機獣戦記ZOIDS カース・オブ・ニカイドス   作:羽なし

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前に一度、コーヒーに塩を試してみたが、あれはいけねぇ

あんな量コーヒーに入れるもんじゃないよふぃーねぇ


第三話 男と女と取調室……とカツ丼

  

 ガイロス帝国軍レムス基地。

 

 一つの都市と言っても過言ではないその大基地には様々な施設が存在する。

 一流ジム並のトレーニングルームやレストランのような食堂。無闇やたらに広い浴場に『ゾイドインフィニティ』の置かれた娯楽室。

 そして殺風景な取調室も、当然存在した。捕虜の尋問のためである。

 そしてそこには一杯のカツ丼と椅子に後ろ手に縛られたリン・チェーンシザーと、部屋の隅で椅子に座りカツ丼を掻き込むロイと、リンに尋問する二人組の軍曹がいる。

 

 「もう一度訊ねる。お前達の部隊が移動しようとした先と、移動の目的はなんだ?」

 「……」

 

 厳つく肩幅も広い軍曹の片割れが、机に手を叩き付けて声を張り上げても、リンは顔を背けるだけで答えようとはしない。

 

 「貴様ぁっ……!」

 「それが人に物を訊ねる態度ですか? 階級はあなた方の方が上かも知れませんが、人にものを訊ねるときは丁寧な言葉を選ぶべきでしょう?」

 

 顔を背けたまま、リンは流し目で軍曹の顔を眺め、そう言った。軍曹は額に青筋を浮かべ、ぷるぷる震えながら腕を振りかぶった。

 

 「ま、待て!」

 

 もう一人の、いかにも事務系な軍曹の片割れがあわててその手を押さえた。

 

 「捕虜への暴行は国際法違反だ。知っているだろ?」

 「しかしだな……」

 「別にいいんですよ? 殴っても。無駄に筋肉をつけただけの人間に殴られるのは、慣れてますから」

 

 リンは挑発するようにそう続け、結果として厳つい方の軍曹はさらに青筋を膨れさせ、事務系の軍曹はカツ丼を掻き込むロイに助けを求めた。

 

 「中尉……手がつけられません」

 「そうだなー。というか、お前ら尋問下手だな……」

 

 そう言い、ロイは立ち上がり、机にどんぶりと割り箸を置いた。すでに中身は空だった。

 

 「残りは俺がやる。お前らは出てっていいぞ」

 「了解です」

 

 敬礼し、事務系の軍曹が全力で怒り狂う軍曹を引きずって取調室から出ていく。その様子を眺め、取調室の扉が閉まるのを確認してからロイはリンに顔を向けた。

 

 「はっはっはっ、参ったな」

 「?」

 

 唐突にそう言い、ロイはつい先程まで怒っていた軍曹の座っていた椅子に腰掛ける。そして懐から一本の爪楊枝を取り出し、それを口にくわえる。

 

 「お前も強情だなぁ。吐いちゃえばいいのによ」

 「そうはいきません。私は共和国軍の兵士、ここは帝国軍の基地ですから」

 「ははは……」

 

 困ったような笑みを浮かべ、ロイは爪楊枝で歯の間に挟まった三つ葉を掻き出す。

 

 「しかし、俺はお前を尋問しなきゃならんし、お前は情報を吐かなきゃならない。まあ前線の伍長が知っていることなんざ大したことじゃなかろうがな。ともかくお前を尋問するぞ、伍長」

 

 さて、と前置きし、ロイは訊ねる。

 

 「お前の部隊が移動しようとしていた場所と、そこへ向かっていた理由は何だ」

 「……ふん」

 

 ぷい、とリンはそっぽを向いた。

 

 「簡単な情報だ。すぐ言えば楽に解放されるのによ。そんで俺達は情報を手に入れて万々歳。みんな幸せ損失なしじゃないか」

 「情報が漏れることは共和国軍にとって損失です」

 はぁ、とロイはため息をつく。

 

 「損失にならんような単純な情報だろうに……しょうがない」

 

 懐に手を突っ込みつつ、ロイはちらりと取調室の壁を見た。そこには無闇に横に長い鏡がはめ込まれている。当然、マジックミラーだ。鏡の向こうには、軍情報部の士官と、ウェイン達がいる。

 

 「情報部はともかく、部下がなぁ……」

 

 ま、いいかと呟き、ロイは懐から目的の物品を取り出した。うやうやしい手つきで、ロイはそれを机に置く。

 白い粉末の入った小瓶が二つ。蓋が赤いものと、白いもの。

 

 「……? ……何ですか、それ」

 

 リンが小瓶を見て、怪訝そうに訊ねてきた。

 

 「俺の質問に答えてくれないくせに、質問はするんだな……まあいい、教えてやるさ。こいつはな……」

 

 言葉を続けつつ、ロイは右手に白い蓋の瓶を持った。

 

 「自白剤と」

 

 続けて左手に赤い蓋の瓶を持つ。

 

 「毒だ」

 

 途端、リンの顔が引きつる。ロイが初めて見る彼女の恐怖の表情だ。

 

 「なっ……保護した捕虜に対する自白剤の使用や殺害は国際協定違反……!」

 「いいことを教えてやろう。仮にだ、自白剤を使われて廃人になった捕虜や、殺された捕虜がいたとしても、その死体が発見されず、関係者が揃って『そんなことはなかった』と言えば」

 

 先程までとは違う、酷薄な笑みを浮かべ、ロイはリンに顔を近寄せる。

 

 「そのような事実は無かったこととなる。廃人や死人になった捕虜はいなかった、とな。そうだな、お前がそうなったら、俺は用心深いからお前の死体をお前のライガーゼロのコクピットに押し込んで、機体の頭部を爆弾で吹っ飛ばすだろうよ。見つかるのは良くて焼死体、もしくは肉片。薬剤の痕跡なんざ見当たらないだろうなぁ?」

 「ひ、ひっ」

 

 リンは顔を背ける。だがロイがその顎を掴み、無理矢理正面を向かせた。

 

「選ばせてやるよ、自白剤で廃人になりつつ秘密を喋るか、ひと思いに服毒するか。選べ、さあ選べ」

 

 リンの顔の前で、ロイは白い蓋の瓶を振って見せた。中で白い粉末がさらさらと音を立てて波打つ。リンの目が、恐怖で大きく見開かれた。

 

 「あぅっ……な、なんで、私みたいな兵卒に、そんな……」

 「知ってるだろう? 今、俺ら帝国軍は少しばかし劣勢でな、どんな情報でもほしいんだわな。ま、確かにお前の知ってる情報なんざ確かに取るに足らないもんだ。だが、必要なのさ」

 

 そう言い、ロイは二つの瓶をリンの目の前で振る。

 

 「で、どっちですかー?」

 「い、いや、どっちもいや……」

 

 目尻に涙を浮かべ、リンは首をふるふると振る。その様子を見て、気の抜けた表情を浮かべたロイは、ため息をつくと赤い蓋の瓶を机に置いた。そして白い蓋の瓶をリンに突きつける。

 

 「じゃあ自白剤で廃人ルートだ。死ぬよりつらいぜ?」

 「——!!?」

 

 目を見開き、全力で首を降り続けるリンの前で、ロイは瓶の蓋を開ける。

 

 「まったく、下手に意地を張らずにしていればこんなことにはならなかったのに。残念、ああ残念な結果だ」

 「いや……いやぁ」

 

 蓋の裏に粉末を適量落とし、ロイは瓶本体を机に置く。右手で蓋を持ち、左手でリンの顎を掴み頭を固定した。

 

 「やだぁ……」

 「ふん、そこまで嫌がるかね。ではラストチャンス。今答えたらこいつは無しだ。どうだ悪くないだろう」

 

 そう言い、ロイはずいと顔を近寄せる。

 

 「お前の部隊の移動先と、そこへ向かっていた目的は?」

 「……へ、ヘラス戦区! ヘラス戦区の前線への補充戦力としてそこに向かっていた途中なの! 私の部隊はただの、ただの戦闘部隊だからっ!」

 「嘘じゃねーな?」

 「今嘘ついたってなんの得にもならないぃっ!」

 

 必死に叫ぶリンを見下ろし、ロイは頷くと蓋を机に置き、机からクリップボードを取り上げリンの言った情報を書き込んでいった。

 

 「はいはいお疲れさん。もう楽にしてもいいぜ」

 

 クリップボードを置き、蓋に盛った粉末を戻しつつ、ロイはリンにそう言った。そして鏡へ向かって「誰かコーヒー持ってこいコーヒー」と言い、席に着いた。

 

 「ふむ。さて、今後のあんたの処遇だがな、まあ捕虜交換で共和国に帰国ってのが妥当な線だろうが、あいにく帝国軍には今捕虜として捕らわれてる人間がいないんだよなぁ」

 「え……?」

 

 声を上げるリンに、ロイは頷いて見せた。

 

 「そう、帰れないんだよお前。どうする?」

 「な……喋ったら解放できるって言いませんでしたか!?」

 「解放と帰還は別の言葉なんだな。まあホラ吹いて喋らせたのはずるいと思うが、こっちもこれでメシ食ってるんでね」

 

 そう会話していると、先程まで部屋にいた事務系の軍曹がトレーにコーヒーカップを載せて入ってきた。ロイは礼を言ってそれを受け取ると、一口飲んで顔を歪めた。

 

 「モカか……あんまり好きじゃないんだよな」

 「取り替えますか?」

 「いやいいよ。頼んだの俺だしな」

 

 そう言うとロイは、机の上に放置されていた白い蓋の容器を取り上げ、その中身をコーヒーの中へぶちまけると、懐から取り出したスプーンでかき混ぜて一気に飲み下した。

 

 「ん~……やっぱ酸っぱいな」

 『あーっ!』

 

 途端、隣の部屋から飛び出したウェイン達がこちらの部屋に転がり込んで叫びを上げた。

 

 「たったったっ隊長! そっそっそっそれは!」

 「自白剤だって言ってましたよね?」

 「何を言うか、これは砂糖だ」

 

 そう言うとロイは瓶に蓋をして振って見せた。途端、ウェイン達のみならずリンまでが目を見開いた。

 

 「砂糖?」

 「じゃあ、自白剤ってのは……」

 「ブラフ」

 

 そう言いながらロイは白い蓋の瓶を懐にしまい、赤い蓋の瓶を手に取る。

 

 「こっちは塩だ。雑草とか煮るときにこれを入れると少なくとも酷い味にはならずにすむんだよなぁこれが。ビバ塩化ナトリウム」

 

 そう言って赤い蓋の瓶をしまい込み、ロイはカップを軍曹に渡した。

 

 「と言うわけだよ伍長君。まんまと引っかかったな? わっはっはっはっはっ」

 「あなたは……うーっ!」

 

 瞬間、リンは飛び掛かろうとして椅子ごと倒れた。前へ、それはつまり机に顔をぶつけることである。

 鈍い音がした。

 

 「あうっ」

 

 変な声もした。

 

 「おうおう、大丈夫かよ」

 

 ロイはリンの顔を覗き込むが、リンは伏せたまま動かない。だがそれに構わず、ロイは言葉を続けた。

 

 「まあともかく、残念ながら交換すべき捕虜のいないお前はしばらく保留することになる。だが今の帝国軍には、というかこのレムス基地にはまともに捕虜を扱う設備もなにも無くてな。お前は俺の部隊に伍長待遇の傭兵扱いで入って貰うことになる」

 「な……!」

 『え~っ!』

 

 再び驚きの声を上げるウェイン達とリン。

 

 「何を言っているんですか……? 私は共和国軍の兵士ですよ?」

 「なに平気さ。なんせ……俺ならお前を取り押さえられるしなぁ?」

 

 それは暗に「お前俺より弱いしな?」と言っているようなものだ。リンはロイの顔を睨み上げるが、しかしロイは平然と笑っている。

 

 「よろしく頼むよ。伍長?」

 「……ええ、中尉」

 

 気まずい雰囲気の中、コーヒーカップをトレーに載せた軍曹だけがおろおろと周囲を見渡していた。

 

 

 

 その後の流れは簡単な物だ。

 ロイが引きずってきたリンのライガーゼロは基地の整備部隊の手で復元、再生されており、これがそのままリンの機体として〇一八小隊に仮配備されることとなった。彼女のライガーゼロを前にしてロイが細かい説明をしていたが、リンは目を背けたままずっと黙っていた。

 そして部隊は慌ただしく、再びニカイドスの森の中へと出撃していった。

 

 

 

 深夜。

 ニカイドスの森の中に深い闇が立ちこめる。その闇の中に、五機のゾイドがうずくまっている。

 それは三機のジェノザウラーであり、一機のゲーターであり、一機のライガーゼロだ。

 唯一稼動状態にあり、各種のパッシブセンサーを作動させているジェノザウラーのコクピットで、ロイはラジオを聴いていた。

 

 『フィーバーナイトガイロス。さあ本日もこの時間がやって参りました。天才とバカの違いコーナーッ! さあ本日の一人目の投稿はこちら! ニカイドスウェスタ戦区のペンネームウホッいい男さんから「スナイパーの天才とバカの違い」でーす! 「バカは命令通りにしか撃たない上にたまに外すが、天才はバカな命令を下す指揮官の頭を確実に吹き飛ばす」。あー、当たってますねー。スナイパーだけに』

 「今のギャグは点数低いな」

 ロイはそう突っ込みつつ、基地の酒保で買ってきた帝国本国の雑誌『震撃ホビー雑誌』に目を通し、もう一つついでにピスタチオの殻を割って口に運んでいた。

 

 「ほう、ブキヤが今度はモルガを作るとな? お手軽サイズで期待出来そうじゃないか」

 

 雑誌中程のページを開き、また新しいピスタチオを摘みロイはその殻を指で挟んで割る。乾いた、そして小さな破砕音がした直後、不意に電子音が鳴り響いた。通信機だ。

 

 「ん? はい、こちらロイ」

 「チェーンシザーです。相談したいことがあるので、そちらに行ってもいいですか?」

 「ほう……ああ、いいぜ?」

 

 途端、ライガーゼロの頭部ハッチが開いた。側頭部から昇降用のラダーが降り、小柄な陰が滑り降りる。共和国軍の野戦服を着たリンだ。

 リンは足早にジェノザウラーに歩み寄ると、前屈みの待機姿勢にあるジェノザウラーの足を裏拳でノックする。ジェノザウラーが何事かと足元を見下ろし、ロイはハッチを開くとラダーを下ろした。

 

 「上がってこい」

 「……はい」

 

 押し殺したような声で、リンが返事をする。ラダーに手と足を引っかけるのを確認し、ロイがラダーを巻き上げれば、彼女はするするとコクピットまで引き上げられる。

 

 「どうした伍長。相談ってなんだ?」

 「……こういう相談です」

 

 そう言って、リンは野戦服のジャケットから拳銃を取り出した。ガイロス帝国軍の採用している拳銃の女性向け改良モデルだ。口径九ミリ。至近距離から撃てば成人男性でも一撃だ。

 

 「こっそり軍曹から盗ったものです。弾も装填されています」

 「どの軍曹だよ」

 「長い黒髪の人ですが?」

 「ブルーバードか、あとでお仕置きだな。で? 俺にそんな物騒な物を向けて、どうしようと?」

 

 シートに深々と腰を下ろし、ロイはふてぶてしい態度で訊ねる。それに対し、リンは拳銃を両手で構え、ロイの額に照準する。

 

 「私を解放してもらいます」

 「束縛なんかしてないじゃないか」

 「敵軍の部隊に同行させられている時点で充分束縛されてます!」

 

 眉を吊り上げて叫ぶリンに、ロイは余裕を持った笑みを浮かべて言葉を放った。

 

 「そう叫ばなくても分かったよ。つまりお前は本国へ帰還したいんだな?」

 「そうです」

 「しかしなぁ……こっちに出向く前にお前の機体のデータを調べたが、情報部が重要な情報をコピーして持ってってる様子だ。仮にお前があのライガーゼロごと共和国軍へ帰還したとしても、その事がばれたら……どうなると思う?」

 「……さあ、そんなことは私には関係ありませんし」

 

 あ、そうとロイは呟く。そして上目遣いにリンを見上げ、続けてこう言った。

 

 「じゃあもう一つ。だいたい、お前は共和国の人間じゃないだろう?」

 「——!」

 

 その言葉に、リンは動揺を隠せなかった。手の持った銃口がブレ、狙いがずれていることにすら気が付かないほどだ。

 その一瞬をついて、ロイはリンの拳銃を掴み、ついでに腕を捻り上げた。

 

 「あ……!」

 

 リンが声を上げるが、ロイは言葉を続ける。

 

 「チェーンシザーって苗字は、共和国や新帝国どころか帝国にも無い。珍しいから気になって調べてみたが、東方大陸系の苗字だな。デルポイやニクスじゃ名前に漢字を使わないから変えているんだろうが、本当は鎖鎌と書いて『さけん』って読むんだろう?」

 「……よく分かりましたね」

 

 まあな、とロイは自慢げな笑みを浮かべる。その様子に、明らかに狼狽しつつもリンは気丈に言葉を続けた。

 

 「でもそれがどうしたと言うんですか? 確かに私は東方大陸系の人間です。でも、生まれがヘリックなら当然母国はヘリック共和国になるじゃないですか」

 「お前はヘリックの人間じゃないよ」

 

 そう言って、ロイはリンの襟首を指さした。

 

 「その部隊章、外人部隊のだろ? なんでヘリック生まれの奴がわざわざ外人部隊に入らにゃならんのさ」

 「——!」

 

 慌ててリンは襟首の部隊章を隠すがもう遅い。ロイはここぞとばかりに畳みかける。

 

 「お前さんの事情は分からないが、わざわざ外国からヘリックの軍に入っておいて、軍の都合で痛い目をみたり殺されたりするのは不都合だろう? それだったらいっそ知らん顔してこっちに寝返っちまえばいいじゃねえか。『一度仕えた主君を裏切るのは忍びない』とか時代錯誤なこと考えているなら改めな。今世界は昨日の友を敵にするような状況にあるんだぜ」

 

 第一、と一区切りし、ロイは致命的な言葉を口にする。

 

 「お前さんの部隊は全滅してるんだ。帰っても……いいことないぞ?」

 

 仮に壊滅的被害を受けた部隊が帰還した場合、補充の人員を受け取って再編成されることはあまり多くない、だいたいの場合解散し、みな別の部隊に送られることになる。以前よりもいろいろな意味で危険な部隊へ、だ。

 

 「ちなみにお前の目の前にいるふてぶてしい態度の帝国軍尉官は、帰りどころの無い伍長を助けることにやぶさかじゃない。まだ若いんだし、自分から酷い目に遭いに行くことはないと思うぞ? どうだ?」

 

 そう言われ、リンは力なく視線を下げる。肩を落とし、目を伏せた顔からは先程までの覇気が欠けていた。

 

 「私は……どうすればいいんですか?」

 「だから、俺が匿ってやると言っているんだ。なに、実はもう一人共和国から来た知り合いがいてな、そういう境遇の奴の守り方は慣れたもんだ。三食は保証する。美味くはないがな」

 

 そう言われ感情の一部が決壊したのか、リンは肩を落とすとくすんくすんと泣き始め、シートに腰掛けるロイにへばりついてきた。

 

 「う、うえぇ……」

 「若いのに外人部隊に入るなんて、いろいろ苦労しているようだがとりあえずは安心していい。俺はお前を差別しないし、周囲にもさせない。いいだろう?」

 「はい……お願いします、中尉……」

 

 ぐすぐすとぐずりつつもそう言うリンに、ロイは目尻を下げた笑みを浮かべて、言葉を口に出す。

 

 「こちらこそよろしく頼む。リン伍長」

 

 翌朝。

 昨晩の一件のあと、リンをライガーゼロのコクピットまで送ったロイは結局一晩中起きていて、眠気で眉を地面と水平にしつつ無線機のマイクを手に取った。

 

「お前ら、朝なんだがね」

 

 返事がない。眠っているようだ。

 

 「起きないか。そうかそうかいい度胸だ」

 

 目だけは笑っていない不気味な笑みを浮かべ、ロイは大きく息を吸い込む。そして、ある歌を歌った。

 

 「ありのっまっまにらっびんゆっ、きみのっそっばにいったいっ!」

 

 裏声だった。無茶な高音を出すための聞き苦しい裏声だった。カラオケで男が無理に女性歌手の歌を歌おうとする時に出す、あの裏声だった。

 ある意味生物兵器なその歌声は、凄まじい効果を生んだ。

 

 「うわぁっ! あ、朝っぱらからなんですか! 侵略? 宇宙からの精神的な侵略が始まったんですか?」

 「レミコトはまずいですって隊長……!」

 「一瞬だけジャイアンを超える破壊力……!」

 

 ウェイン、スィート、ミレルが口々に騒ぐ中、ロイは無理をさせた喉をいたわりつつ口を開く。

 

 「いいからさっさと起きやがれ。休みの日の学生じゃあるまいに、いつまで寝てるつもりか」

 「そうですよ」

 

 不意に、高い声がロイの言葉に同意を示す。見ればライガーゼロのコクピットを開き、リンが顔を出している。

 

 「仮にも軍人なんですから、朝からグダグダしてちゃだめですよね。ね? 隊長」

 「ん、おう。そうだな」

 

 ロイの返事に、リンはにこりと微笑み、ラダーを滑り降りる。そのようすを、ウェインら三人は奇異な何かを見るような眼差しで見て、著しい衝撃を受けている様子だった。

 そして、同じく驚きの表情を浮かべていたロイは、すぐにニヤリと笑みを浮かべると、コクピットを開け放つ。

 

 「よし! とりあえず朝食にするぞお前ら! 飯盒、ガスコンロを用意しろ!」

 

 

 

 

 


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