機獣戦記ZOIDS カース・オブ・ニカイドス   作:羽なし

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第四話 涙失いし虐殺龍

  

 夢。

 

 感覚も思考も感情も、何もかもが曖昧で、それゆえに現実との区別の付きづらいその中で、一人の男が膝を抱えていた。

 黒髪を手入れもせずに適当にのばし、薄汚れた野戦服を着込んだその男は、ロイだ。

 膝を抱え、浮かない表情を浮かべたロイの周囲には、ねじり千切られたような金属の欠片が散乱している。

 シリンダーや銃身、ギアやワイヤー。それらは皆、ゾイドのパーツだった。

 

 「第〇一八ゲリラ小隊発足、ZAC二一一一年。初期メンバーの一人が俺で……発足二ヶ月後、ニカイドス上陸作戦時に俺を残し壊滅」

 

 呻くようにロイは言葉を紡ぐ。

 

 「それ以後メンバー補充の度に俺を残し皆が死亡……今回で、四度目だな」

 

 そう呟き、ロイは顔を埋める。と、その正面から彼を照らす光があった。慌てて顔を上げると、そこには野戦服を着た誰かが立っている。

 

 ロイは、その人物の名を呼んだ。

 

 「アリ……ス……?」

 

 

 

 ロイは一瞬で覚醒した。

 

 「アリス!」

 

 飛び起き、その拍子にコクピットの天井に頭を強打した。その痛みがさらに意識を明確にしていく。ついでにそれに驚いたジェノザウラーが変な声を上げた。

 今は朝。ウェインらに夜間警戒を慣れさせるべく当番制にしたので、自分は眠っていたのだ。

 そして見ていた夢は……、

 

 「……後味の、悪い夢だな……」

 

 悪態をつき、コクピットの中に転がる私物を手で探る、顔でも洗わないとやっていられないテンションだった。とりあえず手桶が必要だ。

 と、指先に硬い感触。摘んで引き寄せてみれば、それは鋭角的なデザインのサングラスだ。ツルのデザインから、女物であることがわかる。

 それを見て、ロイは悲しげな無表情という相反する、しかし不思議と成立してしまう表情を浮かべ、サングラスをジャケットのポケットに放り込み、コクピットを開け放った。

 

 リンの一件からおよそ一週間。ロイとウェインら三人との関係にも変化が生じてきた。  一見頑なだったリンを懐柔したロイを認めたのか、ウェイン達はロイと親しげな様子になってきている。

 またロイにとって懸案事項だったリンとウェイン達の関係も、同年代の女性であることが幸いし、最初こそぎこちなかったものの、今では以前から友人だったかのような様子で談笑していることも多い。

 そんなこんなで、ここしばらくの間は食事の時間も随分と和気藹々とした雰囲気が漂っていた。

 

 「楽でいいねぇ」

 「なにがですか?」

 

 インスタントの戦闘食糧にお湯をそそぎ込んでいたウェインが、ロイの呟きに気付いて目を向ける。

 

 「いやいや、お前ら勝手に仲良くなって行くからな。俺の手が掛からなくてもう楽でなぁ」

 「人間関係は気にかけると疲れますしね~」

 

 ウェインからやかんを受け取り、カップ麺タイプの食糧に湯をそそぎ込みつつ、スィートが笑う。

 

 「リンと話してみてよくわかりましたよ。どの国でも人は同じ人なんだなって」

 「ミレルさん……」

 

 照れたようにリンは俯き、その様子をミレルが微笑みながら見つめる。そんな様子をロイは食糧に入っていたゆでキャベツをつまみながら見ていた。

 

 「しかしこう見ていると、お前は戦争とは無縁そうだよな。なんでまた軍なんかに入ったんだ?」

 

 訊ねると、四人はそれぞれ顔を見合わせた。

 口を開いたのはウェインだ。

 

 「それは……自分の生まれた国を、守りたいですから」

 「いつ戦争が起こってもおかしくない世の中ですからね……もし起こったときに、他の国の軍隊に自分の生まれた所を土足で踏みにじられたくないですから」

 

 言葉を引き継いだのはミレル。二人に挟まれたスィートは、真剣な顔で頷いている。

 

 「リンは?」

 

 ウェインが首をかしげると、リンは困ったような笑みを浮かべた。

 

 「あはは、食事中にするような明るいことじゃないですよ。その……親に勘当されたんです。それでより所が無くなって……」

 「そりゃ確かに明るい話じゃないな」

 

 そうですよね、とリンは困った笑みを浮かべたまま頷いている。

 

 「隊長はどうしてなんですか? やっぱり私達と同じ?」

 「……まあな」

 

 そう答えて、ロイは水筒の中身をぐびぐびと流し込んだ。

 

 「ただ、もう一つ理由があってなぁ……」

 「——? それはどんな……」

 「まあそこは、家庭の事情ってやつだ。適当に想像してくれ」

 

 そう言ってロイは何かを思い出すように目を細めた。

 

 「……思い出せば思い出すほどあの親ってば」

 「親がどうかしたんですか?」

 

 首をかしげるリンに、ロイはひらひらと手を振った。

 「ん~、何と言ったものか……悪人じゃないんだが……奇人というかな?」

 「奇人ですか……」

 

 腕を組み、さらに首をかしげるリンの様子がおかしくて、皆は明るい笑い声を上げる。

 その時だった、不意に安っぽい電子音が響いたのは。

 振り向いたロイは、背後で無骨な無線機がこちらを呼んでいるのを確認した。ジェノザウラーのコクピットからここまでコードでつながれたその無線機は、多少のジャミングやこの星の大気に含まれる金属粒子の妨害を無視して通信できる強力な軍事無線だ。これが使用されると言うことは、何かしらの連絡が基地からあると言うことだ。それも急ぎ、もしくは重要な。

 ふむ、と声を漏らしたロイは立ち上がり、無線機から受話器を取り外し、耳に当てる。

 

 「認識番号1ー3833ー1、第〇一特殊戦術戦隊第八小隊長、ロイ・ロングストライド中尉だ」

 『確認しました。こちらレムス基地戦術通信隊です。これより緊急任務を通達します』

 「ああ、なんだ?」

 『中尉は本日午後一四三○時までにレムス基地へ帰還して下さい。中尉には本日深夜に行われる特殊任務へ出撃してもらいます。なお、部隊は引き続き当該区域の警戒任務に就いていて下さい』

 「……あ?」

 

 間抜けな声を漏らすロイを尻目に、オペレーターの女性は言葉を続けた。

 

 『任務の内容は基地にて追って通達します。とにかく午後一四三○時までに基地へ帰還して下さい。以上です』

 「……了解。午後一四三○時までに帰還する。通信終わり」

 

 途端、基地側から通信が切られた。ため息をついたロイは、軽く無線機を蹴って受話器を戻した。

 

 「何かあったんですか?」

 

 呑気に軍用食糧のスパゲティを食べていたミレルが顔を上げて訊ねてくる。ロイは元いた場所へ座り、難しげに眉をひそめた。

 

 「いや、なんでもな。特殊な任務に駆り出されることになった。で、それには俺だけ参加で、お前らはここに残ることになるとのことだ」

 「何だかおかしな話ですね?」

 

 トレー状の食糧の端、カップ状に凹んだ場所からスプーンでプリンをすくって口へ運んでいたスィートがやはり呑気に言う。それに対し、ロイは真面目に頷いた。

 

 「俺は心配だなぁ。お前らまだまだ素人だからな」

 「信頼して下さいよたいちょーっ。大丈夫ですって!」

 「そうですよ。隊長がいつも指示してくれるようにしていればいいんですよね?」

 

 そう訊ねてきたのはウェインだった。ロイは視線を彼女にうつし、いや、と口を開いた。

 

 「俺がいない間は無茶はしない方が良い。仮に敵を見つけても近寄らずに対処するんだ。第〇一八小隊に代々伝わる三つの標語にはこうある。肝に銘じておけ。『卑怯上等、不意打ち奨励』『五分間の接近戦の疲労は一五分間の射撃戦のそれに匹敵する』『慌てるな、相手はいまだ、気付いてない』『運が良ければ不意を突いてぶっ殺せ! 』」

 「あ、あの……それだと四つじゃ……」

 

 一息に言葉を連ねるロイに対し、リンが遠慮がちに手を挙げ口を開いた。

 

 「最後はともかく、それはつまり射撃戦でけりを付けて格闘戦には持ち込まないということですよね……?」

 「ああ」

 「それだと私の出番が……」

 「あのライガーゼロの胸元にあるショックカノンを見てくれ、どう思う?」

 「すごく、大きいです……じゃなくてですね。アレは接近戦の補助武装……ごめんなさい自重します許して下さい」

 

 突然謝り出すリンに、何事かとウェイン達はロイを見たが、ロイはにこやかに微笑んでいるだけだった。もっとも、邪気が無さすぎて不気味なほどの微笑みだったが。

 

 「ともかく、俺がいない間は絶対に無茶はするなよ? お兄さんとの約束だぜ?」

 「大丈夫ですよ。お任せ下さい」

 

 自信満々にウェインが言い、そして皆の軍用食糧のトレーは空になっていた。

 

 

 

 それから数時間後、ロイは基地へ向かい、ウェイン達はその場に残った。

 

 午後四時、ガイロス帝国軍レムス基地の軍港に一隻のホエールキングがその巨体を休ませていた。船体には大きく『11th Loo』とある。

 ホエールキング級一一番艦、ルー。空飛ぶ基地と言っても過言ではないその巨体の一角、展望室に軍服姿の人影がいくつも姿を見せていた。

 そんな中、一人だけ窓際の席に腰掛け、資料をパラパラとめくっている男がいる。黒髪で野戦服の中尉。ロイだ。

 

 「乱暴な作戦だな」

 

 資料を閉じ、ロイは背もたれに寄りかかった。ため息を漏らし、裏表紙を見せている資料をひっくり返す。

 表紙には『シドニア地区空挺作戦』とある。

 シドニア地区は、ニカイドス島北西部にある密林と、そこに点在する遺跡からなる地区だ。現在はネオゼネバス帝国軍の支配下にあり、近い内に奪還する予定ではあった。

 今回、ロイが呼びだされた作戦がそれだった。内容はこうだ。

 まずホエールキングで、戦力として集められたジェノザウラーからなる空挺部隊を直接密林へ降下させ、力押しでシドニア地区を奪還。そこへ地上部隊が合流し、防衛陣地を築く、というものである。何の捻りもない、どこかの制服組軍人が鼻でもほじりながら考えたような作戦である。

 

 「それがまかり通っちまうこんな世の中じゃなぁ……」

 そう呟き、ロイはもう一度ため息をついた。その時ふと視線をめぐらせると、すぐそばにロイをじっと見つめる女性パイロットの姿があった。着ているのはかっちりとした軍服。胸元にはゾイドパイロットであることを示す機獣徽章。ウェイン達と対して変わらない年格好をしていた。

 

 「……何か用かい?」

 「あの……ロイ・ロングストライド中尉ですよね?」

 「いかにも。ロングストライドとは俺のことだがね?」

 途端、その女性パイロットは顔を輝かせた。

 

 「わあっ! やっぱりそうだったんですね! うれしいです。お会いできて!」

 「なんで?」

 

 心当たりが無いロイは、首をかしげつつ訊ねた。

 

 「なんでって、有名じゃないですか。ロングストライド中尉の別名」

 

 そう言われ、ロイは何かに思い当たったかのように目を見開き、女性パイロットを制しようと動き始めた。だがそれより、女性パイロットの言葉の方が早かった。

 

「『涙失いし虐殺龍』ロイ・ロングストライドって……ひゃっ!」

 

 瞬間、ロイはその女性パイロットの襟首を掴み、全身力を込めて壁に叩き付けていた。

 

 

 

 同時刻。ニカイドスの森の中でウェイン達はのんびりと待機しているところだった。付近に敵影はなく、食事当番のウェインは材料になりそうな野草を探し、残りの三人は呑気にトランプなどしていた。

 

 「ウェインー、なんか見つかったー?」

 「そう簡単に見つからないよぅ」

 

 泣き言を言いながら、ウェインは木の根本を這いつくばって材料を探している。と、不意にウェインが毛を逆立てて跳び上がった。

 

 「やぁ~っ!」

 「どうしたんですか?」

 

 振り向いたリンの視線の先で、ウェインがしりもちをついて木の根本を指さしている。

 

 「変な虫がいたぁ~!」

 「大抵の虫は変な格好してる気もするけどね。と、あがり」

 

 そう言ってミレルは手札を捨て、ニヤリと笑った。

 

 「五連勝だね」

 「もうミレルあがったの~!? ってまたババーッ!」

 「スィートさんは引っかかりやすいですねー」

 

 そう言ってリンがカラカラと笑った。

 

 「うー、人が苦労してるのにババ抜きなんかしてるんだ……」

 「ついさっきまでジジ抜きだったけどね。ババがないと緊迫感が足りないってスィートが言い出して」

 「でもそしたら途端にスィートさんが負けだしたんですよね。と、あがりですよ」

 「あーっ!」

 

 リンが手札を二枚捨てると、残るは一枚。次にスィートがリンの手札を引けば自動的にスィートの負けが決まる。

 

 「なーんーでー勝てないのーっ!」

 「鏡見なさい。そこに理由があるから」

 「どーいうこと?」

 「スィートは素直すぎるのよ。ね、ウェイン」

 「そ、そうかな?」

 

 困ったような笑みを浮かべ、ウェインが首をかしげると、駄々をこねるようにスィートは両手両脚を投げ出して地面に仰向けに倒れ込んだ。

 

 「むーっ、なんでこーなるのよーっ! ……って、ん?」

 

 ふと、スィートは遙か遠く、頭上を飛行していく一機の飛行ゾイドを視界に捉えた。レドラーと思われるその機影は、ゆったりとレムス基地のある方角を目指している。

 

 「……隊長はどうしてるのかなー?」

 

 四肢を投げ出したまま、スィートはぽつりと呟く。突然そんなことを言いだしたスィートを怪訝そうな眼差しで見下ろして、ウェインは少し考え込んだ。

 

 「そうだね……今頃、作戦に参加する人たちと一緒に説明を聞いてるんじゃないかな」

 「しかし、重要な作戦には参加を呼び掛けられるほど、ロイ隊長は凄い人だったんですね」

 

 リンがそう言いつつ、トランプを集めてケースにしまっていた。

 

 「重要な作戦ってことは、それこそ優秀な人々が集まっているんでしょうね」

 「そうだね、帝国の有名どころというと……『走る爆風』シルエット・グナーや『バレット・イーター』ガリオン・S・グラー。空軍の『嵐の弾丸』ガーランド・グゾーン。海軍なら『狙撃艦長』ウルティ・メイラム……」

 「ミレル、陸軍の有名どころを忘れてない?」

 

 そう言うのは、いつの間にか上体を起こして長座の姿勢にあるスィートだ。

 

 「『涙失いし虐殺龍』! ジェノザウラーを駆り、暗殺者のように無慈悲に敵を屠る幻のパイロットだよ! 何度も自分の部隊の隊員を失い、その結果涙を枯れ果てさせてしまったという逸話が残ってる……」

 「そう言えば何かと有名な人だよね。……あれ? 本名は何だったっけ……?」

 「思い出せないわね……」

 

 腕を組んで考え込む三人。と、リンが雷に打たれたかのようにびくりと体を震わせた。

 

 「? どうしたの、リン……」

 「その人、知ってます……『涙失いし虐殺龍』は……」

 

 一息、

 

 「ロイ・ロングストライド……私達の、隊長です」

 

 

 

 ホエールキング級一一番艦、ルーの展望室では一つの事件が起こっていた。

 ロイが、自分に声をかけてきた女性パイロットの襟首を掴み、壁に叩き付けたのだ。

 

 「ら、ロイ中尉……!?」

 「……!」

 

 鬼のような形相で女性パイロットを睨んでいたロイは、相手の声に我に返ったように表情を消した。そして腕から力を抜く。

 

 「……悪い、頭に血が上っていたようだ」

 「え、あ、そうですか……」

 

 ロイはばつが悪そうに相手の襟を整えた。襟に縫いつけられた階級章は曹長のものだ。

 

 「あのな、曹長」

 「ファーンです。ファーン・シルフ」

 「そうか……ファーン曹長、パイロットの異名ってのはな、本人にとっては嫌なものもあるんだ。気安く、知り合いでもない奴を二つ名で呼んだりはしない方が、いいぞ……?」

 

 そう言うと、ロイはテーブルに置いてある自分の資料を手に取る。周囲の視線を浴びつつ、ロイはそそくさとその場を後にした。

 通路ですれ違う相手の目を見ないようにしつつ、ロイが向かった先はホエールキングの腹部格納庫。空挺降下するゾイドを格納するためのそこは、今は照明を落とされていた。キャットウォークの非常灯を目印に、ロイは自分のジェノザウラーへ迷い無く歩んでいく。

 薄闇の中、うずくまるようにじっとしている彼のジェノザウラー。ロイはキャットウォークの端にある操作盤を操作し、コクピットハッチを開けさせた。そしてコクピットへ入りハッチを閉鎖。機体を起動する。

 

 『COMBAT-System-ver.4,03 Standby……』

 『パイロット、ロイ・ロングストライド中尉を確認』

 『起動手順1から5を終了。6、7を省略。8から19を限定的に完了』

 『EZ-026Pb、起動完了。作戦前のため、設定調整モードで固定します。非常時の場合は艦橋よりの緊急信号を確認後、モード変更操作を行って下さい。中尉』

 「…………」

 

 目の前をつらつらと流れていく文章を無感動に眺め、ロイは両手に操作レバーを握った。間もなく、正面モニターは機体の視覚センサが捉えた画像を映し出す。薄暗い格納庫の様子を、だ。

 微かに、ジェノザウラーが身じろぎした。機体が起動したことにより睡眠状態にあったコアが目覚めたのだ。オーガノイドシステム搭載機特有の、こめかみを押さえられるような違和感があるが、ロイは黙って画面を眺めていた。

 

 「……なぁ、リッター。シュバルツリッター」

 

 静かに、呟くようにロイは愛機の愛称を呼んだ。ジェノザウラーは応えるように低い声で唸る。

 

 「……涙失いし虐殺龍だってよ。ったく、人をとんでもない冷血漢みたいによ。困るよな、そういうの」

 

 ジェノザウラーが頷いた。その証拠に正面モニターの画像が上下に揺れた。頭上では、首の関節を動かすサーボモーターや金属筋肉の駆動音もした。

 

 「ったく、本当に……人がどうしてそう呼ばれるようになったかも知らずに……憶測だけで……」

 

 呟きながら、ロイはシートに深く腰掛けた。天井を仰ぎ見る。泣いているように歪んだ表情を浮かべつつ、しかしその目から涙は流れない。

 

 「アリス……」

 

 呟くのは、一人の女性名。

 

 「…………アリス」

 

 もう一度その名を呟き、ロイは再び視線を正面に戻した。そして操縦用レバーを操作し、画面を操作する。

 通信設定モード、通信記録再生。

 

 「ZAC二一一三年、二月二八日。午後十一時四十七分」

 

 忘れたくても忘れられない時刻。ロイは保存のチェックボックスにレ点の打たれたその記録を再生した。

 

 『ロ……イ、泣かないで……? 私達、軍人だもの……こうなるかも知れないのは、わかってたよね……? だから……泣かないで……カハッ、ガッ……やだよぉ……ラージぃ、死にたくないよぉ……まだ、あなたとしてないこと、いっぱいあるのに……やだよぉ、やなのぉ……っ! ……こんなやな思い、もう誰にもさせないって約束して、ロイ。私が、最後の……』

 

 ロイは、スピーカーから流れ出るか細い声を聞きながら、瞑目していた。脳裏に浮かぶのは、忘れたくても忘れられない風景。燃える村、その中央でパイルバンカーに胸部を貫かれた量産型ジェノザウラーと、作業用ゾイドに囲まれ空しく吠える愛機。そして気が狂ったかのように叫び続ける、自分。具現化した悪夢のようなその光景から逃れるように、ロイは首を振ってゆっくりと目を開く。

 

 「最後だ……最後なんだ。アリスで……」

 

 関節が白くなるほど、操縦レバーを握りしめながらラージはそう言った。それは、呟きと言うよりはむしろ、呻きだった。自分に無理矢理言い聞かせるために、肺から空気を絞り出すように出す、呻き。

 だが、泣いていても違和感のない彼の顔には、涙など無かった。

 

 「もう……死なせねぇ……俺の、仲間は……!」

 

 

 

 森の中、たき火を囲んで四人は食事を摂っていた。たき火には飯盒がつり下げられ、皆は手元の食事用プレートに盛られた白米と軍用食料を口に運んでいる。

 

 「ねえ、リン」

 

 口を開いたのは、ウェインだ。

 

 「『涙失いし虐殺龍』が、隊長だって話……」

 「共和国にいた頃に聞いたことのある話です。珍しい名前だから覚えていたんですが……」

 

 そう言いながら、リンは手元のプレートに視線を落とした。

 

 「だとすれば、隊長は今までに何度も同じ部隊の仲間を失ってきたということだよね」

 

 スィートがそう言うと、他のメンバーも頷く。

 

 「私達も、そうなったりしないよね……?」

 「スィート、失礼だよ」

 「でも……」

 

 心配そうに眉をひそめるスィートに、反論したミレルを含め全員が不安げな表情を浮かべ始めた。

 と、ゲーターに接続された軍用無線機が不意にブザーを鳴らした。ミレルがその受話器を取る。

「機動陸軍第〇一特殊戦術戦隊第八小隊です」

 受話器スピーカー部から基地オペレーターの声が漏れる。ミレルは真剣な表情で相槌を挟みつつその話を聞き、そして受話器を置いた。

 

 「みんな聞いて。数時間前、ネオゼネバス帝国の部隊がこの近くで発見されたみたいなの」

 「それで?」

 

 心配そうに訊ねるウェインに、ミレルは続きを口に出す。

 

 「その部隊は恐らくレムス基地に向かう破壊工作部隊だから、発見した場合これを殲滅せよ、だって」

 「隊長がいないのに、困りましたね」

 「やっぱり隊長が『涙失いし虐殺龍』だから……」

 「スィート!」

 

 ミレルが大声を出し、スィートはビクリと肩を震わせた。

 

 「隊長の留守を守る努力をしましょう。隊長がまた仲間を失って悲しい思いをしないように、ね」

 「ミレルのいうとおりだよ。ね、スィート」

 

 ウェインも握り拳を作ってそう言った。

 夕闇の迫るニカイドス。密林は深い闇をはらんで、昼とは違う凶悪な夜を迎えようとしていた。

 

 

 


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