル・モーク

 

『野伏』のルクルット・ボルブ

 

『森祭司』のダイン・ウッドワンダー

 

『魔法詠唱者』のニニャ

 

 

ダイン以外は皆齢20を超えたかどうかの若々しい外見をしているが、年齢には似合わない落ち着いた雰囲気を感じさせられる。やはり銀級と言うだけあってそれなりの死線を潜り抜けて来たからなのか、『青さ』が無い。そして、ダインの方も3人ほど若くは無いがしっかりとした体型をしており、非常に頼り甲斐がありそうに見える。

 

正直、モンスター討伐なら以前トブの大森林でかなりやってきたので大して興味は無い。だが、この世界の冒険者チームのチームワークと平均的な強さを確認するには良い機会だと判断した。

 

モモンガは彼らの提案を快諾した。

 

その時、チームのムードメーカー的ポジションであるルクルットがモモンガに詰め寄って来た。

 

 

「なぁなぁ!モモンガさんってどんな顔してるの?その兜取って見せて欲しいな〜!」

 

 

随分フレンドリーに接してくるなぁと彼のコミュ力に少し関心するが、毎度の事なのか軽く溜息を吐くニニャが彼の脇腹に肘をぶつける。

 

 

「いだッ!?」

 

「いきなり失礼過ぎるよ、ルクルット。」

 

「全くである。」

 

「やれやれ…どうもすみません、モモンガさん。」

 

「いえいえ、彼の言うことは最もです。此方こそ配慮が足らず申し訳ありません。互いの顔合わせは大事ですし。」

 

 

ルクルットがそれを気付かせるためにワザと…では無いだろうが、とにかく非礼があったのは間違いないのでモモンガは兜を外しその素顔を見せた。

 

4人は少し驚いた表情を浮かべた。

 

 

「黒目に黒髪…この辺りの者ではなさそうであるな。」

 

「モモンガさんは南方の方の出身でしょうか?」

 

「いえ、私の故郷はもっと遠い国にあります。」

 

「遠い国?」

 

「えぇ。実は私は世界を見て周る旅をしている者で、最近ここへ来たばかりなんです。ですから、色々とこの辺りの常識とかに疎いもので。」

 

「そうだったんですか。」

 

「はわぁ………」

 

「む?どうしたのであるか、ニニャ?」

 

「本当だ、顔が真っ赤だぜ?」

 

「ッ!?な、なんでもない!」

 

 

やはりこの辺りでは黒目黒髪は珍しいらしい。その南方の国がどういった国なのか、やはり気になるので今度ゆっくりその辺も調べようと思う。

 

他にもこの顔に対する様々な意見が出てきた。

 

もっと貫禄があるイメージがあった。

俺よりイケメン。

確かに男前である。

はぁー…。

 

と言った話が聞こえてきた。ナルシストではないが、自分でも整った顔立ちだとは思う。だが驚くほどかと言われれば微妙だ。モモンガとしてはこの世界の若者達の方が全体的に顔立ちが整っている様に思える。

 

特にニニャなんかそうだ。あの整った中性的な容姿を持つ彼を見ると「可愛い」と思ってしまう。

 

 

(なんか保護欲をかき立てられるんだよなぁ)

 

 

短めに切られた濃い茶色の髪に青い瞳、やや甲高い声な白い肌はまるで女性だ。気がつくとモモンガは彼を頭の先から下までをその細いスリット越しに眺めていた。

 

いやいやそんな筈がないとモモンガは心の中で首を横に振る。

 

 

(それに、まさか彼も『タレント』持ちだったとはなぁ。ガゼフは持ってなくて彼は持ってるって事は…やっぱりタレントは得ようと思って得られるモノじゃないって事か。)

 

 

彼には『術師(スペルキャスター)』と言う二つ名があるらしく、その名は彼が持つ生まれながらの異能(タレント)に関係している。彼のタレントは『魔法適性』というモノで、常人が魔法を覚えるのに必要な時間を、彼はその半分の期間で習熟する事が出来ると言うものだ。

 

故に彼は天才魔法詠唱者の意を込めて仲間達から『術師』の二つ名を貰っている。彼自身、その二つ名を少し恥ずかしがっているらしいが。

 

 

(カッコイイと思うけどなぁ〜。厨二心を擽られるよ。)

 

 

そんな事を考えているとモモンガは彼と目が偶然合ってしまった。彼も何となく目が合ったと気付かせるのか頬を少し赤らめて小恥ずかしそうに小さく頭を下げた。その少し口角を上げた笑みが可愛らしかった。

 

 

(お、オカシイ……彼は男だ。それなのに何故こんなに可愛いと思えてしまうんだ?)

 

 

すると、モモンガの左小指が紫色の光が徐々に輝きを増している事に気付いた。

 

 

(は……?)

 

 

ギョッとしたモモンガは慌てて左小指に嵌めた『淫夢魔の呪印』を見てみる。木目の紋様に沿った紫色のメーターがゆっくりと拡がりつつあった。

 

 

(何だってェェェェ!?!?!?)

 

 

モモンガはこの叫び声が心の中だけで済んだ事に心の底から安堵した。しかし、可愛らしいとは言え、同性であるニニャに反応してしまった事に激しく動揺する。彼に対するこの反応はあり得ない…絶対にあってはならない現象だ。

 

そして、まだこの光はモモンガにしか見えないらしく、4人はこの光に対する反応が見られない。

 

 

(俺にそんな()は無い。絶対に…!)

 

 

モモンガは必死に深呼吸をして心を落ち着かせる。確かにニニャは可愛いらしい…だが男だ。そう自分に何度も言い聞かせるが、指輪に溜まった情欲を取り消す事は出来ない。

 

なんか色んな意味で自分にガッカリしてしまうが、今は仕事の話が最優先だ。何とか気持ちを切り替えると、早速フリーのモンスター狩りに向かう為、準備を始めようとした時だった。  

 

何やら組合内が騒がしい。人集りが出来ている為、その原因となっている存在は残念ながら見えない。

 

そこへ受付嬢のウィナ(ん?化粧した?)がカウンターから此方に小走りで駆け寄って来た。漆黒の剣に用事かなと思ったがどうやら自分らしい。

 

 

「モモンガ様に御指名の依頼が入っております。」

 

「御指名?」

 

 

漆黒の剣の他、周りの冒険者達からの一斉に無数の視線が集まってくる。全身穴だらけになるじゃないかと思うくらいの注目度だ。それもそのはず、昨日冒険者になったばかりの自分にイキナリ使命の依頼をするなど普通はあり得ない。使命依頼はある程度名を挙げてから貰うものだからだ。

 

つまり…依頼主はモモンガの正体を知っている可能性がある。

 

 

「…どなたの依頼ですか?」

 

 

モモンガは、一気に警戒心を引き上げてその依頼主が誰なのかを受付嬢に尋ねた。モモンガの周りの空気が変わった事に気付いたのか、漆黒の剣のメンバー達が少し驚いた顔でモモンガを見ていた。

 

未だに未知が多すぎるこの世界では警戒心は過剰な位が丁度いい。逃走の時間稼ぎ要員としてデスシーフ達をいつでも向かわせる事ができるよう瞬時に配置の命令を下した。モモンガ自身も何重にも罠魔法を仕掛けている為、ただでやられるなんて事はない。少なくとも逃走に時間をかけるだけのダメージは与えられるくらいに。

 

そんなモモンガの警戒など知らない受付嬢はそのままの態度で答えた。

 

 

「はい。ンフィーレア・バレアレさんです。」

 

(ンフィーレア?…それって確かエンリの?)

 

 

人集りの中を遠慮がちにかき分けながら1人の青年が出てきた。

 

 

ーーーーーーー

ガタガタと揺れる荷馬車と共にモモンガと漆黒の剣は街道を進んでいた。道中、ゴブリンとオーガの群れが襲い掛かってきたが何の問題もなく撃退することが出来た。

 

 

「お怪我はありませんでしたか?バレアレさん。」

 

 

モモンガは荷馬車にいた人物に声を掛けた。

 

 

「は、はい!大丈夫です。モモンガさんと漆黒の剣の皆さんのお陰です!」

 

 

その人物こそ今回の依頼主、ンフィーレア・バレアレであり、カルネ村の村娘エンリ・エモットの幼馴染みでもある。

彼はエ・ランテル最高の薬師リィジー・バレアレの孫であり、祖母と同じく凄腕の薬師として働いている。金色の髪が顔半分を隠してしまうほど伸びているが恐らくかなり整った顔立ちをしている。服装はボロボロの作業服で薬師という事もあって潰した植物の汁が所々付着しており、少々キツイ臭いがする。

 

 

(前髪切った方が絶対良いのに…それに青年よりも少年に近い印象だな。)

 

 

齢は多分エンリよりも少し年下かもしれない。

 

今回の依頼はポーション作成に使う薬草の採取を行う為の護衛任務だ。目的地はトブの大森林南側にある少し浅めの森の中だ。

 

その為、カルネ村に一度寄るかたちになる。

モモンガは久方ぶりエンリに会えると思うと嬉しくなる。

因みにンフィーレアにエンリのことを伺うと「彼女とはただの幼馴染みで!」と妙に動揺した態度が見えた。

 

 

(しかし、デビューで名指しの依頼かぁ)

 

 

今回は名指しの依頼で、しかも依頼主がエ・ランテルでは知らない者はいない有名人からの依頼だ。断る理由など無いし寧ろ喜ぶべき事なのだが、モモンガは少し…いや、かなり緊張していた。

 

先に仕事を受けようと思っていたのは漆黒の剣とのフリーのモンスター討伐であるし、もうその打ち合わせも終えている。そんな時に名指しの依頼が来たから「やっぱりそっちで」なんて言えるはずもない。そんな事をすればモモンガは目先の利益にがめつい奴として認識されるだろう。

 

あとシンプルに「怖い」。

 

冒険者デビューが有名人から名指しの依頼なんて、幾らなんでもハードすぎる。新人に大物の商談を任せるようなモノだ…多分。

 

だからここは漆黒の剣の面々も巻き込ませて貰った。正直巻き込んでしまった事に罪悪感を抱いているが、漆黒の剣のメンバー達はそんな事思うはずもなく、寧ろ多額の報奨金が貰える依頼に有難いと思ってくれているようだ。

 

 

(それにしても、漆黒の剣は中々の連携だったな。)

 

 

漆黒の剣は、リーダーのペテルが前衛として戦いながら的確な指示を出し、ルクルットが弓矢による援護射撃。ダインが回復を行い、ニニャが魔法による補助や援護を行っていた。レベルこそ低いが良い連携の取れた見事な戦い方だった。

 

 

(うんうん!良いチームワークだ。ユグドラシル時代を思い出すよ。)

 

 

モモンガは漆黒の剣にかつての自分と仲間達の姿を重ねていた。皆気さくで良い人たちだし、このまま彼らと良好な関係を築いていきたいと思った。

 

 

「それにしても凄かったですね、モモンガさん!腕に自信のある戦士なんだろうなとは思ってましたが、まさかあれ程とは!」

 

「本当に凄かったですよ!同じ戦士として憧れます!一体どうやって鍛えればオーガを一刀両断出来る腕力を!?」

 

「うむ!まさにモモンガ氏は一級の戦士である!」

 

「あのルックスの上にめちゃくちゃ強いってきたら…もう俺の勝てる要素なしじゃないっすか?」

 

 

漆黒の剣のメンバーが興奮気味に声を掛けてきた。特に大したことをしたわけではないのだが、オーガを一撃で真っ二つにしたり、ゴブリンの首を一度き纏めて撥ね飛ばすのはどうやら普通ではないらしい。

 

思い返せば彼らの方がもう少し常識的な戦いをしていたようにも見えなくもない。

 

 

「いえいえ、大したことではありませんよ。たまたまです。」

 

「いやいや、たまたまで何体もオーガを真っ二つに出来ませんよ!」

 

「あ、あはは…」

 

 

皆からのキラキラした視線にモモンガは苦笑いを浮かべる。ここまで素直な尊敬の眼差しを向けらると正直照れる。自分は戦士と言うよりも魔法詠唱者である為、なんだか騙している気分にもなり申し訳なく思う。

 

 

「私なんかよりも皆さんの連携の方が見事でした。」

 

 

漆黒の剣の面々は「謙虚な人だ」と思えた。あそこまでの実力があるのならもっと自分のしたいように出来たと思うのに、彼は自身の力に過信していない。

 

 

(私も…あれほどの力があれば…)

 

 

ニニャは持っていた杖を強く握り締めながら彼をみて更なる力の渇望を心の中で湧き立てる。

そんな彼から発せられるどす黒い意志…何者かに対する強い敵意をモモンガは感じた。 

 

 

(なんかあったのかな?……うーん、雰囲気的にあまり踏み込めなさそうだし。)

 

 

もし機会があれば相談程度なら出来るかもしれない。

 

ーーーーーーー

カルネ村まであと半日の地点で一行は野営を敷く事にした。モモンガ自身初めての野営キャプテンの設営にテンションが上がっていた。

 

 

(キャンプなんて富裕層の娯楽でしかなかったからなぁ〜!貴重な体験だよほんと。)

 

 

どんな小さな作業もモモンガには新鮮な体験で全てが楽しく思えた。その際、ペグを刺す時に思わず力んでしまい、地中深くにまでめり込んでしまった時はだいぶ焦った。

 

ある程度設営を完了するとモモンガは薪を拾いに向かった。直ぐ近くに森があるのでそこで手頃な薪となるモノを選んでいく。

 

 

「薪拾いも初めてだなぁ〜。」

 

「そうなんですか?」

 

「はい!…ん?」

 

 

後ろを振り返るとンフィーレアが薪拾いの手伝いをしていた。あまりにも夢中になり過ぎてしまい近付いている事に気付かなかった。

 

 

「てっきりモモンガさんはこういう作業も慣れてるものだと……あぁ!べ、別に嫌味で言ってるわけじゃあー」

 

「いやいや、大丈夫ですよ。……そうですね、こういうのはあまり…。」

 

「そ、そうですか。」

 

 

遠い空を見上げながら語るモモンガを見ていると、懐かしんでいる様にも見える。 

 

 

(この人は…本当に何者なんだろうか。)

 

 

少なくとも悪い人ではない。話し方や態度は丁寧で自らの力をイタズラに誇示するわけでもないし、普通に好感をもてる人物と言える。しかし、ンフィーレアは彼が『神の血』とも言える超希少なポーションを持っている可能性が高いと思っている。

 

そのポーションを持っていたのは漆黒の全身鎧を纏った謎の新人冒険者。ほぼ全ての特徴が一致していた為、モモンガという名の彼が謎の冒険者と見て良いだろう。あそこまでの目立つ格好をしている者は恐らく彼しかいない。

 

ンフィーレアが今回、彼を名指しで依頼したのは、彼と接触し友好を関係を得る事で例のポーションの製法、もしくは入手先を探ろうとしていたのだ。正直、コソコソ悪巧みしているみたいで嫌悪感を抱かないと言えば嘘になる。

 

それでもンフィーレアは例のポーションに少しでも近付きたかった。

 

 

「あ、あのぉ……」

 

「どうかしましたか?」

 

 

モモンガとは背を向くように薪拾いの手伝いをしていたンフィーレアが恐る恐る声を掛けてながら振り返った。そこには彼の身長の倍は積まれている薪を背負っているモモンガの姿が目に入った。その姿に驚きつつも、その無邪気さに変な意味で肩の力が抜けたンフィーレアは意を決して彼に問い掛けた。

 

 

「昨日の晩、鉄級冒険者のブリタさんに神の血……真っ赤なポーションを渡したのはモモンガさんですか?」

 

 

数秒の沈黙…この時間がとても長く感じてしまう。唾をゴクリと飲み込み背中には嫌な冷汗をかいていた。やはり聞くのは不味かったかと思っていると「あぁ〜」と、彼は思い出したように漸く口を開いた。

 

 

「えぇ、確かに女性の冒険者に渡しましたよ。彼女が元々持ってたポーションを間接的に割ってしまってので弁償する為に。あれ?…『下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)』ですよね?」

 

 

彼は軽い感じで呆気なく答えてくれた。隠す必要など何もないと言った態度だった。ある意味驚いたが、これで確信した。彼があのポーションの所持者だ。そして、その製法…または入手方法を知っているのも。

 

 

「あ、あの!み、見せて頂いてもよろしいでしょうか!?」

 

 

興奮したンフィーレアはグイグイ寄ってくる。その鬼気迫る勢いに若干引いてしまうが、モモンガは「いいですよ」と簡単に現物を取り出した。

 

 

「これですよね?」

 

「ッ!?そ、そうです!これです!!」

 

「……持ってみます?」

 

「い、良いんですか!?」

 

「う、うん。」

 

 

礼を言うとンフィーレアは真っ赤な液体の入った容器を手に持つと真剣な表情で観察し始めた。何やらブツブツ何かを呟いている。

 

 

(たかだかポーションに大げさだなぁ〜…あんなの何処にでもある一番安い種類のポーションじゃないか。)

 

 

この時既にモモンガはミスを犯していた。モモンガはまだこの世界のポーションを見たことがない。ブリタの時は既に割れて中身が漏れ出ていたので、中身まで知る由もなかった。

 

あの真っ赤なポーション…下級治療薬は数あるポーションの中で最も安く価値の低いモノで、それゆえにモモンガはアレを現地で使う事になんの抵抗もなかった。

 

 

「モモンガさん!貴方はこれを何処で!?」

 

「え?えーっと…」

 

 

モモンガは返答に困った。素直にユグドラシルと答えるべきか。それとも何処かで拾ったと言うべきか。

 

 

(いや、後者は良くないな。それだったらなんでそれをおいそれと他人に渡す事が出来たのか説明が難しい。……ん?)

 

 

モモンガはここで漸く気づいた。

 

 

「その前にひとつ聞いても良いですか?一般的に使われているポーションは赤色ではなく何色ですか?」

 

「え?それは…製法にもよりますが基本は『青色』です。なのでコレとは真逆の色になります。で、でも!!効果はコッチの方が圧倒的に上です!!これはもうポーションの究極形と言っても過言ではー」

 

「あーはい。わかりました。」

 

 

モモンガは兜越しに顔を片方の手で覆い空を仰いだ。ユグドラシルのアイテムは例え最低ランクの消耗アイテムでもこちら側の世界のアイテムと比べて大きな価値がある事に改めて気付かされた。

 

もう時すでに遅しだがここは素直に言うべきかもしれない。

 

「そのポーションに関して私は製造法は知りません。それらは私が旅立つ際、故郷から持ってきた物なのです。」

 

「え!?な、ならモモンガさんの故郷へー」

 

「それも出来ません。私は何があろうと…故郷へ戻らない(・・・・・・・)と決めてます。何よりあまりにも遠過ぎます。それこそ、王国を含めた近隣諸国と文化も思想も全く違う所なんです。」

 

「そ、そうですか…。すみません、モモンガさん。無理なワガママを言ってしまって……それから、僕は貴方に謝らなければいけないことがあります。」

 

「私に接触した目的ですか?」

 

「は、はい……」

 

 

ンフィーレアは素直に答えた。

真っ赤なポーションを持つと言われる漆黒の全身鎧を纏った冒険者と近付き親密な関係を構築、その真っ赤なポーションの製法もしくは入手先を聞き出す為に名指しの依頼を出したこと。

 

全てを話すと彼は深々と頭を下げた。

 

 

「本当にすみませんでした…!」

 

「いえ、気にしないで下さい。要は向上心ですよね?だったら問題ありませんよ。寧ろ素晴らしい心構えだと思います。」

 

「も、モモンガさん…!」

 

 

ンフィーレアとしては何かしらの罵詈雑言を予想していたが、それもなくアッサリと許してくれた。いや、そもそも問題としてあまり捉えていないようだった。どちらにせよ彼はとても度量が広い人物なのだと知ることが出来た。

 

 

「それから…も、モモンガさん…!」

 

「はい?」

 

「こ、こ、このポーションを貰うことは出来るでしょうか?」

 

 

モモンガは腕を組んで悩んだ。それこそ一番懸念していた彼からの要望だった。モモンガとしてはユグドラシル産のアイテムを現地で手に入れることが出来る事は非常に魅力である。

 

彼は天才と言われる錬金術師だ。きっと実現してくれるかもしれない。恩を売るわけじゃないが、モモンガ自身都市一番の薬師店との繋がりはあった方がいい。だが、渡すにしても釘は指しておく。

 

これはある意味彼の身を守る為でもあるのだ。

 

 

「…分かりました。では、条件を出させていただきますよ。宜しいですか?」

 

「は、はい!」

 

 

モモンガは頷いた後、条件を述べた。

 

 

「私が与えたポーションを誰にも見せない、知られないこと。製造中に進展があれば真っ先に私に報告すること。そのポーションを生成している事を誰にも知られないこと、これが条件です。」

 

「わ、分かりました!絶対に守ります。」

 

 

隠れた前髪から僅かに見えた瞳からは強い決意を感じた。これなら信頼しても良さそうだ。

 

モモンガは懐からポーションを取り出すと彼の元へ手を伸ばす。ンフィーレアは期待と興奮に満ちた表情(目はあまり見えないが)で彼も手を伸ばしてきた。が、彼の手に渡す寸前でポーションを少し引っ込めた。

 

 

「このポーションはあなた方にとっては非常に強力なのでしょう?故に貴方がコレを知りたい、創りたいと思う気持ちは分かります。しかし、故にこれを知られればそれを狙う輩も出てくるでしょう。それを覚悟した上で……良いのですね?」

 

「ッ!…はい!」

 

 

ここまで強く意思を持っていては仕方ない。

モモンガは今度こそポーションを彼に手渡した。

 

 

(うーん、やっぱり不安はあるけど…)

 

 

ンフィーレアを見ると彼はキラキラした表情で大事そうにポーションを握り見つめていた。アレを見ては「やっぱ返して」なんて言えない。モモンガも彼とのコネを作れたことは大きい。

 

あまり深く考えずに後はなるようになるしかないと半分投げやりな気持ちで難しいことは考えない事にした。

 

 

「それじゃあ、キャンプ地に戻りましょうか。」

 

「はい!…あ、モモンガさん。」

 

「何ですか?」

 

「その背負っている薪…4分の1位でいいと思います。あまり多すぎてもちょっと…」

 

「そうですか…」

 

 

モモンガはションボリしながら折角拾った薪を置いて行く事にした。そんな無邪気さもあるモモンガをンフィーレアは不思議そうに眺めていた。

 

 

(この人は本当に何者なんだろう?)

 

 

ーーーーーー

初めての野営は非常に良い経験だった。周囲警戒のために敷いたニニャの《警報(アラーム)》という魔法はユグドラシルにはない魔法だ。彼女がいうには第0位階という魔法で所謂『生活魔法』らしい。特に珍しいものでもないですよと謙遜していたがモモンガにとってはとても興味深いものだった。

 

やはりこの世界にはモモンガの知識にはない未知の力や能力がある。

 

彼が《警戒》を敷く際中、後をついて見学していた自分をチラチラ見ていた。頬も赤かったし実は恥ずかしかったのかもしれない

 

皆で焚き火を囲んでの食事は楽しかった。

保存の利く食材を混ぜ合わせたスープでとても美味しかった。「美味しそうに食べますね」とニニャが言ってきた。本当に美味しいのだから仕方ない。

 

食事をしながら其々の話をした。

 

漆黒の剣と言う名前の由来は、かつて世界を魔神の手から救った『十三英雄』の1人である『黒騎士』が持っていた4本の魔剣をニニャが欲しいと言っていた事が始まりだそうだ。そして、魔剣を手に入れるまでの代わりに小さな宝石が4つ埋め込まれた黒い短剣を所持し、チーム結成の証としている。

 

モモンガはそれを聞いて少しばかり妬けたが、今のモモンガにも友と呼べる者達がいる。だから余裕をもって彼らの仲睦まじいやり取りを眺める事が出来た。

 

そんな中でルクルットが気になる発言をした。

 

探している魔剣の内の1本を既にアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』の1人が手に入れているらしい。これは有益な情報を得たとモモンガは心の中でニヤリと笑いながらメモをしておく。

 

 

「モモンガ氏は放浪の旅をして来たと言っていたが、どんな所を旅してきたのであるか?」

 

 

ダインの言葉に皆が反応した。

モモンガは南方の地よりも更に遠くから来た旅の騎士。自分たちの知らない地を見てきたであろう体験談に興味津々だった。

 

 

(困った…此処に来て旅したといえばトブの大森林ぐらいだ。)

 

 

それを言ったら皆の期待を裏切ることになる。どうしようかと悩んでいるとモモンガは考えが浮かんだ。

 

 

(…ユグドラシルの話か。うん、それで行こう!)

 

 

モモンガはユグドラシルで体験した事を語り始めた。ユグドラシル関連なら夜が明けるまで語らう自身がある。

 

案の定、漆黒の剣とンフィーレア達はモモンガの話にすっかり聞き入っていた。明日もある為、流石にオールナイトは厳しい。

 

 

「続きは依頼達成後に話しましょう!」

 

「楽しみにしてます!」

 

「うっはぁーー!やべぇ!メッチャ続き気になるよ!」

 

「凄い……面白かったです!」

 

「うむ!年甲斐もなく胸がワクワクしたのである!」

 

 

良い頃合いで話を切り上げたモモンガ達は胸ワクワクと興奮のまま、眠りにつく事になった。

 

皆に新たな楽しみが増えた。

 

 

ーーーーーー

焚き火も消えた真夜中。

外を照らすのは月明かりのみの世界は幻想的な程に美しいのだが、実際はいつモンスターや盗賊の類が寝込みを襲ってくるのか分からない。

 

皆で交代で夜の見張り番をしていた。

 

 

(ほあ〜〜…満点の星空だぁ。まるで宝石箱みたいだなぁ〜。)

 

 

普通なら気の抜けない見張り番にモモンガは呑気に満点の星空を眺めて感動していた。スモッグのないクリーンな空。昔なら当たり前の景色だったのかもしれないが、今のリアルでは遠く儚い記録でしかない。

 

因みにモモンガの代わりに周囲の警戒はデスシーフ達が担当している。

 

 

「モモンガさん、交代の時間です。」

 

 

声を掛けてきたのはニニャだった。

 

 

「あ、もうそんな時間経ちました?」

 

「ふふふふ……モモンガさん、隣良いですか?」

 

「え?…あ、はい。」

 

 

ニニャの言葉に一瞬思考が停止したが、直ぐに返事を返しモモンガは座っている場所から少し横にズレた。ニニャが両手に杖を持ちながら「失礼します」と静かに座る。

 

妙に距離が近い。

 

 

「モモンガさんって凄いですね。……あんな大冒険をして、モンスターの群れも簡単に一蹴する力もあって。」

 

「大した事ありませんよ。」

 

「自分は…そんな力を持った貴方が羨ましいです。」

 

 

またもやニニャの表情が暗く…そして殺意に満ちたドス黒い雰囲気を纏い始めた。

 

 

(これは……うん、聞くべきだよな。)

 

 

モモンガは彼の肩に手を当て優しく声を掛けた。

 

 

「自分で良ければ…相談に乗りますよ。」

 

 

場合によっては力になれるかもしれない。そんな事を考えていると、ニニャが目に涙を溜めながらゆっくりと語り始めた。ニニャ自身、何故だか分からないが彼になら何でも打ち明けられる…そんな気がした。

 

 

「そうでしたか…お姉さんを見つけるために。」

 

「はい……冒険者になったのも姉を助ける力を得る為でした。自分のタレントと魔法詠唱者としての素質があったのは幸いでした。けど…まだ、足りない。」

 

「…その事を漆黒の剣の皆さんは?」

 

「…知りません。まだ話してないので…で、でも!彼らとの信頼や絆に嘘偽りはありません!」

 

 

彼の目に嘘はない。

仲間との絆は本物だ。

 

 

(しかし、本当に酷いなこの国の貴族は。)

 

 

村で生まれ、両親を早くに亡くし、唯一の家族である姉を私利私欲に塗れた貴族に妾として連れ去られてしまった。残された弟である彼は姉を助け出すために……話を聞くとその貴族共に対する憎悪感がモモンガ自身も増してくる。

 

そんな中で出会った漆黒の剣の仲間たち。

 

力を得る為でも、彼らとの出会いや旅は彼にとって大きな救いにもなった事だろう。

 

 

「モモンガさん!」

 

 

急に彼が直ぐ近くまで迫ってきた。兜のスリット越しでもその鬼気迫る勢いに思わず怯んでしまう。

 

 

「モモンガさんほどの力が有ればきっと…!お願いです!どうか姉を助ける為に貴方の力を貸して下さい!勿論、タダとは言いません!今は無理でも…どんなに高い金銭でも必ず払います!私…姉さんを助けたいんです!」

 

 

夜に気を配った小声だがハッキリと力強く彼の悲壮な願いは聞こえた。モモンガが数秒間、沈黙する中、ニニャは自分の発言を後悔した。

 

 

(私はなんてバカな事を…!何の関係もないモモンガさんを巻き込んで…自分の願いを聞き入れて貰おうなんて…!こんな事聞かされてもモモンガさんが困るだけ!相手の気持ちも省みない……自分は最低だ。)

 

 

ニニャは俯いてモモンガから少しずつ身を引いていく。モモンガの持つ強さに魅入られ、そのまま姉を助けるだけの力があると判断してしまった。自分は大きな可能性を見て…焦ってしまった。

 

 

「ごめんなさい……今のは忘れてー」

 

「分かりました。」

 

「くださ……え?」

 

 

ニニャが顔を上げるとそこには兜を外したモモンガの素顔があった。その魅力的な顔立ちにニニャの心臓が再び(・・)ドキッと跳ね上がる。顔が真っ赤になるのが恥ずかしいくらい伝わって来た。

 

 

「お姉さんの救出…私も手伝わせて下さい。」

 

 

その時、ニニャの目からポロポロと大粒の涙が流れ落ちた。がむしゃらにもがいて…けど出口の見えない不安と絶望で満たされた洞窟に漸く一筋の光が見えた。

 

 

「本当に…いいん…ですか?」

 

「はい。困っている人がいたら助けるのが当たり前ですから。」

 

「ッ!!」

 

 

裏も表もない。真っ直ぐで力強く、そしてそれを実行するだけの実力を持つ人から言われたその一言にニニャの心は大きく救われた。

 

モモンガは彼を優しく抱き締める。

 

 

「ずっと1人で抱え込んで…辛かったですね。でもー」

 

 

ーこれからは2人ですー

 

そう言われた瞬間、ニニャの涙腺が崩壊した。

声を押し殺しながらも力一杯彼の胸元に顔を埋めて泣いた。硬い鎧が当たるがそんな事は関係ない。

 

ニニャはあの日、姉を連れされて、復讐と救出の旅に出てから…誰にも伝えることが出来なかった。でも漸く伝える相手ができた。何故か分からないが、彼が嘘を言っているとは思えなかった。不思議と彼を信頼する事が出来た。

 

でも、まだ彼に伝えていない事がある。

どうしても伝えたい。伝えなければならない。

 

 

「モモンガさん…実は貴方に…まだ伝えてない事があります。」

 

「ん?何ですか?」

 

 

モモンガはまだ涙ぐむ彼を優しく抱きしめながら彼の言うまだ伝えていない言葉を待った。ニニャは抱きしめたまま涙で濡れた顔を上げ、下からモモンガを見上げた。

 

 

「実は僕…いえ、私は……おんー」

 

 

次の瞬間、モモンガは急に立ち上がるとニニャを置いて猛スピードで森の奥へと向かい走り出した。

 

 

「も、モモンガさん!?」

 

 

今度は普通の大声を出した事で寝入っていた仲間たちが武器を持って慌ててテントから出てきた。

 

 

「どうしたであるか!?」

 

「敵か!?」

 

「ニニャ!無事か!あ、アレ?モモンガさんは?」

 

 

ンフィーレアも「な、何があったんですか!?」と慌てて出てきた。

 

ニニャが話そうとすると森の奥から声が聞こえた。

 

 

「強大なモンスターが此方に近づいて来る気配を感じました!!私はそのモンスターを撃退します!皆さんはそこで待っていて下さい!!」

 

 

皆が再び彼の名を呼んだが返事は聞こえない。

彼が嘘を言うとも思えない。恐らくだが、本当に何かが近付いて来たのだろう。

 

 

「《警報》は作動しなかったのに…」

 

「多分だが、強者にしか分からない気配ってヤツかもな。隔絶した実力者の中には…俺みたいに平凡な野伏職でも分からない敵の気配を察知する事があるって聞いたことがある。」

 

「も、モモンガさんも…って事ですか?」

 

 

ンフィーレアの言葉にルクルットがいつになく真剣な顔で頷いた。応援に向かおうにも既に何処へ行ったのか分からない。

 

 

「そんな…も、モモンガさん…!」

 

 

ショックのあまりへたり込むニニャにルクルットが彼の背中に手を当てた。

 

 

「気持ちは分かる。だが、今の俺たちにはどうしようもねえ。」

 

「彼が無事に戻る事を祈るしかない、であるか。」

 

「モモンガさん…!」

 

 

皆が彼の安否を心配する中、森の奥から何やら紫色の大きな光が出てきたのが見えた。アレが何なのかは不明だが、もしかするとモモンガはあの存在と戦っているのかもしれない。

 

皆は己の無力さに歯噛みし、彼の無事を祈るしかなかった。

 




次回は皆さんお待ちかね【R-18】版も更新します。
クオリティは保証できません。

ニニャとンフィーレア、モモンガと絡む要素が多い分、会話の中身に悩みました。

蒼薔薇のアンケートは終了とさせていただきます。
皆さんのご協力誠にありがとうございました。


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