機獣戦記ZOIDS カース・オブ・ニカイドス   作:羽なし

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第五話 ムーンライト・ダークナイト

  

 暗闇の空を、Ziの二つある衛星と星だけが照らしている。眼下にはニカイドス島唯一の大都市ニビル市の明かり、それを挟むように北と南にガイロスの基地レムス、ヘリックの基地ロムルス。

 それらを眼下に望む高空を、一隻のホエールキングが飛行している。周囲には護衛のレドラーが旋回していた。

 ホエールキング級一一番艦、ルー。必要最低限の警告灯のみを輝かせ、その巨体は海中を行くように大空を優雅に進んでいく。

 

 その格納庫、多くのパイロットが降下に備えて愛機の調整や周囲のパイロットとの情報交換に余念がない。

 そんな中、ロイだけが愛機の外部操作用コンソールの前で誰とも語らうこともなく、コンソールを操作することもなく缶コーヒーを飲んでいた。その目つきはウェイン達の前にいるときとは明らかに違う、陰鬱な迫力に満ちていた。大型の肉食爬虫類のような剣呑さだ。それ故に誰も彼に近寄らないし、自分の様子を知っているからロイも誰かに話し掛けようとはしない。

 

 やがてコーヒーを飲み干したロイはその缶を野戦服の内ポケットへしまい込み、ジェノザウラーのコクピットへ戻った。起動済みの機器を操作し、各種センサーを夜間戦闘モードへ変更する。

 

 『艦内連絡放送。降下予定時刻まで、あと一五分です。総員所定の位置について下さい。繰り返します……』

 

 女性オペレーターの鈴の音のような声が響き、周囲の動きが騒がしくなる。その中、ロイは一人ジェノザウラーの調整を続けていく。

 と、内蔵がせり上がるような感覚が体の中に生じた。ホエールキングの高度が下がっているのだ。

 やや気が早いように思えるが、ロイは操縦桿を握る。視線だけでシートベルトをチェック。手元の小型モニターに映される機体のコンディションをざっと確認しつつ、作戦の概要を思い出す。降下後、自分が向かうのは識別名『Sー4』というすり鉢状遺跡だ。ネオゼネバス帝国軍がそこに陣地を構築している。

 と、全機体向けの通信チャンネルにコンタクト。ロイは無線機を作動させる。

 

 『こちら〈ルー〉管制室。降下部隊の皆さんへ現在の天候をお伝えします。現在東向きの微風あり、空は晴天。絶好の降下日和です。なお先程味方偵察部隊から入った最新の情報に寄れば敵陣にはダークスパイナーが確認されている模様ですので、ジャミングにご注意下さい』

 

 周囲の機体の中で、パイロット達がため息をつく様子が目に浮かぶ。ZAC二一一三年現在、ダークスパイナーが用いる操作強制介入機構『ジャミングウェーブ』に対して、共和国軍では遮断回路の開発が完了し、帝国側ではソフトウェア側での対応が行われた。結果、凄惨な同士討ちこそ起こらなくなったものの、しかしダークスパイナーが驚異的な自衛能力を持つ電子戦ゾイドであることは変わらない。作戦の懸案事項が、また一つ増えた。

 だがロイは動じない。ただ瞑目し、その通信を静かに聞いている。

 

 『降下まで残り一〇分を切りました』

 

 そう告げるオペレーターの声が震えている。新人なのだろうか。仕方がない。ガイロス帝国軍は以前ニクス本土まで攻め入られた時、大損害を被っている。現在の帝国軍に足りないのは人材とゾイドだ。

 管制室からの通信は、震える声で残り一〇分を告げた所で終わった。再び沈黙。ホエールキングのエンジンが生み出すうなり声と、風が巨体に押しのけられる際に発する轟音だけが格納庫とそこに収まるゾイド達のコクピットに響いている。

 ふとロイが視線を落とすと無線機に新たな表示が映っていた。作戦に参加する機体同士が用いるチャンネルからのコンタクトだ。ロイはやや顔をしかめ、回線を接続する。

 

 「こちら、ロイ・ロングストライド中尉……作戦前だぞ、感心しないな」

 『すいません。ファーン・シルフ曹長です。先程は、無神経な行いをしてしまい、申し訳ありませんでした』

 

 そう言われ、ロイは展望室での一件を思い出すのに二秒かかった。

 

 「……ああ、いや、アレは俺が悪かった。あだ名ぐらいでカッとなっちまってすまなかった」

 『い、いえ! 悪かったのは自分です! 考えが到らず、中尉殿に不快な思いをさせてしまいました! 本当に、申し訳ありません!』

 「……もういい、あのことは水に流すから、そう必死に謝らなくてもいいぞ、曹長」

 『は、はい!』

 

 緊張し声すら強ばっているファーンの様子に、ロイは苦笑した。そして一つ興味を覚え、彼女に訊ねてみる。

 

 「曹長、あんたは何で軍に入ったんだ?」

 『は、はい。自分は戦争という行為で同じ星に生きる人々やゾイドどうしが殺し合うという無駄なことを、少しでも早く終わらせることが出来るならと思って、軍に入りました』

 「そうか……まあ、そう言う奴も多いだろうな」

 『中尉殿は、違うのでしょうか……?』

 「俺は単純にガイロス帝国が好きだからさ。そこを他人に土足で踏みにじられたくないからな」

 『では、このニカイドスに派遣されたことはやはり不服なのでしょうか』

 「確かにここはニクスからは遠い、ほとんど関係のない島だ。だがここで起こる戦争は放っておけばまた世界中に飛び火する。そうする前に消してしまえば、ガイロスは平和だ。俺はそうしたいんだな」

 

 そう語りつつ、ロイは野戦服にしまっておいたサングラスを取り出す。女物の、鋭角なデザインのサングラス。そのツルの内側に、針か何かで彫り込んだ文字が並んでいた。

 アリス・ヴァンナップとある。

 

 「曹長。軍人の先輩として言っておくが、信念は強く持て。いくら体を鍛え、戦術に精通しても信念や信条の無い兵士は道に迷うからな」

 『は、はい! 肝に銘じます』

 「どんなものでもいい、他人に間違っていると言われても自分が正しいと思うことは信じ、守り続けるんだ。それが軍人やってくコツだ。頑張れよ」

 『了解です中尉殿!』

 うん、と頷き、ロイは無線機を切った。

 薄暗いコクピットで、ロイは誰も聞いていないにも関わらず言葉を続けた。

 

 「もっとも」

 

 サングラスを畳み、野戦服のポケットへ。

 

 「そもそも守ろうとしたものを失っちまった男が、ここにいるわけだが……」

 

 その数分後、ホエールキング一一番艦ルーは低空でシドニア地区に侵入、その森林地帯に、臨時編成のジェノザウラー部隊を投下した。

 森林地帯を巡回するキメラ機体の迎撃があったが、部隊は滞り無く着地に成功する。

 

 

 

 同時刻、森林地帯。

 ウェイン達は各々の機体へ乗り込み、じっと息を殺しているところだった。

 擬装ネットを被ったジェノザウラーとライガーゼロ、ゲーター達の視線の先にはネオゼネバス帝国軍が運用するキメラ機体、シェルカーンとそれを指揮する改造イグアン、そして破壊工作を行うためにバインドコンテナを背負った工兵用ハンマーロックがいた。連絡にあったネオゼネバス帝国軍の工作部隊だ。

 

 「よりにもよって隊長がいないときに……どうしよう?」

 「どうしようったって、やるしかないでしょう」

 

 うろたえるウェインに、ミレルがそう応える。

 

 「キメラはブロックスだから格闘戦に持ち込めば強度がない分こちらが有利です。幸い、その他の機体も大した敵では無いですし、大丈夫かと」

 「リンの言うとおりだよ。隊長いないけど、サクッとやっちゃおうよ」

 

 リンが進言し、スィートが続く。四人は機体の顔を見合わせ、そして再び敵の部隊を見る。

 

 「……よ、よし。敵の部隊に攻撃する方向で」

 「前衛はリン、それにウェインとスィートが続いて。私はレーダーを見つつ指示をするから」

 「了解です」

 「ラジャッ! 気張っていこう!」

 

 四機は通信ケーブルを切断し動き出す。その周囲、暗い森の中に一瞬だけ彼女たちを見つめる視線のようなものが走った。

 

 

 

 シドニア地区。そこはマリネリス地区と同じく、この島独自の古代文化の様子を残した場所だった。すり鉢状のコロシアム遺跡が点在し、古代から人々がゾイドと共にあったことを感じさせる。

 その周囲に広がる密林の中を、駆け抜けていく機影がある。漆黒の装甲板の下に紫のフレーム。背には二門の長砲身火砲を載せ、頭部には放熱板を展開するレーザーガン。ホバリングしつつ密林を行くそれは、ロイの駆るジェノザウラー、シュバルツリッターだ。

 その巨体が腿に内蔵されたスラスターで前に押し出されるたび、周囲の森から眠っていた鳥が飛びだしていく。と、脇の大木の陰から濃緑色と黒の機体が躍り出る。ネオゼネバス帝国軍の無人機、シェルカーンだった。握り拳を振り上げるそれに対し、ジェノザウラーは小さく跳躍、そして身を捻るとシェルカーンの胴体ほどはある足の裏で直に蹴りつけた。

 鈍い音がして、シェルカーンは吹っ飛んだ。ジェノザウラーは姿勢を戻し、蹴った反動を利用し鋭く方向転換しつつ、加速する。

 そのコクピットで、ロイは神経を研ぎ澄ましながら無線に聞き耳を立てる。

 

 『右翼より空中を接近する機影を捕捉。シンカーです。ルーに随伴していたレドラー部隊が迎撃へ向かっています』

 『バイラニー機が被弾した! ディプロガンズに注意し……ぐわぁっ!?』

 『こちらベイカー。森に潜んでいるのはキメラだけじゃないようだ。こいつは……マーダか?』

 『くっそぉ! 磁性地雷だぁっ!』

 

 必要なことを言う者、不必要なことを言う者、悲鳴を上げる者。それらに混ざらず、ロイは一人密林を駆ける。

 

 (いつもいる森より植生が薄いな。走りやすいが、射線が通りやすいか)

 

 思考の片隅でそう考えつつ、飛来する砲弾を横っ飛びに回避。木々の間に擬装しているディプロガンズにパルスレーザーライフルを撃ち込む。着弾し、爆発しつつ苦し紛れのヘッドカッターを放つディプロガンズだが、発射された頭部はジェノザウラーの右手にはたき落とされてしまう。

 その時、上空を一瞬だけ何かが通過した。月光を背負って見えた機影を、ロイは記憶の中で照合する。確か、シュトルヒだ。そしてそのシュトルヒは翼に増設したパイロンから何かを投下していた。

 増漕? まさか、爆弾だ。

 

 「——ッ!」

 

 浮上用推力すら推進力に回し、ジェノザウラーは加速。一瞬遅れて背後で炸裂音がした。後方を映す小型モニターには衝撃でへし折れる木々と爆煙が映し出されている。

 

 「自然は大切にしなきゃだめなんだぜ……」

 

 口をついて出た軽口を止める間もなく、木々の合間を何かが駆けてくる。振り向き、トリガーに指を掛けると、そこにいたのは一体のヘルキャットだった。

 

 「……?」

 

 おかしい。確かにそのヘルキャットはネオゼネバス帝国軍の所属マークを着けていた。しかしキメラ機を放っている森に、有人機を配備するのは折角無人のキメラを用意した意味を相殺してしまっている。

 だがその疑問は一瞬で氷解した。肩装甲に白く『有志』とある。

 

 「志願した学徒兵か……」

 

 名君と謳われたヴォルフ・ムーロア。事実彼の政治は国民のことを考えた見事なものだった。だが、それ故にヴォルフに心酔した若者が軍に志願することは多い。そして軍隊から見て、彼らは士気こそ高いが『使えない』。

 その結果がこれだ。ヘルキャットは飛び出してきたのはいいものの、まだ撃ってこない。熟練したパイロットならもう三回は射撃しているはずなのに。

 眉を歪め、ロイは静かにトリガーを引いた。武装は頭部の二連装レーザーガン。狙いは、頭部。わずか一掃射でヘルキャットはデュラハンよろしく首無しになった。

 

 「温情なんざないね……」

 

 機体を反転させ、ロイは呟く。不殺主義はテレビの中のもので、それを嘲笑するのは平和な世界の住人がすることだ。ロイ達軍人はこういう状況になったとき、ただ微かに眉を動かすか、なにも思わずにトリガーを引く。軍人とはそう言うものだと無意識に納得しつつ、だ。

 ロイはもはや何百回と繰り返した行為にいささかの痛痒も覚えず機体を走らせる。やがて、突如として視界が開けた。

 

 「遺跡群のある森の間隙か」

 

 呟きは口の中にとどめ、ロイは周囲を見渡す。自分と同様に飛び出してきたジェノザウラーが数機。対する正面には、コンクリート製の簡易トーチカと半ば固定砲台化されたディプロガンズ。そしてこちらを見て一斉に前進してくるデモンズヘッドの群れだった。

 

 「何度見てもシュールだわな……」

 

 頭部から脚と尾が生えている。そんなデモンズヘッドの密集陣形はひとまず意識の片隅へ。ロイは武装の中から脚部に縣架した八連装ミサイルポッドを選択した。火器管制が自動的にトーチカを多重照準。次の瞬間にはミサイルポッドはカバーを脱落させ、内蔵するマイクロミサイルを空間にぶちまける。

 左右八発、合計十六発のミサイルはその全てがトーチカに対し攻撃力を行使した。具体的に言って、トーチカは爆圧で内部から吹き飛んだ。一瞬視界の隅を歩兵らしき影が吹き飛ばされ行くのが見えたが、しかしロイは意識をデモンズヘッドに戻す。彼我の距離は一〇〇メートルほどだ。足の遅いデモンズヘッドといえど、距離はすぐに埋まる。こちらも前進し続けているのだ。

 ロイは手近な一体に向け、右のハイパーキラークローの射出機構を作動させる。圧搾空気とワイヤーにより射出されたカギ爪はデモンズヘッドの上顎を挟み込んだ。

 

 「柔よく剛を制す、ってな。打撃だけが格闘戦じゃないっての」

 

 ワイヤーリールと腕、そして全身の捻りを駆使しデモンズヘッドを跳ね上げさせる。マグネイズスピアを展開したまま、デモンズヘッドは軽く空に弾かれた。

 ロイはジェノザウラーの体を捻らせる。その動作は右腕へ、ワイヤーへ、そしてその先端に捕縛されているデモンズヘッドへと伝わる。その結果はモーニングスターと化したデモンズヘッドの大回転だ。周囲のデモンズヘッド達のパーツやらブロックモジュールやらがたたき壊され宙に舞う。一周する間に、ロイが捕縛したデモンズヘッドも上顎を残し自壊していた。

 まだ動く機体は周囲のパーツをかき集めようとしているが、徹底的に無視しロイは陣地へと駆け込んでいく。ディプロガンズの砲撃陣地を踏み潰し、塹壕を飛び越えて向かうのは指揮所。そこを破壊すれば相手の部隊は寸断され各個撃破されるのみ。

 だがそうは問屋が卸してくれない。ロイは不意に左右から殺気のような何かを感じた。

 

 「…………?」

 

 疑問符が浮かぶより先に、腕は操縦レバーを弾いていた。跳躍するジェノザウラーの下を一機、後方に一機、同型の機体が二機姿を現していた。

 

 「新帝国自慢の虎の子が二体もかよ……いや、獅子の子か?」

 

 真紅、堂々とした造形と無骨な火器、そして全身を拘束するかのように走る伝導チューブと背の巨大なシリンダー。ネオゼネバス帝国陸軍自慢のゾイド、エナジーライガーがそこにいた。二機は血のように赤い視線でジェノザウラーを見上げていた。

 対するジェノザウラーも、スリット状の双眸から鮮血じみた輝きを漏らし宙を舞う。脚部に推進機関を持つジェノザウラー系機体の跳躍は高く、長く、速い。

 着地と同時、反転しエナジーライガーへ向けて背のパルスレーザーライフルを発砲。対してエナジーライガーは散開しそれをかわす。その挙動は不気味なまでに速く、陽炎を残している。

 

 「最初っからエナジーチャージャーを動かしてるのか!?」

 

 ロイが驚くのも無理はない。エナジーライガーの搭載する特殊機構、エナジーチャージャー。それは大気中のタキオン粒子をかき集め高速移動させることで生じるエネルギーを利用する機関だ。だがその制御はいまだ不完全であり、高い性能と引き換えにその稼動時間は極めて短い。ZAC二一〇九年以来、幾度と無く改修こそ行われているようだが、まだ常時稼動させられるようなものではないはずだった。

 

 「いきなりとっておきか……ありがた迷惑だぜ」

 

 ロイはジェノザウラーを翻す。目指すのは密林。ジェノザウラーでエナジーライガーと勝負をするなら、そこしかない。

 背後、不気味な駆動音に押され、ジェノザウラーは疾走する。

 

 

 

 月下のシドニア。激戦の遺跡群からさほど遠くない場所に、それらを見下ろす高台があった。おあつらえ向きともいえる崖の上、そこに一人の人影がある。

 少女だろう。柔らかな曲線を描く肢体は、巫女装束のような衣服に包まれている。月光を弾く銀髪には不思議な髪飾り。淡い緑色の瞳は、眼下に広がる森と遺跡を見ている。そこで起こっている戦いも、だ。

 と、少女の背後で動きがある。背の低い木々の間だから何かが立ち上がったのだ。少女はそれに向かって振り向くと、歩き出す。

 喉を鳴らすような音を立てるそれは、長い角と翼を持っている。

 

 

 

 先程も走った森の中を、噴射炎も鮮やかに駆けるジェノザウラー。ロイは背後を映すモニターに視線を投じつつ、踊るようなステップで木々の間を走る。

 

 「サイ、カー、チス……ほらっ!」

 

 リズムを取り、レバーを捻ると同時、今いた場所を赤い閃光が駆け抜けていく。エナジーチャージャーを駆動させるエナジーライガーだ。

 

 「その速度じゃ火器は役に立たないだろう。おまけに旋回性能は無いに等しいときたもんだ……と!」

 

 エナジーチャージャーの余剰熱を放出して攻撃するエナジーウイングの軌跡を潜り、ジェノザウラーは地を這うように加速する。

 続けざまにもう一機、今度は背後から高速で突っ込んでくる。その勢いはもはやミサイル。頭部のグングニルホーンの先端が水蒸気の衝角をまとっている。

 

 「うわぶねぇなっ!」

 

 相手の勢いに、ロイの口も高速化し言葉が合体する。横っ飛びしたジェノザウラーを追い抜き、木々を巻き込んでエナジーライガーは吹っ飛んでいく。森に、真円形のトンネルが開けられた。

 

 「おぉお……トンデモ兵器万歳」

 

 思わず出た笑みもそのままに、ジェノザウラーは再び加速。木々の合間を縫って進んでいく。

 

 (どっかで読んだ記録どおりなら相手のスタミナが切れるまであと二分ってとこで……そこまで保てば相手は風変わりなライガーゼロみたいなもんだ。どーとでもならぁ)

 

 歯を噛み締めた笑みを浮かべつつロイはジェノザウラーを駆る。常に崩れそうなバランスを運動エネルギーに転換し、四方へ意識を飛ばす。駆け抜けるジェノザウラーの挙動は、やはり踊っているかのようだ。

 機動力とは、単に速ければいいというものではない。重要なのは旋回性能との兼ね合いだ。足が遅くても、敵の背後をとれば有効打を与えられる。速度重視の機体が増える中、ジェノザウラーがいまだに第一線を張れる理由はそれだった。

 

 「足が速くて一撃が重けりゃ勝てると思ってんじゃねーぞ! うはははは……っ」

 

 途端、ジェノザウラーは森の中にぽっかりと空いた空き地に飛びだしていた。

 

 「ははは……あ?」

 

 着地し、慣性でわずかに滑走。見回すと、小規模ながらそこはすり鉢状遺跡の一つだった。

 

 「あー……」

 

 見れば、二機のエナジーライガーはコロシアムの中に飛び込んでくるところだった。障害物のないここでは、エナジーライガーの突進力が存分に活かされてしまう。

 

 「えー……いっけねぇ」

 

 その瞬間、二機の内右肩に「1」と書かれたエナジーライガーが突っ込んできた。ロイは慌ててそれを回避。それを悠々と見て、肩に「2」と書いたエナジーライガーが飛び込んでくる。

 

 「ぅまずい!」

 

 回避のために体を捻り、その勢いを消すためジェノザウラーはバランスが崩れている。そこへ2号機の突撃だ。ロイはなんとかスラスターの推力だけでそれを回避。だが当然そこを狙ってくる敵がいる。

 

 「1号機……だろ!?」

 

 見れば、エナジーライガー1号機は旋回しこちらを見ていた。ガトリングと長砲身のカノン砲が唸り、高熱量の砲弾がジェノザウラーの足元を吹き飛ばす。

 

 「ぐっ……っ!」

 

 コンバットシステムが警告音を発する。同時、冷ややかな音声で『警告 脚部足首関節に過負荷。損傷を回避するために退避して下さい』。さらにジェノザウラーが痛みで呻く。

 

 「……できねぇ!」

 

 よろめくジェノザウラーを走らせ、ロイはとりあえずどちらか片方をまず潰すことにする。正面、エナジーライガー1号機は砲撃を止め回避運動を始めていた。後方、エナジーライガー2号機はこちらの斜め後ろを占有し続けている。

 

 「ええい畜生! なにかいいこと起こらねぇかなぁっ!」

 

 起こった。

 

 ロイから見て右斜め後方を移動していたエナジーライガー2号機は、比較的コロシアムの外部にいた。その2号機に対し、森の中から飛び出した何かが横様に飛びついた。月下に映える赤い巨体。2号機に突き刺した頭部の角を、それは引き抜く。

 

 「な……なっ!?」

 

 ロイは目を見開いた。エナジーライガーを襲ったのは、またしてもエナジーライガーだったのだ。あとから現れた『三機目』のエナジーライガーは、その肩装甲にあるはずの国籍マークを削り落とされている。

 

 (わざわざマークを消したってことはネオゼネバス機じゃない……かといって別の国籍マークがあるわけじゃない……どこの陣営だ?)

 

 一瞬の内に様々な思考がロイの脳裏を駆けめぐるが、しかしそれを無視し長年の経験からロイの体はジェノザウラーを操作している。正面、突然のことに一瞬とも言えぬわずかな時間の隙を生んだエナジーライガー1号機へ。

 相手はもう動き出していたが、しかしすでに手遅れだった。その胸をジェノザウラーの右腕が跳ね上げ、喉笛に牙が食らいつく。爪を振り上げようとするエナジーライガーの顎に、押し付けられたパルスレーザーライフルの銃口が閃光を放つ。

 当事者達にしてみれば長い長い、しかし実際は一瞬の時が流れて、口内から煙を上げるエナジーライガー1号機のコクピットが射出された。同時に、『三機目』に襲われた2号機もそのコクピットを射出する。

 遠く激戦の砲声が響く月下。生き残ったジェノザウラーと、乱入したエナジーライガーの視線が交錯する。

 動かないエナジーライガーを注意深く視界の中央に置きつつ、ロイは外部スピーカーを起動した。

 

 「……助けてくれたことを感謝する。だが……そちらの所属を明らかにしてほしい」

 

 敵ならば……と口に出そうとして、やめた。それは不誠実すぎる。

 最後の発音が放たれてから、たっぷり三秒待った。返事はなかったが、しかしエナジーライガーはその頭部ハッチを静かに開放する。そして、パイロットが姿を現した。

 

 「……?」

 

 逆光気味なのでわかりづらいが、少なくとも立ち上がった人物が着ているのは軍服ではない。それはセーラー服のようだし、ワンピースのようだし、しかし和服のようでもあった。

 風になびく赤い帯と、銀髪が印象的だ。闇に慣れ始めた目が、やっとその人物の姿を明らかにする。

 

 「女……の子?」

 

 現れたのは、女性だった。だが下世話な話、まだ『女』ではない、『少女』と呼ぶべき姿だった。無垢と言ってもいい。

 その少女は、ただじっとこちらを見下ろしている。ロイは、コクピットハッチを開いた。コクピットの位置の関係で、ロイは少女を見上げる位置にいる。

 

 「……誰なんだ、君は!」

 

 見上げて放った言葉に、少女はゆっくりと口を開いた。

 

 「……カナン」

 

 決して大きな声ではないのに、その声はよく聞こえた。あるいは、その声を聞く者が聞き逃さずにいられない声なのか。

 

 「この島に、昔から住んでいる者です」

 

 そよ風に髪を揺らしつつ、アポスタルは頭を下げた。ゆったりとした動作で下げ、上げる。

 

 「あなたの部下の方々が、危機に陥っています」

 「——!」

 その言葉に、ロイは身を乗り出した。下手をすれば、コクピットから落ちてしまいそうなほどに。

 

 「な……なんだって!?」

 「あなたの部下が、危機に陥っているんですよ」

 「なんで、なんでそれをお前が、俺に!?」

 

 なぜそれを知っていて、なぜそれを自分に伝えるのか。

 

 「私は……この島の呪いに挑む巫女です」

 

 静かに紡がれる言葉はそこで止まらない。そして、と一息。

 

 「あなたは、この島の呪いに魅入られた者です」

 「呪い……だと?」

 「経験ありませんか? 自分だけ、生き残ってしまうこと」

 

 電流でも流されたかのように、ロイの体が強ばった。それに対して、カナンは静かに告げる。

 

 「私は、あなたを救いたい……」

 

 

 

 同時刻、マリネリス遺跡。

 歴史的価値こそあれど、しかしあらかた発掘が終わってしまったその遺跡を駆ける機影があった。数は四。その内二機はジェノザウラーで、残りはライガーゼロとゲーターだ。

 四機に共通するのは、傷だらけであることと追われていることの二つ。いや、もう一つ。

 

 「な、なんで私達なんかのために伏兵なんか用意してたの!?」

 「わからないです!」

 「ミレル、なんで見つけられなかったのぉ!?」

 「しょうがないのよ! 相手のステルス技術の方が高いんだから!」

 

 パイロット達は半ば錯乱状態にある。そんな彼女たちを追うのは、薄紫の装甲の合間に灰色のフレームを覗かせ、巨大なエンジンを背負った機体、シュトゥルムフューラーだ。両肩の武装アームに装備されたエクスブレイカーを振り翳し、とんでもない加速で迫ってくる。

 

 「……っ! みんな、散らばって!」

 

 ウェインが叫び、それが終わるよりも先に四機は各々勝手な方向に飛び退いた。一瞬とおかず、シュトゥルムフューラーのエクスブレイカーが先刻までゲーターのいた空間を薙いでいる。

 

 「私狙いなの……?」

 

 戦慄に肩を震わせながら、ミレルは回避の勢いで傾ぐ機体を制御する。ゲーターのコアが喘鳴のような悲鳴を上げ、マグネッサーシステムによるホバリング機構が横滑りする機体を立て直した。すぐさま、加速。

 

 「みんな逃げて! こいつ私を狙ってる!」

 「ば、バカッ! ミレルを置いていけるわけないよ!」

 

 反応したのはスィートのジェノザウラーだ。反転し、再びゲーターを狙うシュトゥルムフューラーの進路を防ぐべく、機体を走らせる。

 フューラーが咆哮を上げながら、スィート機へ体当たりを食らわせた。フリーラウンドシールドを使用し、自機への衝撃は最小に抑えつつ、しかし全力でのぶちかましだった。衝撃でひしゃげたコクピットハッチの奥で、スィートの体にシートベルトが食い込む。

 

 「かっ……はっ!」

 「スィート!」

 

 フューラーを中心に据えて大旋回運動をしていたウェインは、地面に突き刺さっているかのような石柱に爪を引っかけて急旋回すると、宙を行くスィート機を受け止めるべく落下地点へ向かう。だがそれを見たフューラーは、嘲笑うかのような加速でその機先を制する。

 轟音とともに、一〇〇トンを超える自重を持つシュトゥルムフューラーがその身を前方へ飛ばす。旋回性能など考えない正面へ進むためだけの推進力は、空中のスィート機を追い抜くには十分すぎた。

 エクスブレイカーを抜刀し、フューラーはウェインへ迫る。

 

 「ひっ……」

 

 悲鳴と言うよりも、単に肺が縮んで押し出された空気が歯の間で鳴っただけのような声。しかしそんな声を上げる間にも、フューラーはウェイン機の懐へ潜り込もうとしている。姿勢が低い、下からエクスブレイカーでコクピットを狙う動きだ。

 

 「させない……させないっ!」

 

 そこへ、夜目にも鮮烈な青い閃光が乱入する。砂塵を巻いて現れたのはライガーゼロ。リンだ。

 

 「こっ……のぉ!」

 

 ショックカノンもレーザークローも間に合わないタイミングだが、リンはフューラーを止めるために動く。もはや操作ではなく、パイロットの意思を汲んでのゾイド側での動作でそれは行われた。

 一瞬にも満たないタメのあと、ライガーゼロの頭部がフューラーの顎をカチ上げた。頭突きだ。

 

 「~っ!」

 

 声にならない悲鳴を漏らしつつ、リンは歯を食いしばって相手を見据えた。惰性で動くフューラーだが、四肢に力はない。麻痺しているのだ。

 

 「とったぁっ!」

 

 頭突きのために浮かび上がった上体、それを元に戻す勢いでリンはストライクレーザークローを叩き付ける。必殺の一撃はその軌道上にあった頭部と胸部装甲を叩ききった。デュラハンよろしく首無しと化したフューラーは、空中を回転しながら飛び、背から落ちて動かなくなった。

 

 「や、やった!」

 

 リンが思わず声を上げる。だが、状況はそれどころではなかった。

 

 「スィート、平気? ねぇ!」

 「うるさいなぁウェインは……これで平気って、どんな超人よ……」

 

 スィートのジェノザウラーがふらつきながら身を起こしていた。傍目にも辛そうなその様子と同調し、スィートの息も荒い。

 

 「肋骨……かなっ」

 

 苦しげに告げるのは負傷の部位。だがその度合いまでは、恐ろしくて口に出せなかった。

 

 「もう無理だよ。他の部隊に助けてもらおう? 近くにいるゲリラ戦隊の部隊に……」

 「無理、通信がジャミングされてるの」

 

 電子戦機材を操作するためのヘッドアップディスプレイを装着し、ミレルが告げる。それを聞いたウェインはほとんど恐慌に陥って叫んだ。

 

 「もうやだぁっ……なんで私達なんかが狙われるのぉっ……」

 

 理由など彼女たちの誰一人としてわからなかった。ウェインの疑問を叩き伏せるように、また別の機体の駆動音が接近しつつあった。

 

 

 


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