冨田ラボが語る、SuchmosのYONCEやコムアイら若手シンガー起用して大胆にリニューアルした姿見せる新作『SUPERFINE』
【PEOPLE TREE】 冨田ラボ Pt.2
早い時期にプロデューサー志向を自覚し、90年代終盤のデビュー以降は多くのヒット曲を送り出してきた冨田恵一。より自分だけの表現を追求する場として立ち上げたソロ・プロジェクト=冨田ラボのニュー・アルバムも今回で5枚目を数えるが、その新作『SUPERFINE』は、これまでのエレガントな佇まいを大幅にリニューアルし、フレッシュなゲストと共にリズム・オリエンテッドな昂揚感を提示している。その変革までの道のりを辿ってみると……
★Pt.1 冨田ラボがポップ・マエストロと呼ばれる理由―エレガントなサウンドメイクを武器に数々の名曲を送り出してきた名匠の道程
SUPERFINE
新奇なリズム、フレッシュな歌い手と作り上げた昂揚感
「70何年っぽい感じを再現する、というようなアプローチを〈シミュレーショニズム〉と呼ぶとして、『Joyous』を作っていた段階ですでにそういったコンセプトはもう必要ないと思いかけていたというか、若干懐疑的になっていた自分がいた。あと、ドナルド・フェイゲンの『The Nightfly』についての書籍(2014年の「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」)を書き上げたことも大きくて、〈冨田ラボ〉というコンセプトも含めて、シミュレーショニズムにケリがついちゃった気がして。おもしろい新譜も増えているし、旧譜を掘るよりも、例えばマーク・ジュリアナのカッコ良さに注目するほうが楽しくなったんだよね」。
こうして生演奏のグルーヴを打ち込みで再現する方法からあえてプログラミングっぽく、またはプログラミングを模倣した生演奏をシミュレートしたドラミングが多々登場するトラック作りへ。エレクトロニックな要素を大幅に採り入れつつ、近年のジャズに通じる新奇でユニークなリズムを追求する方向へと進んだ冨田ラボが新たに提示した作品が『SUPERFINE』だ。リニューアル感がハンパないこの5作目に集められたのは、大半がいわゆる〈次世代アーティスト〉と括ることのできそうなラインナップ。
「リニューアルされたサウンドを明確に提示するには、歌う方々もまだあまり色がついていない印象を抱かせる人のほうが新鮮でいいだろうという判断。やっぱり声のフレッシュさもあるしね。〈若さ〉は〈未熟さ〉とイコールで結ぶこともできるけど、それ以上に音楽の発展性や可能性を導き出すファクターになっている。とにかくアルバムを開放された感じにしたい気持ちはありましたよ。ひとりでやっていると何かと閉塞しがちなんで(笑)」。
制作の開始時は、「シミュレーショニズムを外したことによって何をやってもいい状態になり、逆に何をやっても迷うモードに入ってしまって苦労した」というが、できるだけ刺激的なものを手繰り寄せるようにして進んでいった結果、やけに痛快な楽曲が揃うことに。例えばYONCE(Suchmos)がスリリングに突っ走っていくファンク・ナンバー“Radio体操ガール”、コムアイ(水曜日のカンパネラ)の能天気ヴォイスがカッコ良く炸裂する“冨田魚店”など、ヌケが良すぎるアッパー・チューンたち。そのビリビリくるような楽曲群は何やら猥雑な雰囲気が濃厚で、どこかアジアの風景をイメージさせたりも。とにかく随所に顔を出す〈不思議感〉は前作『Joyous』以上だ。
「言わんとしていることはなんとなくわかる。それは参加者が持ち込んだ要素かもしれないね。歌のセレクトの基準はいつも通りだったし、それぞれが素晴らしいパフォーマンスを残してくれたけれども、完成した楽曲から溢れ出ているもの、はみ出してしまっているものがいつも以上にいろいろとあるのかも。僕は自分がコントロールできない部分が出てきたとしても無暗に消してしまうようなことはしないから。曲にとってその都度ベストなものを選択した結果だね」。
坂本真綾の“荒川小景”や藤原さくらの“Bite My Nails”(「初めて歌を聴いたとき、31歳の外国人シンガーかと思った」と冨田を驚かせた歌声に注目)といったメロウなミディアムや切なくなるようなスロウも用意されているが、冨田ラボ作品特有の〈エレガンス〉に出くわす頻度はグッと少なくなったという印象を持つかもしれない。
「“眠りの森”や“アタタカイ雨”が好きなリスナーが聴いたら、〈これはどうしたんだ?〉と思うだろうね。それは考えたけど、これまでのアルバムのインスト曲まで聴き込んでいた人にとっては、大して印象は変わらないだろうとも思う。自分では、エレガントさを抑えるとかいう意識はなくてね、僕がいま作りたいサウンド、味わいたい昂揚感を表現したらこうなった。ただ、僕の曲の特徴がコード・チェンジにあるとして、あまりコードに語らせないようにしようって意識はたびたび働かせたかな。コードを抜いてしまっている曲は以前よりも多いし。バラードの場合は特にそうだけど、コード進行がストーリーを描き出すことが多い。でもそうじゃない方法で曲を展開させたかったんだ」。
冨田ラボを聴いていて思わず膝を叩きながら笑ってしまうようなことっていままであったっけ?とふと思う。そんな曲の向こう側に、いたずらっ子のような笑みを浮かべる冨田恵一の顔が見えてくるのもこれまでになかったことかもしれない。『SUPERFINE』をひと通り聴き終えると、ここからまた何か始まるんじゃないか?ってワクワクする予感が湧き出てきて、同時に何かザワザワっとしたものが残る。気持ちいいんだよ、これが。 *桑原シロー
『SUPERFINE』に参加したアクトの関連作。
【ワンマン・ライヴ決定!】
isai Beat presents “冨田ラボ LIVE 2017”
日時:2017年2月21日(火)Open 18:00/Start 19:00
場所:東京・恵比寿LIQUIDROOM
問い合わせ:HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999(平日12:00~18:00)
THE SECRET OF ELEGANCE
耳で聴いたピープル・トゥリー
冨田ラボをめぐる音楽の果実は、ここに一本のトゥリーを生んだ
大出世作であるMISIA“Everything”や中島美嘉“STARS”などで聴けるエレガントで壮大なストリングス・アレンジは、冨田恵一のひとつの看板。そのイディオムは、すぎやまこういち、村井邦彦といった作/編曲家が名を連ね、日本版〈サージェント・ペパーズ〉と呼ばれる本作が切り拓いた道筋に存在している。 *久保田
例えばレゲエにチャレンジした本作や大貫妙子の70年代作品で披露したフュージョン・サウンドをベースとしつつ、必ずポップなところへと落とし込んでみせるアレンジャーとしての確かな才覚。冨田ラボの初期の楽曲群からは、そんな教授の鮮やかな仕事ぶりを手本にしているところが多々窺えたものだった。 *桑原
〈売れる曲〉を作れる作家は山といるが、出自にAORがあるという共通項を持つ冨田恵一と林哲司は、ヒットうんぬん以上に作者特有の〈匂い〉を求められている存在だろう。杉山清貴&オメガトライブや菊池桃子といった80年代に始まり、近年の林はももいろクローバーZなども手掛けていて……あっ、ここで2人がすれ違ってる! *久保田
北園みなみやシンリズムなど、近年は若くして〈ポップ・マエストロ〉と賞される面々がちらほら登場しているが、彼らもそのひとつに数えたい現役大学生の男性デュオ。そもそも〈冨田ラボ好き〉という共通項がふたりの出会いだったそうで、この初EPには、冨田作品のAOR解釈から受けた英才教育の成果がクッキリと。 *土田
ジャズや映画音楽など、冨田ラボとはルーツも重なるソングライター=小西康陽。本作は、さまざまな歌い手を迎えて作られたセルフ・カヴァー集だ。主役は1曲を除いて裏方に徹しているものの、静謐でエレガントなサウンドは細部に至るまで当人の個性と美学に貫かれている。冨田と同様、純然たるソロ・アルバムとして享受すべき作品だ。 *澤田
近年のジャズとビート・ミュージックの相互干渉から生まれるサムシングに焚き付けられたと思しきプロデューサーがここにもひとり。みずからが歌うこの最新作では、ジャズを基調としながらもエレクトロニクスを援用した先鋭的なサウンドのポップスが展開されている。その視点は冨田恵一とも近いはず。 *澤田
MARK GUILIANA Beat Music: The Los Angeles Improvisation AGATE/Inpartmaint Inc.(2014)
テクノやビート音楽を人力で、かつ、とりわけ機械に近い感触で叩き出すジャズ・ドラマー。冨田の新作では〈プログラミングを模倣した生演奏〉も採用されているが、マークのドラミングとの出会いをきっかけのひとつとして、リズム構築に対する改革がもたらされた。電子要素が強めの本作の日本盤では、冨田がライナーノーツを執筆。 *土田
ブルーアイド・ソウルやAORなどをJ-Popに落とし込む手腕が多くのプロデュース作品を生んでいるNONA REEVESのフロントマン。音楽的嗜好が凝縮されたソロ作には共同制作に宮川弾も名を連ねているが、豪奢なストリングス・アレンジといった彼の特性にも冨田ブランドの持つ〈エレガンス〉と近い匂いが。 *土田
自身のユニット=エアプレイはもちろん、洗練されたサウンド・プロダクションを駆使してシカゴやホール&オーツなど高品質のAOR作品を連発したヒットメイカー、デヴィッド・フォスター。EW&Fなどのソウル~R&B系、マンハッタン・トランスファーといったジャズ系においても極上なポップスを仕立てる腕には冨田も一目置いている。 *桑原
MAYER HAWTHORNE Man About Town Vagrant/ビクター(2016)
昨年はジェイク・ワンとのユニット=タキシードで、ディスコ/ブギー、ブルーアイド・ソウルなど旬なサウンドに接近。そのトレンド・ウォッチャーぶりは本作でも見事でしたが、そのうえで築き上げられていく圧倒的なオリジナリティーや滲み出るポップネス、そして何より、スティーリー・ダンの後継として冨田ラボと通じ合うセンスが。 *久保田
PAUL SIMON Stranger To Stranger Concord/ユニバーサル(2016)
大御所シンガー・ソングライターの最新作は、トラックメイカーのクラップ!クラップ!が参加するなど、実験的とも言えるアグレッシヴなサウンドが展開されている。ソング・オリエンテッドな作家がビート・ミュージックの最新モードに感応している!……という点で、冨田ラボの新作と同じ驚きを楽しめるのでは。 *澤田