意識低い系英雄譚 リメイク

アーカイブされた 2017年11月14日 04:52:46 UTC

今回こそは完走する!

主人公の性格とかは前作と大差ありませんが、設定周りは大きく違います
強さ的には前作の方がかなり上です


人生万事塞翁が馬というように、運命の分岐点というものは意外とその辺に転がっているものである。
例えば俺の場合なら―――高2の春。病気で先が長くないと言われた祖母との会話だった。


「死ぬ前に一目、良誠のかっこええ姿が見たいのお…」
「―――ちょっと七星剣王になってくるわ」


少なくとも、俺の人生というものを変えたのはこんな些細なやり取りである。

そして暫くして――俺は七星剣武祭で優勝し、晴れて《七星剣王》となった。



〜〜〜〜〜〜〜〜



『えー生徒の呼び出しをします。3年1組の貴剣良誠(きつるぎりょうせい)君。貴剣良誠君。直ちに正門前にまで来てください。繰り返します。3年1組の……』
「…えっ」
「ファーwwww」
「始業式の日から呼び出しとかクソワロタ」
「おら飯食ってねーで早く行ってこいよ!つか職員室とかじゃなくて正門ってなんだよwww」
(……これもしかしてあいつの身内誰か死んだとかなのでは。茶化して大丈夫か)


おかしい。
クソかったるい入学式を終え、後は『とくになにもないすばらしいいちにちだった』となるはずだったのに。なぜぼくは呼び出しをくらっているのでしょうか。春休み中に問題とか起こした記憶はないんですけど。
とはいえ、学生という身分では教師や学校といった社会権力に反抗などできるはずもなく。無念の表情を浮かべながら昼食を中断し、級友たちに笑われながら教室を出て行った。



〜〜〜〜〜〜〜〜



「………………」
「あなたが貴剣良誠様で宜しいでしょうか?」
「あっハイ」
「それではこちらの車にお乗りください。学園側には既に話は通してあります」
「えっあの…一体何の用で…?」
「それは現時点ではお答えできません」
「……………」


今俺の目は、17年という短い生涯の中で最も死んだ目をしていることだろう。
だってさあ、いざ正門に着けば、実物をこんな間近で見るのは初めてなリムジンがあり。更にはBランククラス(立ち振る舞いや感じられる魔力量から推定)の魔導騎士が何人か佇んでるんだぜ……いや本当になんだこれ。
しかもこれに乗れと?え?大丈夫なのか色々?何かヤバげな事へのスタートラインを切ろうとしてる気がしてならないんですけど。
という視線を、新宮寺理事長―――()()()()、この場にいた校長……あれ教頭だっけ?まあなんかその辺りのボジションの人に向ける。理事長は急用でどっかに旅立ったらしい。まあ日帰りらしいが。

俺に抗議の目線を向けられた我が校のお偉いおっさんは、満面の笑みを浮かべながら答えた。


「えーえ大丈夫ですとも。彼らは公式な文書と手続きを以ってこの場に派遣された正規の魔導騎士です。むしろ従わない方がマズイですよ?」


なんか詐欺の常套手段みたいな言葉だな… でも悲しきかな。こう言われてしまうと俺としてはどうしようもないんだ。さっきもなんか似たようなことを言った気がするが。

だってこの場で『こんな奴ら怪しいから付いてくの嫌だい嫌だい』というポーズを取ったとして、もし目の前のこいつらが本当に国から派遣されてきたのならば、色々とヤバいことになる。俺の想像力では具体的に何がどうヤバくなるのかわからない程だ。
ていうか俺だってこいつらが黒だという確信を持ってる訳でもないし。なんか状況的に唐突すぎて怪しくね?大丈夫か?って思ってるだけだ。

俺がラノベとかによくいる『学生の身分でそんな知識を…!』ポジションのキャラだとしたら、その公式文書とやらの真贋を見抜いたり、正式な魔導騎士ならではの証拠を求めたりして、こいつらが黒か白かに関わらずこの場を上手く切り抜けられたかもしれない。
が、残念なことに俺にそんな知慧はない。偽物を見せられたところで絶対気がつかないだろう。警察手帳だってそれっぽい服装でそれっぽいもの見せられたら本物だと信じてしまうかもしれないアレだ。
一般人からはいまいち遠い警察とかと違って魔導騎士養成学校の生徒なら、色々と知ってるだろという指摘もあるかもしれないが、生憎俺はそういうのに詳しくはないんです。はい。
アレだよ。部活をやっているからといって、その道のプロについて詳しいとは限らないだろう。そんな感じだ、多分。

長々と語ったが、まあつまり何が言いたいかというと、ホイホイついていくしかないわけなんですね。疑わしきは罰せず。人権万歳である。

ニコニコしているお偉い校長か教頭(ハゲやろー)に内心死ねと一言毒づきながら、一台数千万はしそうな高級車に足を踏み入れる。うん、居心地が悪すぎ。
車内スペースは広いので、運転手を除いても何人かいる魔導騎士達は俺に露骨に近寄ってこそこないが、密かにこちらに意識を向けているのが読み取れた。……いや、なんで警戒されてんの。俺がするならともかく。

間も無くして、車が発進した。
気分はさながらドナドナである。



〜〜〜〜〜〜〜



国会議事堂に着いた。
ごめん。本当に意味不明すぎる。
ゆとり世代らしく政治とかまったく興味のない俺ですら知ってるよここ。

これは…なんだ。こんな場所に向かってるくらいだから、実はこいつらがどっかの使者騙ったテロリストとかいうオチはなくなったな!と安堵するべきなんでしょうか。
どんなリアクションすれば正解なの?
状況の余りの不可解さに、俺は借りてきた猫のように大人しくなっていた。車を降りるように指示されて、それに生返事をしつつ彼らの後を無言でついていくだけの存在である。
友人たちからウザいと評判の謎テンションは見る影もない。

数分ほど歩き、俺の前を先導する魔導騎士達はある扉の前で止まった。
国会議事堂と言っても内部は華美な装飾や意匠が施されているわけではないが、この扉だけは他と違い、ゴージャス感が溢れ出ている。ギャルが持つ携帯のようにキラッキラにデコられたりはしていないが、素材からして他の扉とは造りが違っていた。威圧感的には魔王へと続く扉である。
つまりはそれだけ重要(インポータント)な場所である事は明白。本当にどうなるんですかぁ……

魔導騎士の一人が扉を数回ノックし、中にいるであろう人物に話しかけた。


()()、貴剣良誠様をお連れしました」
「入りたまえ」


そうり?
宗理、惣利、沢入…おかしいな、この場に適した変換が見つからないぞ。そこだけ日本語じゃなかったのかな(すっとぼけ)

……いや総理じゃねえか!

クオリティの低い脳内ノリツッコミを行っている間にも事態は進行していく。幼い頃、窓ガラスを割って小学校の校長に呼び出された時とすら比にもならない胃の痛みを感じた。
どうか時が止まってくれと願う俺。しかし無情にもその扉は開け放たれてしまう。


「―――初めまして、貴剣良誠君。私は月影獏牙。この国の総理大臣だ」


いや知ってますよそりゃ。日本で一番有名な人と言っても過言じゃない人ですよあんた。
なお、俺は緊張でガチガチな為ぎこちない会釈しかできませんでした。

それなりに年はいってるだろうに、老いというものを感じさせないハンサムな笑顔で総理は俺に語りかけてくる。整った渋さとでもいうのか、若者にはない格好良さが月影総理にはあった。キャバクラに行けば黄色い声援が飛んでくること間違いなしだろう。
いや待て、総理本人を前にして何考えてんだ俺は。
―――KOOLだ、KOOLになれ貴剣良誠!

あれよあれよとしている内に、俺の動揺も大分落ち着いてきた。
5人くらいいた魔導騎士は半分以下に減り、今は部屋の隅っこで護衛らしきものをしている。
そして俺はといえば、部屋の中央で椅子に座り、同じく高そうな机に座っている総理と対面していた。

冷静になったはいいが、それはそれでこの状況に首を傾げざるを得ない。総理と正面切って向かい合うなんて日本国民の何%が体験するものだというのか。
考えてみるも、やっぱりこんなことになる心当たりはなかった。ていうかこんなん狙っても無理だろう。

俺が落ち着いたのを感じてか、優しい口調で総理は俺に言葉を発した。


「突然呼んでしまってすまないね。だが、我々には君の力が必要なのだ。…とはいえ、これから事情を説明するが、君に頼みたいことは決して安全なものではない。ともすれば、命を落とす危険すらあるだろう。強制はしないが、その上で協力してくれるのであれば私としても有難い」
「……………」


……うん?イマイチ状況が掴めん。
いやまあ、事情はこれから説明してくれるようだが。
総理の放つどこか親しげな雰囲気は引っ込み、至極真面目な表情で俺に話し始めた。


「貴剣君。君には《暁学園》の一員として、七星剣武祭に参加して貰いたい」


成る程、転校かー。
えっどういうこと?

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あいつの場合に限って常に最悪のケースを想定しろ

ふと脳裏に、日常の一ページが思い返される。アレは…そう、春休み中のことだったか。
長期休みによる帰省ラッシュも一息つき、続々と生徒は学園に戻ってきていた。俺もいつもつるんでいる連中と数週間かぶりに集まり、色々と雑談を交わしていた時の事。


「そういや良誠さ、今年の七星剣武祭はどうすんだ?」
「あー……どうすっかな」


真面目に戦うのとか面倒くさい。
実力があるないの話ではなく、特に熱意もないのに命の危険がある場所に踏み込む者などいないだろう。戦うことが義務付けられていない学生なら尚のことである。

去年は臨終間際の祖母にかっこいい姿を見せるという理由があったが、その祖母も七星剣武祭が終わってから程なくして亡くなった。
なので、特に今年の七星剣武祭に出る謂れもない。
しかし。


(でもあれかなあ。天国の婆ちゃんにまた勇姿を見せつける的な意味で出てもいいかなあ…)


なんて考えもあった。
まあ何れにせよ、俺の中で《七星剣王》という称号がさして重くないことは確かである。もっと言うなら、伐刀者なんて肩書きそのものがだ。
七星剣武祭に出場し、あまつさえ優勝してしまった以上は魔導騎士としての道を歩むほかないだろうが、今この時ばかりは自堕落に過ごしてても問題ないだろう―――と考え、結局今年の七星剣武祭は辞退する腹づもりでいた。
どうせ何年後かには銃撃剣閃飛び交う戦場に放り込まれるのだから、俺は学生らしい時間をもっと堪能したいのだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜



なんて言えるわけないわ。
こんな理由で総理の提案を断ろうものなら社会的な死待った無しである。

総理の話を簡潔にまとめれば、《解放軍(リベリオン)》の《暴君》っていうボスが近々死ぬので世界がヤバイ、ソースは俺。ってことらしい。 なんか伐刀絶技でそんな感じの未来を予知したみたいです。凄いなあ(他人事)

更に詳しくいえば、そのボスが死んで組織が爆発四散した《解放軍》の戦力を引き込むのに、日本が所属している《連盟》では諸々の事情でやり辛いらしく、このままいくと《同盟》に解放軍の浮遊戦力の大半を取られた上に戦争勃発。日本が戦乱の渦に巻き込まれるのだとか。

でまあ、その連盟脱退への一つの手段として、《暁学園》という組織を創設して七星剣武祭をぶっ壊すらしい。ぽっと出の新興勢力に七星剣武祭を優勝させることで、国内における《連盟》からの脱退意識の気運を高めるのが目的だとか何とか。


普段ならば関わりたくない勝手にやってくれ―――と言うところだが、放っておいたところでいずれこっちにも飛び火するなら話は別。俺としてはそこまで協力することは吝かではない。
が、総理は《暁学園》の生徒として、なんと《解放軍》から何人かの伐刀者を雇ったのだという。国際的テロリストと同じ所属とか、それもう俺もテロリスト扱いじゃないですかやだー!
失望しました暁学園抜けます。

と言えればどんなに良かっただろうか―――
考えてみて欲しい。総理がこうして直々に俺に『提案』してきている以上、断ったら何が起きるかわかったもんじゃないのだ。
《暁学園》の生徒が七星剣武祭で優勝するのが目的ということは、前大会優勝者である俺のことはなんとしてでも引き入れたいはずだ。日本の危機とのたまう以上、向こうだって手段は選ばないはず。
つまり。


―――十中八九、家族や友人が人質に取られているとみた方がいい。或いはそれと同レベルの、俺に関する致命的な何かを総理は手中に収めているはずだ。断れば何があるか分からない。状況は常に最悪を想定すべきである。
ここでこいつらを殺すことは容易いが、流石に現在何処にいるかも分からない両親や友達を守るのは不可能だ。俺が駆けつけるより、向こうが人間何人かを殺す方が早いだろう。よしんば守りきったとしても、今度は国から追われる立場になること間違いなし。
うん、詰んだわ。


(……頷くしかねえか)


目的の為に手段を選ばないというのは、合理的はであるし、理屈の通った行いでもあるのだろう。
しかしその為に卑劣な手段を取られた方はたまったもんじゃない。俺はそのことをひしひしと感じさせられていた。
いずれこの月影獏牙という男の掌から抜け出さねば、忠実な手駒として使い潰される未来が俺には待ち受けているのかもしれない。

総理の人柄―――もっと言えば善性というものを把握できていない以上、これくらい最悪な状況(シチュエーション)と想定しておくべきだろう。


「おお、良かった! 歴代最強の《七星剣王》とも名高い君が協力してくれれば、きっと計画も上手くいくはずだ」


人当たりの良い朗らかな笑みで総理は喜色を浮かべる。今の俺にとっては全くもって笑えない笑みだった。その仮面の向こう側に何を秘めているかわかったもんじゃない。


「実は、君以外の《暁学園》の生徒は既に出揃っているんだ。現存している魔導騎士養成学校から一人ずつ、建前上は無名の生徒として出場する手筈になっている。どの学校も未だ選抜は始まっていないが、彼らなら問題ないだろう。無論君も含めてね」


そう言って、総理は俺にいくつかの書類を渡してきた。どうやら俺以外の《暁学園》の生徒に関する資料の様だ。基本的なステータスや伐刀絶技、簡潔に人格面などの備考が載せられている。
総理自ら選定した(であろう)だけあって、中々にレベルが高い。例年通りなら優勝を狙えそうなのもチラホラいる。
まあ全員俺より弱いだろうけどな(ドヤァ)。いやそのせいでこんなことになったから全然ドヤれない。
…あ、いや、この黒鉄王馬ってやつ結構強そうだな…少なくとも書類(データ)上は。てかAランク騎士じゃねーか!別に俺いらなくね?
にしてもうちの学園にも一人、悪い意味で有名な同性の男がいるが、兄弟なのか?黒鉄なんて苗字、そう多くはないだろうが…まあ今はどうでもいいか。
……って、ん?
書類を読み進めている俺の手が止まる。


「……あの、この紫乃宮天音って…男?これこの書類の通りの能力なら、この人だけで万事解決なんじゃ」


過剰なる女神の恩寵(ネームレス・グローリー)」―――その効果は、『望んだことが何でも勝手に叶う』というもの。
えっ何それは……。俺をしてドン引きせざるを得ない極悪能力である。
こいつにその戦争を起こらないよう願って貰えば良くね?

そう言うと、総理は難しい顔をした。


「勿論、私もそれを提唱したが…彼を私の元に連れてきた『とある人物』は、それを制止した。そしてそれを願わせることは無意味だとも」
「何故ですか?」
「彼の力の本質は、彼の能力が及ぶ限りあらゆる人間の運命を操作できることにある。使い方さえ考えれば国でさえ落とせるだろう。しかしだ、君も知っていると思うが、伐刀者が持つ魔力量というものはその人物が抱える運命の大きさに比例する。千や万では済まない程多くの人間が携わるこのケースにおいては、彼の能力を持ってしてもその容量(キャパシティ)を超えてしまうのだ。中には、彼以上の魔力を持つ者も多くいるだろうしね」


要は漫画とかでよくある『特殊能力は一定以上の力を持つ者には無効化される理論』か。
まあそういうことなら仕方ないね。
……って、あれ。
よく見たら紙が()()あるな。
てかこいつ破軍学園(俺の学校)の生徒じゃん。各学園から一人ずつって話じゃ?


「ん?……む、しまった。私とした事が不備があったようだな。彼―――有栖院凪は、《暁学園》の生徒になる予定()()()者だ」
「だったって事は、今は違うと?」
「ああ―――私の能力で彼が裏切る未来を視た。彼を育てた『隻腕の剣聖』は未だ認めていないが、万全を期すために彼は既に計画からは外している。詳しい計画をまだ話していない段階だったのは幸いといったところだ。こちら側の手違いで彼の書類も紛れてしまったようだが、無視して構わないとも」
「裏切ったとは、なんでまた? 革命軍出身ということは、そっちの方にも泥を塗る結果になるのでは」
「ハッキリとしたことは分からない。だが断片的な情報を読み取るに、恐らくは―――。―――………」
「……どうされたんですか?」
「いや、何でもない。今日のところはこれで帰ってくれても大丈夫だ。言ってくれれば車は再びこちらから出そう」


会話の最中、突然総理は思案顔になった。
あのやり取りでなんか藪蛇でもつついたか…?《暁学園》という存在そのものを信用していない俺としては、有栖院という裏切り者(予定)のことは知っておきたかったのだが。

……これ以上考えても無駄か。
そもそも、彼我の情報量は隔絶している。
取り敢えずは総理の勧めに従い、これで帰宅することにした。



〜〜〜〜〜〜〜〜



「少し迂闊だったな…。下手をすれば、貴剣君までもが反旗を翻していたかもしれん」


《七星剣王》貴剣良誠が去った直後―――この部屋の主である月影獏牙は、憂いを込めた溜息を吐いた。

『ハッキリとしたことは分からない。だが断片的な情報を読み取るに、恐らくは―――学園生活の中で親しくなった友人を裏切ることに耐えかねたのだろう』

彼と有栖院凪に関する会話をしている際、月影はこう述べようとした。
寸での所で気づき抑えたが、もし全てを語ってしまっていれば非常に危険なことになっていたかもしれないと、月影は冷や汗を流す。

あの話だけを聞けば、裏切るといっても、今までの人間関係が致命的に悪くなるわけではないように思える。あまり七星剣武祭に関わりのない生徒にとっては、精々幾つかの学園から生徒を寄せ集めて出来た謎の組織という程度の印象しか残さないはずだ。

そう―――他ならぬ、破軍学園の生徒以外には。

七星剣武祭への参加を盤石にする布石として、計画の一つに『破軍学園の襲撃、並びに破軍学園からの七星剣武祭出場者を武力行使で脱落させる』というものがあった。
有栖院凪は恐らく、この計画実行の過程で大切な人を傷つけるのが許せなかったのだろう。暗殺者としては失格かもしれないが、人としては裏切る理由として至極妥当なものである。
そしてそれは、貴剣良誠にも当てはまることだった。


(考えてもみろ―――《七星剣王》といえど、その精神性は普通の少年だ。日本を救うという大義を掲げているとはいえ、つい先日まで親しかった友人や教師を傷つけることに賛同するわけが無い)


―――ならば他の学園を狙い(ターゲット)に…いや、それもどうだ?常人離れした所のある他の面々と違い、彼はそれにも拒否感を示すか…?

月影の中で、案が浮かんでは消えていく。
《七星剣王》のからのヘイトをなるべく集めず、それでいて計画の確実性を損なわないような妙案はないものか、と一人唸った。

一瞬、彼の家族や友人を『人質』に取るという外道極まりない黒い考えが浮かぶが―――月影は即座にそれを微笑しながら切り捨てた。


「…そこまで堕ちた人間にはなりたくない」


彼の善性はそれを拒否した。
戦人として心構えのある伐刀者達を、死人を出さぬよう襲うまでが、彼の善悪の分水嶺ギリギリのライン。
人の上に立つものとして、外道には堕ちぬよう自らを堅く戒めていた。


「何れにせよ、計画を見直す必要があるな…」


疲れを帯びた声色が、執務室に虚しく響いた。


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逆にね

非常に不本意ながら《暁学園》の生徒となる事が確定した数日後、再び総理から招集がかけられた。何でも全員揃って顔合わせをするらしい。あんな書類上でもキャラの濃さがわかる面々と意気投合とか絶対できない(確信)

黒鉄王馬は中学生にして何かを悟り、強者を求め放浪の旅に出たらしい。つまりは戦闘中毒者(バトルジャンキー)。見た目からしてカタギじゃない。よって無理。
多々良幽衣と平賀玲泉とかいう仮面野郎は解放軍からの人材なんで根本的なところで多分相容れない。
風祭凛奈という少女は…なんかこう、俺の記憶の奥底に眠る黒き歴史を思い出させそうで怖い。眼帯+カラコン+通訳用のメイドを従えてるとかもうね、役満ですよ。悪魔の封印されし右手が震えてきやがった…!
神龍(シェンロン)こと紫乃宮天音は能力からして絶対性格歪んでるわ。むしろコレでまともな性格だったらそっちのが怖い。外見が一見中性的な青年に見えるのも絶対トラップですねこれは……
なので残るは何とか塗れのダヴィンチことサラ・ブラッドリリーになる訳だが、上にエプロンしか羽織ってないという痴女スタイルの時点で期待は薄そうだ。
ヘビメタ、もしくはヴィジュアル系バンドに勝るとも劣らない個性のぶつかり合いである。イカれたメンバーを紹介するぜ!(ヤケクソ)

一人でもいいから緩衝役とかいないんですかね。昨今就職面接でよくいる潤滑油系人間が切実に欲しい……
いや待て。ひょっとして俺こそがこのポジションを期待されている可能性が微レ存…?
ふっ、《七星剣王》たる俺にまさか常識人キャラをやらせるとはな……やるじゃねーか暁学園(震え声)



〜〜〜〜〜〜〜〜



またもやリムジンに揺られ国会議事堂へとドナドナする。前回総理と対面した部屋とは違い、会議室みたいな場所に案内された。
日本人らしく念には念を入れ、集合時刻の約30分前に来たが、2人―――いや3人ほど先客がいたようだ。

多々良幽衣と風祭凛奈―――そして彼女のお付きのシャルロット・コルデー。
多々良は俺の方に剣呑な視線を向け、コルデーはこちらに目もくれずに風祭(主人)の背後に控えている。
そして風祭はと言えば、隠す気もなく俺を値踏みするかのようにじっとこちらを見つめていた。
…くっ、分かってはいたが、現実でベタベタの中二ファッションを見るのは心にくるぜ…!似合ってるから何ともコメントし難いけど…!

このまま突っ立ってるのも居心地が悪いので、取り敢えず空いてる席に座る。
3人から近すぎず遠すぎずな距離を選択。あまりの空気の悪さに即効でスマホに手が伸びた。こちとら童貞だから女子と会話するスキルなどないのだ。まあこいつらは一般的な女子とはかけ離れてるだろうがな。
このまま空気ポジションを確立したまま今日は終わって欲しいと願うばかりである。


「ふぅーむ……」


しかし現実は非常である―――
なんとかの中二少女は、近寄んなオーラを全身から発してる俺を意にも介さず接近してくる。
なんだその意味深な「ふぅーむ」は。貴様まさか言動までそっちに染まっているのか?邪気眼系なのか?やれやれ系なのか?
なおどっちでも俺には効く。

内心ばくばくの俺に、長きにわたりタメを溜めて、ようやく風祭が口を開いた。


「実際に見ればまた違うかとも思ったが…《絶圏》よ、貴様からは強者らしい『気』というものを気取れんな。これだけ近くに寄ろうとも、肌を刺す剣気一つ感じんとは」


これは……セーフか?
よし、話し方はギリギリ大丈夫だ!もしかしたら啓蒙を受けまくったのは見た目だけなのかもしれない。それでも十分重症な気もするが、そこはスルーだ。

てか強者の気って。要は強キャラオーラってことか?
そりゃそんなものがないのは自分でも自覚してるけど、何も真正面から言わなくたって…
雰囲気だけで言うならば諸星とか東堂のがよっぽど強そうに見えるのは確かである。
まあ別にそんなもの欲しいとも思わないが。

さて、俺はこれに何と応えればいいのか。
『お前雑魚そうなオーラ出してるな(意訳)』と言われて何を言えと……?


「それを俺に言って何がしたい。挑発のつもりか?」
「いいや、《絶圏》とまで称されし男の領域(セカイ)に踏み込んだ率直な感想だ。我が知己には「世界最強」と呼ばれる剣士がいるが、彼女はさながら戦女神の如し『圧』の持ち主であった。規模(スケール)こそ違えど、同じく『最強』の名を冠する貴様とは天と地ほど違うな、と思っただけの事。癇に障ったのならば謝るが」
「別に気にしてない」


てか、《絶圏》と呼ぶのはやめてほしい。
これは俺の二つ名なのだが、チャンピオン的なニュアンスを含む《七星剣王》と違いこっちは呼ばれてこっ恥ずかしくなるだけなんだよなあ。
《狩人》とかならギリギリ許容範囲だが、《風の剣帝》とか《夜叉姫》はキツイ。個人的に一番ダメージを負うのは《氷の冷笑》である。
しかし当の本人達はこれを恥ずかしがったりしてないのがな……少なくとも表面上は。こんなの絶対おかしいよ!
……ていうか、本当に風祭の喋り方セーフかこれ?今更ながら疑問に感じた。

俺の事なかれ的回答に、ふむ、と一言だけ言葉を漏らし、風祭は元の席へと戻っていく。
第一の関門をなんとか突破し、安堵する俺。

しかし一難去ってまた一難。今度は多々良が何か吹っかけてこようとしている。
一直線に俺に近寄ると、多々良はチェーンソー型の固有霊装を具現化させた。
え……何。まさかここでドンパチやる気なのかこいつ。馬鹿じゃないのか。ここ国会議事堂ですよ?国家で一番権力の集う場所だぞ?多分。


「ハン。アイツの言う気迫だの何だのはどうだっていいが……確かに《七星剣王》とは思えないぬるま湯具合だな。この距離で得物を抜きもしねえとは。アタイを舐めてんのか? それとも―――この場所、このタイミングで襲われるわけがねえと高を括ってんのか? アア?」


これ見よがしに自分の武器をアピールする多々良。これが俗に言うKAWAIGARIですか?
俺知ってるよ。これ噛み付き返した方が面倒になるやつでしょ。


「こっちも戦闘の意志を見せれば、お互い引っ込みがつかなくなると思っただけだ。依頼人(クライアント)の拠点で戦闘行為をする程あんたも馬鹿じゃない、って考えもあるにはあるがな」
「―――ケッ、とんだ日和見野郎だ。アタイは早くもこの人選に不安を感じてきたぜ」


多々良は詰まらなそうに言葉を吐き捨てると、固有霊装を解除し俺の前から去った。
やっぱ暗殺者ってクソだわ(偏見)

それきり暫くの間会話は途絶える。
静寂を打ち破ったのは、新たな入室者だった。


「……………」


黒鉄王馬―――は数秒の間、睨みつけるかのようにこちらを視界に入れていたが、すぐに視線を切って近くの席へ着席した。そしてそれ以降は黙り。
眼光が怖いよお……
てか黒鉄には絡みに行かないのなあいつら。やっぱ俺舐められてね?

次に入ってきたのは、サラ・ブラッドリリー。何とは言わないがデカイ。童貞には非常に目の毒だ。
入室早々、彼女は俺に歩み寄ると……近い近い近い!何とは言わないが当たる!当たる!社会的な意味で俺が死ぬからヤメロォ!(本音)

しかし内心の俺の慟哭など知った風ではないように、彼女は俺の体をまさぐり始める。未曾有の事態にどうすることもできず俺が固まっていると、ブラッドリリーは至極残念そうな表情で口を開いた。


「……体は申し分ないけど、やっぱり駄目。貴方には心の強さを感じない。私の被写体(モデル)としては失格」


………なんか色々蔑まれた気がした。
傷ついてなんかないやい。グスン。


「―――あの! 貴剣良誠さんですよね⁉︎ うわー凄い! 前々からあなたのことが気になってたんですよ! 本物に会えて嬉しいなあ〜」
「お、おう…。ていうか同じ暁学園の生徒なんだし、別にタメ口でいいぞ」


俺に落ち込む暇を与えず、今度は紫乃宮天音が入ってくる。
彼女……じゃなくて彼は、なんと事もあろうに俺の隣に座ってきやがった。ええ……しかもなぜかめっちゃキラキラしたした眼差しを俺に向けてくるではないか。
童貞には……いやこいつ男だったわ。
……え、これ男なの?マジで?傷心効果も相まって今ならコロッと落ちちまいそうだぜ…
てか会う前から絶対性格歪んでるとか断じてゴメンね!君こそこの集団の中での俺の心のオアシスだ!


「ねえ、去年七星剣武祭を優勝した時って、どんな気持ちだった?」


大天使紫乃宮は笑顔で俺にそんな質問をしてきた。
んー……七星剣武祭で優勝した時ねえ…


「まあ、嬉しくはあったかな。目標は達成できたし」
「―――目標?」
「ああ。当時は婆ちゃんが病で老い先長くなくてな…死ぬ前に俺のかっこいい姿が見たいっていうから七星剣武祭に出たわけだ。だからまあ、達成感とかそういうのはちゃんとあったよ」
「優勝したこと、そのものに対しては?」


何故かその質問には、真剣味が込められているような気がした。
……ふむ。似たような質問をされた時、あんまり外聞は良くないからインタビューでは適当なことをほざいていたが……まあこの場で気にするメンツがいるとも思えないし、別にいいか。どういう訳かやたら気になっているようだし、俺の率直な感想を言うとしよう。


「いやー特に何も……」
「―――へえ、そうなんだ」


そう言いながら、紫乃宮は満面の笑みを浮かべた。男女関係なく、思わず目を取られてしまいそうな容姿から繰り出された天真爛漫な笑顔。
―――しかしその表情になぜか、俺は悪魔のような邪悪さが秘められているように感じて―――


(いや、気のせいだな。自慢じゃないが、俺は人を見る目はないんだ。本当に自慢じゃないなこれ)


アレだな。俺も漫画やゲームの見過ぎだ。
清純そうな見た目で内心腹黒とかテンプレすぎて逆にない。況してや現実世界じゃ尚のことだ。
一々なんとなくで感じたことを気にしてたらキリがないだろう。


「……ねえ、そしたら―――」


紫乃宮が何かを俺に言いかけた瞬間、ドアが開かれる音でそれは遮られた。


「どうも皆さんこんにちは、平賀玲泉です。以後お見知りおきを」
「全員揃っているようだね。では、顔合わせ会兼、これからの方針についての会議を始めるとしよう」


仮面野郎こと平賀と、総理が入ってきた。
ちっ、俺と紫乃宮の一時を邪魔しやがって……うわっ、冷静になって考えるとこの発言キモすぎる。まあそれはそれとしてあの二人は絶許。
てか仮面野郎は絶対アウトだなアレ…もう言動一つ一つから胡散臭さが滲み出てるわー。紫乃宮と違って見た目通りすぎて辛いわー。いや、紫乃宮と同じでか……辛いのは変わらないが。


「さっきは何を言いかけてたんだ?」
「ううん、今はいいや。後で話すね」


くっ、気になる……!これじゃあこの時間集中とかできねーよ!



凛奈の中二成分控え目になってしまった。
そのせいでシャルロットさんのセリフが0に…


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別に一人で倒してしまっても構わんのだろう?

「そうだね。書類上で簡単なプロフィールは把握しているかと思うが、お互い初対面だ。まずは自己紹介から―――」
「アタイらは餓鬼かっつーの。馴れ合うわけでもねーんだし、お互いの顔と名前と性能だけ把握してればいいだろ。違うか?」


コイツ、協調性というものがまるで感じられねえ…!間違いなく場の空気が3倍くらいに重くなったぞ。問題はそれを気にしそうなやつがほぼいないから解決への糸口がまるで見えないということなんだが。

他人に興味なさそうな黒鉄はだんまりだし、ブラッドリリーはなんだかボケっとしていて話を聞いているのかもよくわからない。風祭は何かしら反応を示すかと思ったが、以外と何も言及はしてこなかった。
平賀は仮面だから知らん。紫乃宮は…苦笑いをしながらも特に口は挟まない。良い常識人ムーブだ。かくいう俺もそのスタイルである。俺はNOと言えない日本人なのだ。

総理は困ったような顔をしていたが、多々良以外の面々からも反論が出ないのを見るや、渋々といった風に話を再開した。


「しばらくの間は、君たちにやって貰うことは特にない。それぞれが所属している学園で、七星剣武祭への出場権を勝ち取ることに注力して欲しい」
「《暁学園》の運営側が手を回してくれたりはしないの?」
「無論、ある程度はこちらの方でも手を尽くす気ではいるが…それでも何もせずに代表に選ばれるとまではいかないだろう。破軍学園の新宮寺君のように、トップが油断できない場合もあるからね」


そういえば今年からは選考方式が変わるんだっけか…あの理事長も面倒な事をしてくれる。
去年は選考メンバーに選ばれる為に当時の生徒会を全員相手取ったりもしたが、纏めて一回の戦いで済ませたので、時間としてはさしたる労力ではなかったりした。
が、今年からの方式だと、どんなに書面上で実力があろうが、1人20戦くらいはしないといけないようだ。それも1日2日では済まない時間をかけて行われるので、かったるいことこの上ない。前大会優勝者なんだからシード権とかくれたってよくないだろうか。
一応《七星剣王》のネームバリューで事前棄権する奴も多いだろうから、比較的マシではある、のか……?


「選考期間が終わればいよいよ君たちの出番だ。一番最後に入った貴剣君以外には既に伝えていたと思うが、『当初の予定通り』武曲学園を襲撃して―――」
「―――おや? 攻撃をしかけるのは破軍学園だった筈では?」


は?



〜〜〜〜〜〜〜〜




「そういえば、この学園には《七星剣王》がいるのよね?」
「ああ、貴剣先輩のことだね」


場所は移り、破軍学園学生寮。
《落第騎士》こと黒鉄一輝と《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンは、性別が違うにも関わらず同部屋に押し込まれた彼らの個室にて、とある人物についての会話をしていた。


「確か歴代最強の《七星剣王》なんて言われてるのよね…。イッキは会ったことがあるの?」
「いや、直接話したことはないかな。戦っている姿を遠目から見たことがある程度だよ」
「ふぅーん…どんな人なのかちょっと気になるわね。手合わせでも申し込んでみようかしら」
「……多分応じないと思うよ。いや、絶対と言ってもいい」
「なんでよ? 秘密主義者なの?」
「貴剣先輩が優勝した当時は学内外問わず、今のステラみたいな考えを持った人がたくさん殺到していたんだ。けど、彼は一度足りともその試合を受け入れることはなかったんだよ」
「そうなの? 変な人ね」
「……これはあくまで僕の推測に過ぎないけど。貴剣先輩は多分、勝負そのものに興味がないんじゃないかと思う」


そう語る黒鉄の瞳には、何かの感情が渦巻いているようにステラは見えた。尤も、それが何かまでは判断ができなかったのだが。


「興味がないって、何よそれ」
「ステラは貴剣先輩がなんて呼ばれているか知っているかい?」
「《七星剣王》でしょ? …えと、それとは別に二つ名があった気がしたけど、何だったかしら」
「いや、それらともまた別にあるんだ。当初は無名だった貴剣先輩が優勝し、彼に関する色んな情報が広まった後……彼に批判的な心情を持った人たちが広めたものがね。最も、少なからず侮蔑の意味合いが込められていたから直ぐに自然消滅したけど」
「七星剣武祭の覇者に侮蔑の二つ名…⁉︎ そんなこと有り得るの?」


学生魔導騎士にとっては誉れ高い《七星剣王》の称号とて、世界中のすべての人々、あらゆる立ち位置の人間に賞賛されるものではないことぐらいはステラも理解している。
嫉妬、恐怖、劣等感、絶望、怨嗟……理由は様々だが、どんな人間がどんな軌跡を辿り優勝したところで、かならず何処から()()がつく。が、それらの大半は一過性のものだったり、声の規模が著しく少なかったりなどでほぼ日の光に当てられることはない。
その点、直ぐに消えたとはいえ、僅かな間でも七星剣王を嘲弄するような二つ名が行き交っていたことは、ステラに少なくない衝撃を与えた。


「事実だよ。…それにね、こう言うと誤解を招くかもしれないけど、『それ』は決して事実無根の話から生まれたものじゃないんだ」
「…どういう意味よ。キツルギ先輩は、なんて呼ばれていたの―――?」


―――それはステラにも読み取れないほど僅かな変化だったが、『彼』について語る時の黒鉄一輝は、心の奥底に重たい感情を確かに抱えていた。
そして黒鉄一輝は、9()9()%()いつも通りの表情で、その言葉を口にする―――


「数多く存在した七星剣王の中で、《最も努力をしなかった男》―――貴剣先輩はそう呼ばれていたんだ」



〜〜〜〜〜〜〜〜



今こいつ何つった?
俺にとって決して無視できない言葉を発した張本人―――平賀玲泉は、全く悪びれた様子もなく言葉を続ける。仮面に隠れた表情を見れないのがこれ程もどかしいと思ったことはない。
総理の顔は、明確な怒りと焦燥に染められていた。


「……ああ! ひょっとして勘違いしていましたでしょうか? でしたら謝罪を。悪気から出た発言ではないので、何卒ご勘弁下さい」


嘘くせえ。
ていうか室内に漂う緊張感がさっきまでの比じゃなくなった上に、心なしか―――いや間違いなく視線が俺に向いてきている。

平賀のあのあからさまな発言。
そして総理の、『武曲学園を初めから狙っていた』と見せかけた発言。
ああうん。そこまで俺も馬鹿じゃないさ。
ここまで状況が揃えば、察しの悪い俺だって理解できる。
これらが指し示すもの事は一つ。


(他ならぬ俺に、『破軍学園を襲撃する』と言わせたいのか…!)


要はこいつら―――俺が《暁学園》という組織に対してどこまで忠僕になれるか、それを試してやがるな?

実際に破軍学園が当初より襲撃予定地だったかは関係なく、総理は先ほど、『俺を気遣って襲撃先を変更した』というポーズを見せた。しかし、そこであからさますぎる平賀からの横槍。
こんな三文芝居を態々する理由は一つしか考えられなかった。
暁学園に対し忠誠を示してみろ―――そういうことだろう。

ここで先程の話を聞かなかったことにするのは簡単である。
しかし、恐らくさっきのやり取りには、俺の反抗に対する警告の意味も含まれているだろう。ここまで分かりやすく示したのだ。ここでその選択を取れば、俺の身近な誰の首が飛ぶか分かりかねない。

だからって、学園を襲撃するのもゴメンだ。先生や友人を手になんてかけられない。
どうする。どうする。


(かくなる上は―――)
「総理。襲撃場所を変更する必要はありませんよ。こちらを気遣ってくれたのは感謝しますが」
「―――っ、だがそれは」


俺が断言した口調を用いたからか、総理は特に否定をしなかった。


「ただし」


ここだ。ここが分かれ目。
もしこれが却下されるのであれば、その時は―――


「態々学校そのものを相手取る必要はありませんよ。選抜戦メンバーを叩き潰せば充分でしょう」


だがこれだけでは納得しまい。何より、向こうに幾らか条件を譲歩させた形になる。
確実に連盟本部に目の敵にされ、分かり易すぎるこちらの挑発に応えてもらうためには、当然ながら学校そのものも潰した方が断然手堅い筈だ。
だから―――


「そしてその役は、俺()()で引き受けます」


こう条件を加えた。
そしてこれは、俺の力の誇示でもある。
―――もし誰かに手を出せば、その時は覚悟しろ。
そう、今は手綱を握った気になっているであろう、総理達に思い知らせてやる為に。


〜〜〜〜〜〜



結論から言えば、俺の要求はすんなり通った。計画は修正され、襲撃対象を『破軍学園及びその七星剣武祭出場メンバー』から『破軍学園七星剣武祭出場メンバー』へと縮小する事となる。

また、計画を実行する詳細なタイミングとしては、出場メンバー決定後に行われる七校合同での強化合宿の帰り道―――人気が少ない地帯を狙い、破軍学園の生徒が乗車しているバスを襲う手筈となった。
のだが、向こうからの条件として一つ。『隻腕の剣聖』と呼ばれる解放軍の伐刀者を同伴させるようにと言われた。
俺の監視役かとも思ったが、どうやら以前資料で見た有栖院凪という男への『最後のチャンス』を与える機会だとか何とか。
まあその辺は向こうに勝手にやらせればいいか……俺には関係ないし。流石に向こうもそれに関して『査定』を下したりはしないはずだ。

総理は苦々しい顔をしていたが、最終的は折れる結果となった。
尤も、内心ではあの男もどう考えているかわかったもんじゃないが……総理大臣に上り詰める器がある時点で、知力戦では月影獏牙という存在にイマイチ勝てる気がしない。
とはいえ、いずれはあの男の裏をかいて奴の束縛から逃れるか、或いは『手出しがしたくない』と思わせるほどの力を俺が示さなければならないだろう。
そういう意味では今回の襲撃も、遅かれ早かれ俺にとっては必要なものだったかもしれない。何せ今の破軍学園には、世界最高の魔力値を誇る伐刀者―――ステラ・ヴァーミリオンが留学してきているのだから。
箔付けとしては十分だ。


「では、今日の会議はこれで終了だ。解散して構わないよ」


脳裏で策謀とも呼べない小賢しい考えを巡らせる俺に対し、至ってなんの山も谷もなく会議は終わりを迎えた。
最もどちらかといえば、今回は事務連絡の要素が強い集まりではあったので、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。

会議が終わるや否や、何人かが俺の元へと寄ってきた。


「ギギギ。何だ。意外と血も涙もねー野郎だったか、お前? 自分から母校を襲撃します、なんて提案するとはやるじゃねーか」


口を残忍に釣り上げ、心底楽しそうにこちらに語りかけてくる多々良。
どの口がホザいてやがる―――という悪態が思わず口を出かけたが、あの芝居をするよう台本を渡されていたのは平賀だけだったいう可能性もある。とはいえ真正面からそれを聞くわけにもいかんしな……
よって答えは沈黙。はよどっか行け。

それ以上は俺に追求することはせず、ハン、とニヒルな笑みを浮かべ、多々良は去っていった。……ひょっとして気に入られたのかなあ。だとしても嫌な気に入られ方すぎるが。


「おい」


そして息つく暇もなく、随分とドスの効いた声が耳に入った。喧嘩腰良くないと思う。
恐る恐る声のした方へ振り向けば、日本の学生唯一のAランク騎士にして、この国有数の名家である黒鉄家長男―――黒鉄王馬が俺に話しかけているではないか。WHY?
初めて見たときから変わらず、お前の表情筋仕事してんのかと疑うくらいの仏頂面で、高圧的に―――もしかしたら本人にその気はないのかもしれないが―――俺に言葉を投げかけてくる。


「襲撃の件、()()()俺も行くことにした。伝えたいのはそれだけだ」


おま…察しろよ!いや察した上でこの発言なのか?どっちにしろ性質(タチ)悪いわ!
どっからどー見ても俺が総理に対して力アピールする展開だったじゃん!解放軍からの人材は仕方ないにしてもお前まで入ってくんなや!
いや…そうだ。ここは総理本人に何とかして貰おう。最高決定権は多分あの人に有るはずだし、向こうだってこっちの実力とか態度とか色々把握しておきたい筈だし!


「……総理が許すと思うか?」
「人が減るのならばともかく、増える事に対して反対はしないだろう。余程の事が起きん限りは勝算が高まるだけだからだ。それにあの場ではああ言っていたが、お前が失敗した時を想定し、どの道戦場近くに俺達を配置していただろうしな」


ぐ、なんという正論のナイフ。
というか良く考えなくても確かにそうだな…。向こうにとっても、俺に拘りすぎて計画がおじゃんになれば元も子もないのだ。
そう考えるとまあ、ある程度は仕方ないか。
しかし、何でまた急にこいつはこんな事を言い出したんだ?


「…分かった。ていうか俺に人員配置に関する権限とかは特にないし、総理に言ってくれ。俺はそれに従う。……にしてもなんでまた急に―――」
「ステラ・ヴァーミリオンだ」


俺に質問されることを想定していたのか、黒鉄は淀みなく言い放った。


「多対一という状況ですらお前に敗れるほど腑抜けているのであれば、俺と今戦う資格はない。と、考えていたがな」


そこでジロり、と黒鉄は俺を凝視した。
こいつは何を考えているのか、やはり読み取れない。
見下しているのか、そもそも俺になんの感慨も抱いてはいないのか。下手すると、そういった当たり前の感情すら捨ててしまったのではないか―――そう勘違いしてしまいそうになる程、黒鉄王馬という男の瞳は酷く無機質に思えた。


「…やはり、あの眠れし竜を目覚めさせるには俺が適任だと思い直しただけだ。むしろ、お前では()()()に終わるかもしれん」


眠れし竜、か―――
言い得て妙な表現ではある。
彼女はたしかに強い。学生の身分ながらAランク騎士という地位を得ているのは伊達ではなく、そこらの魔導騎士なら5人10人と束ねたところで鎧袖一触に焼き払える実力を持つだろう。精鋭を揃えた暁学園でも、おそらく彼女に勝てる者は多くない。
しかし―――彼女の本来の潜在能力(ポテンシャル)から考えれば、今の状態は磨かれてない原石も良いところだ。常人の30倍?だったか?の魔力量を持つということを踏まえれば、今の彼女は本来発揮できる実力の3分の1も出しているか分かったもんじゃない。
それこそ、今の黒鉄王馬とは勝負になりはしないだろう。この男の()()()()()()()()()()()()()()()()を解くまでもなく。

珍しく、彼女について語るときには、黒鉄にも何かの感情が見え隠れしていた。期待…いや高揚か?うん、よくわかんね。


「言いたいことはそれだけだ。他の奴は好きにしろ」
「…弟さんはいいのか? あのレベルなら本戦にも上がってくると思うが」
「俺は既にあの家との縁を切った。あの愚弟のことなどどうでもいい。……しかし、或いはあのペテン師のせいで《紅蓮の皇女》は無駄な寄り道をするやもしれんな」


辛辣ゥー!家族に対しても無関心とは筋金入りだな。いや、最後の言葉には憎悪すら込められていた気もする。よもや弟をペテン師呼わばりするとは。
しかし、こいつは黒鉄(弟)の何をもってペテンと称してるんだろうか。
ヴァーミリオンに執着しているこいつならば、恐らくは黒鉄(弟)とヴァーミリオンの試合も既に見ているだろう。非公式戦とはいえ、お互いに手を抜いたわけでもない真剣勝負だ。確かに黒鉄(弟)の勝ち方はまともな伐刀者らしいものとは言えないかもしれないが、十分実力は備わっていると思うんだがなあ。

それを最後に黒鉄は俺に背を向け、部屋を去る。時代錯誤であり、周囲の景観とも一ミリもマッチしないと言える和服も、何故だか不思議と溶け込んでいるように見えた。

あの男はこうして少し対話してみても、やはりどういう人間なのか掴みきれない不思議な存在だ。日々を適当に過ごす俺という人間とは、(まさ)しく正反対に位置する者―――そんな陳腐な感想しか浮かばないほどに。何から何まで違いすぎて何も言えねえ…。

自惚れるわけではないが、俺は今日の集まりで黒鉄に勝負を売られるかも、なんて想定もしていたりした。俺が応じるかは別として。
相性もあるし、それこそ黒鉄本人のように参加していない場合もある為絶対とは言えないが、《七星剣王》という称号は魔導騎士にとっては決して軽くないものだ。若きにして強さを求めたあの男ならば、これに目をつけてもおかしくないと踏んでいたのだが…いや、俺としてはそんなことにならなくてホッとしてるけども。
黒鉄王馬という男が持つ信念というのは、強さこそが全て!と簡単に表せるものではないのかもしれない。

そして、順番を待っていたかのように。いや、事実待っていたのだろう。平賀玲泉が俺に近寄り、仮面越しでもなぜか分かる笑みを浮かべてねっとりと話しかけてきた。
俺の視線は自然と険の交じったものとなるが、まるで気にしていない。


「ふふふ…少し貴方という人間にも興味が湧いてきましたよ。どうです? これからお茶でも」
「はっ。冗談抜かせ()()()()


俺の言葉に少し驚いかのような動作を見せると、含みのある笑い声を漏らしつつ、平賀もまたこの部屋を出て行った。
あいつ絶対楽しんであの言葉言ってやがったな。趣味が(わり)い。

……はあ。
今日はとにかく色々ありすぎてもう疲れた。
唯一の癒しである紫乃宮もいつの間にかいなくなっているし、とっとと帰って寝よう……









総理「新人に配慮して襲撃先変えるわ。初めからそこが襲撃場所だったってことでよろ」
暁学園生徒「OK」
平賀(ちょっとそいつのこと気になるからからかったろwww)

こんな感じです。


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わりぃ…やっぱつれぇわ

戦闘シーンがあるといったな…あれは嘘ですゴメンなさい
字数的に次話に持ち越しになりました…ゴメンなさい。


『し、試合終了ーッ! 黒鉄一輝選手の勝利でーーーす!!!!』


響き渡るアナウンスの声に、会場中が歓喜と驚愕にどよめいた。
破軍学園で行われている七星剣武祭代表選抜戦―――その二日目の対戦カードである《落第騎士》黒鉄一輝と《狩人》桐原静矢との試合。黒鉄一輝は大多数の予想を裏切り、見事その剣技でもって対人最強の異能者である《狩人》に勝利したのだ。
序盤、中盤こそ一輝本人の不調や昨年より進化した桐原の能力に追い詰められたものの、ステラの叱咤により再び立ち上がってからは彼の独擅場。視認できないはずの矢を掻い潜り、同じく不可視の状態である術者本人の喉元へ食らいついてみせた。
約一年間に渡り無能と蔑まれてきた一輝が同学年首席である桐原に打ち勝った事実は、観戦していた生徒達にすればあまりにも非現実的であり、また衝撃的なことだった。

会場は今まで───といっても未だ二日目なのだが───最もボルテージが高まった状態にある。生徒たちは口々に先ほどの試合に関しての歓談に興じており、純粋に《落第騎士》の勇姿に憧れた者、言い表す言葉が見つからず表情を硬直させている者、この期に及んでまだ起こったことが信じられずに目を白黒させるもの―――多種多様な反応を見せていた。

―――しかし、その喧噪は早々に終わりを迎える。


『続いての試合は―――なんと! 《七星剣王》貴剣良誠選手対、《雷切》東堂刀華選手の試合です……ッ! 破軍学園が誇りし最強の伐刀者2人の戦いになります!』


歓声が、止んだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜



「お兄様、本当に医務室に行かれなくても大丈夫なのですか?」
「一試合分くらいなら平気さ。…それより、珠雫も次の試合をよく見ていた方がいい。どちらが勝つかは分からないけど―――頂点を目指すのならば、あの2人は避けて通れない壁だ」


桐原との激戦を制した一輝は、矢によって刻まれた切り傷でボロボロになった体を引き摺り、観客席に戻ってきていた。
本来ならば一刀修羅の反動も相まり、今の一輝は呼吸一つ行うのすら苦痛を伴うはすだ。
しかし、まるで痛みなど感じていないように―――《落第騎士》は食い入るような目つきで闘技場(リング)を見つめていた。その眼差しには、勝利による喜びなど欠片も見受けられない。
珠雫やステラも初めは一輝の身を案じていたが、ふん縛ってでもこの場所を動かなそうな一輝の固い意志に根負けし、結局はこの場に残り共に二人の試合を見届けることにした。


「……なんか、イヤに静かね。《七星剣王》の試合だっていうのに、もっと歓声とかないのかしら」
「仕方ないんじゃない? 貴剣()はこの学園では畏怖や戦慄の対象として見られているみたいだし。まあ、()()事を知っちゃうとちょっとねえ…。凄いっていうより不気味って感情のが先に来てもおかしくないわ」


訝しげに周囲を見回しながら放ったステラの言葉に、苦笑しつつ有栖院が答える。

貴剣良誠。
リトルリーグや前回大会でも頭角を表さなかったにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()、また()()()()()()2()0()()()()()()()()()()歴代最強の七星剣王。
当時のマスコミはこの偉業に湧きに湧き立ち、彼がどんな半生を歩んできたか、どのようにしてそこまで圧倒的な力を身につけるに至ったのか―――連日破軍学園には取材陣が押し込め、ちょっとした新聞の記事になるくらいに大きく注目されていた。

しかし―――情報が出揃うに連れて、なんとも薄気味悪い事実が露呈していく。
まず、彼の試合形式での記録がない。
精々が授業の一環として行われた簡素な打ち合い程度しかなく、マスコミはこの結果に首を傾げざるを得なかった。
例外として存在したのは、恐らく彼が七星剣武祭への出場権を得るために行ったであろう生徒会全員との一斉試合のみである。
彼に校外の伐刀者へのコネがあるという情報もなく、謎はさらに深まるばかり。ならば修行のみであの領域まで至ったのでは、というなんとも馬鹿げた説まで出たりした。
―――実際のところ、その妄言に等しい推測は現実より幾分マシであったのだが。

簡単な話、試合や修業がどうこう以前の問題だった。
彼は授業時間以外では、刀を持った形跡すらなかったのである。
その上調査を進めるにつれ、彼が鍛錬を()()()()()()()()という目撃情報ばかりが増えていく。
そして終いには。決勝戦前日の夜ですら、彼は友人達と共にオンラインゲームに数時間熱中していたという事実までリークされた。

異常。そう言わざるを得ない。
自己鍛錬をしていたという事実は見つけられず、公式非公式問わず真剣勝負の戦いは一度きりしか存在しない。
ならばあの華々しい快挙は、純粋な才能のみで為されたものだとでもいうのか?
―――あり得ない。
そんなことはあり得ないし、またあってはならないことだった。
伐刀者にも才能の格差というものは勿論存在する。しかしだからと言って努力が軽んじられている訳では決してない。むしろ才能の上に胡座をかき、自らを高める事を怠る者こそ、最上に辿り着くことなどできないのだから。
―――そう、信じられてきた筈だったのだ。
貴剣良誠という存在は、この定説を根本から破壊した。

これらの情報が世間にも知れ渡ってからは、貴剣良誠への風聞は少しばかり苛烈なものへと変化していく。
彼らを突き動かしたのは敵愾心か、はたまた憎悪か。日に日に彼への挑戦者は増え続ける。時には外部の学生が、またある時にはプロの魔導騎士までもが勝負を挑むことすらあった。

しかし《七星剣王》本人は、それらの申し出全てを素気無く突っぱねる。これによって更に貴剣へのヘイトは溜まっていったが、本人は至ってどこ吹く風であった。
七星剣武祭を制したというのに、まるで人間性というものに変化がない。その態度が本当に、《七星剣王》という栄誉を何とも思っていないと表している様でさえあった。
故に破軍学園の生徒は―――いや教師でさえも、一部例外を除けば彼に対し複雑な感情を抱いているのである。


「……んんんんん!! なんかいつ聞いてもムカムカする話ね! 誰が悪いっていうわけじゃないんだろうけど……どこか釈然としないわ」
「私は単純に気に入りませんけどね。努力もせずにあそこまで『完成された』力を持つとか滅茶苦茶ムカつきます」


珠雫の言葉には含みがあった。
それが彼女が敬愛してやまない兄に対してのものか、それとも自分に対してのものか―――それを知り得るのは珠雫本人だけであるが。

3人が会話を繰り広げる中、穏和で人当たりの良い一輝が、珍しく沈痛な面持ちで噤んでいた口を開く。


「皆。……そろそろ貴剣先輩と東堂さんが入ってくるよ」



〜〜〜〜〜〜〜〜



暁学園が手を回してくれるとは何だったのか。
何で学園最強に一回目から当たってるんですかねえ……いや、学園最強は俺だったか(ドヤァ)。序列も一位だしね!(ドヤァ)全然実感ないけど。
という冗談はさておき―――俺の対戦相手である《雷切》こと東堂刀華は、俺の認識では『割と面倒くさい』部類に入る。

()()()()()()()()()()()()()

この学園でその分類に入るのは黒鉄一輝と彼女くらいのものだ。最強の魔導騎士足る素質を秘めるステラ・ヴァーミリオンも、恐らく今の段階ならば刀の一振りで勝てる相手だろう。
つまり何百分の2という極低確率を引き当ててしまったんですが、幸先が悪すぎやしませんかね。

ぶっちゃけもうこの時点で去年の大会並みに面倒くさい。去年は決勝戦の相手である諸星以外は一瞬で勝負を決めれたので楽だった。
が、今年はそのレベルの相手が一回戦目。
これをクソと言わずしてなんという。
棄権してくれないかなーなんて希望もあったが、やっぱりそんなことはなかったです。

…ま、気楽にやるとするか。
断言してもいいが、東堂では天地がひっくり返ろうと俺に勝つことはない。東堂の髪が逆立つ金髪へと変化し超伐刀者人(スーパーブレイザー)とかにでもなってない限りは。
()()()()()イヤな相手とも言えるんだけどな。東堂は負けず嫌いのようだし尚のこと。
絶対去年生徒会纏めて倒したこと根に持ってるだろうし。いや、根に持ってるというよりは……リベンジ精神?的なものが俺に対してあるはずだ。
うん、どうでもいいか。いざ戦いの場になれば、些細なことだと東堂本人も思うだろう。……多分!


『三年、貴剣良誠さん。試合の時間になりましたので入場してください』
「…はぁーあ。だりー…」


俺は控え室のパイプ椅子から立ち上がり、会場へと繋がる通路に向けて歩き出した。試合開始直前とだけあり、通路に人気はない。俺の足音だけが通路内に微かに反響していた。
大抵どんな対戦カードにしろ、会場は基本わちゃわちゃと騒ぎ立っているのだが―――俺に関しては、どうやらそんなことはないようである。去年のアレを考えれば残念でもないし当然だがな。しかし悔い改める気はない。

やがて通路の出口から光が見える―――なんの躊躇いもなくそこに踏み込む。
冷めきっているという程ではないが、会場の空気はやはり硬い。ある種のお祭りとも形容できるこの予選会にしてはやや異常とも言える状況だ。解説ですらもこの有り様ではいつもの高テンションを維持し辛いのか、本来選手入場と共に並べられるやや誇張的な選手紹介もない。いや、俺としてはなくていいんだけど。ハードルを上げられるのは精神的に辛いのじゃ……

そして視線の先―――俺と反対側の通路から出てきた女子生徒、東堂刀華。
普段彼女が纏う柔和な雰囲気というものは一切削がれ落ちており、そこにはただ闘争を求める1人の騎士が立っていた。
平時とはかけ離れた今の状況を気にも留めず、俺が来るのを待ち構えているように―――ジッとその目を閉じ、瞑目している。
普段かけている眼鏡はない。彼女の伐刀絶技である『閃理眼』を使用する為だ。

闘技場(リング)に足をかける。
瞬間、東堂の眼が見開かれ―――莫大な彼女の闘志によって会場は包まれた。普段の優しい東堂からは想像できない風貌に、小さく悲鳴を漏らす生徒までいる。
俺も思わず、息を呑んだ。


(これは…ヤバイな)


想像以上だった。
こうなるかもと予測はしていたが―――去年の敗北の記憶は、俺の想像以上に東堂の根底に根差していたのかもしれない。


(間違いない…これは…)
「―――貴剣君。去年のことを覚えていますか?」
(ああ、やっぱりな)


硬い口調のまま彼女は語る。
これはやはり―――


(()()()()()()()()()()()()())


お前はバカか。
去年の俺の何を見ていたんだ。
俺相手にこんな真面目な問答したってマトモな答えとか返ってくるわけないだろ常考。
多分子供相談室とかに電話した方がまだマシな答えが貰えると思うよ。


「あの時の私は力及ばず、貴方に敗北を喫しました。一対五という数の利があってなお、傷一つ付けることすら叶わずに。……ショックでした。そしてそれ以上に―――貴方のその有り様に、私は多大な衝撃を受けました」


自分語りやめてください(真顔)。
審判も突っ立ってないで止めろやオラァ!
俺だって幾ら何でもこの空気で口挟めねーよ!

いや、それっぽい事は言おうと思えば言えるよ?
けど俺が言ったところで薄っぺらく聞こえること間違いなしなんだよなあ…。なら沈黙を決め込んだほうがまだマシという。


「……一時期は、自分の道を見失いそうになるほど深く沈んでいましたが―――私の周りの人達が、私を再び立ち上がらせてくれました。貴剣君。貴方が去年、優勝という形で示したように―――才能というものは絶対なものなのかもしれません」


何かの音が聞こえる。
断続的に鳴り続けるその謎の音を発しているのは、紛れもなく目の前の東堂刀華だった。
彼女の感情の高ぶりに吊られて、雷の性質を持った魔力が外界に溢れ出ているのだ。


「―――でも今、この場で私は貴方を超える! 越えてみせるッ!! 私を支えてくれた皆に報いる為にも、貴方という才能(不条理)をここで覆します!」
「……………」
「……これ以上は時間の無駄ということですか、分かりました。―――貴方が初戦で良かったです。正真正銘、全力の自分を出せますから……!」


答えに窮したので、自分語りの終結を急かすことを目的に《悠天》───俺の固有霊装(デバイス)───を具現させたのだが、何だかいい感じに勘違いしてくれたようだ。
うん、不真面目野郎にはこの空気は辛えよ。

バチバチと鳴る火花と雷を帯びた魔力を散らしながら、東堂の固有霊装・《鳴神》も姿を現す。
お互いの準備が完了したのを見て審判も遅れて状況を把握し、ハッとしながら試合の準備が完了したことを伝える旨のサインを解説席へと送った。


『そ、それではお互いの準備も整ったようなので―――これより選抜戦二日目・第5試合を開始します!」


やや平静を取り戻したアナウンスによって、戦場の火蓋は切られた。
ま、ぼちぼち戦うか。




原作キャラに真面目なことを言わせるのが難しい…


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《雷切》

ガチ戦闘久々に書くとダメすぎて草も生えない

※4話と5話は統合してます。


「貴剣先輩の伐刀絶技である《魔翔刃(スパーダ)》は、それそのものはそこまで強力なものじゃない」


試合が開始する少し前―――
《七星剣王》と《雷切》の勝負を拝見するに当たり、予め一輝はステラに二人の簡単な解説をしていた。
《落第騎士》が持つ照魔鏡じみた類稀なる観察眼は、この試合―――何方が勝つにせよ、そう長引くものではないだろうと予測している。
恐らくはいざ試合が始まってしまえば、普通の試合のように口を挟める暇などはない。そういった確信めいた予感を一輝は抱いていた。


「一言で言えば、『斬撃を魔力で撃ち出す』―――っていう非常に単純(シンプル)なことしかできない能力なんだよ」
「……確かに、それだけ聞けばそこまで脅威的なものには思えないわね」


魔力を用い斬撃を飛び道具として繰り出せる能力―――というのは、中距離、或いは魔力次第では遠距離の戦闘域すらカバーすることができ、牽制や撹乱にも使用できる使い勝手の良い力と評せる。
しかし、明確な『当たり』とは言い難い。
何せステラ・ヴァーミリオンや黒鉄珠雫のような自然干渉系能力者ならば、その刃に秘める力の性質こそ違えど、能力の一環として似たような事が再現できるからだ。
ここには居ないが―――黒鉄王馬のように人外の膂力を持つものならば、それこそ単に剣を振るだけで可能な芸当でもある。


「でも、それでも優勝したのよね……侮ることなんてできないわ」


だが裏を返せばそれは、そのありふれた平凡な能力で歴代最強の《七星剣王》とまで称される、『何か』を貴剣良誠が持つということになる。
ステラとて、生まれ持った異能が強さの全てを決定づけるとは考えていない。それは最低ランクの魔力で彼女に勝利してみせた一輝や、強大過ぎるが故に力を制御できていなかった幼き日のステラ自身が証明している。

しかし、その生まれ持った異能こそが力の大半を占めているというのも、また否定できない事実だ。
KOKを始めとした世界各地の魔導騎士リーグを見ても、その上位に名を連ねる者の殆どは非常に強力な伐刀絶技を有している。
先ほど一輝と激戦を繰り広げた桐原静矢にしても、《狩人の森(エリア・インビジブル)》という対人規模に対して強力無比な能力を持っているというだけで学年首席にまで評価されていた。
貴剣良誠や黒鉄一輝という存在が例外に過ぎるだけであり、魔導騎士の世界においては『才能=強さ』という認識は決して間違いだと言えるものではないのだ。

そんな事を漠然と考えつつ、神妙な表情でリングに視線を向けるステラ。
そのステラに、どこかつまらなそうな表情をしながら珠雫が話しかける。


「ステラさんは《七星剣王》のどこに強みがあると思いますか?」
「いや、そんなこと言われてもあの人の事よく知らないんだけど。こうしてイッキに説明して貰ってるくらいだし」
「はぁ…。腕を磨く為にこの国に来ておいて《七星剣王》の事すら碌に把握してないんですか。胸や足ばかりじゃなくてきちんと頭にも栄養を行かせてください」
「ぐ、ぬっ…! 生意気なこと言ってくれるじゃないシズク。僻む女はモテないわよ……イッキもそう思うわよね⁉︎」
「馬鹿なこと叫んでお兄様を困らせないでくださいよ。やっぱりお姫様(笑)というのは常識に欠けているものなんですね」
「あんたが先に喧嘩吹っかけてきたんでしょー!!」
「ふ、二人とも落ち着いて…」


試合とは全く関係のないところで諍いを始める二人を一輝が諌める。
最も満身創痍である一輝が仲介役となるのは本来おかしいのだが、それに突っ込みを入れる人物はここにいない。有栖院は二人のやり取りを微笑を浮かべながら見ているだけだった。


「喧嘩するほど仲がいいなんて言葉があるけど、この二人の場合はどうなのかしらね」
「アリス、こんなのと友達だなんて絶対にあり得ないから」
「こんなのって何よ! やっぱあんた喧嘩売ってるわよね⁉︎」


猛獣よろしく八重歯を剥き立てながら怒りの形相で珠雫を睨むステラと、それに対抗するかの様に絶対零度の眼差しで答える珠雫。
しかし試合も目前ということもあってか、どちらからともなく両者の間で散っていた火花は収まりを見せた。

やがて嘆息しつつ、珠雫は先ほどの会話を再開させた。


「……《七星剣王》は基本的なスペックの全てにおいて飛び抜けた次元にいます。なのでどの点が強いか―――いや()()かと聞かれれば、それは答える人によって様々でしょうね」
「なら、アンタの場合は?」
「魔力制御。凡百の異能であっても、極めればあそこまで恐ろしいものになるってことが嫌でも理解できますよ」



〜〜〜〜〜〜



試合開始を表す声が告げられた刹那、東堂刀華は雷と共に魔力を解放させる。彼女の体から漏れ出た紫電が辺りを破壊していくが、当の本人は気にした風もなく意識を刃に乗せた。
感じられる魔力量は明らかに様子見や探りのそれではなく、破軍学園序列2位たる彼女の本気を最初から遺憾なく発揮せんとするものだ。
近づいただけで肌がひりつきそうになるほどの雷光を纏いながら、東堂は腰をやや低く落とし、居合いの体勢で刀の柄に手をかける。
それは紛うことなく東堂刀華の最強の秘技―――《雷切》を撃たんとする動作だった。


「《雷切》――――――ッッ!!」


裂帛の気合いと共に《鳴神》が走り、蒼白く光る雷刃が唸った。
鞘を発射台として放たれた超高速の電磁抜刀術《雷切》は、前回大会準優勝者である諸星雄大さえ正面衝突を避けた程の脅威を誇る。威力・速度共にプロの世界でも通用しうる雷鳴の一閃。
伝家の宝刀であるそれを惜しげもなく、彼女は開幕早々に抜き放った。

しかし、普通に考えれば彼女のこの手はあまりにも不可解なもの。
《雷切》は確かに強力な伐刀絶技ではあるが、居合いである以上その効果範囲は彼女の刀が届く場所までだ。故にこそ剣と槍のリーチの差という点を突かれ、彼女は《浪速の星》に敗北を喫したのだから。

そう―――普通に考えれば。

こと貴剣良誠という男を相手取るならば、東堂刀華の第一手はこれでなければならない。
でなければ、彼から()()()()刃にたちまち真っ二つにされてしまうからだ。


「は―――ああああっっ!!!」


―――《雷切》と()()が衝突する。
それは刃の形をした斬撃―――凡そ1m弱に渡る長さの白き凶刃が、音を切り高速で彼女の元へ襲いかかっていた。
《雷切》とぶつかり合った何かの正体―――それは貴剣良誠の伐刀絶技だ。そしてそれこそが、前回大会で諸星を除く全ての対戦相手を斬り倒したモノの正体。
2人の距離は十数メートル程離れていたが、その程度の隔ては《七星剣王》にとっては無いも同然。《雷切》を撃ち出した刀華にも劣らぬ速さで良誠は動いていた。常人であればいつ動作を始めたのかすら視認できない速度の抜刀だが、それに対応できたのは刀華の実力あってこそだろう。


「く、うううっっ!!!」


雷刃と白刃が鬩ぎ合う。
轟音を起こしながら激突する二つの太刀―――その2つが直撃していたのは一秒にも満たない僅かな間だったが、刀華からすれば悠久にも等しい長き時間だった。
腕には尋常ではないほどの負荷がかかり、上体を支える足腰の重量に耐えきれず、彼女が立つコンクリート製の床はビキビキと音を立て割れていく。
魔力を体の奥底から掻き集め、噛み締めた歯が削れそうになる程全身から力を振り絞る事で、刀華は眼前の力に拮抗出来ていた。

永く、それでいて瞬く間な相克の果て―――この競り合いを制したのは、意外にも《雷切》。
鋼鉄をも容易く切り捨てる魔刃を、稲妻が如き一刀にて彼女は真正面から粉砕せしめたのだ。

《雷切》に敗れ、魔力で形作られた斬撃が霧散していく。その破壊力に見合わず、消滅する様は酷く呆気なかった。
―――しかし、それで戦いが終わるわけではない。
例えBランク魔導騎士でさえも打倒しうる今の一刃でさえ、《七星剣王》にとっては武威の一欠片に過ぎない、牽制程度の攻撃だ。
当然―――()()()()()()()の今の斬撃ならば、息を吐くように良誠には生み出すことができるのだ。
―――《雷切》にも匹敵する刃の嵐が刀華に降り注がんとしていた。

しかし、刀華にも応手はある。
それは彼女の伐刀絶技である『閃理眼(リバースサイト)』だ。雷を操る能力の応用であり、人ならば誰にでも存在している伝達信号を読み取ることで相手の次の手を読む力。
これと『疾風迅雷』を組み合わせれば、かの剣嵐をも切り抜け、過去の大会において諸星雄大以外は誰も踏み込む事すら叶わなかった貴剣良誠のクロスレンジにも立ち入れる。
そして懐に入りさえすれば、後は神速の一撃たる《雷切》で切り落とす。
これが刀華が導き出した勝つ為の最適解。


(《閃理(リバース)―――)


―――しかし、それが思い違いであったことに直ぐに気付いた。
いや―――気付かざるを得なかったのだ。



〜〜〜〜〜〜



東堂刀華という敵を相手取るに当たり、当然の事のように良誠は()()()を想定していた。
視線・動作・生理状態―――汲み取ったそれらの情報からなる読心能力と高い機動性。単純な組み合わせだが、いざ相手にすれば恐ろしいことこの上ない極悪コンボだ。飛び道具使いにとってこれほど嫌な相手はいない。
いざ距離を詰めた後自分を倒せるかは別として、理論だけを見れば()()()()()()()()()()()()()《魔翔刃》の連弾をも突破することも可能ではあるだろう。

では、東堂刀華のこの連携を想定した上で、良誠はこれにどう対処すればいいのか。

答えは簡単―――()()()()()()()()()()()()()



〜〜〜〜〜〜



(何、これ)


刀華は初め、自身の脳が知覚した『それ』が何かを理解できていなかった。
余りにも煩雑。余りにも膨大。余りにも胡乱。
思わず自分の方が何かミスをしてしまったと勘違いしそうになるほど、彼女の《閃理眼》が捉えたものは理解不能な代物だった。

良誠の『先を読む力』を、刀華は《完全掌握(パーフェクトヴィジョン)》を駆使し桐原静矢を打倒した黒鉄一輝と同等かそれ以上と見なしていた。去年の大会で、純粋な接近戦において諸星雄大を20秒足らずで仕留めた手腕からもその技量が窺える。
だからこそ刀華は、自身も《閃理眼》を使用したことで、ここから先は高度な読み合い合戦が展開されるだろうと予測していたのだ。

だが、実際は()()()()が起きた。
何をどうやればそうなるのか―――その道理はまったくもって理解できていなかったが、良誠が何をしているのか、それだけは刀華にも解することが出来た。


(彼は…()()()()()()()()()())


しかしそれは―――何も良誠が無心の境地に至ったのだとか、倉敷蔵人のように見てから相手の動きに対応する、所謂『後の先』を取ろうとしているのだとか―――そういう訳では全くない。

行動や趣向から相手の根底に座す『理』を暴き出し、一挙一動に至るまで全ての思考を読み尽くす《完全模倣》とは対極に位置する事を良誠は行っていた。
即ち―――()()()()()()()()()()()()()()()
刀華がどう動くのかを考えるのではなく、()()()()()()()()()()()()()()思考しながら良誠は戦っているのだ。

言うだけならば簡単だ。そもそも多かれ少なかれ、大抵の伐刀者がそんなことは意識せずともやっている。
が、《七星剣王》が扱うそれはレベルが違う。規模が違う。スーパーコンピューターもかくや、という処理速度で刀華の全ての手を計算し、それに対する自分の最善手まで考え抜いていた。
この瞬間、刀華が雷を出すのか、剣を抜くのか、避けるのか。どのタイミングで、どの程度の力の強さで、どの角度に。自傷覚悟で突っ込んでくるかもしれない。《抜き足》を使うかもしれない。《疾風迅雷》を使うかもしれない。《雷切》を使うかもしれない―――

こんなことを全て想定していたら、ハッキリ言って思考が戦闘に追いつかない。
しかも『取れる手』の幅というものは状況に合わせ逐一変化する。その度に一々全ての選択肢に対し考えを巡らせるなど、人間の脳味噌では到底不可能だ。相手が《雷切》程の使い手ならば尚の事。
実際、《閃理眼》がある為に思考速度が常人よりも遥かに速いであろう刀華でさえ、良誠の頭の中を覗いても詳細なことは読み取り切れない。
しかし現に、目の前の男は―――貴剣良誠は涼しげな顔でそれを行っている。
絶対応手(アブソリュートロジック)》とでも評すべきそれは、眼前の《七星剣王》にしか再現できない離れ業なのだ。

それを理解した瞬間、刀華は自分が蜘蛛の巣に絡め取られた蝶の様だと錯覚した。

何が起きているのかは分かった。
()()()()()、何もできない。
向こうが自分の行動に全て対応できるよう動けるのであれば、地力で劣る以上勝ち目はないのだ。


(―――いや、まだ手はある…!)


しかし―――此処に来て尚、刀華の胸の奥に燻る闘志は燃え尽きていなかった。
東堂刀華という少女は、基本的には温和で人当たりの良い、絵に描いたような善人であることは間違いない。
しかしその裏には、戦士としての一面―――死をも覚悟する戦いを愉しみ、また強敵と相見えれば、それを打ち倒す歓喜に震える戦闘狂としての素顔もある。
故に―――()()()()()()()()()()()()()で、彼女が戦いを止めることはない…!

《雷切》の反動で未だ鈍い痛みが駆け巡る腕に鞭打ち、素早く《鳴神》の鋒を良誠に突きつける。そして《魔翔刃》の凶手が刀華の喉元に迫るよりも早く、己の能力で前方に電磁力のトンネルを形成。
瞬間―――良誠が僅かに(まなじり)を強張らせたのを、刀華は見逃さなかった。

《完全模倣》にしろ《絶対応手》にしろ、それらは相手が取り得る行動全てを把握しているという前提がなければ十全に効力を発揮しない。
ならば、打ち破る手段は至極単純明解。
相手が知らない技で、意識の外から殴りつけてやればいい。
この《建御雷神(タケミカヅチ)》は非常に大きいリスクを要する伐刀絶技であり、それ故に実戦で用いたことはない。そしてその破壊力と加速度は、《雷切》すらも大き上回る。
活路を見出せるとすればこれしかない。
《疾風迅雷》を体に纏わせ、刀華は一直線に良誠に突っ込み―――


(―――あ、ヤバイ…死んだ)


それは第六感による、全くと言っていいほど根拠のない単純な悪寒。
しかし、何故か明確に実感できた。
このまま《建御雷神》を発動すれば死ぬ。
《魔翔刃》は突破できるだろう。
しかしあの領域に立ち入ったが最後―――恐らく自分の人生はそこで幕を閉じる。


(――――――)


しかし、既に足は踏み出してしまっている。元より制御仕切れていない技だ、今更キャンセルなど出来るはずもない。
時空すら超越してしまいそうな加速世界の中で、刀華の思考は凍りついていく。

そして―――雷電のトンネルをくぐり抜けた刀華の肉体が、光すら思わせる速度で発射した。
体を《魔翔刃》に切り刻まれながらも、肉体そのものがレールガンと化した光速の突撃のみで、同時に魔力の刃を幾つも破壊していく。

―――両者の距離が1メートルまで狭まった。クロスレンジにて、2人の視線が一瞬ながら交錯する。

その時、寒気がする程冷徹な表情を浮かべていた刀華が、僅かに口を開いた。


「――――――《雷切(・・)》」


刀華は()()()()()()()《鳴神》を、最初に見せた《雷切》の比ではないほどの速度で引き抜いた。
そう、この瞬間―――刀華はこれ以上ない程に《建御雷神》を掌握することに成功していたのだ。
窮地に陥ることで、秘める才能を覚醒させたのか。死を感じとった彼女の脳は半ば反射的に、今自分が行える最高のパフォーマンスを行おうとしていた。
そして訓練ですら碌に扱いきれなかった《建御雷神》と彼女の最強の秘技である《雷切》。これらを同時に使用する神業を、ぶっつけ本番、このタイミングで実行―――そして完全に扱い切って見せたのだ。
ともすればそれは、かの《風の剣帝》にすらダメージを与えられる神の雷たる一撃にも等しい。

神速―――正しく雷すら切り裂かねない威力の一閃が容赦なく空間を薙ぐ。
迸る雷撃(スパーク)と共に、居合による余波だけで発生した砂煙が会場中に蔓延した。
観客の殆どは、計10秒にも満たない今の攻防の殆ど理解出来なかったはずだ。
内心では《七星剣王》が勝つだろうと予想していた彼らも、今この時ばかりはどちらが勝つのかまったく見当もついていなかった。

やがて煙が晴れる。
《七星剣王》と《雷切》の戦い。
《雷切》はこの試合の最中、成長―――いや、進化とまで呼べるほどの力を覚醒させた。これに関しては、良誠とて予想していなかった事態なのは間違いない。
―――人影が視認できる程、砂煙は薄くなっていく。片方は二つの足で大地に立ち、片方は地に体を伏せさせている。


「………いやいや。お前試合中に強くなりすぎだろ……有りえねえ」


気の抜けるような呑気な声が響く。
立っていたのは―――《七星剣王》。
冷や汗をかいた表情とは裏腹に、その体には傷一つ存在していない。
《絶圏》という二つ名を表すかのように、所々破壊された跡のあるリングの中でも、彼が立つ地点だけは綺麗なままだった。

そして当然、倒れていたのは《雷切》こと東堂刀華。自身より流れ出た血の塊の中に彼女は沈んでおり、体はピクリとも動いていない。
―――彼女の胸元には、刀傷と思わしき傷が3つ刻まれていた。
そして良誠の《悠天》には、夥しい量の血が付着している。例え今の試合で起きたことが理解出来ずとも、結果としてどちらが勝ったかのは明白だった。

七星剣武祭選抜戦二日目―――《七星剣王》と《雷切》の戦いは、《七星剣王》の勝利で幕を閉じることとなる。



次回は多分閑話書きます。
具体的には前回大会決勝の主人公VS諸星です。

桐原君が努力してたかどうかは定かじゃありませんが、まあ性格的になさそうだよなーっていう作者の偏見です。
これでもし桐原君の努力していた描写があったら桐原君を主人公とした新作書きますね


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【閑話】第六十一回七星剣武祭決勝戦

余談ですが原作キャラで一番好きなのは諸星だったりします。
諸星が闘神リーグに挑む話も見てみたいなあ…


湧き上がる歓声、駆け抜ける喝采。ここ数日間はそれらが絶えずここら一帯を包んでいたがしかし、今日この場所から感じる熱量は今迄と比較しても更に激しい。
それも当然。何故なら今から行われるのは、日本に七つ存在する魔導騎士養成学校―――そこに所属する学生魔導騎士達の頂点を決める戦いだからだ。

熱気が渦巻く嵐の中心―――大気が震えるほどの声援を浴びながら、直径100メートルの平たい石板リングに佇む二人の騎士。
破軍学園2年、《絶圏》こと貴剣良誠。
武曲学園2年、《浪速の星》こと諸星雄大。
相対するこの二人の勇士こそ、並み居る戦士を蹴散らし七星の頂に手をかけた強者である。


「準決勝ではシロのやつが世話ンなったなァ、貴剣」


逆立つ金髪をバンダナで抑え、黒を基調としたモダンな雰囲気の制服を着こなす長身の男―――諸星雄大は、白く光る歯を覗かせつつ好戦的な笑みで貴剣を捉える。

対し、一見しただけではこれといった特徴がなく、その辺に幾らでも転がっていそうな平凡な男―――貴剣良誠は、覇気のない表情で諸星の言葉に答えた。


「『世話』ねぇ…そりゃ嫌味か?」
「いんや、心からの賞賛や。一回戦から三回戦までの戦いぶりじゃお前の実力は測りきれておらんかったが……それでもシロ相手にあそこまで一方的に試合を終わらせるとは流石に予想外やったで」


今大会、最も世論が注目している人物が誰かと問われれば、それは誰もが口を揃えて《絶圏》―――貴剣良誠と答えるだろう。
前評判は無名。これといった経歴や実績はなく―――しかして、いかなる猛者をも圧倒的に、瞬く間に打ち倒した最大のダークホース。幼き頃よりその勇名を全国に轟かせてきた《浪速の星》と言えど、良誠のこれまでの戦績には驚愕を覚えずにはいられない。
特に諸星の級友でもあり、《天眼》と称されるまでの物の怪じみた洞察力を備えた城ヶ崎白夜をも一瞬で切り捨てたことは、諸星にとっても大きな衝撃だった。
しかし、そこは明朗快活な性格の諸星。軽口を叩くことはあれど、戦場にまでその恨み辛みを持ち込むことはしない。


「ま、お喋りはここまでにしとこか。お前は無駄口を好むようなタチにも見えんし」
「……別にそういうわけじゃないけどな。ただまあ、時と場所ってもんがあるだろ。ここではそういう気分にはなれないってだけだ」
「そうかい。ほな始めようか。―――喰い尽くせ、《虎王》」
「……《悠天》」


諸星は所々に虎を思わせる意匠が施された黄色い細槍、《虎王》を。
貴剣は特に変わったデザインや形状のない無骨な日本刀、《悠天》を。
二人はほぼ同時にそれぞれの固有霊装(デバイス)を顕現させる。
それを引き金として、声高に会場を包み込むかのような音量でアナウンス席から声が飛んできた。


『さあ今、両選手の準備が完了したようです! 総勢四十二名、熾烈を極めし戦いを勝ち抜いた二人の騎士。彼らが紡ぎあげるこの戦いの結末は一体どんなものへとなるのか! ―――七星剣武祭決勝戦、諸星雄大選手対貴剣良誠選手の試合を開始します!』

『『『Let's GO AHEAD――――――!!』』』


歓喜と声援が交じった大音量の試合開始を告げるゴング。
そして―――七星剣武祭最後の戦いが、始まる。



〜〜〜〜〜〜



合図が成された瞬間、良誠はその場で剣を振りかぶる動作を見せた。
その光景に、諸星は油断なく槍を構えつつもその肉食獣のような目を細める。

ここ決勝に至るまで、一瞬にして一太刀。()()のみで全ての戦いの決着をつけてきた良誠の《魔翔刃(スパーダ)》だが、この諸星雄大という男に対しては通用しない。
何故なら、諸星の伐刀絶技《暴喰(タイガーバイト)》はあらゆる魔力を喰い尽くすという効果を持つ。どんな威力を持っていようと、ただの魔力の塊でしかない《魔翔刃》は格好の餌となってしまうのだ。

開始直後であり、両者の距離は未だ遠い。良誠よりもリーチに優れる諸星でも、当然攻撃が届く位置にはいなかった。
だからこそ、何をする気なのか諸星は警戒を強くする。

そして―――至ってなんの捻りもなく、良誠の刀から魔力で作られし兇刃が放たれた。
七星剣武祭に出場するだけの実力者をも一刀両断するだけあり、その速度は桁違い。
しかし、諸星はその能力の性質上、近接での肉体を使う戦いを主とする。故に他の伐刀者よりも動体視力や反射神経に優れており、飛来する刃を目視し、また反応することも不可能ではない。
それを目の前の男が理解していないとは、諸星には思えなかった。


(何のつもりや?)
「喰い千切れ《虎王》ッ!」


諸星の掛け声と共に、彼の持つ槍が淡く発光する。次第にその光は巨大な顎を開く虎の首へと変貌し、今まさに諸星に迫らんとする魔力の刃を文字通り噛み砕いた。
これこそが全ての魔力を喰らい尽くす諸星の伐刀絶技。
《暴虎》を以ってつつがなく《魔翔刃》を無力化した諸星だが、だからこそ疑問に感じた。


(意図が掴めへん。今のになんの意味が―――)


爽やかな外見と性格に反し、諸星は搦め手や不意を突くといった戦い方を得意とする傾向にある。なので当然、他人の作戦や謀りを見破るのも手慣れたものであるのだが、良誠のこの攻撃の意味は読めなかった。魔力を無駄に消費したとしか思えない。
だからこそこの行動の意図を探ろうと頭を回転させていた諸星だが、すぐにその目論見は崩れ去ることとなった。

()()()()()()、遠く離れていたはずの《絶圏》が、自分の遥か近く(クロスレンジ)にまで侵入するのを許していたからだ。


「ッ⁉︎」


諸星は思わず瞠目する。
《八方睨み》とまで銘打たれる間合いの支配力を持つ自分に不意を突いて近接するなど、諸星の伐刀者人生の中で初めての経験だった。
タネは単純。
《魔翔刃》で諸星の意識を引きつけた上で、魔力放出で身体能力を底上げし接近。言葉にするのは簡単だが、《浪速の星》相手にそれを実行するのは至難の技だ。
諸星とて間抜けではない。《魔翔刃》に意識を向けている間も絶えず良誠を見失わないように、その存在を明確に捉えていたはずだ。
しかし、ほんの一瞬。微かに斬撃の方に注意が集中し、意識の『ズレ』が起こった刹那。諸星本人ですら気づいてないような意識の間隙を突き、良誠は地面を蹴り出して諸星に急接近を成し遂げたのだ。


(なんちゅー観察力ッ、それに魔力を扱う巧みさやッ!)


良誠の身体能力はこの大会においても高水準な領域に達してはいるが、それでも諸星を相手に反応すら叶わないほどの速度で動けるわけではない。
故にこの速度は魔力放出を用いて出されたものとしか考えられないが、それならば当然、諸星が魔力を感知しこの奇襲じみた急接近も成功していなかったはず。それなのに諸星が気付けなかったということは、良誠が『迷彩』と呼ばれる魔力隠匿術を高度な次元で有しているということだ。

しかし今は、その超絶技巧に感心している暇はない。直ぐにでも眼前にいる良誠に対応しなければ、自らの敗北は必至だからだ。


「せぇやあああああ!!」


クロスレンジに立ち入られたものの、諸星の気づきが割合に迅速だったのと彼我のリーチ差が相まり、この領域内での先手そのものは諸星が握ることとなった。
虎のような雄叫びと共に、一瞬にして放たれる三つ突き。風切り音すら発生させ、宙を駆ける黄槍(おうそう)が良誠に襲いかかった。
常人ならば串刺しになっていてもおかしくない神速の猛射だが、《絶圏》は顔色一つ変えずに対応する。
突進スピードを僅かに下げつつ、サイドステップにて一槍・二槍を華麗に回避し、残る三槍を剣にて受け流す。これが突きである以上、本来ならば『戻り』のラグが発生することで諸星に隙ができるはずだが、《浪速の星》が振るう槍術にそんな致命的な弱点は無いに等しい。
槍を放つ前よりやや差が縮まったが、未だ攻撃の流れは諸星に向いている。先ほどよりもさらに激しい気迫と共に、再度諸星の持つ《虎王》が吠えた。


「ナメんなや! 《三連星》ッッ!」


先ほどと同じ槍の三閃―――()()()()
見た目こそ違いはないが、これは三つの突きを高速で放つ《三連星》に加え、槍を打ち出す瞬間に対象が避けた方へと僅かに軌道を変える妙技―――その名も《ほうき星》だ。
気が遠くなるほどの修練の果て、脳が指令を下すより前に()()で敵を追撃する体技の極み。本来人間の反射神経では為し得ない神業も、この諸星雄大ならば可能とする。

―――しかし。

一回目と同じように良誠が一槍・二槍を横に動き回避した後、三槍目にて良誠が刀で槍を弾く前に、蛇のように曲がりくねった槍の穂先が良誠の胴を貫く―――はずだった。
先ほどと()()()()()()()、良誠の持つ《悠天》によって最後の一撃も逸らされたのだ。
予想だにしていなかった事態に、諸星は絶句する。


(初見で見切ったいうんか⁉︎)


この《ほうき星》は、傍目から見る分にはなんら《三連星》と変わりない。映像で見ようが、観客席から生で見ようとそれは同じ。故にこそこの技は絶対に初見となり得る強力な技なのだ。
体を持ってこの技の怖さを体感した東堂刀華ならばこのカラクリを理解しているだろうが、良誠と刀華が同じ学校ということを加味しても、彼女の性格から考えて《ほうき星》のことを良誠に教えたとは考え辛かった。


「ぐっ……!」
(しもた! ワイとしたことが動揺し過ぎたか⁉︎)


《ほうき星》をこの一瞬の邂逅にて攻略されたことに怒りを覚える諸星。しかしそれに気を取られ過ぎたせいか、極まった技量で行われる受け流しのせいか―――先ほどよりも大きく槍をいなされてしまう。
二人の距離は既に無いに等しく、槍を戻して防ぐのも間に合うとも思えない。
それを理解してか、良誠も《悠天》を片手に勢いよく袈裟懸けに斬り込こもうと歩を進める。
―――間に合わない。
それを半ば理解しつつも、腕を痛めるのを覚悟で諸星は無理やり腕を引き戻そうとする。


(傷を負うのは避けられへんけど、致命傷は防げるはずや!)


《悠天》が肩を切り裂かんと迫る刹那、諸星はそう判断した。
良誠の放とうとしている斬撃は体重も乗った非常に重いものであり、また諸星の左肩から右脇腹にかけて斬ろうと刃を振り上げているため、右手に槍を持つ関係上、引き戻して直ぐにただ槍を打ち合わせるだけでは力負けする。両手で槍を横に持ち、刃が描く軌道上に置くことで防がなければならない―――と諸星は築き上げてきた経験を基に見定めた。


「オオオオオオッッッ!!!」


叫びながら全身全霊、魔力放出すら行い腕を引く。筋繊維が悲鳴を上げるのがわかったが、痛みを無視し体を動かす。
そして、その決死の防御(ガード)は諸星が戦闘不能の傷を負うまでに間に合った―――かに見えた。


「は――――――?」


致命傷どころか、僅かな傷さえ諸星が負うことはなかった。
それも当然。切りかかる寸前、良誠が手に持った《悠天》を()()()()()()だ。
理解不能な光景に、諸星の思考は一瞬止まる。
―――そして、それこそが決定的なミスとなった。


「が、はっ―――⁉︎」


気づけば、諸星の喉元には深々と無骨な日本刀―――《悠天》が刺さっていたのだ。
痛みが意識にダメージを与え、視界がぼやけていく。血を滝のように吐き出し倒れていく中で、諸星は()()()()()()()()良誠の姿を視た。

これもまた、タネは単純。
諸星がああして攻撃を妨害するであろうことも、そして曲がりなりにもそれが成功することも―――全て、良誠の想定していた範疇の出来事に過ぎない。
―――だからこそ、そこで不意を突いた。
刀を手放せば当然、支えるものを失った刀は宙に落ちていく。そして刀がある程度落下していったその瞬間―――良誠は柄尻を蹴ることで刃を上に突き上げたのだ。諸星の体と、諸星が防御の体勢で構えた槍の隙間を縫い上げて。


(く、はは。どんだけ化け物やっちゅーねん。おどれは……)


薄れゆく意識の中、最早朧げにしか姿を目視できない良誠に向けて、諸星は苦笑い混じりの敬意を払った。
―――敗北という、情けない姿を妹に見せてしまった悔しさを滲ませながら。


(―――次は負けへんぞ)


喉を負傷したせいか声に出すことこそなかったが、倒れながら睨みつける諸星の眼光は確かにそう言っていた。
良誠はそれを―――なんとも複雑な表情で返す。

第六十一回七星剣武祭―――その優勝者が《絶圏》、貴剣良誠に決まった瞬間だった。



本選での試合順を結構迷ってます。
誰と戦うかはもう決めてるんですがね…


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ひ ろ が る プ ラ ズ マ

刀華戦辺りで解禁しようとしていたステータス開示をまだやってないことに今更気がついた。
多分次で出します。


「というわけで、頼めないかな?」
「え、やだけど」


俺のぞんざいな返事に、ビキリ、と目の前の少年―――禊祓泡沫が青筋を立てているのがわかった。悲しいことに高校生とは思えないほどの童顔なので、全く怖くなかったが。

どうしてこうなったのか。
選抜戦が開始して既に1週間以上が経過したが、東堂との一戦を無事終えた後、俺は一度も試合を行っていなかった。まああの試合は大半の生徒達にとってはまさしくヤムチャ視点でのものだっただろうから、俺に対する戦意が削がれても無理もない。
選抜戦中は授業のコマ数も減るので、俺としては自由な時間が増えて万々歳である。先日ついに数多の困難(転売屋や在庫不足)を乗り越えサンテンドースウィッチを購入することに成功したので、今はそちらの方に注力をしていたのだ。
そしてタコの擬人化みたいなキャラクターを操作し、タコスミで台風とか起こしたりしてワザマエランク上げに没頭していた俺の元に突然来訪して来たのがこの破軍学園の生徒会副会長、禊祓泡沫というわけである。

なんでも学園が合宿の為に領有している奥多摩に不審人物―――それも『巨人』が出たらしく、生徒会はそれの調査を頼まれたらしい。必要ならば生徒会外からも人材を見繕っていいとかなんとか。
その助っ人に抜擢されたのが俺のようだが、何故俺なんかを。
いや、実力的に分からないでもないのだが、ハッキリ言ってこのちびっ子副会長との仲は正直よろしくないのだ。
といっても、話したこととかはあまりないんだが。こちらが一方的に避けてるというべきか。
けど、ぶっちゃけ向こうだって俺に対する感情はあまり良いものではない…はず。マジで何故よりにもよってこいつがきたし。


「……一応、刀華から直々のお願いなんだけどなー。正ッ直僕は君とお出かけするのはゴメンなんだけど、刀華がどうしてもっていうからさ。そこらへんを汲んでくれる気はないかな?」


ほらやっぱり。
まあ、こいつが俺に向けてる感情は理解できなくもないんだがね。けど、正直俺にはどうしようもない。こればかりは個々人の感情に委ねるしかないのだ。

……というか、サラッと結構無視できないワードが聞こえた気がしたな今。


「東堂が直々に俺をってどういうことだ? 歯に衣着せぬ言い方をするなら、正直お互いにとって気まずいだろ」


試合からそれなりに時間は経過したが―――その勝敗は結論だけ言えば酷く一方的なものだった。
あの試合最後の衝突の折―――俺は東堂の運動エネルギーを全て刀で殺し、床に流してから普通に斬撃で傷を負わせたから外傷的には大したことがないはずなのだが、極度の集中による疲労と魔力欠乏で東堂は約3日間の昏睡に陥った。対し、俺は無傷。魔力も殆ど使っていない。
東堂的には完敗と言っても過言ではないだろう。だからこそ、お互い面を合わせるのは多少なりとも気まずい筈なのだが。少なくとも俺はそう思ってる。
まさか俺にねちっこく嫌味をぶつけて来る訳でもないだろうが……

俺が質問を投げかけると、禊祓はありありと不満を前面に押し出した顔で答えた。


「さあ。正直僕にもそこは分からない。刀華も何を考えてるんだか」
「どういう感じでの呼び出しかくらいは分かるだろ。ほら、怒りをぶつけてやるとか、もう一度再戦じゃーとか」
「んー、そういう物騒な感じじゃなさそうなのは確かだね。これ以上は本人に聞いてくれよ」
「いや待て。俺はそもそも行くとか言ってねーぞ。その巨人とやらが何かは知らんが大体の相手は東堂一人で事足りるだろうし、それに黒鉄とヴァーミリオンも加わるなら過剰戦力だろ? それで足りないレベルの案件をあの理事長が事前に察知できてないとは思えないしな。ていうか善良な一般生徒を権力を傘に荒事へ駆り立てるのはよくないと思いまーす」
「うわぁ、嫌なタイプの理詰め絨毯爆撃だ」


だって本当にそうじゃん。
俺との試合を経て、何故か超絶パワーアップを遂げた東堂はその太刀筋に更なる磨きがかかったし、黒鉄やヴァーミリオンの実力はほぼA級のそれだ。俺がいなくても充分ではなかろうか。


「…はぁ。ま、無理強いはするなって刀華にも言われてるしね…あ、ならスプラットゥーンの勝負で行くか行かないか賭けないかい?」
「やるわけねーだろ! 多少なりとも運の要素が絡むゲームでお前に勝てるか!」
「あはは☆ 冗談冗談」


こいつの《絶対的不確定(ブラックボックス)》というクソチートを使えばゲームなんて必ず勝てるだろうに、なんと意地の悪いやつだ。
なお、天音の下位互換である。現実は非情だ。
似たような能力を持っておきながら……似たような?まあとにかく、捻くれ者のこいつと違って、あんなに純真な天音は本当に天使だなあ!


「ま、理事長の後ろ盾もあるとはいえ、僕らは一応生徒会。あんまり乗り気じゃない君を連れ回すのも色々と外聞が悪いしね。うん、君を誘うのは諦めることにしよう」


……なんかイヤに引きがいいな。
どういうつもりだ?これが砕城や東堂ならまだしも、この悪童がここで引き下がるのは少し違和感がある。


「でまあ、代わりといっては何だけど――」


やっぱりな。
引くのを対価に何を要求してくる気だろうか。
というかそもそもこの召集は別に強制というわけでもないので、代わりもクソもないような気がしないでもない。お前等価交換の原則はどうしたよ。いつ真理に踏み込んだ。


「明日の放課後にでもさ、一人で生徒会室に来てくれないかい?」
「……東堂か?」
「察しがいいね、大正解。なんでも君に話したいことがあるんだってさ。―――それじゃあバイバイー」
「っちょ、まだ話しは……クソ、逃げ足の早い」


用件だけ伝えるや否や、脱兎の如き敏捷さで禊祓はどこかへ消え去ってしまった。
あの様子を見るに、そもそも謎の不審者への対策に関しては当てにしていなかったのだろう。最後に出してきた提案の方が本命だったに違いない。


「にしても―――話したいこと、ねえ…」


予想は―――うんまあ、はっきり言って割と付いてない。黒鉄と違って人間性に対する審美眼とか俺は持ってないし。
……わざわざ俺と面向かい合わせて何がしたいんだか。
まあとにかく、明日の放課後に生徒会室だな…

首の裏側を掻きながら、俺は禊祓を追いかけようと開けていたドアを閉め、部屋に戻る。
その時、ポケットにしまっていた電子生徒手帳がバイブレーション機能によって僅かに震えた。手帳如きになにこの無駄なハイテク要素?
この時間に送られてくる学園からの通知と言えば一つしかない。選抜戦の対戦カードのお知らせである。


「ま、どうせ棄権だろうけどな」


確認してみれば、相手はDランクの2年生。
別段強くも弱くもない。案の定、10分後には対戦相手が棄権した旨を伝える通知が俺の元へ届いた。



〜〜〜〜〜〜



「くっ…! なぜ通らないのですぅ⁉︎ 根回しはあれほど行ったはずなのにぃ…! 彼らは自分の立場が分かっているんでしょうかぁ…⁉︎」


それなりに高額な調度品で彩られた執務室の玉座にて、豚のように体を真ん丸と肥え太らせた中年―――赤座守は、誰もいない空間に向かって苛立ちを込めた独り言を吐き出していた。

この男は、控えめに言っても人間の屑である。
赤座は名誉欲というものが人一倍強い。それだけならば個性という単語で済ませられる範疇のものかもしれないが、それが他人の弱みを嗅ぎつける嗅覚の鋭さと、目上の人間に媚びを売る巧さ―――そして目的の為ならば、例え他人の命すらも何の躊躇いもなく切り捨てられる悪魔のような精神性。 これらが奇蹟的に一分のズレなくマッチングした結果、赤座守という男は今や騎士連盟日本支部・倫理委員会のトップという傑出した地位まで手にするに至った。
赤座本人はこのポストを『汚れ役』などと揶揄しているが、本来は世間一般の人々から見れば羨ましがられる程の高待遇である。その辺りの認識が、この男の膨れ上がった欲深さをよく表していると言えるだろう。
そして当然、それで満足しないのがこの赤座という男。今彼は、新しく目をつけた『踏み台』を有効活用する為の計画を練っているところであった。

進みは順調。
ターゲットである黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオンの逢瀬写真は確保したし、既にマスコミ側にも連盟本部の威を借りて報道圧力をかけた。罵倒でも何でも今ならば言わせ放題だ。
だからこそ、この計画に憂いはないと赤座自身も高を括っていたのだが―――


(まさか『決闘』を承諾させる為の、学園側に対する交渉が難航するとはぁ…! これは流石に予想外ですよぉ…)


過程はここでは省略するが、黒鉄一輝という男は数週間に渡る査問会と言う名の拷問を受けた後、全てを覆す逆転の一手として打った『決闘』に無様に敗北した結果、『追放処分』という彼の夢にトドメを刺す沙汰を下される―――というのが赤座の描いていたシナリオだ。

ステラとのキス写真をダシに一輝が騎士連盟の日本支部に勾留される時には既に、周りは全て一輝にとっての致命的な要素で埋め尽くされている。ヴァーミリオン皇国からの干渉を防ぐ手段もあるので、まさに一輝にとっては絶体絶命、四面楚歌の状況だ。常人ならば3日と持たず心を挫くだろう。
しかし、一輝の頑固さは筋金入り。
伐刀者としての才能を持たず、家から見捨てられてもなお足掻き続け、あそこまでの力を手にしたのがいい証拠だ。故に赤座も、査問会程度で一輝をどうこうできるとは思っていない。
だからこそ、その為の決闘である。
騎士にとっては、決闘の結果は絶対。双方合意の上での決闘に一輝が勝てば、黒鉄家からの野次も黙らせることは可能だろう。それを利用し、一輝に敢えて微かな希望を持たせてから、完膚なきまでにその望みを砕き完全に心を折りにいくのだ。
薬や長々と続けられる査問会で心身両方にダメージを与え続け、最後にその弱り切った体を《七星剣王》貴剣良誠によって打ち砕かせる―――はず、だった。

何故か、破軍学園の幹部達がその決闘に反対意見を示し続けているのだ。
元服を迎えているとはいえ、一輝は書類上はまだ学生の身分。破軍学園という組織の庇護下にあり、また同時に縛られているというわけだ。何でもかんでも出来るわけではなく、それなりの事をやろうとすれば学園側の許可が必要となる場合もしばしばある。
そして個人対個人でならばいざ知らず、倫理委員会という一つの巨大な組織を相手取る決闘ならば、学園からの許可も必要となるだろう。
黒乃を始め、善良そうでありなおかつある程度の実権を持つ人間には行う気はないが、こちらの『脅し』が通用しそうな破軍学園の輩には、計画の仔細は伝えずに、決闘の提案が倫理委員会から持ち込まれた際に賛成するようあらかじめ裏工作を赤座は行っていた。が、これはあくまで保険のようなものだ。失敗するとは微塵も考えていなかった。
なにせ赤座はこの場合においては、学園側からの干渉や抵抗はほぼないと思っていたからだ。規模こそ大きく、それしか選択肢が取れないように強制的に場を運ばせるとはいえ、お互い同意の上での決闘ならば態々学園が介入してくる理由はない。決闘の結果によって出る被害も、どちらが勝とうと学園側にとっては大ダメージでもなんでもなく、たかが落第経験のあるFランクの生徒が一人、消えるかどうかであるというだけの話である。

だが不思議なことに、今回に限ってやたらと学園側の姿勢は強硬だ。賄賂を送っても脅迫を仕掛けても、頑としてこちらの要請に頷こうとしない。一人二人ならまだしも、全員が全員あの落ちこぼれ騎士を庇うとは考え辛かった。
あり得ないことだが、例え黒乃がこちらの思惑を察知し、最大限手を回していたとしても、だ。

狸のような顔を歪め、歯軋りをしながら虚空を睨みつける赤座だが、その内心には怒り以上に戸惑いが渦巻いている。


(……まさか、私より『上』から圧力がかかっているとでもぉ? いやいや流石に…私より上の立場の人間なんて数えるほどしかいませんし、その人たちが黒鉄一輝を庇う理由はないですしねぇ…)


邪悪な手練手管を用いて多くの人間を陥れた赤座だからこそ分かる違和感。自分が今回マスコミにしたように、学園の反応は何者かに頭を押さえつけられながらしたものの様に感じたのだ。
しかし、仮にそうだとしても何処が破軍学園に圧力をかけているのかは全くわからない。する道理もない。藪蛇をつつくのも堪らないので、下手に探ることも出来なかった。
だからこそ、赤座は頭を悩ませているのだが。

どうしたものかと喉を唸らせる赤座だったが―――


(いえ…そうですねぇ。何も貴剣君に拘る必要はありませんかぁ。《速度中毒(ランナーズハイ)》を倒した以上、それ以下の者では歯が立たないでしょうが…《雷切》か《紅の淑女(シャルラッハフラウ)》辺りとさえぶつけられればいいのですぅ)


ひょっとしたら、校内有数の実力者である《雷切》や《深海の魔女(ローレライ)》の本戦出場への道がほぼ断たれた今、これ以上有力な選手が脱落するリスクを避けたいだけなのかもしれない。実力主義のこの選抜方法は黒乃が提案したものだが、教師陣や理事会の全員が全員、諸手を挙げて賛成したというわけでもないだろう。
もしそうだとすれば、既に戦績に土が付いた東堂刀華ならば、向こうも決闘を承諾する可能性は高い。


(一輝君にはなんとしても潰れてもらわなければなりませんからねぇ。万全を期すのならば《七星剣王》が良かったのですがぁ。……この際、そうも言ってられませんかぁ)


本人の預かり知らぬ所で、一輝を絶望の淵に追いやる下衆な陰謀は着々と進行していた。



〜〜〜〜〜〜



目の前の扉をノックし、中にいるであろう人物に声をかけた。


「三年の貴剣です。東堂生徒会長に呼ばれてきました」
「え―――貴剣君ですか⁉︎ ヤバ、予想よりも早い……。ちょ、ちょっと待ってくださいね!」


禊祓に話を持ちかけられた次の日の放課後。
ホームルームが終わってから一直線に生徒会室にやって来たはいいが、まだ向こうの受け入れ準備は整っていないようである。時間を置いてくるべきだったか。

東堂は焦りを滲ませた声をこちらに返すと、何やらドッタンバッタン大騒ぎしている様子が中から聞こえ始めた。
生徒会室の内実がカオスなのは3年辺りには割と周知の事実であるので、別に今更取り繕う必要はないのだが。ていうかゲームや漫画が当たり前のように置いてある生徒会室とか、冷静に考えなくてもちょっとやばいな。

5分くらい廊下で待ちぼうけを食らっていたが、やがてガチャガチャバサバサ言っていた騒音は止み、どこか疲れた様子の東堂が外へと顔を出してきた。


「お、お待たせしました。中へ入ってください」


必死の掃除の甲斐あってか、中は学生が使う教室らしく、必要最低限の備品しか置かれていない……ように見える。クローゼットが今にも爆発しそうなほど膨張していたり、本がギッチギチに詰め込まれた本棚に幾つかの漫画本が散見しているのは、見なかったことにするのが優しさというものだろう。


「あ、お茶とか飲みますか?」
「話が長引くようなら頼む」
「……いえ、あまりお時間は取らせません」


2人して立ち尽くしたまま、真剣な面持ちで東堂はこちらを見据えた。
禊祓が言っていた通り、東堂から刺々しい雰囲気を感じないのは救いだが、マジでなんの話をする気だろうか。


「その―――申し訳ありませんでした」
(ええ…)


何故か謝罪された。
あまりに意外すぎて言葉が返せませんでした、ハイ。

余りにも俺が困惑した表情をしていたからか、東堂はやや申し訳なさそうな顔をしつつ、話を続ける。


「率直に言えば、私はあなたに後ろ暗い感情を抱いていました。……自分の力が不足しているのが悪いのが分かっていながら…才能だけで全てを抜き去る、あなたの在り方に」
「……………」


まあ、仕方ないんじゃなかろうか。
自分が精一杯努力してる横で、何もしてないやつが自分を抜き去っていけばいい思いを抱くはずがない。それを見て何も思わない奴なんて稀だ。かく言う俺だってそうである。
『戦い』という、俺からしたらさして興味のないレールの上を走ってるからこそ、ここまで無頓着なだけだ。
自分が大して熱意を注いでいない分野の勝負で勝とうと負けようと、大して関心はないだろう。俺にとっては、伐刀者に纏わる全てがそれというだけの話である。


「けど先日。あなたと戦って以来、私の中に燻るその思いは消えました」
「……何でだよ。当本人である俺が聞くのもなんだけど」
「結果としてボロ負けしちゃいましたけどね。あの戦いを経て私は、確かに一段階上の次元へ領域(ステージ)へ上がることができました。まあまだ、あなたのいる場所へ辿り着くのは難しそうですが……」


一見弱気な発言だが、東堂の瞳に迷いは写っていなかった。


「その……いざ戦うことで、気持ちが晴れたというか……いつか倒すべき相手として見定めることが出来たというか……。あなたと戦い成長したことで、気持ちに踏ん切りがつきました。―――もう迷いません。あなたが誰にも負けない才能を持つと言うのならば、いつか私が努力で追い抜きます」
「そうか……」
「あ……すいません。私の自己満足のようなものを押し付けてしまい……。本来、私が謝罪をしにここまで来てもらったのに」
「いや、気にしてないし大丈夫だ。俺からは……頑張れとしか言えないけど」


悪い言い方をすれば、この件に関しては東堂が勝手に気負い、勝手に自分で自分の気持ちに整理をつけただけという話だ。あまり出しゃばったことを俺が言うのは、何かズレている気がする。

俺の言葉にクスッと顔を綻ばせると、東堂はまた軽く頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました。……けど、いつか試合でギャフンと言わせる気でいるので覚悟しておいてくださいね」
「……あんまり強くなりすぎたら敵前逃亡するぞ」
「う"っ。……いえ、私がどうこう言える立場ではないんですが」
「……じゃ、俺は帰るわ。…またな、東堂」
「はい、さようなら。明日また学校で会いましょう」


人懐こい笑みを浮かべながら手を振る東堂に見送られ、俺は生徒会室を後にした。

仲良くなった―――と言えるほどのやり取りだったわけではないが、東堂とのわだまかりはほぼ消えたといっていいだろうか。
ま、それはあくまで東堂目線からの話であって、俺の方は……どうなのだろう。突然こんな話を振られたからかもしれないが、気持ちの整理がまだ着ききっていない。……騎士ではなく一人間として、東堂の夢を応援したいような気はするが。その目標が自分だという事を考えると、なんだか……うん、アレだが。

これから先、またしても東堂と戦う日があるのかどうかは分からない。
その時俺が勝ったら、負けたら。
俺は何を思うんだろうか。



ネタバレ:破軍の一部の人間に圧力をかけたのは総理
なんやかんやで赤座たちの動きを察知し、主人公とぶつけさせないように手を回しました。
なお、決闘に学園の許可が必要だの何だのは独自設定です。ご了承ください。

赤座って口調だけはヒロインっぽいですよね。
赤座を性悪系美少女にTSさせれば本編の殺伐とした空気も幾らか和らぐ可能性が微レ存…?


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オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな このはてしなく遠い騎士坂をよ…

「ッぜは、はあっ、ゲホッ、ゴホッ……!」


燦々と日光が降り注ぐ初夏。
破軍学園から最寄りの駅まで続く道である緩やかな斜面を、素人目に見ても病人だとしか思えない、生気のない少年がふらふらと歩いていた。
いや、この光景を本当に『歩いている』と表現できるのかは甚だ怪しい。今にも崩れ落ちそうな体を、意志の力で無理やり『引き摺っている』と表した方が正確だろう。

少年の名前は、黒鉄一輝。
つい先ほどまで、とある事情から日本騎士連盟の本部に勾留されていた学生騎士だ。

今の彼は、有り体に言って死にかけである。
いつもは穏やかながら覇気の感じられる顔は真っ白を超えて土気色にまで変色しており、よく鍛えられた均整の取れた肉体は、頭痛や発熱によって小刻みに震えを発している。
歩くのどころか、ただ立っているのさえ相当な苦痛をもたらす筈だ。

それでも、彼は進み続ける。
―――もはや自分が何をしようとしているのか、それすら虚ろになりかけたまま……


『何もできないお前は何もするな』

『一輝、認めて欲しいと言ったな。ならば―――今すぐ騎士をやめろ』


誰かの言葉が頭の中で反芻される。
それを聞くたび、自分の心が軋んで悲鳴を上げていくのが分かった。
それに耳を貸してはダメだと、心の中で叫ぶ声が聞こえる。
けど―――その呪詛は鳴り止まない。
脳に直接刻み込まれたかのように、何度も何度も何度も―――自分の大切なナニカを侵し尽くした。


「…………っぁ」


そしてとうとう。
精神か、肉体か―――はたまたそのどちらもか。限界を超えた一輝は、鉄板のように灼けた熱いアスファルトに両膝をつき、そのまま前のめりに倒れこむ。


(僕はなにをしているんだろう…)


体を持ち上げることすらしないまま、一輝は自分に問いかける。
今まで自分が歩んできた道。
これから歩もうとしていた道。
一輝は今、それら全てに絶望を感じていた。


(こんな体調で《雷切》に勝てるはずがない……)


もはや会場である破軍学園に辿り着けるかも怪しいところだが、仮に試合に間に合ったところで、この有様では瞬殺されるだけだ。
なにせ、相手はあの東堂刀華。仮に一輝の体調が万全であったとしても、苦戦を強いられる強敵なのは間違いないのだから。


(それに…僕が勝ったところで、何になるっていうんだ)


誰から聞いたか―――東堂刀華という少女は、元は養護施設で暮らしていたという。
彼女が籍を置いていた施設は、凡そ『普通ではない』子供達が多く集まる場所だった。
災害や病気で身寄りのなくなった子だけでなく、虐待の結果として親元から無理矢理引き剥がされたような子までいたという。
そんなお世辞にもいい雰囲気とは言い難い空間の中で、同じ境遇にも関わらず彼女は第三者への『善意』を振りまき続けた。彼女のその気高い有り様に感化され、心を改めた者も少なくないという。
そして刀華が伐刀者として破軍学園に入学することになり、その施設を出た今も、彼女は施設のみんなに笑顔と勇気を与え続けているのだとか。

対して―――自分はなんだ?
父親やそれを取り巻く環境に反抗し家を出て、それでもがむしゃらに道を進み続けた結果―――今、こうして苦痛と絶望に打ちひしがれて、無様にも地面に這いつくばっている。
寄ってくるのは敵ばかり。かつて仲良くしてくれていた友達だって失った。
誰も、自分が勝つことなんて望んでいないのではないか?
ならばそんな自分が、多くの期待を一身に背負う彼女に勝つことなんて許されないのではないか―――?

弱音を零すたびに、一輝の体は重く地に縛り付けられていく。まるで、見えない何かに押さえつけられているように。


(僕の夢は……間違っていたのかな……)


遠い、雪の降るあの日。
この国が誇る大英雄と邂逅し、決して曲げないと誓った夢を抱いたあの日―――
その大切な思い出さえ、黒く染められていく。


(こんな道を歩み続けるのは、辛い)


万が一の可能性を拾い、《雷切》に勝ったとして。
それでもおそらく、厳は一輝の夢を邪魔することを諦めはしないだろう。あんなことがあっても親子だからか、その頑固さ加減だけは理解できていた。
この道を歩み続ければ、度々こんな思いをしなければならないのか。
才能に見合わない、分不相応な夢を持ったことそのものが間違いだったのかもしれない。これは、その報いなのか。

なにせ、ここで諦めてしまっても、それは結局のところ()()()()()()()()のだから。


(ああ、僕だって分かってるんだ。こんなのがただ、弱気に押しつぶされただけの泣き言だって)


分かっている。
ここで折れてしまったところで、自分に責め苦を与える痛みの種類が変わるだけだ。
ここで止まれば、きっと自分は死ぬほど後悔する。
妹からは、自分は伐刀者以外でならばあらゆる道で大成できる器量の持ち主だと言われたほどだ。それなりに良い職に就き、それなりに良い結婚相手と結ばれ、一般的には幸せと言われる人生を歩めるのかもしれない。
けど、きっと。ここで魔導騎士への夢を諦めてしまったことは、心の中に傷として一生残り続けるだろう。
厳とも上面だけは仲良くなれるかもしれないが、それは下手すれば―――内心、今以上に歪な関係を構築することになるかもしれないと、直感的に一輝は感じ取っていた。

行くも戻るも地獄。
違いはその道を舗装しているのものが、自分を溺死させんばかりの量の血の海か、心をじわじわと嬲り殺そうとする毒で出来ているかだけだ。


(何も…考えたくない)


一輝の意識は虚無の中に沈んでいく―――



〜〜〜〜〜〜



「あーあ。こりゃもう試合終わってんな。こんな日に遅刻とか…」


気温は大体30℃を越えたか超えないかあたりだろうか。じんわりと汗をかきそうな熱気の中、俺は破軍学園までの通学路をとぼとぼと歩いていた。
時刻は既に正午を回っている。
全寮制を採用している破軍学園の生徒である俺が、何故こんなタイミングでこんな場所を歩いているかというとだ。

なんでも不幸が折り重なって、親戚が経営している店の従業員が一度に大量に辞めてしまったらしい。
マジで店が回らないほどのピンチであるらしく、学生である俺にまでヘルプの要請が来たレベルだ。破軍は確かに全寮制だが、別にそこまで規則に厳しいわけでもない。それなりの理由があれば、届け出さえ出せば長期休暇中でなくとも学外での寝泊りも認められている。
でまあ、その店と破軍は少し離れた場所にあるので、ここ何日間かはまだ学校よりかは距離が違い実家に泊まりつつ学校に通い、放課後はその店でアルバイト……という形を取っていた。
そして昨日はその緊急バイト最終日だったのだが、手伝いのお礼として親戚が連れてってくれた焼肉屋でパーリィしすぎた。人が少なすぎてデスマーチと化していたこの数日間を乗り越えた俺達の間に、変な仲間意識が生まれた結果である。
そしてこうして午後まで無事寝坊したというわけです。
え?選抜戦?
結局東堂戦以降は相手の棄権で全試合分終わったんだよなあ……


(東堂と黒鉄の試合は結構気になってたんだがなあ。まあ、別に映像で見ればいいか…)


もう開き直って急ぐ気もないです^^
……いや、やっぱり暑いしちょっと急ごうかな……

と、思っていたその時だ。
俺の何十メートルか後ろの方で、何かが倒れたような、落ちたような。そんな音が聞こえた。


(さっきすれ違ったトラックがなんか落としたか?)


と、なんとなしに後ろを振り向くと。


「………え、黒鉄…?」


倒れているのは―――物でもなんでもなく、人だった。
それも、どこかで見たことのあるような人間が。倒れているため顔はよくは見えないが、間違いない。


「なんでこんな場所に…」


スマホで時刻を確認するも、やはり黒鉄は本来学校にいなければおかしいはずの時間だった。
試合は長引くこともあれば一瞬で終わることもあるため厳格に定められた試合開始の規定時間というものはないが、幾ら何でも今ここにいるのはありえない。
連盟本部だかどこかに監禁まがいのことをされているとは聞いていたが、それが関係してるのか?


(っていやいや。黒鉄だろうとそうじゃなかろうと絶対ヤバいだろアレ!)


傍目に見ても、倒れている人物の様子は緊急を要する状態だ。
その辺に鞄を放り投げ、急いで駆け寄った。

近づいてみると、案の定その人物は黒鉄だった。
肩を担いで……いや、いっそ背負った方が良いか。体を起こす途中、肌が露出している手に僅かに触れたが、今が夏だということを考慮しても不自然なまでに熱い。多分風邪か何かも発症しているのだろう。
体調をなんとかするのが最優先だというのは分かるが、この辺に民家などはない。駅があるにはあるが、大体今の位置は学園から駅までの道のりの半分ほどだ。斜面を考慮すれば駅の方が近いかもしれないが、施設が充実している学園に運んだ方がいいかもしれない。
くそ、どっちに……いやもういいや。学園に運んじまおう。

脱力しきった人間の体重はいつもよりも数倍重く感じるというが、常人を超えた身体能力を持つ伐刀者ならばさして違いはない。
黒鉄の体調を考慮して流石に全速は出せないが、歩けば10分かかるであろうこの道程も、数分ほどで踏破できる。

黒鉄を背負い走り出してから直ぐに、黒鉄は意識を覚醒させた。


「貴…剣先輩、ですか?」
「ん、ああ……倒れてたから取り敢えず学園まで運ぶぞ。あと、聞こえる声が擦れまくりで明らかにヤバそうだから喋んな。あと数分で着く。それまで踏ん張れ」
「すい、ません…」


聞こえる声は酷く弱々しかった。
いや、体調を崩してるのは明らかであるし、当然と言えば当然かもしれないが……なんだか引っかかった。
―――まるで、親に捨てられた子供を背負っているかのような覇気のなさだ。


「………先、輩は……」
「おい、喋んなって―――」
「僕が東堂さんに勝つことが……許されると思いますか?」
「…………………………はあ?」


いけね。病人相手とは思えない声出た。
いや、どういうことだよ。質問の意味を流石に図りかねるんだが。
俺の困惑を知ってか知らずか、黒鉄は訥々と事情を語り出す。
この数週間で起こったこと。自分の剣が軽いのではないかということ。そしてそんな自分が、東堂に勝っていいのかということ―――
何故このタイミングで、他者に吹聴するようなことでもないことを、大して交友のない俺に話したのか………それほどまでに黒鉄が追い詰められていたということか。
いや―――あるいは、こんな俺だからこそ話したのかもしれないが。

俺に対して含みがあるような質問と取れなくもなかったが、流石にこんな状態のやつに問い詰める気はしない。

……それに、まあ。
俺自身、その葛藤に覚えがないわけじゃない。


「去年、似たような経験をしたよ。俺もな」
「え……?」
「俺が去年の七星剣武祭に出場した理由は、……祖母孝行? ……だ。病気がちな婆ちゃんに、何かいいとこを見せてやりたいって気持ちでな」
「……………」


黒鉄は、静かに話を聞いていた。


「でまあ、七星剣武祭出場者……特にリトルリーグの時らへんから名を上げてた奴だと、そいつのバックボーンとかも耳に入るわけよ。大概の戦う理由は『強者を求めて』だの『強さを示すため』だのだから大してこっちが気負うこともないんだが、『そうじゃない奴』もいた。でまあ、こう言うと嫌味っぽく聞こえるかもしれんが、それでも結局なあなあで勝ち進んでな……大会中は基本なんだか悶々としてたんだよ。決勝前日とかにはヤケクソになってゲームとかしまくってたが……別に意味はなかったな。むしろ悪化してたか」


極端な話―――俺は七星剣武祭に出る()()()()()()()。もっと言うなら、優勝して《七星剣王》になる必要も。
祖母を喜ばせたいだけなら、他にやりようはいくらでもある。というか祖母本人だって、まさか俺が七星剣武祭に出るのを期待していたわけではあるまい。適当にバイトでもして、何かをプレゼントするだけでも十分喜んでくれただろう。


「諸星なんかは特に顕著でな。……詳しいことは省くが、アイツはかなり悲壮な決意を持ってあの大会に挑んでる。気持ちの大小を比べるのは好きじゃねえけど……まあ、俺よりも『重い』理由と言っていいだろうな」


加えて、諸星は七星剣武祭でなければその目的を果たせない。正確には『戦うこと』でだろうが、学生騎士である以上は似たようなものだろう。


「けど、結局は俺が勝った。それで優勝したはいいが……なんだかしっくりこなかったな。勝ちを譲ればいいんじゃなかったかと思ったことも、正直ある」
「………なら」
「でも。……東京に帰って、婆ちゃんの喜んだ姿を見たとき―――やっぱりやって良かったと、そう思えたぞ」
「………!」
「でまあ、なんだ。お前が何で魔導騎士を志したのか、俺には分からんが……そういう時は、初心に還るんだ、初心に。幾ら覚悟しててもダメなときはダメだろうし、それなら目先の良いことを考えたほうが精神衛生上良い……かもな」
(やっべ。俺の言ってること浅すぎだろ)


いやだって…問題が重すぎんだよ!東堂との試合前のように薄っぺらくなるから云々ではなく、純粋にかける言葉のチョイスがわかんねえよ!
齢18にして日々をなあなあで過ごしてきた俺にとってこの話題はキツすぎた。人生経験とかカッスカスだからな俺!人格の厚みも何もあったもんじゃない。先輩風とか絶賛凪ってる。
俺の家族構成は至って普通だし、そんな父親との深刻な確執なんてあるわけないし。いや、ないのが普通だとは思うけど!


「……そうだ、僕は……ッ。ステラ……!」


しかし、俺の言葉の一体何が響いたのか。
黒鉄は言葉の節々からも分かるほどの活力を取り戻し始めた。


「……先輩! ありがとうございます。お陰で自分を取り戻せました。僕はもう…迷いません。…それに、この剣は空っぽなんかじゃないことも、思い出しました」


まあ、なんか剣術指導とかやってるみたいだしな。そいつらが情報操作に踊らされてないとも限らんけど……いや、止めよう。俺の勝手な推測で黒鉄を混乱させたくない。

………というか。


「その体で試合、やる気か?」
「はい」
「即答かよ………お前、マジで死ぬぞ。今のお前で勝てるほど東堂(あいつ)は甘くない。それにいざ戦いとなれば、手加減をするような奴でもねえ。死ねば夢も何もない。理事長だっているだろうが、それでも死なないっていう保証はない。………本当にやるのか?」
「……心配してくれてありがとうございます。でもそれでも、僕は彼女へと挑みます。二人で騎士の高みへ行こうと、約束した相手が居ますから。……こんなところで立ち止まってはられない。例えそれが、命を賭けた戦いであっても……!」
「そうか……」


……説得は無駄そうだ。
力づくで無理やり止めることだってできるが……


(……それが正しいのかどうか、俺にはよく分かんないな……)


情けなさすぎる。
数年の差とはいえ、一応はこれでも人生の先輩だというのに。
ここで黒鉄を止めるのは、正しくもあり間違いでもあるのだろう。二律背反のようだが、それでも確固たる意志で黒鉄は選択した。
……いや、本当に情けないな俺。人として。心を決めて後押しすることも、心を鬼にして黒鉄の無謀な挑戦を止めることもできないとは。

ひっそりと心を曇らせていると、黒鉄は突如俺の背から飛び降りた。


「つくづくありがとうございました、先輩。ここからは僕一人で大丈夫です」
「おい、流石に学園までは送ってくぞ? ……ていうか、どの道もう学園が見えそうな所まで来たし」
「いえ。本当に大丈夫です。……それに、少しは歩いておかないと、いざって時に体が動いてくれませんから」
「はあ…まあいいけどな。俺は鞄をとってくる」
「……あ、すいません。手間を取らせて」
「いや、そこは別に気にしてない。……まあ、アレだ。頑張れよ、黒鉄」
「―――はい! 勝ってきます!」


優しく、それでいて強い笑みを浮かべながら、黒鉄は学園に向けて歩いていった。
俺は黒鉄を見送ると、反対方向に踵を返し―――全力で魔力放出を用いて、一瞬にして鞄が放置されていた地点へと戻った。


「………………」


鞄を拾いながら、思考する。
黒鉄との語らいで自分を振り返る途中、ふとあることを思い出した。

俺は年頃の男子学生らしく、ゲームや漫画を嗜む。ジャ◯プやマガ◯ン、チャンピ◯ンだって愛読してるし、ゲーム機だって主要なハードは殆ど所持している。
そして俺が一番好きなジャンルは、『バトル物』だ。子供の頃は食い入るようにワンピ◯スやナ◯トを愛読したし、今だってバトル物は好きである。

―――それなのに。


(なんでこうも、現実での戦いにはまったく興味がないんだろうなー……)


現実と空想は違うとは言うが、それでもなんの感慨も抱かないのは流石におかしい。
というか、プロの世界にだって二次元のキャラクターに憧れて力をつけた魔導騎士だって存在するのだ。漫画の必殺技から伐刀絶技の着想を得た人だっている。

何故こうも空虚なのだろう。つまらないでも楽しいでもない。戦っても、只管に虚しくなるだけだった。


「……そういえば、最近は()()を見てないな」


最後に見たのはいつだったか。
俺とて、何も小さな頃から今のような力があったわけじゃない。体だって成長していなかったし、たまたま目にした誰かの試合を観て、自然とそれを吸収したことだってある。

そんな時代に―――時折眼にする謎の現象があった。
―――世界そのものに自分を縛り付けるように巻きつく、黒い鎖を幻視したことが。




3話での天音からの質問に対する返答がちょっとアレだった気がしなくもない。
…いや、優勝したことそのものに対してなのでセーフ!セーフ!ってことで。ただ長すぎる発言はちょっとアレだったので消しました。ゴメンなさい!


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憧れは理解から最も遠い感情だよ

前置きを大分端折ったような気がしなくもない。
まあ大丈夫だよね!


「《一刀修羅》ァァァァーーー!!!」
「《雷切》ーーーーッ!!!」


天にも昇る勢いで迸る蒼き魔力と、大地を揺るがすほど猛々しく輝く黄金色の魔力。
2つの極点が咆哮と共に、自らが信頼する絶対の秘奥義を解放せんと吠え立てた。
赤座達の陰謀により、一輝の体力は底をついている。もはやまともに刀を振れる回数すら多くはない。《雷切》を相手取るには絶望的なコンディションだ。

―――しかし、その逆境にあって尚、黒鉄一輝の目は死なず。寧ろ誇り高い眼前の騎士を、彼女が最も得意とする土俵の上で斬り倒さんと決意の焔に燃えていた。
全身から血を噴き出しながらも、力強く柄を握り直し、一歩―――一輝は地を踏み出す。
《一刀修羅》は強力な伐刀絶技だが、それ故欠点も多い。なにせ一分間、相手に逃げ切られるだけでも一輝の敗北となってしまうのだ。このように開幕で使用するのは、お世辞にも頭のいい選択とは言えなかった。
観客の中には無謀な突撃だと失望を露わにする者も少なくない。
事実それは否定できない事実でもあるのだが、その蛮勇に正面切って相対する張本人―――東堂刀華はそうは考えていなかった。


(黒鉄君……あなたはそんなボロボロの体でありながら、自分が決めた挑戦を貫くのですね。それが茨の道であると知ってなお)


《閃理眼》など使うまでもなく、刀華には一輝の思考が手に取るように理解できていた。
彼は打算や駆け引きで玉砕戦法を取っているのではない。自分自身の決意と、相手への誠意からこんな無鉄砲な手を選んだのだ。
クロスレンジは刀華が最も得意とする間合。誰か一人を除けば、その最強を破られたことは一度たりとてない。
だからこそ―――そこに挑まずにはいられなかった。それがどれほどの高みであろうと、乗り越えるためには命すらも犠牲にする覚悟で。

立場こそ逆だがつい最近、自身も同じような体験をしたばかりだ。相手が強いからこそ、それに打ち勝つ価値を見いだす。険しい山にこそ登りつめ、頂点を目指すことに意義があるのだ。
一輝にも刀華にも備わっている、戦士しての顔がそう自分を熱くさせる。どこか自分とダブって見えた一輝の姿に、僅かに刀華は笑みをこぼした。
―――黒鉄一輝という男の誇り高い意志は理解した。
()()()()()―――


(私は、全力であなたを斬り捨てる! 例えそれで、()()()()()()()()()()()()()……!!)


一輝の気高き意志を汲み取った刀華もまた、鬼の如き威圧を発する目の前の修羅を斬り伏せんと《鳴神》の柄に手をかけ、人智を超えた斬撃を放つモーションへと移行していた。

薬物によって朦朧とした頭で、一輝は直感する。
神速の一撃たる《雷切》を超えるには、こちらもまた光を超えた速さに立ち入らなければならない。
繰り出すは、《落第騎士》が作り上げた固有(オリジナル)剣術の内が一つ―――


「―――第七秘剣・《雷光》ーーー!!」


《一刀修羅》によって数十倍に跳ねあげられた身体能力と、神域に踏み込んだ一輝の剣技から為される超速のスウィング。
《雷切》と正面からぶつかり合うとすればこれしかなかった。
空気と擦れ合い熱すら纏わせるその一刀。それを更に―――一輝はギアを上げ、より強靭かつ疾駆する一刄へと鍛え上げる。
《雷切》を空振らせる為の死に太刀(フェイント)なんていらない。
思いを刃に乗せたこの秘剣で、彼女の雷切(最強)を打ち破る―――!


(足りない! もっとだ。もっと、体の奥底から力を捻り出せ……!)


不要な器官など既に切り捨て、色すら失った世界の中で駆ける一輝。
《雷光》を以ってしても、速さも威力もまだ《雷切》に及ばない。
ならば掻き集めるしかない。振り絞るしかない。
他より劣る自分が才能溢れる彼らに勝つには、いつだってそうしてきた。この極限の場面でも、それは変わらない。


(一分なんて必要ない―――一秒あれば十分だ!)


血肉を構成する全てをこの一撃へと集約させる。反動なんて知ったこっちゃない。後のことなんて考えない。
―――今はただ、この戦いに勝つ為に!

―――しかし。《落第騎士(ワーストワン)》の優れた眼力は断定してしまう。
足りない。何もかも。
既に両者共に剣を振りかぶるモーションに入っている。自分は力という力の全てを結集した。《一刀修羅》を一秒に集約した《一刀羅刹》とも言うべき新技を、何の不備もなく作り上げるまでに。
―――その上で尚、届かない!
速さも威力も何もかも、()()に《雷切》が上をいっている。
これでは刀をカチ合わせたところで、《陰鉄》ごと体を真っ二つにされてしまうだけだ。それ程までに、彼女の太刀筋は澄み渡っていた。こちらに対する情け容赦など、一切存在していない。


(どうすればっ……!)


限界にはもう辿り着いた。
その上で劣るならば、ここからどう勝ちを拾えばいい。
一輝の思考が巡る。
一秒にも満たない刹那、一輝の記憶が一から全て掘り返され―――


(あ………)


一つの戦いが想起された。
それは、つい数週間前の記憶。
《七星剣王》貴剣良誠と、今まさに自分と向かい合っている《雷切》東堂刀華の試合だ。
七星の王者を目指すものとしても、戦士としても、あの試合は穴が空くほど繰り返し見た。余りにも早すぎる試合展開のせいか、生憎と映像では細かな所までは確認はできなかったが―――
それでも、特に最後の錯綜。
刀華の《建御雷神》と《雷切》の合わせ技が良誠に向けて放たれたあの瞬間。
あの時、良誠は伐刀絶技も魔力による身体強化もなしに、純粋な技量のみであの特攻をいなしていたのだ。
一輝にとって、アレはまさに青天の霹靂と言う他ない偉業だった。様々な人から剣技に関してのお墨付きを貰った自分といえど、あの攻撃を正面から無傷で完璧に無力化させるのは不可能だ。
そして、一度自分の弱さと向き合った今だから気付く。その技巧に畏敬の念を抱く反面―――心のどこかで、自分にはできっこない所業だと思っていたかもしれない。知らず知らずの内に目を背けて、自分は『諦めて』いたのだろう。


(―――違うっ! 諦観(そんなもの)がなんだって言うんだ! 僕は、僕の夢は……そんなものに押し潰されるほどヤワじゃないっ!)


―――自分の全てを懸けても、『力』では《雷切》には及ばない。
ならば―――『技』で彼女を凌駕し、その最強を打ち破るのだ。魔力量が少ない一輝にとっては、至極単純な答え。故に困難―――
だが例え今無理な事だろうと、次の一秒で可能にしてやればいい!

そうだ。
幼い頃、ここまで強くなれると過去の自分は想像していただろうか?それは違うはずだ。
逆境に耐え兼ね、何度も膝を折ろうとしたこともある。心が挫け、歩みを止めてしまおうかと思ったこともあった。
けど―――それらを乗り越え、今の黒鉄一輝という存在は成り立っているのだ。
だからそう。
今更不可能の一つ二つ、覆せないはずがない―――!


(僕に伐刀者としての才能なんてない。だから剣技を身に付けて、技で戦うしかなかった。そしてその為に、色んな試合を観戦して参考にした……これも、それと同じだ)


言葉にすればなんてことはない。
むしろ、一輝が日常的にやっている事だ。
その難易度は、今までに模倣してきたどんな技よりも計り知れないが。
その上、自分は刀を二度振れる余力などない。つまりたったの一太刀で、《雷切》を凌ぐ事と刀華を倒す事。これらを二つを両立させねばならないのだ。無理難題に程がある。

―――それでも、やり遂げてみせる!

刀の勢いを減衰させないまま、東堂刀華という人間の全てを観察し尽そうと一輝は限界までその双眸を見開いた。
打ち出す角度、力の篭りよう、魔力の収束点―――《雷切》という奥義の全てを、丸裸に解析し尽くす。脳が焦げるかのような感覚を一輝を襲うが、それらは全て意識の外へと放り込んだ。
―――そして。


(見つ、けた……)


そして―――それこそ針に糸を通すような、小さな活路を見出した。
思わず笑いが出そうになるほど困難な―――一太刀で《雷切》を無力化し、その上で彼女を斬ることができる斬撃の攻略法(ルート)を。
0.1秒でも刀をぶつけるタイミングがズレれば、そのまま押し負けるだろう。
0.1ミリでも刀を乗せる軌道を誤れば、そのまま雷刃は自分を裂くだろう。
だが、一輝には不安はなかった。

さあ―――あとはそれを実行するだけだ。
恐れる必要はない。
自分を信じれば、自ずと勝利への道は拓ける。なにせこの身は、あの()()()()()()()()()()()()()()()()だ!

究極の一で以って、この一瞬を翔け破れッ!!


「ぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」


光の如く瞬く秘剣と、雷すら断つ神速の居合が激突した。
一輝の怒号すら飲み込む轟音が炸裂し、落雷のような閃光が会場を飲み込む。
衝撃に感覚を奪われる中、観客はどちらがこの試合の勝者なのか、それを見定めんと目を開こうとした。
時が経ち、視界の回復した観衆たちが目にしたのは―――


「……素晴らしい一撃でした」


身体中から夥しい量の血を垂れ流しながらも、刀を振り抜いた姿勢のまま静止していた東堂刀華の姿だった。
彼女は一輝へと惜しみない賞賛の言葉を贈り―――ボロボロに罅割れたリングの上へと、力なく倒れていった。
対し、傷付いた度合いそのもので言えば刀華よりも更に酷いものだったが―――一輝は倒れることなく、両足で大地を踏みしめている。

そして一輝は、ゆっくりと血に塗れた拳を天へと掲げた。

その瞬間、割れんばかりの歓声が会場を揺らす。
《落第騎士》黒鉄一輝が、《雷切》東堂刀華を倒した事実を、これ以上ないほどに認めるように―――



〜〜〜〜〜〜



「………勝ちやがったか」


興奮の坩堝と化した会場の片隅で一人、良誠は驚嘆を込めた独り言を呟く。

この結末をまったく予想していなかった―――というわけではないが、それでも内心は刀華が勝つと良誠は予想していた。
事実、100回戦えば99回は刀華が勝つ試合であっただろう。しかし、現実として勝ったのは一輝。
偶然や棚ぼたではなく、一輝自身が今までに積み上げてきた研鑽を基に、一輝は勝利を勝ち取ったのだ。
あんなことがあった後だからか、少し肩入れしてしまったのか―――一輝が運命に屈せず自分の力で未来を切り開いたことに、良誠は素直に喜びと尊敬の念を一輝に抱いた。


(お前ならきっと、なれるさ…魔導騎士に)


良誠は穏やかな笑みを浮かべたまま、会場を後にした。
















(……あれ、待てよ。これって結局この後に黒鉄の夢を俺自身が妨害することになるんじゃあ……え? マジで? ちょ、ちょ、ちょ……いや本当に待って。あんなやり取りした後で舌の根も乾かぬうちに敵として立ち塞がらなきゃならないとか……え? いや、辛すぎんだろーーーーっ!!!!)



いっき の けんぎ や そのたもろもろ が ぱわーあっぷ したぞ!
良誠が一輝から色々と盗み取れるのであれば、その逆もまた然りなのです。



・主人公説明欄
【名前】貴剣 良誠(きつるぎ りょうせい)
【所属】破軍学園三年一組(国立暁学園三年)
【伐刀者ランク】B+
【伐刀絶技】魔翔刃(スパーダ)
【二つ名】《七星剣王》《絶圏》
【ステータス】
攻撃力:A
防御力:E
魔力量:B
魔力制御:S+++
身体能力:A+
運:C

【備考】
伐刀者ランクについては、連盟での審議の際に色々とモメたのでB+というやや特異な位置になってます。ただ実質的にはAと見做されていなくもない。
攻撃力・防御力はあくまで『公式戦で見せた記録』から判断したもの。
ステータスに関しては若干フレーバーっぽい面もあります。特に身体能力。いや、黒乃とか寧々とか一見それっぽくない面々がAなのはまあいいにしても、王馬がアレでAって……って感じがあるので。Aよりも上っちゃあ上だけど、決定的な差とかはないもんくらいで考えといてください。
《魔翔刃》に関しては、斬撃の『幅』を調整することは不可能です。ただし、力の篭めようや消費した魔力量によって大きさや速度、威力を変えることは可能です。


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邪眼の力とかOLとかなんとか

多々良ちゃん原作キャラでも5指に入るくらい好き
魔人でもないのにオル=ゴールを半殺しにした先生みたいに格上相手でもワンチャン狙える能力持ちだからもっと出番増えろ(真顔)


どんよりとした空気が漂う部屋の中。
ビジテスホテルのような間取りに設置されたベッドに寝転びながら、俺はなんとなしに固有霊装(デバイス)を顕現させ、じっと見つめた。ただ意味もなく、静かに。

数十秒程《悠天》を眺めていたが唐突に、コンコン、と扉をノックする音が耳朶を打つ。
手に持つ《悠天》を消失させ、簡潔に「入っていいぞ」と音を発した主へと返す。誰が来るかは分かりきっていた。

扉の向こうからは俺の予想通り、背筋が凍えそうなほど威圧的な風貌を誇る和装の大男―――《風の剣帝》こと黒鉄王馬が入室してきた。


「準備は整っているか?」
「ああ……持ってく物も特にないしな。つーかなんで出発が急に早まったんだ?」
「俺が知るか」
「だろうな…」


東京都内にひっそりと隠れ存在している暁学園の校舎にて、俺と王馬は事務的で短いやり取りを交わす。
俺はやや気怠げに体を起こし、鍵もかけずに部屋を後にして、人気の感じられない通路を二人で歩き始めた。


「つうか王馬。お前こそ何も持ってないように見えるけど」
「これから俺たちが行うのは純然たる闘争だ。物見遊山でもあるまいに、己が身以外に必要なものはないだろう」
「遠足気分で色々持ち込もうとしてた奴もいた気がするけどな……誰とは言わんが」


微妙にどうでもいいことかもしれないが、黒鉄は黒鉄(弟)との差別化の為に王馬呼びに変えた。
え?もう一人黒鉄がいるだろうって?その時は(弟)の方を一輝と呼べばいいだけの話よ。

それからは暫くの間無言で歩き続けていたが、廊下を進む途中、コルデーを引き連れた風祭がタイミング良く部屋から出てきているのを見かけた。
風祭は初めて見たときと変わらず、今日も今日とてピンクの派手派手ドレスを装着である。あの年であんなの着るとか将来どうなるんですかね。いやむしろ過去の方が気になるか…?というかロリロリしい見た目をしていた為なんとなく失念しかけていたが、こいつ別に俺とそう年変わらないんだった。どっちにしろやっぱり心配だけども。

俺は風祭の将来に想いを馳せる。主に黒歴史的な意味で。願わくば早く卒業して欲しいものだが、一度心を奪われたが最後、あれは一種の麻薬にも等しい魅力を放っている。いや、ヤバイという自覚を持ち辛い分麻薬よりも危険かもしれない。主人の将来を案じるならメイドさんも止めて差し上げろ。
しかし当の本人は俺の心配などどこ吹く風で、厨二キャラロールを隠す気もなく()り続けるのだった。


「フッ……全くもって鬱陶しい『太陽の極光(プロミネンス)』だな。つい先刻まで夢想世界(イマジンワールド)にて暗躍していた我には、表の世界の光は眩しくて叶わんわ。貴様らもそうは思わんか?」
「『おはよー。さっきまで夢見てたわたしには日光が眩しくてきついなー。2人はどう?』とお嬢様は仰っております」
「今はもう昼だぞ寝坊助が、と良誠は申しております」
「……口を謹め脆弱な人間よ。如何に貴様がかの《世界を斬り立つ者(ワールドブレイカー)》とて、我が邪神呪縛法にかかれば水面に映る泡沫のように脆く消え去る事となるぞ…!」
「『う、うるさい! それ以上言うと私の伐刀絶技でボコボコにしちゃうぞ!』とお嬢様は仰っております」
「なあ、寝起きが辛いとか言ってる割にそのテンションは辛くないのか? 俺はもう疲れたぞ」
「フゥーハハハ! 我が玉音は貴様ら如きには過ぎたものだったようだな! 我が言霊に秘められし邪気が貴様らの魂を汚染しているのだろうよ!」
「…………」


あれか?中二病は伝染する的な?
いや、もう面倒くさいし取り合わないけどな。
常に仏頂面の王馬だって、心なしか視線が30度くらい下がっている気がする。


「して、貴様ら二人揃って何処へ往く? 特に《風の剣帝》は誰かとつるむような性格でもあるまいに」
「え、いや……もうここ出る時間じゃん。予定より若干早く出ることになったって連絡来ただろ?」
「……………………しゃるろっと?」
「申し訳ありませんお嬢様。お嬢様の天使のような寝顔を拝見していましたので、他の全ては瑣末事と切り捨てておりました」
「そ、そういうことは早く言ってよぉ!」


先ほどまでの不遜な態度から一転、年齢相応の慌てぶりと涙目を発揮しながら風祭は部屋へと戻っていった。そっちのキャラのが万人受けすると思うぞ俺は。
……ていうか、あのメイドさんキマシタワーだったのかよ……これはいよいよもって常識人ポジが俺しかいなくなってきたな。


「………下らん奴らだ。行くぞ」
「おう……」


俺と王馬は再び歩みを進めた。

今日は『計画』の実行日―――総理が率いし国立の魔導騎士養成学校、『暁学園』の存在が白日の下に晒される日だ。



〜〜〜〜〜〜



「……………」
「……………」
「……………」
「……………」


破軍学園の生徒達が乗車するバスをめがけ、俺は暁学園が用意した車に揺られていた。
ここで突然だが搭乗者紹介。
運転手の誰か。総理が用意した暁学園の職員。
助手席に王馬。
後部座席に俺と多々良。
いや、いかんでしょ。
別に和気藹々とした雰囲気を期待していたわけじゃないが、この人選は流石に空気が重過ぎるぜおいィ……

長いこと肌を刺すような沈黙が車内を埋め尽くしていたが、唐突に終始不機嫌そうにしていた多々良が言葉を零した。


「あーあァ、クソダリィったらありゃしねえ。こうして敵地に足向けてるっつーのに、向こうに行ってやる事はテメェらのお守りとはな」
「お前戦闘狂キャラだったりしたっけ?」
「別に戦うのが好きなわけじゃねーよ。ストレス発散にいくらか殺したいだけだ」


ヒエッ……
ていうかストレスフリーっぽい粗暴な性格してらっしゃるのに、そんなストレス溜まるのかこいつ。
《解放軍》からの派遣社員なりに辛い事でもあるのだろうか。
OL多々良……人間関係に苦しんだり将来の展望に不安を覚える多々良とかちょっと想像できませんね。


「ま、テメェらが無様にも失敗してくれりゃあアタイらの出番もあるんだがな? ケケケ」
「お前なあ…」
「……で、実際のところどうなんだ? 随分な大見得切ってたがよ。《紅蓮の皇女》はそこのデカブツが引き受けるにしても、それ除く全員相手取って勝つ見込みはあんのか?」
「え、何。まさか多々良が俺の心配を…?」
「だぁれがテメェの心配なんざするかボケ。お前らがどこで死のうがどうだっていいがな、突っ走った挙句討ち死にしてこっちの評価まで下げられんのは堪ったもんじゃねえ。アタイはプロとして仕事で来てる。無能な味方に足を引っ張られるのは御免だぜ」
「……つかぬ事をお聞きしますが、それを今この状況で言うのは遅すぎやしませんかね。不服があったなら作戦立案の時に言えよ」
「もちろん総理(クライアント)に言ってやったさ。だからアタイら待機組も各々自分の判断で動いていいとのお達しが来てる。だったら初めから全員でかかれよって話だがな……他人に気を遣うとか、いつからこの集まりは仲良しこよしのお友達グループになったんだか」
「……まあ、その辺の我儘を勝手に通そうとしたのは悪かったと思ってる。で、何でよりにもよってお前がそういう質問をしたのが気になったんだけど」
「んなもん決まってんだろ。あんだけ全員の前で大口叩いてた奴がボロ負けしたら最ッ高に面白いショーになるだろォ? だからどの程度まで粘れそうか、事前に聞いておいたほうがより楽しくなりそうだからな。介入するタイミングも測りやすくなるし、まさに一石二鳥ってわけだ」
「…………」


多々良は言動こそ傲岸かつ居丈高だが、裏の世界出身とだけあって常人離れしたシビアな視点を持つ。まあ、若干慢心が見え隠れしてる気がしなくもないが……とにかく、その多々良にしてみればあの質あの量の伐刀者を俺が捌き切れるとは思ってないらしい。
副会長である禊祓を除く生徒会メンバー、本選出場者でもある葉暮姉妹、そして《落第騎士(ワーストワン)》改め《無冠の剣王(アナザーワン)》こと黒鉄一輝。確かに錚々たる面々だ。全員がCクラス以上の魔導騎士で構成されている上、黒鉄は実質Aランク相当の実力者と言ってもいい。
仮に王馬がしくじれば、更にこれにステラ・ヴァーミリオンが加わる。
まあ、多々良であっても逃げ出すな。というか精鋭を揃えた暁学園でも、このメンツに真っ向から相対できるのは王馬と天音くらいか。天音は規格外の魔力量を誇るヴァーミリオンがいたらちょっと微妙な気もするが。
因果系能力者みたいな不思議パワーを扱う系が、純粋に強い系の奴に弱いのは自然界の摂理なのです。


「フン……《解放軍》の凶手というのも存外節穴だな。目の前にいる男の力量すら測れんか」
「あンだと?」


しかしここで、意外な男が口を挟む。
置物のように1人沈黙を決め込んでいた王馬が、俺と多々良の会話に突如割り込んできたのだ。


「テメェはこいつが1人であの面々相手に勝てると思ってるってか? 皇女サマにお熱だからって周りを過小評価し過ぎじゃねェのかよ」
「だから節穴だと言っている。過小評価をしているのは貴様の方だ、《不転》。貴剣(その男)に対してな。……第一、貴様はそこの男が勝算もなしに敵陣に突っ込むような考えなしに見えるか? 本気でそう思っているならば貴様の目は節穴どころか伽藍だが」
「言うじゃねェの……後で吠え面かくんじゃねーぞ」


なんか謎のバトルが始まった。
ていうか本人がいる場所でこいつは強い弱いだのの話しされるとかすっごいむず痒いんですけどお。


「……皆様方、そろそろ到着致しますので……」


車内の雰囲気が極寒を超えて永久凍土にまで至ったが、勇気を振り絞った運転手が震える声で暗に「それ以上はやめろ(真顔)」と促した。
運転手君、この空気の中で言葉を切り出せた君はすごいと思うよ。

車は人気の少ない地帯に入り込み、大きめな掘建小屋のような場所に停車する。小学校4年生辺りの宿泊学習で利用しそうなボロっちい施設だ。といっても粗末なのは見た目だけで、内装は結構綺麗に設備が充実されているらしいけど。
ここで降りるのは多々良だけであり、俺や王馬が降りるのはもう少し先。ここは今日、暁学園の『待機組』が居座る為の根城である。

車が止まると、清々したかのような表情で多々良は車内から飛び降りていき、俺と王馬に向けて捨て言葉を投げかけた。


「テメェら散々アタイに楯突いてくれやがったからな……助力が欲しくなったら土下座の一つくらいでもして貰わなきゃなァ」
(俺何も言ってないんだけど)


ケケケ、と残忍な笑みを浮かばせながら多々良は施設へと入っていった。
多々良(あいつ)の言葉ってなんか節々から三下感滲み出てるよなあ、と今更ながらに俺は感じた。
いやまあ、そういう態度を取らせるだけの力はあるっちゃああるんだろうが……けど流石に王馬相手だと見劣りするのは否めないぞ多々良!
これがOL(多々良)特有の人間関係の辛さなのかもしれない。


(………下らねーこと考えてないで意識を切り替えるか)


いつまでもこんなおちゃらけ気分じゃダメだと自分を叱咤する。
何せ、あと1時間もしないうちに俺は……よく知る奴らと矛を交えなければならないのだから。



王馬から良誠への評価は、《夜叉姫》や《闘神》レベルで強いかもしれない、というくらいには高いです。


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トラップカードオープン!

「黒鉄王馬と貴剣良誠だな? 私はヴァレンシュタイン。《解放軍》の《十二使徒(ナンバーズ)》であり、今は月影獏牙総理大臣が設立した《国立暁学園》の教員だ」
「どうも」


『待機組』の仮宿より車を走らせること約10分。予め決められていた襲撃開始予定地点に良誠と王馬は車から降ろされ、ヴァレンシュタインと名乗る壮年の男性と合流していた。
王馬にも引けを取らない威圧感を発しながら、彼はこの2人が本当に『黒鉄王馬』と『貴剣良誠』なのかという確認作業を行う。
幾つかの質疑応答を終え、彼らは互いに目の前の人物が本物だと認識した。


「バスの位置は既に捕捉している。今我らが立っている地点からバスが見えるようになるまで大凡30分。それまでに準備を整えておけ」
「はい」
(生返事でいいからなんか喋れよ王馬(こいつ)……何で俺が橋渡し役みたいになってんだ)


良誠は良くも悪くも揺らがない隣人の態度に辟易しつつ、周りの状況を見遣る。
視界に入るのは踏みならされて固まった土の床と、所々に点在している見るも悲しい背の低い禿山くらいだ。家一つどころか人っ子一人見つからないど田舎である。
ここは合同合宿地である山形からは大分離れた場所にあり、戦闘に反応して向こうの人材がこちらまで赴いてくることはまずない。
ここならば邪魔が入る心配も、他者に一部始終を見られる心配もほぼ0。襲撃するにはうってつけの場所と言えた。


「《黒の凶手》―――有栖院凪は私の方で処理する。予言を裏切りこちらに手を貸すならばよし。そうでなければ……『待機組』も滞在している仮校舎へと連行した後、私自ら制裁を行う。それ以降は私が関与することはおそらくない。そちらに救援を送るとしても、お前たちと同じ生徒の誰かだと思え」
「分かりました。初動はどういった風に動けば?」
「特別なことをする必要はない。我々の認識できる地点にバスが着いた瞬間、殺気をぶつければいいだけだ。それを気取れない程レベルの低い相手でもないだろうからな」
「奇襲とかしなくていいんですか?」
「月影総理は正々堂々と打倒することを望んでいる。連盟側に、暁学園が大会に参戦できなくなるような余計な言い分を与えたくないのだろう」


当然のことながら、奇襲という卑怯な戦法で敵を倒すよりも、真正面から小細工を弄さず堂々と捻り潰した方が見なされる危険度は高くなる。
連盟を挑発しヘイトを集めることで大会参加への切符を確実に得たい月影としては、奇襲という手段はなるべく取りたくないというのが本音だ。

その言葉に了解です、と一言返答し、良誠はヴァレンシュタインの元から離れる。
戦闘をするに当たっての下見でもしているのか、キョロキョロと忙しなく周辺を見回す良誠に、ヴァレンシュタインはジッと視線を注いだ。
その一挙一動を観察するかのように。


(こうして見る分には一般人と変わらんな)


幾度も死線を潜り抜けてきた豪傑のみが発する堂々たる強者の威風。
王馬やヴァレンシュタインが確かに持つそれを、ヴァレンシュタインは良誠からまったく感じ取ることができなかった。
遠くから眺めるだけでは隙だらけ。近くに寄っても脅威など感じ得ない。一流の戦士ならば誰もが備えている『常在戦場』の心得などとは、かけ離れているようにヴァレンシュタインには思えた。


(が―――もしこの瞬間、私が奴に斬りかかればどうなるか)


振るえば最強の矛となり、纏えば不落の盾となるヴァレンシュタインの伐刀絶技。
《隻腕の剣聖》の異名に恥じぬ反則染みたその異能を存分に活用し、《絶圏》に挑みかかれば―――


(……ダメだな。『何故か』奴が倒れるビジョンが浮かばない)


それは根拠などないただの経験則からくる漠然とした予感であったが、いざ実行してみたところで変わりはないだろうとヴァレンシュタインは判断する。
常識に当てはめて考えれば、貴剣良誠という男のスペックではヴァレンシュタインを打倒することはまず不可能。いかな威力や速度を誇ろうと物理攻撃は無効化され、頼みの綱である伐刀絶技も平たく言えばただの斬撃。ヴァレンシュタインの能力で簡単に無効化できる。
―――しかし、ヴァレンシュタインの中に在る戦闘者としての勘は、目の前の男と鎬を削ることを拒絶していた。


(なるほど……所詮は未熟な学生騎士達の戯言(たわごと)だと思っていたが、不気味がられるのも納得だ。《絶圏》―――その身に秘めし力は如何程のものか)


良誠の風聞は、計画を担う者の一人としてヴァレンシュタインの耳にも入っている。
眉唾かガキ特有の誇張表現だと思い込んでいたが、こうしていざ実物を見れば納得だ。強さを感じさせない強者ほど恐ろしいものはないだろう。
剛直な瞳を携えた《解放軍》の幹部は、余りにも異質な眼前の少年を険しく見据えた。


(貴剣良誠よ。貴様はこの欺瞞が満ちた世界に何を想う?)



〜〜〜〜〜〜



すっかり空も橙色に染まり出した頃。
団長である一輝を始めとした破軍の七星剣武祭代表選手達と、その補助役として同伴した生徒会メンバーを乗せたバスは、十日間に渡る合宿の帰路についていた。


「おらー! 隠し持ったその贅肉をとっとと見せやがれー!」
「ちょ、や、やめてって……ぬ、ぬがー!」
「反抗する気なの! そっちがその気ならこっちも実力行使なの……っ!」
(はあ…………)


ステラと葉暮姉妹が繰り広げる姦しい女同士の争いを尻目に、アリスは陰鬱なため息を放つ。普段のアリスならば微笑交じりにコメントの一つでもしそうな光景だが、今の彼にはそうさせるだけの余裕がなかったのだ。
気疲れしているようなアリスの様子に、一輝は珍しそうに目を丸くしながら話しかける。


「なんだか初めて見た気がするよ。アリスがため息なんてついてるところ」
「あら? そうだったかしら? 特に意識しているつもりはなかったけれど。柄にもなく長旅の疲れでも出たかしらね……頑張ってる一輝たちの横で、ノンビリしてただけのあたしが何言ってんだって思うかもしれないけど」
「そんなことは思わないよ。見知らぬ地で見知らぬ人と10日も過ごせば疲れるのは当たり前さ。かくいう僕だって結構ヘトヘトだしね」
「そんな風には見えないけど……やっぱりわたしとは鍛え方が違うわね。流石《無冠の剣王(アナザーワン)》ってとこかしら」
「ははは……なんだか僕には過ぎた二つ名な気がしてちょっと気恥ずかしいけどね」
「……でも、やっぱり貴剣先輩が合宿に参加しなかったのは残念だったかしら? なんだか合宿中も物足りなさそうな顔してたけれど」


僅かながらも弱みを見せてしまったことを悔いつつも、即座に話を別方向へと誘導するアリス。
この辺りの機転の速さは流石というべきか。


「……流石アリス、よく見てるね。南郷先生のような偉大なお人と立ち会えたのは感激だったけど……あくまで僕個人の感情としては、貴剣先輩と一度刃を交えてみたかったんだ」


まあ仮に合宿に来てたとしても、手合わせを了承してくれたかどうかは微妙だけどね―――と一輝は小さく言葉を零し、苦笑いを作り上げる。

その後も世間話をいつものように平然としつつも、アリスの胸中では不安がぐるぐると渦巻いていた。


(もう少し……もう少しで、全てを打ち明けなくちゃならない……)


何もかもを失ったあの日から。
世界全てが馬鹿らしくなり、ただ絶対的な力のみを求め世界の裏側へと足を踏み入れたあの日から。
《黒の凶手》として磨いた技術で《解放軍》に貢献していた自分の半生を、アリスは今自分自身で台無しにしようとしていた。

愛することの虚しさ、信じることの脆さを知ったアリスがなぜ、《解放軍》を裏切ろうと目論んでいるのか。
それは(ひとえ)に黒鉄珠雫という存在が、アリスの側に在ったからだ。
どんな苦境や不条理にも折れることなく、ただ一心に一人の男に愛を向ける儚げな少女に、アリスは感化された。
地獄にいて尚、自分にとって大切なことを貫く精神を損なわない珠雫の尊いその姿に、アリスという人間の胸に巣食う邪な感情は浄化されてしまったのだ。
珠雫を裏切りたくない。珠雫から『奪う側』の人間になりたくない。
言葉にしてみればたったそれだけのことで、アリスは《解放軍》に反旗を翻すことを決めたのだ。


(大丈夫、きっと成功するわ……)


自らの不安を取り払うようにしてアリスは内心で呟く。
《暁学園》の所属メンバーの詳細こそ掴めなかったが、アリスの伐刀絶技である《日陰道(シャドウウォーク)》は不意打ちに適した異能。アリス本人も、過去に何人もの手練れを抵抗させる間も無く暗殺してきた優秀な使い手だ。

―――失敗は許されない。必ずや成功させる。


(問題は、皆がわたしを信用してくれるかどうかだけど……)


自分の提案を持ちかけた時、それを取るか取らないかの最終的な判断を下すのは、恐らくは団長である一輝か、実戦経験が最も豊富な刀華になる。
その点については、アリスはもう彼らを信頼することしかできない。国際的テロリストの一員である自分を今更信じろなどとは口が裂けても言えないが、その時ばかりは信用して貰う他ないのだ。スパイとして潜入しておきながら、なんとも都合のいい言い分だとはアリス本人も理解しているが。


(……珠雫。私はあなたを絶対に―――)


アリスが改めて悲壮な決意を胸に宿した―――その時だった。

前触れもなく、()()()()()()()()()


「ッ⁉︎」
「なっ、今のは……⁉︎」


思わずアリスと一輝が声を上げる。
実のところ、バスは揺れてなどいない。
ただ、()()()()()()()()()()()()かのように錯覚するほどの濃密な殺気。それにアリスや一輝は当てられたのだ。
この異常事態に他の面々も反応し、現状把握に努めようと各々行動を開始―――する前に、分かりやすく状況が変動した。

普段は僧坊のように冷静沈着な砕城が珍しく、声を荒げながらフロントガラスの先を指差したのだ。


「ッ、会長! アレを……!!」
「あれは―――黒鉄王馬さん……と、貴剣君……⁉︎」
「兄さんが⁉︎」
(―――嘘でしょ、まだ破軍学園からは遠いはず……ッ)


この状況はアリスが聞かされていた事前の計画とは何もかもが違う。
人員は何故か()()()()いないし、第一ここは破軍学園からは遠く離れて―――


「―――! みんなっ、伏せろおおおおぉぉぉっっっ!!!!」


アリスの思考を打ち切るように、一輝の怒号がバスの中に響いた。反射的にアリスはその声に従うように床に伏せる。
そして今度は錯覚や幻視ではなく、本当にバスに大きく異変が生じた。
一輝達が乗車していた大型バスの天井部分が、斬撃によって丸ごと水平に切り取られたのだ。


「きゃああああああっっっ!!!!」
「くっ、一体何が……!!」


切り離された部分の車体は衝撃によってずり落ち、空から降り注がれる夕日を遮るものがバスから消え去った。
悲鳴や困惑の声が響く中、アリスはこの惨状にどう対応するか、頭を巡らせ―――


「―――作戦変更だアリス。襲撃は今ここで行う。貴様の能力でそいつらを捕獲しろ」
「………な」


今、アリスが最も聞きたくないであろう人物の声が、アリスの頭を揺さぶった。どこから現れたのか、その人物は冷え冷えとした声音でアリスに言葉をかける。
真っ青な顔でアリスが声のした方を振り向けば、そこには。


「ヴァレンシュタイン、()()………」
「ほう? 私を先生と呼ぶ気はあるのだな。安心したぞアリス……さあ、《黒い茨(ブラックソニア)》よ。今こそ貴様の力を振るう時だ! ―――《解放軍(リベリオン)》の使徒としてな!」
「………っ!」
「アリス………?」


怒涛の展開に固まる一同。
疑念の篭った眼差しを向けてくる珠雫の視線に心臓を爆発的に鼓動させながら、アリスは血が流れそうになるほど強く歯噛みした。

―――バレている。

余りにも的確すぎるタイミングと人選。そしてヴァレンシュタインの言動。
間違いなく、自分の謀りが事前に察知されていたことをアリスは悟った。他人に裏切りの計画を漏らしたことはないが、()()()()伐刀絶技が存在するならばそれで片付いてしまう程度の企みだ。

アリスはヴァレンシュタインの実力をよく知っている。自分に暗殺者としての手解きをしたのは他でもないこの男だからだ。
その力を鑑みるに、この状況はかなり致命的。
なにせ眼前の化け物は、ここにいる戦力を結集しても勝てるかどうかわからない相手……!

その上、実力者である一輝やステラ、刀華は王馬と良誠の存在に釘付けにされているのか動けない。
なんという袋小路。


(わたしが……なんとかするしかない。コイツらの好きにさせる訳にはいかない……!)


元はと言えば自分が蒔いた種だ。
アリスは覚悟を決め、《黒き隠者(ダークネスハーミット)》を顕現する。
ヴァレンシュタインとマトモにやりあっても勝機はない。距離が近い今の内に、奇襲気味に拘束するしか―――


「残念だ」
「―――カハッ……!」


そんなアリスの僅かな希望を、《隻腕の剣聖》は呆気なく砕く。アリスがダガーを放つ前に、その豪腕を振るい《幻想形態》の大剣でアリスの意識を刈り取った。
まるでアリスの行動を予期していたかのように。


「本当に残念だアリス。アレほど目をかけてやったというのに……下らん情にでも絆されおったか……ッ!!」


バタりと倒れこんだアリスを担ぐと、憤怒の形相を浮かべたヴァレンシュタインはそのままその場から立ち去ろうと背を向ける。

―――その背中に向けて、手加減一切なしで無数の水の刃が襲いかかった。


「話は後で聞くわ。貴方を気絶させた後でね」


水刃を放ったのは聞くまでもなく珠雫である。アリスが気絶させられるや否や、疑念や疑問を全て無視し彼を助けるために動いたのだ。
ヴァレンシュタインは背を向けているため完全な状態での不意打ち。距離が近いこともあって回避は不可能。
人間一人相手には過剰ともいえる鋭利な水流の凶刃は、ヴァレンシュタインの背中を深々と切り裂く―――ことはなかった。

珠雫が放った三日月型の水の刃は接触した瞬間、まるでヴァレンシュタインの肌にスリップしたかのように()()()のだ。


「なっ⁉︎」
「いい性格をしているな小娘。が、今は相手をしている暇はない。貴様らの相手はあの2人だ。―――精々、足掻いてみせろ」
「くっ……待ちなさい!」
「珠雫!」


バスから飛び降り何処かへ向かうヴァレンシュタインと、それを追う珠雫。
これには思わず、前に立つ怪物2人に集中していた一輝もそちらへ意識を向けてしまう。
そんな一輝に声をかけたのは刀華だった。


「黒鉄君。妹さんを追ってあげてください」
「東堂さんっ……けど、あの2人は……!」
「大丈夫よイッキ。どういうつもりか分からないけど、あいつらはあたしが纏めて焼き払ってやるからっ!」
「あの2人は私たちでなんとかします。……有栖院さんのことは分かりませんが、少なくとも珠雫さんをこのまま追わせるのは危険です。向かった先にいるのがさっきの男1人だとしても、珠雫さんだけでは()()()()()も起こりうるかもしれません」


特別召集によって何度も現場に出たことのある刀華だから理解した。
―――ヴァレンシュタインが、血と死体の中で生きてきた凄烈な人間だということを。そしてその事実を裏付ける、圧倒的なまでの実力をも。
まず間違いなく、女子供だからと言って手加減などする手合いではない。


「……分かりました。皆さん、後はお願いします!」


数瞬の間逡巡していた一輝だが、迷いを振り払い珠雫を追うことを決めてバスから飛び出る。


「……黒鉄が逃げたな。どうするか」
「追う必要もあるまい。今、(愚弟)が向かう場所には()()がいる」
「あー……そういやそんなこと言ってたか。ま、取り敢えず―――アイツらを倒してから考えればいいな」


視線のみで刀華達を縫い止めていた《絶圏》と《風の剣帝》が固有霊装(デバイス)を顕現させる。

破軍学園と暁学園。
前哨戦にしては早すぎるぶつかり合いが今始まろうとしていた。



※この時点では良誠とエーデルワイスに接触はありません。

ふと思ったけど、先生の能力で幻想形態って無効化できなかったりするのだろうか。摩擦0にした場合幻想形態のデバイスの判定はどうなるんや……
……もしできなかったらその時は独自設定ってことでオナシャス!


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ロリではなく少し体の小さい人

道中、道化師(ピエロ)の格好をした長身の男や妙ちくりんな喋り方をする眼帯の少女との接触があったが、その2人は暁学園の牙城に乗り込んできた珠雫の足を止めることはなかった。


『先生は有栖院さんに対しての見せしめとして、貴方を甚振りたいようですからねぇ。どうぞ先へ進んでください。……ああ残念。貴方も面白い玩具になりそうな候補の一つであったというのに』


道化師は憎たらしい口調で珠雫にそう言った。残念さを匂わせる言葉の羅列に対し、その覆面の下ではケタケタと珠雫を哄笑しているのが透けて見える。
珠雫にとっては敵の内部事情など知ったことではないし興味もないが、素通りさせてくれるというのならばそれに越したことはない。
フン、と鼻を鳴らしながら道化師の横を通り過ぎ、程なくして珠雫は有栖院への元へと辿り着いた。

―――暁学園の居城では、《深海の魔女(ローレライ)》と《隻腕の剣聖》が。



〜〜〜〜〜〜



「私を相手に、本当に剣を抜く気ですか? 実力差を見抜けないほどの剣士でもないでしょう」
「……確かに、僕が今しようとしているのは無謀な特攻です。それでも―――僕は今、珠雫に()()()()()()。兄として、その努めを果たさないわけには行きませんから……!」


人形のように白く輝く純白。
戦乙女のような装束を身に着けた、両手に対の双剣を下げた天使のような姿形の女性は、《無冠の剣王(アナザーワン)》の前に立ち塞がる。

―――『世界最強』の名に相応しい、圧倒的なまでの剣気を一輝にぶつけながら。

その威圧に思わず一輝は膝を折りそうになる。心が砕けそうになる。手が震え、《陰鉄》を落としそうにすらなった。
全力で脳が警鐘を鳴らしている。
―――この化物と戦えば、ここで死ぬぞと。


「―――《一刀修羅》……ッ!」


その恐れ全てを振り切り、一輝は《一刀修羅》を解き放った。
そして、事もあろうに《比翼》のエーデルワイスに向けて、声高に。命知らずに、自分の決意をただ吠えた。


「僕の最弱(さいきょう)を以て、貴女の最強を食い止める! ―――勝負です、エーデルワイスさん!」


―――暁学園前の開けた更地では、《無冠の剣王》と《比翼》が。



〜〜〜〜〜〜



そしてこの地では―――

一輝が珠雫を追いかけにこの場を去った直後、刀華やステラを始めとした面々はバスから即座に飛び降り、敵対的な瞳を王馬と良誠に向けた。

焦りを滲ませながら、刀華は良誠を問い質そうと声を荒げる。


「貴剣君……何故こんなことを? 先程の異様な出で立ちの男といい、冗談では済みませんよ……!」
「………。こっちにも色々と事情があるんでな。恨むなとは言わないが、ここで倒れて貰うぞ」
「……会長。話し合いは無駄なようです」


苦々しげな顔をしながら、これ以上の問答は無意味だと生徒会の面々は各々の得物を呼び出す。葉暮姉妹も、やや怯えた表情を見せながらいつでも応戦できるように構え出した。
緊迫した状況。
まさに一触即発の状態であり、誰か一人が動き出せばそこから鮮血の飛沫が舞うこととなるだろう。

―――そんな火花を散らし敵対する彼らを、意にも留めない人物が2人。
《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンと《風の剣帝》黒鉄王馬は、それぞれ目の前の好敵手(ライバル)のことしかその瞳に映していない。

質量として押しかかりそうなほどの重圧感を感じさせる王馬を前に、ステラは内心で舌を巻く。


(なんてプレッシャー……! まるで巨大な山そのものを前にしているみたい。イッキが言ってたこともあながち間違いじゃなさそうね……!)


王馬の弟である黒鉄一輝曰く、王馬は12歳の時にはもう当時の《七星剣王》を超える実力を有していたかもしれないという。
自分と同じ学生Aランク騎士とはいえ、その過剰ともとれる評価にはやや疑念が募っていたが―――いざ本人と向き合ってみれば、一輝の持ち上げようも納得だ。

―――《風の剣帝》黒鉄王馬は、強い!


「《風の剣帝》! 随分とアタシのことが気になってるみたいね! お望みどおり、真正面から叩き潰してやるわ!」


燐光を髪から散らしながら、ステラは《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を取り出す。
そしてそのまま、ステラは剣を大きく天に掲げ―――燃え猛る灼熱の業火を《妃竜の罪剣》に纏わせた。
その刀身は数十メートルにも渡るほど。これはステラの最強の伐刀絶技である《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》だ。
初手全力。王馬の力量が測れないため、出し惜しみはなく本気で戦うというステラの決意の表れである。
身が竦むような極炎の大剣を前にした王馬は―――


「ふ―――言われずとも、初めから俺の眼中にあるのはお前だけだ。簡単に倒れてくれるなよ……!」


僅かなりとも怯えを見せず―――寧ろ好戦的な表情で、彼もまた自らの持つ最強の伐刀絶技でステラに応じた。
王馬の固有霊装(デバイス)である、野太刀型の《龍爪》に魔力が収束する。
王馬の力は世界に漂う『風』を操るもの。
その力により生み出されるは、荒れ狂う暴風の大剣。周囲すべてを喰らい尽くし、天地を裂く龍の嵐爪―――


「《月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)》」


双方、優に50メートルを超える規格外の大魔術の顕現が成された。互いにとっては既に数十メートル程度の隔たりなど問題になりはしない。
―――示し合わせたかのように、光熱の剣と暴風の剣はほぼ同時に振り下ろされた。


「きゃあああああっ!」
「なんというっ……!」


瞬間、莫大な魔力のぶつかり合いは波紋となって世界を揺らし、その場にいた全員の体をビリビリと震わせた。この衝突の前では、伐刀者と言えど魔力を使いガードしながらでなければとても立っていられない。並の騎士では目を開けることすら叶わないだろう。

互いに互いを削り合い、周囲に炎と風を放射しながら衝突する2つの大剣。
拮抗しているかのように見えるこの勝負。
だが―――


「な……う、くうっ……⁉︎」


徐々に―――だが確実に、ステラの方が押され始めた。
今まで力勝負では負け知らずだったステラの額に嫌な汗が滲む。《妃竜の罪剣》を纏う光焔は少しずつ剥がれ落ちていき、ステラ自身も暴風に押され、体をどんどんと後退させていった。


(何よこの力……! や、ば―――)


絶対絶命の窮地に陥るステラ。
彼女がここから《月輪割り断つ天龍の大爪》を回避する手段はない。打ち破ることは言わずもがな、躱そうとしてもその前に風の刃がステラのことをズタズタに引き裂くだろう。
打つ手なし。真綿で首を締めるかのように、ジリジリと均衡は破られていく。
―――そしてとうとう《天壌焼き焦がす竜王の焔》は破られ、《紅蓮の皇女》と《風の剣帝》の雌雄は決した。


「――――――《疾風迅雷》―――!」


しかしその刹那。
稲妻が如き俊敏さにて、東堂刀華が2人の間に割って入った。嵐の奔流に押し潰される寸前のステラを抱え、《月輪割り断つ天龍の大爪》の射程範囲から一瞬で離脱を図ったのだ。
空振った暴風の剣は、一瞬刀華とステラの視界を砂煙で封じながら地面に叩きつけられ、霧散した。


「…た、助かったわトー―――カッ…⁉︎」
「……すいませんステラさん」


ステラが謝辞を述べる前に、刀華は雷撃をステラに叩き込み強制的に気絶させた。
口答えをする暇もなく、ブレーカーを落としたようにステラの意識が途絶える。

合宿中、ステラは幾度にも渡り刀華に決闘を挑んでいた。来る七星剣武祭に向けて、自信をつけて臨むために。
ステラの目標は《雷切》相手に勝ち越すことだったが―――結果は、ステラの一勝五敗。
相手が相手だ。決してステラが不甲斐ないというわけではないが、今この時点ではステラが刀華に劣るのは厳然たる事実である。
そして、刀華は直感していた。
そんな今のステラでは、《風の剣帝》相手に勝つことは不可能だと。


(……ハッキリ言って今のこの状況、勝って切り抜けることはほぼ不可能に近い。黒鉄王馬に貴剣君……どちらか片方だけでも、私たちの手には余す怪物です)


故に、今大事なのは七星剣武祭出場者を逃がすこと。わざわざこんなタイミングを狙って襲撃してきた以上、標的は十中八九代表メンバーだと予測できる。
倒した後で何をする気なのかは判らないが、こんな強硬な手段を取ってきた以上、ロクでもないことなのは間違いない。その目論見は阻止しなければならないことだ。
体を張るのは生徒会(自分達)の役目だと、刀華は率先してその役を引き受けようと決意する。


「桔梗さん! 牡丹さん! ステラさんを連れて逃げ―――」


ステラと同じく、代表メンバーである葉暮姉妹に刀華は叫ぼうとし―――


「え――――――」


いつの間にか、()()()地に伏せる葉暮姉妹の姿が見え―――
そして既に、今この場に立っている破軍学園の戦力が自分だけであるということを、刀華は理解させられた。



〜〜〜〜〜〜



「かあああああっっ――――――!!」
「《マッハグリード》!」


刀華がステラの救出に赴こうとした瞬間のことだった。
アイコンタクトで砕城と兎丸は刀華の言わんとしていることを理解し、斬馬剣とナックルダスター―――それぞれの固有霊装を手に持ち良誠へと挑みかかる。

狙いは、刀華への邪魔立てを止めること。
刀華が《疾風迅雷》を使用し、ステラを助け出せるまでの一秒を稼ぐことが、今自分達のやるべきことだと理解しての急襲。
固い絆で結ばれた彼らだからこそ迅速に取れた行動だった。

《斬撃重量の累積》である《クレッシェンドアックス》。
《速度の累積》である《ブラックバード》。
破軍学園きっての精鋭である2人の異能が発揮される。
tを優に超える大重量の一撃と、マッハの領域にまで立ち入った拳撃が良誠を襲った。


「《魔翔刃(スパーダ)》」


それに対し焦りなど微塵も見せず、良誠は小さく呟くことしかしなかった。
前触れなく後ろを振り返った良誠は、狙い(ターゲット)を付けられぬよう縦横無尽に空間を駆けていた兎丸に向け《魔翔刃》を撃ち放つ。
―――そして寸分の狂いもなく、《幻想形態》の魔力の刃が兎丸を切り裂いた。
良誠といえど、流石に兎丸のことを目で追えていた訳ではない。
が、()()()()()その辺にいるだろうと当たりをつけて、雑に放った《魔翔刃》が命中しただけのことである。

達人レベルの剣客ならば、その間合いの空間察知能力たるや結界とまで謳われるほどのものとなる。
不可視や超速ですらその領域の中では必ず第六感が感知し、対応できるとまで言わしめる間合いの支配―――良誠はそれの範囲が、一輝や刀華などといった一流の剣客と比較しても、1()0()()ほど広かったというだけの話だ。


「隙ありいぃぃっ!!!」


良誠が兎丸の方へ視線を向けたその隙を見逃さず、砕城は大きく斬馬刀を振りかぶる。
その威力たるや、剣を振り回すだけで風を切る音が数十メートル先にまで届きそうな勢いだ。
無防備な状態で喰らえば致命傷は免れない。《幻想形態》故に気絶で済むが、戦闘不能になるという意味では致命的ということに変わりはないだろう。

尤も―――当たればの話だが。


「何―――ッ⁉︎」


ブオンッと豪快な音を切り振り下げられた斬馬刀。
結論から言えばその剛剣は、『動いていない』良誠に躱された。道理から逸れたこの結果に、思わず砕城は目を剥く。
厳密に言えば、砕城にとっては認識でないほどの微細な動きを良誠はしていたのだが―――常識に沿って考えればあり得ないという意味では、大して違いはないだろう。

良誠がその事実を知っていて実行したわけではない。
しかしこの技術は奇しくも、《最後の侍(ラストサムライ)》である綾辻海斗が積年の修練の末に編み出した究極技巧―――《天衣無縫》そのものだった。
綾辻の剣も、黒鉄一輝と倉敷蔵人の決闘も知らない良誠が本来この技を使うことなどあり得ない。

しかしそんな常識を、『才能』という2文字だけで蹂躙するのが貴剣良誠という存在!

森羅万象に精神を研ぎ澄ませた良誠には、砕城の乱雑な太刀筋など当たるはずもなく。
そのまま《幻想形態》の《悠天》に首を薙がれ、砕城の意識は刈り取られた。

―――しかし、ここまではやられた2人にとっても()()()()の結果といえた。相手は彼らを凌ぐ実力者である刀華ですら、一刀の下に容易く斬り伏せる難敵だ。心底悔しいが、自分達ではその実力に及ばないことは理解している。
そう。彼らにとっての真打ちは、《紅の淑女(シャルラッハフラウ)》こと破軍学園序列第三位の伐刀者―――貴徳原カナタ!


(―――無駄にはしません! お二人の犠牲は!)


砕城と兎丸が倒れた時には既に、カナタは《星屑の剣(ダイヤモンドダスト)》を発動していた。
白のベルラインドレスを着た典雅な立ち振る舞いのカナタに合わせ、桜吹雪のように細かく散った刃の欠片が宙を舞う。
刃の吹雪はカナタの意思に応じて煙のように散開しながら、全てを切り刻む凶悪な兵器として良誠の体を破壊せんと迫り寄った。


(貴剣さんと言えど、身体の中の臓器は無防備なはず……!)


カナタの《星屑の剣》は彼女の武器であるレイピアを細かく数億の数にまで分解し、その小さな刃を意のままに操ることで敵を切り刻むことのできる強力な伐刀絶技である。
外部から集約させた刃をぶつける事で敵の体を直接削ぎ取ることもできるが、この異能の真骨頂は『敵の体内に刃を潜り込ませることができる』というものだ。

どんな超人であろうと体の中に存在する臓物をズタズタにされては倒れる他ない。そして筋肉や骨密度と違い、人間の内部器官を意識して《星屑の剣》すら耐え得るほどに強固に鍛え上げるのは不可能である。その点からすれば、《星屑の剣》という異能は防御不可避の弩級の伐刀絶技とも言えるだろう。

事実、カナタの読みはそこまでズレたものでなかった。なにせ良誠がこの場で最も警戒に値する人物だと判断していたのは、他でもない貴徳原カナタだったのだから。
砕城と兎丸が作り出した一瞬の隙。
その格好のチャンスを逃すことなく、確かにカナタは粒子状の刃を良誠の元へと滑り込ませることに成功した。

―――しかし、あろうことか。
カナタが良誠に向けて放った極小の砂銀は、まるで弾かれるかのようにして良誠の体を逸れていく。


「なっ………⁉︎」


意図せずしてカナタの口から驚愕と疑念の入り混じった悲嘆が漏れる。
カナタには、良誠が何か特別な動きをしたようには見えなかった。砂塵の如く細微化した刃を回避なり防御なりするにしても、何かしらの『行動』がなければそれはなし得ない筈である。
しかし、カナタの目にはコレといった特別な所作は映っていなかった。だからこそ不可解、理解不能。

勿論良誠が何の理由もなしに回避できた訳ではない。
理論としては、先ほど砕城の一撃を回避した《天衣無縫》を降り注ぐ《星屑の剣》に向けて再度行っただけのことであった。
カナタの固有霊装である《フランチェスカ》は魔力で編まれた物質の為、刃の動きそのものを感知するのは然程難しい訳でもない。良誠ほど魔力の扱いに長けた人間ならば、刃の一片一片ですら正確に読み取ることすら可能だろう。
しかし分かっていても、この攻撃を体捌きのみで回避するということが可能だと、自信を持って断じれる人間が果たして世界に何人いるだろうか。
恐らくはこの奥義の開祖である綾辻海斗ですら軽々に頷けはしないであろう所業を―――まるで当然のことのように良誠はやり遂げたのだ。

何故―――という疑問がカナタの脳内を埋め尽くすよりも早く、良誠が放った速度重視の《魔翔刃》が、近くに居た葉暮姉妹ごと彼女の意識を断ち切った。



〜〜〜〜〜〜



「で、《雷切》はお前が相手をするのか?」
「いや、別に王馬(お前)でいいよ。お前のが近いし、流れ的にもそんな感じだし」


どこか緊張味に欠ける会話が刀華の前で繰り広げられる。油断しているかのように見えて、付け入る隙など一分たりとも刀華には見受けられない。

良誠は刀華の相手を王馬に任せ、自分は傍観する立場に徹する事を決める。
下手に共闘すれば、却って味方の技で傷つけ合ってしまうかもしれないという、同士討ち(フレンドリーファイア)を恐れての良誠の判断からの決定だ。
尤も戦いがちんたらと長引くようであれば、介入もやぶさかではないと考えていたが。

気怠げに王馬は《龍爪》の鋒を刀華に向ける。


「《雷切》……まあ、今の《紅蓮の皇女》よりかは貴様の方が幾分かマシか。精々、俺に傷の一つでも付けてみろ」
「……遊ぶなよ。これから黒鉄達も追わなきゃならないんだ。相手が相手だし、もう終わってるかもしれねーけどな」
「言われずとも、そう時間をかけるつもりもない。―――《月輪割り断つ天龍の大爪》」
「―――ッ、《建御雷神(タケミカヅチ)》!」


宣言通り、王馬は一瞬でこの戦いを終える気である。敵を食い尽くさんと、手を振り上げた王馬の頭上で唸りを上げる暴風がそれを物語っていた。
刀華もステラを一度地面に寝かせた後、直ぐさま《建御雷神》で応戦しようと磁場を展開させる。良誠までもが割って入って本格的に手がつけられなくなるよりは、まだ王馬1人を相手にした方が目がある―――という推論からだ。

これから起こるであろう衝突。言うまでもなく、天秤が有利に傾いているのは王馬の方である。
純粋な破壊力であれば《月輪割り断つ天龍の大爪》は《建御雷神》の総力を大きく上回っているからだ。
しかし、良誠との戦いを経て進化した刀華にも勝ちの目は無いわけではない。
自分が大打撃を負うことが前提になるが、《月輪割り断つ天龍の大爪》の中を突っ切るようにして一点突破を試みれば、この一撃を凌ぎ切り王馬にダメージを与えることも可能だろう。
勝機がないわけでは無いというだけであり、実際に刀華が王馬に勝つには相当の奇跡を起こさなければならないだろうが。

王馬はどこまでも酷薄な瞳で。
刀華は必ずや勝利を掴み取らんと決意に燃える瞳で。
互いにその存在を捉えつつ、雷と風は自然災害のような激突を―――


「―――――! 王馬っ、()だ!」
「何―――? …………チッ!」


―――遂げる前に、良誠の叫び声に呼応するようにして、王馬が野太刀を振るう対象を変更した。
狙いは刀華がいる地点よりも更に向こう側の上空。
良誠より一拍遅れて王馬が目にしたのは、暗黒よりも黒く、妖しげに浮かぶ黒の刀。
王馬は先程までのやる気に欠けた顔ではなく―――『それ』に対し、明確に脅威を感じ取った顔で嵐剣を力強く振り抜いた。

―――威力は互角。

王馬は激突の余波で何十メートルにも渡り後退させられ、黒刀が飛来してきた方向を苦々しげに睨みつけた。


「………ッ」
「ちっ、幾ら何でも来るのが早過ぎるだろ……」


良誠は王馬が刀華に対し無防備になる瞬間、《建御雷神》のルート上に割り込み、真正面から刀華の雷撃に対抗。
そして嘗ての試合の時と同じように、技量のみでそれを完膚なきまでにいなした。

悔やむ間も無く半ば反射的に、本能的に刀華は瞬時に《疾風迅雷》で良誠から距離を取る。
良誠は追撃をしなかった。
いや、する程の余裕がなかったと言うべきか。
王馬と同じように、良誠もまた眼前の人物に意識を注いでいたからだ。


「―――これでもぶっ飛ばして来たんだけどねぇ。ちょいと遅かったか……ごめんよとーか」
「……いえ、全ては私の力不足が招いた事態です。……申し訳が立ちません」


あり得ないことではあるが―――その人物はゆっくりと、上空から『落ちてきた』。悠々と、まるで自分が空を征する覇者だと主張するかのように。
煌びやかな着物をはためかせ、童女と見違うほどの可憐な造りの顔と体躯を備えたその女は―――静かに地上に着地する。


「とーかはよく頑張った。……そんで、うちが来たからには安心しな。―――このクソガキ共は、うちが責任を持ってとっちめてやっからよぉ」


一目見た印象とは真逆。
自信を節々から滲ませた男のような喋り口調、傲岸不遜な態度で王馬と良誠に向けて語りかける、この女の名は―――西京寧々。

《夜叉姫》の異名を畏怖と共に世界に知らしめる、世界最高峰の魔導騎士である。



ネタバレ:凄い壮大な感じで締めてますが、次回そんなに本気でのドンパチは起こりません。
期待してた方には申し訳ない……!
というかまあ、寧々さん自体まだ底を見せてないキャラだから本気で戦わせるわけにはいかないというメタ的事情がですね(言い訳)


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