「…どういうことだ」
「はい?」
「こいつは殺すなと言っただろう」
「手を出されて…ついね」
「か弱い少女を犯そうなんて下賎なヤツ…」と、長い黒髪を指で弄びながら夢子はボソッと呟いた。その口調はまるでやる気がなさそうだ。
「クビにされたいのか?」
「私はあなたに雇われてるわけではないので」
「今は私がボスだ」
「えぇそうね、“クラピカ”」
生意気にも楯突き妖艶な笑みを浮かべる夢子の態度は気に障るが、彼女に組からいなくなってもらうのは少々困る。重要な戦力ほど扱いが面倒なのはどうしたものか…。
「ところでこいつを殺しちゃいけなかった理由は?」
「重要な情報を持っていた」
「それってターゲットの愛人の住所だったり…」
「!…お前にその情報は教えて…」
_いないはずだ。
愛人がいることと、その愛人が今回の仕事の鍵を握っていることも。
「ここ。夜は家にいるそうで」
夢子は一枚の折り畳まれている紙を差し出すと「あー疲れた」と伸びをし、冷蔵庫からアイスを取り出す。
いつそんなもの買ってきたんだ…勝手に冷蔵庫を使うなとも思ったが、棒アイスをしゃぶる表情はまだ17歳のもので、嫌味を言う気なんてさらさらだった。
あろうことか、私はソファにふんぞり返る彼女の隣に腰かけると口を開いた。
「片方くれないか」
「はいボス」
夢子にもらった片割れのアイスを口に含みながら、紙に記してある場所を見る。
「どうやって聞き出した?」
「企業秘密」
「教えろ」
「色仕掛け」
そう言うと夢子はスーツのミニスカートを少したくしあげると、白く形の良い太ももを見せつける。
そんなことをしていれば襲われかけるのなんて当然のことではないのか…。
「いつもそんなことをしてるのか?」
「まぁね、自分の武器を賢く使ってるつもり」
人のことを言えた体ではないが、まだ成人を迎えてもないのにこんな闇のなかで生きる夢子を少し気の毒に思った。
世間一般の私たちと同じ年代の人間は、生まれ持った美貌をこうも使う夢子をどう思うのだろう。
「私はお前のような少女は好きじゃない」
「…?」
「だがお前のような人間は護りたいと思う」
もう失わないように。
「ごめんいきなりなに言ってるかわからないわ」
「わからなくていい」
このくつろぎの時間だけ、私たちはまだ少年と少女だった。
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