先日の「サンデル講義3」では、産業・通貨の政策を政府が厳しく管理する”国家資本主義”を取り上げ、その政策として実施している強固な為替介入を紹介した。2009年末以降、わが国の円が米ドルに対し17%も上昇したのに対し、中国の人民元の上昇率はわずか7%に抑えられている(2012年6月末時点)。 日本も中国も同じ方式でドル買い介入(自国通貨売り介入)を行なってきたにもかかわらず、両国の介入の効果に大きな違いが生じているのはなぜだろう? 始めに、日中共通の為替介入の方式を簡単に説明しよう。両国の中央銀行は、急激な自国通貨高を抑えるために、市場でのドル買い・自国通貨売りの取引でもって為替介入を実施している。彼らの買ったドルはその国の外貨準備に加わり、売った自国通貨は(ドルの対価として市場で払った自国通貨は)国内の通貨供給量としての”マネーサプライ”を増加させる【脚注1】。 結果、米国のプリントマネーに伴い1$当たりの価値が低下しているドルを買い支えるとともに、自国通貨の供給量を増やすことでその価値上昇をいくらか抑えられる。その点で、日・中のドル買い介入の本質は、米国に対抗しての「プリントマネー返し」と言えよう。 プリントマネー返しのドル買い介入で大切なのは、中央銀行の売った自国通貨が国内のマネーサプライをどれだけ増やすことができるかである。その金額が増えれば増えるほど、為替市場での1円あるいは1元当たりの価値の急激な上昇に歯止めが掛けられるからだ。 そこで、日中間での為替介入の効果の違いを見るために、それぞれの国でマネーサプライがどれだけ生み出されたかを比較してみよう。 過去2年半(2009年末-2012年6月末)のドル買い介入の金額は、日本が2,200億$、中国が7,260億$と推定する【脚注2】。その金額相当の自国通貨がドルの対価として市場参加者の金融機関へ支払われ、マネーサプライのベースとなる「ベースマネー」が増加する。 自国通貨を受け取った金融機関は、それを寝かしておくことなく企業への貸出等で運用する。借り入れた企業の支払先の預金額が増え、お金が巡り巡ってベースマネーの何倍ものマネーサプライが増えてゆく。ここで、ベースマネーに対するマネーサプライの倍率が「信用乗数」である。上記期間の信用乗数の平均値は、日本が7.4倍、中国が16.7倍【脚注3】。 以上に基づき、過去2年半の為替介入に伴うマネーサプライの増加量は、日本が1.6兆$(=2,200億$×7.4)相当の円、中国が12.1兆$(=7,260億$×16.7)相当の人民元と推定する。 結果、中国は日本の7.6倍(=12.1÷1.6)のプリントマネーでもって、人民元の上昇率を見事1ケタ台(7%)に抑えている。もちろん中国当局は為替を厳しく管理しているが、大規模な介入と高水準の信用乗数でもって大量のマネーサプライを生み出しているからこそ、管理政策が機能するのである。 一方で日本は、介入額が中国の30%(=2,200億$÷7,260億$)と小規模なことに加え、信用乗数が10倍未満と低水準なため、同期間の円の上昇率が17%と介入の効果を発揮できていない。 信用乗数は、中央銀行の供給する資金が巡り巡って世の中に何倍のお金を生むかを意味し、その大きさは国内の資金需要に連動する。わが国の信用乗数は、1991年の13倍がピーク。2000年に10倍を割って以降は、経済活力の低下とともに下落基調が足元も続いている。 力強い経済成長ならびに2ケタ台の信用乗数に復帰しない限り、日本の為替介入の効果は期待薄と言えよう。 また、日本が介入で買ったドルは、主に米国債で運用されている。その10年物の利回りはわずか年1.65%しかなく(2012年8月9日時点)、円高に伴う債券価値の目減りが引き続き懸念される。 「安物買いの銭失い」は一体いつまで続くのだろう。 2012年8月10日 株式会社アナリスト工房 --------------------------------------------- 【脚注1】2010年以降の日銀のドル買い介入では、中国人民銀行と同様に、売った自国通貨を市場から吸収せずに放置する「非不胎化介入」の方式をとっている。 【脚注2】日本の介入額は、財務省公表の円貨額を当時の為替レートで$換算した値。また、「介入額は国の外貨準備高の増加額に比例する」と仮定し、中国の介入額は日本の3.3倍と推定した。 【脚注3】信用乗数は、各国の中央銀行公表のベースマネー(現金と中央銀行預け金の合計:M0)に対する現預金(M2)の倍率を用いた。 |
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