第198話 中央大陸の要塞②
『ローゼンヘイムでは、これから3、4日のうちに500万の軍勢との戦いが始まります。エルフの霊薬は置いておきますので、まずはこれを使い戦況を有利にしてくださいデス』
命の草だけでは魔王軍との戦いで不十分なことは、エルフと共に戦ったことで十分に分かった。魔力が無ければ魔獣の殲滅速度も落ち、兵達がいたずらに攻撃を受けてしまう。
「これは?」
『要塞の影で兵達に使っているエルフの霊薬デス』
要塞の外壁に身を隠し、こっそり使い続けて残り100個を切ってしまった天の恵みを袋ごと渡す。
そして、効果について説明をする。
「そんな、体力と魔力をそんなに広い範囲で全快にするなんて」
(ふむ、帝国には、同程度の回復薬はないのか。さすが召喚レベル7の天の恵み)
ノーマルの域を超えた召喚レベル7でアレンは納得する。
剣聖シルビアが信じられないという風に天の恵みをしげしげと見る。
「なるほど、アレン君のこの力で、ローゼンヘイムを立て直したんだね」
ローゼンヘイムの戦況をここまで立て直せたことに、勇者ヘルミオスが納得する。
『いえ、これはローゼンヘイムに伝わる秘蔵の霊薬だとアレン様は仰っておりますデス』
平然と霊Bの召喚獣は嘘をつく。
「いやいや、なんでそんな嘘をつくの? 皆に言うとすっごく感謝されるよ。たぶん、うちんとこの皇帝なら結構な爵位を与えてくれるよ。僕、公爵にしてくれたし」
ヘルミオスはアレンと学園都市で戦っている。その時使った天の恵みの効果を目の前で見ている。アレンは失った両腕を簡単に再生して見せた。
(たしかそうだったな。お主のところの賢帝は、勇者を速攻で公爵にしたし、戦で活躍した兵に報酬を惜しまないらしいな)
ヘルミオスは公表した方がお得だと言う。そうだね、と横でシルビアが頷いている。
ギアムート帝国の皇帝は、魔王軍との戦争で活躍した者への報酬を惜しまない。
戦争で長年活躍したラターシュ王国の剣聖ドベルクには、帝国の剣聖ではないにもかかわらず専用の魔導船を与えている。
『嘘も何も、ローゼンヘイムの女王にご確認されたらよろしいデス』
霊Bの召喚獣が微笑しながら断言する。
「なるほど。う~ん、僕が前ローゼンヘイムに行った時、そんな霊薬があるなんて話なかったんだけどな~。それで用件って?」
納得できないなとヘルミオスが首をかしげる。
(まあ、あんたがどう思っても女王の回答は変わらんがな)
自分を呼び出した理由は何かとヘルミオスが問う。
『用件は2つデス。1つは、これからローゼンヘイムは激戦になります。もう手助けはできません。私達も全員ここからいなくなりますデス』
ティアモ攻防戦の時も、またラポルカ要塞攻略の最中であっても、ずっと召喚獣がこの中央大陸北部の前線にいたのだが、全ていなくなると言う。
「なるほど、それで残りを渡すから自分らで頑張ってってことだね?」
『いえ、今日の晩にも、今お渡ししたのと同じエルフの霊薬を1000個、ここに届けに参ります。それを使い、あなた方で頑張ってくださいとアレン様は仰ってますデス』
「1000個……」
こんな奇跡に近い効果があるものが、また1000個も届くことにシルビアが驚く。
それだけあれば、どれだけ戦況が変わるか理解が出来たようだ。
4日前、ラポルカ要塞を攻略した際、天の恵みの在庫が十分あると判断したアレンは、その日のうちに中央大陸北部に向けて鳥Bの召喚獣を1体飛ばしていた。
覚醒スキル「天駆」もフルに使い飛び続け、天の恵みが無くなる前に新たな天の恵みを持ってこさせた。
『10ある要塞で1日10個使っても10日は持ちますとアレン様は仰ってますデス』
「いや、本当にありがとう。それなら10日は絶対に持つね」
『10日後、ローゼンヘイムが滅んでいなければ、さらに1000個持ってくるので出し惜しみなく使ってほしい。そして、これはローゼンヘイムに支援をしてくれたお礼であると女王陛下がおっしゃっていると、公爵の立場として皇帝に伝えてくださいとおっしゃっていますデス』
(ついでに女王からのお礼にしてしまおう)
アレンは女王に、女王名義で天の恵みを送ることを伝えている。
表向きは、立場のあるものから立場のあるものに渡したという事実が残る。
これで、帝国は支援した何十倍と言えるほどの借りをローゼンヘイムから受けたことになる。
「ありがとう、戦争が終わったら伝えておくよ。皇帝を困らせちゃうね」
ヘルミオスは、帝国が思惑を持ってローゼンヘイムを支援していることを聞いているようだ。
『ありがとうございます。もう1つの用件はよろしいデスか?』
「もちろんだよ。おっと、これはもうシルビアに持って行かせていいかな? シルビア、すまないけど先に将軍達に説明しに行ってくれないか?」
100個ほど入った天の恵みについて、もう1つの話を聞く前に戦場に行って使わせていいか確認する。
まもなく本日の戦いは始まってしまうため、この場に居続けると勇者と剣聖が抜ける形になってしまう。
「もちろん、いいわよ。ヘルミオス」
霊Bの召喚獣がもちろんですと言うので、シルビアだけが抜けて天の恵みを使うべく部屋から出ていく。
1体と1人になったところで、会話を続ける。
『お時間を頂いて申し訳ないデスとアレン様は仰ってます』
「別にいいよ。それでなんだい?」
『これから500万の魔王軍と戦う予定ですが、レーゼルという魔神が控えているようデス。何か魔神の対策について話を聞けたらとおっしゃってますデス』
「なるほどね、ああ、魔神が出てきたんだ。まあ、そうだね。これだけの軍勢だし、狙いはローゼンヘイムの陥落だろうし」
予備軍を投入したため魔神が出るなんて当然だねと言う。
『はいデス。まず、魔神はこの500万の軍勢に参戦すると思いますデスか?』
魔神がやってくるのとやってこないのとでは、かなり作戦が変わってくる。
「多分しないよ。魔神は軍の中に入ってこないからね。僕が戦った魔神なら皆、陣のかなり後ろにいたかな」
(よしよし、500万の軍勢の中にはいないと。この前のグラスターみたいに要塞を落としている時に攻め込んでこられたら困るしな)
『なるほど。では倒し方や弱点はありますデスか?』
アレンが今回、ヘルミオスを呼び出して質問したかったのはこれだ。
アレンは前世で健一だったころ、自分で何でも検証することが大好きだった。
しかし、攻略サイトがあるにもかかわらず、それを見ずに自力で何でも検証するタイプではなかった。検証結果があるのに無駄に時間をかけるのは、自己満足であると考えている。
必要な情報は確実に仕入れ、最高の効率で戦いに臨むことが大切であると考えている。
「え? 戦うの?」
『もちろんデス』
「多分、話にならずに負けちゃうっていうか殺されるよ?」
ヘルミオスは勝てないと断言した。
『それはどういう意味ですか?』
「言葉通りの意味だよ。絶対に勝てないよ。何か月か前にアレン君は僕と戦ったけど、あの程度の力じゃとても勝てないよ。だって、魔神って僕より強いし」
人類最強の男、勇者ヘルミオスは自分より魔神が強いと断言した。
『え? では、魔神は今まで倒したことがないのデスね?』
「いやいや、過去に2体倒したかな。まあ、運も良かったけど」
『だったら……』
「それでも学園の頃から一緒だった仲間が何人も死んだからね。あまりお勧めしないって言ってるんだよ? 仲間が殺されたくないなら戦わない方がいいよ」
へらへら顔は消え、苦い表情でヘルミオスが忠告した。
『ヘルミオスさんより強いと言うのであれば、どうやって2体も魔神を倒したのデスか?』
「あれあれ。アレン君には武術大会で見せたと思うけど、僕のエクストラは魔神を狩るのに適しているんだ。エルメア様は僕に魔神を狩る力をお与えになったんだよ」
(なるほど、そうか。あの神切剣って技は、対魔神用の技だってことか? 神殺しの剣は魔神に効果があると)
今のヘルミオスの言葉で全てが納得できる。
恐らくヘルミオスのエクストラスキルは魔神に抜群の効果が発揮されるのだろう。
『分かりましたデス。では、魔神の特徴や強さについてもう少し教えてくれませんデスか?』
「もちろんだよ」
こうして、中央大陸北部の個室で、霊Bの召喚獣と勇者ヘルミオスの会話が、その日の攻防戦が始まるまで続いたのであった。