モモンガ冒険譚!!   作:ブンブーン

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誤字報告・感想・高評価・お気に入り登録…誠にありがとうございます。

アンケートを見るとレズが堕ちるパターンを求める声が聞かれますね。


第13話 モモンガ、エ・ランテルへ

ーーーーーー

リ・エスティーゼ王国の東側にある領地の中でも最も栄えた都市『エ・ランテル』。国王ランポッサ3世の直轄領で、この場所は隣国であるバハルス帝国とスレイン法国の領土にも面している為、人々の往来や交通量が多く、物資や金など様々なモノが行き交っている。

 

この都市は城塞都市と呼ばれており、三重の城壁に守られている。

 

一番外側である城壁外周部は軍の駐屯地となっており、軍事系統の施設や設備が整っている。そこには検問所や外周部内の1/4を占める巨大な共同墓地がある。

 

次が城壁内周部でここは市民が生活する居住区となっている。中央広場には多くの露店が並び、毎日活気に溢れている。他にも高級宿屋や冒険者行きつけの宿屋、王国で最も有名な薬師が経営する薬品店、冒険者組合や魔術師組合などの様々な施設が存在している。

 

最後が城壁最内周部で此処は所謂行政区となっている。巨大食料貯蔵庫や都市長宅や内政に関わる施設、貴賓館などがある。一般市民が此処を訪れる事はあまりない。

 

今も栄える経済都市であり堅固な軍事拠点でもあるこの都市は、王都に次ぐ最も重要な都市と言っても過言ではない。

 

そんな都市エ・ランテルへ通じる道で、今現在大渋滞が起きていた。

 

その原因は人々と往来を検査する検問所で起きていた。

此処では荷物検査や他国のスパイの発見が主である為、審査に余念がない。その為、早朝の開門が最も多く、どうしても混んでしまう。しかし、今日の混み具合は異様に多く、そして長い。既に100m以上の行列が出来てしまっている。最後尾付近にいる人々は「何か問題が起きたのか?」と騒めきが止まらなかった。

 

中でも一際苛立ちを露わにしている男が1人いた。

 

 

「遅い…遅い遅い遅い遅い遅い……遅過ぎるだろうが!!」

 

 

少し悪人面が目立つ軽装備の男…エ・ランテルを拠点にしているミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジ。彼は依頼を終えて朝一番にエ・ランテルへと戻り、依頼完了の報告をしてさっさと拠点としている宿で休もうとしていた。だが、エ・ランテルへ戻ろうとした矢先にこの早朝大渋滞に出くわしてしまった。多少の渋滞はイグヴァルジ自身何度も経験しているし、別に苛つく事もなく慣れている。だが、今巻き込まれている程の大渋滞は今まで一度もなかった。

 

 

「そんなに苛つくなよ、リーダー。」

 

「うるっせぇ!!ただでさえ疲れてんのに、こんな大渋滞に巻き込まれたんじゃあ、誰だって苛つくだろうが!!」

 

「まぁでも…確かに遅すぎるよな。さっきから全然進まねえし。」

 

「今日の検問官は新人なのか?」

 

「だとしても遅いだろ?」

 

「ほら見ろ!!遅過ぎだ!!だぁ〜〜もう我慢ならねぇ!ちょっと言って文句垂れてくらぁ!!」

 

 

イグヴァルジは仲間たちが止めるよりも前に、盗賊職を持つとは思えない乱暴な足取りで検問所へと向かって行った。その後ろ姿を仲間たちがやれやれも肩を竦めながら眺めていた。

 

 

「リーダーって、ちょっとした事でいつも怒るよなぁ。」

 

「優秀な分そこが残念だけど…もう諦めてるだろ?」

 

「まぁな。」

 

「もう慣れたし。」

 

 

他人から見ればおっかない人だが仲間達からはそう言った部分も含めてイグヴァルジなので普通に受け入れている。ある意味諦めの境地である。

 

とにかく今は文句のひとつや二つ言って、帰って来た彼が多少はスッキリしている事を祈るしかなかった。

 

 

ーーーーーー

大渋滞の横を不機嫌全開の顔でイグヴァルジは進んでいた。その足取りはやはり乱暴だ。

 

 

(何でこの俺様がこんなにも待たされなきゃならねぇんだ!)

 

 

彼はエ・ランテルに存在する冒険者の中で最も高いミスリル級の冒険者である。並々ならぬ努力と多くの死線を仲間と共に潜り抜けて漸くミスリル級にまで昇り詰めた。このエ・ランテルではミスリル級以上の階級を持つ冒険者はいない。

 

誇らしかったが自分たちが唯一と言うわけではない。『天狼』、『虹』と言った2つの冒険者チームも同じミスリル級だ。気に入らないが実力はイグヴァルジ自身認めている。だが、いつかはその2チームさえも出し抜いて、更に上のランクへと昇ろうとしている。

 

 

(俺は…俺はもっと上に行くんだ!)

 

 

イグヴァルジには子供の頃からの夢がある。

それは『英雄』になること。

 

キッカケは小さい時に両親から読み聞かせて貰った英雄譚だった。誰よりも強く、誰よりもカッコ良く、英雄は伝説の魔物や悪しきドラゴンを倒し、捕われの姫を救い出し、多くの民から讃えられる存在となる。純粋ながら幼少時のイグヴァルジは、自分も英雄譚に出てくる主人公の様な『強くてカッコイイ人』…つまり『英雄』になりたかった。

 

人は誰だって一度はそんな存在に憧れるものだが、多くはそれを叶えるよりも前に挫折する。現実の厳しさと無情さにその夢を粉々に砕かれてしまうからだ。

 

イグヴァルジだってそうだ。

 

英雄に憧れて冒険者になったが厳しい現実を前に何度も挫折しかけた。何度も死にかけた。何度も自信を砕かれた。何度も失敗した。

 

人はそう言った『現実』を経験して成長、大人となって自らの身の丈に合った現実的な人生を歩むものだ。今現役の冒険者達にもそう言った連中は少なくないだろう。自分たちの成長の限界や体力の衰えなど様々な限界を経験して、今いる地位(ランク)の維持に満足して生活に困らない程度の日銭をせっせと稼ぐ。死と隣り合わせの職業である為、そう思うのは仕方のない事だ。

 

それが『普通』なのだ。

 

 

(ッざけんな…俺は絶対諦めねぇ!)

 

 

だがイグヴァルジは違った。

多くの挫折と苦難、現実にぶち当たってもなお諦めずに子供の頃の『夢』を…『英雄』を目指し続けている。

 

 

「あ?何だありゃ?」

 

 

彼が検問所の近くまで来るとそこには通常の何倍もの大きさを持つ荷車が止まっていた。ギリギリ門を潜れるかどうかと言ったほどの大きさだ。これには流石のイグヴァルジも驚き、少しだけ苛立ちが紛れた。

 

 

「こんなバカでけぇモンで運ばなきゃならねぇ荷物ってなんだよ?」

 

 

強固で巨大な門の横手にある検問所の出入りには野次馬が溜まり込んでいた。気になったイグヴァルジは当初の目的を忘れ、野次馬を無理やりかき分けながら中の様子を見た。

 

そこには検問所の兵士達と口論する大柄な漆黒の全身鎧を纏った男がいた。

 

 

「いや、ですからこんな得体の知れないモノを通すわけにはいかないんですって!それに加えて貴方の素性も分からないともなれば尚更です!」

 

「だーかーらー!私は別に怪しくないですって!何度も説明したじゃないですか!?荷車のアレは換金する為なんですよ!!」

 

「身分を証明できる物や通行許可証があればね。全然かまわないんだよ…けどそれ無いじゃないキミ。初めて此処へ来る人だって毎日いるし、その度に私たちは都市に危険物や危険人物を入れないよう細心の注意を払って検問してるの分かる?いや、通して上げたい気持ちはあるよ本当に。でも正直厳しいというか……」

 

「…本当にやましい気持ちなんてないんですって〜。」

 

 

どうやら渋滞の原因は奴と奴の荷車に乗せている物にあるらしい。検問官達もさっさと通せば良いのにと悪態を付きたくなるが、あの漆黒の騎士を見れば仕方もないだろうとも思えた。

 

多くの死線と数多のマジックアイテムを観て来た自分だからこそ分かる。アレはそんじゃそこらの武具店で買える代物じゃない。古い遺跡の奥深くに眠っている様な…伝説級のアイテムだ。素人目でもアレが凄い代物なのは見て分かるだろう。

 

 

(何であんな代物をあいつが…?)

 

 

次にイグヴァルジはヤツの荷車の荷物が気になった。サッと彼の荷車へ近づくと荷物全体を覆う大布を少しだけめくった。

 

 

「うぉッ!!??」

 

 

凶悪な瞳と目が合ってしまい思わず変な声が漏れ出てしまった。彼は敢えてそれ以上荷車の中を見ようとはしなかった。

 

彼は一度その凶悪な瞳を遠目だが見た事がある。

 

 

(ギガント…バジリスク…!)

 

 

あの荷車に乗っているのは伝説の魔獣『ギガント・バジリスク』だった。オリハルコン級の上位冒険者チームとアダマンタイト級冒険者チームでなければ対処不可能な難易度90の怪物。ミスリル級冒険者であるイグヴァルジ達では手に余る相手だ。

 

だが、この荷車の大きさからして彼が知るギガント・バジリスクよりも一回り以上大きい。更にチラッとだが、鱗も緑色ではなく赤色だった。つまりアレはギガント・バジリスクではない?いや、それはない。間違いなくアレはギガント・バジリスクそのものだ。

 

 

(…モンスターの中には突然変異する個体がごく稀に存在すると聞くが…アレもそうだってのか?)

 

 

だとするとアレはギガント・バジリスクの上位種である可能性が高い。そんな存在が居たと考えるとゾッとするが、それ以上に気になるのはそんなバケモノの死体を荷車に乗せて運んでいるアイツだ。

 

 

「何モンだ…アイツ?」

 

 

もし奴が単体でアレを倒したとするならば途轍も無いがそれはあり得ないと断言出来る。

 

 

(英雄級の強さを持つと言われるアダマンタイト級でもチームとして対処可能であって、消して単体で倒せる強さを持ってる訳じゃねぇ。それにヤツは『石化』効果を持つ魔眼は勿論、即死級の猛毒も持ってんだ。回復役、補助役、援護役、攻撃役其々超一流でやっと倒せるかどうかって相手なんだ、ギガント・バジリスクって奴ぁ。)

 

 

見たところアイツは戦士系。アイテムで補填を効かせようにも限界はある。つまり、奴が1人でアレを倒す事は不可能だ。ではアレを何故運んでいるのかだが、恐らく偶々死んでいたのを発見して此処まで運んで来た。或いは…

 

 

(手柄を横取りしたか……)

 

 

彼自身も共同で任務にあたっていた先輩冒険者チームに手柄を丸々横取りされた経験があった。しかし、彼はその事自体を特に『悪い』とは認識していない。

 

何故なら彼もその先輩冒険者と似たような事をした経験があるからだ。

 

 

(奴もその類か…?)

 

 

気が付けば彼の怒りは大渋滞の原因から、あの漆黒の騎士そのものへと変わっていた。しかし、此処は恩を売っておくのも1つの手だ。徐々に信頼関係を築きながら奴の化けの皮を剥がし、地獄に叩き落とす。

 

そうだ…それがいい。

 

イグヴァルジはニヤリと顔を歪めながら検問官と漆黒の騎士の間に入り、彼に助け舟を出そうと声を掛けた。

 

 

「おい!お前ー」

 

「あ、コレがあったわ。」

 

 

イグヴァルジが声を掛けた瞬間、急に思い出したように漆黒の騎士が懐から一枚の手紙を取り出した。そこそこ質の良い羊皮紙の手紙を受け取った検問官はその中を拝見した。

 

すると検問官達の顔がみるみる蒼褪めていく。

 

 

「こ、こ、コレは大変失礼致しました!!」

 

「ま、まさかストロノーフ戦士長様の紹介状をお持ちであったとは…!」

 

「あ、いえ…私も持ってたことをすっかり忘れてまして…お騒がせしました。」

 

「滅相もございません。ささ、どうぞ!エ・ランテルへようこそ!あ、目的は素材換金でございますね!?」

 

「そうですね…あ、それから冒険者組合にも伺おうかなと。」

 

「分かりました!」

 

 

さっきまでとは手の平返しな検問官達の態度に漆黒の騎士が持つ王国戦士長の紹介状…イグヴァルジは行き場を失っていた。

 

 

「ん?何か?」

 

 

漆黒の騎士が首を傾げながら此方を見ている。どうやら自分が声を掛けた事に誰一人気付いていなかったらしい。横では兵士達が荷車を通す準備に勤しんでいる。

 

 

「な、何でもねぇよ!!」

 

 

彼は再び乱暴な足取りで踵を返した。

通り過ぎ様に野次馬達からクスクスと言う笑い声が聞こえた気がした。

 

とんだ赤っ恥をあの騎士にかかせられた。イグヴァルジは恥と悔しさ、そして怒りから顔面が真っ赤に紅潮していた。

 

 

(何だよクソがッ!王国戦士長の知り合いか!?)

 

 

その時、ふとあの騎士が言っていた言葉を思い出した。

 

 

「アイツ…冒険者組合に行くって言ってたな?」

 

 

イグヴァルジが振り返ると、既に荷馬車の上に乗って出発している騎士の後ろ姿が目に入った。

 

 

「まさか冒険者にでもなろうってのか?」

 

 

ここでイグヴァルジの脳内に悪い考えが浮かび上がる。もしも、彼が冒険者になろうものなら喜んで歓迎してやる。だがその時はー

 

 

「フフフ…優しい先輩が現実の厳しさってモンを叩き込んでやるぜ。」

 

 

たっぷりと可愛がってやる。

挫折したら冒険者なんてやめちまえばいい。

所詮はその程度の男だったってだけだ。

 

イグヴァルジは楽しみが増えたと言わんばかりの邪悪なニヤけ顔で仲間達がいる列へと戻って行った。

 

彼の仲間達は彼が幾らか機嫌を取り戻した事に安堵のため息を漏らした。

 

 

ーーーーーーー

エ・ランテルに入る際、身分を証明する物がないという事で一悶着あったが、あの時ガゼフから貰った紹介状の手紙が役に立ったお陰で何とか都市に入る事が出来た。

 

 

「へぇ〜〜!これがエ・ランテルか!あの城塞も凄い立派だったけど、中も結構凄いじゃないか!」

 

 

この世界に来て初めての都市にモモンガは興奮していた。建築物や露店通りなど目移りするものばかりだが、何よりも凄いのが人の往来である。何処を見ても人だらけでまさに中世の都会と言った雰囲気そのものだった。

 

モモンガとしてはエ・ランテルを観光しまくりたい気持ちで一杯なのだが、先ずは行き交う人達の目に止まるこの馬鹿でかい荷車をさっさと換金してからだ。あの大渋滞の時は本当に申し訳なく思ったし、何より恥ずかしかった。

 

 

「そういえばあの時、声を掛けてきた人って何だったんだろう?」

 

 

なんか妙に怒っていたような気がする。身なりからして多分戦士とかそう言った類の人なのかなと思うのだが、やはり彼が怒る理由が見つからない。

 

 

(やっぱり…大渋滞の原因が俺だったからなのかなぁ?だとしたら気まずいな…。)

 

 

もし出会したら謝ろう。

そう心に誓いながらモンスターの素材を換金してくれる場所が無いか聞き込みを始めた。

 

 

ーーーーーーー

数時間後。聴き込みの結果、モンスターの素材換金は基本的に『冒険者組合』で行っている事が分かった。この話を聞いたモモンガは、道を伺いながら早速その冒険者組合へ向かった。

 

 

「ほー、ここが冒険者組合か。」

 

 

冒険者組合は質素な見た目だが他の建物と比べると結構大きく、出入口には組合の紋章と思われる旗が掲げられていた。元々、冒険者と言うものに強い興味があったモモンガは換金ついでにちょっと寄って行こうと思っていた所だった。

 

早速、換金を頼もうと思った時だった。

何やら暴力的な怒声がモモンガの横から聴こえてきた。

 

 

「おい!邪魔だぞ!さっさとこのクソでかい荷車を寄せろ!」

 

 

声の聞こえた方向へ顔を向けると、そこにはあの時検問所に居た強面の男がいた。彼の後ろにいるのは仲間だろうか、それにしてもあの男以外皆の顔はどこか乗り気では無さそうな感じが伝わる。

 

モモンガは早速あの時の件を謝罪しようと思ったがどうにもそんな雰囲気では無さそうだ。周りを見ると徐々に野次馬が集まっている。

 

 

「おい、アイツって…」

 

「クラルグラのイグヴァルジだ。」

 

「ミスリル級の…?」

 

「何だ?何だ?喧嘩か?」

 

 

どうやら彼はそこそこ有名人らしい。それにしても大の大人が随分な喧嘩腰だなとモモンガは呆れてしまう。確かにモモンガの荷車は邪魔かも知れないが、これでも行き交う人達の配慮はしてるし、ここだって道幅が広いため十分に人が通れる位の余裕はある。にも関わらず彼らはほんの少しの道を変えようともせずにわざわざ真っ直ぐ荷車のある所を通って来ては「邪魔だ」と因縁を付けてきた。

 

正直、ムッと思うが此処は社会人鈴木悟。先ずはキチンと謝罪することが大事である。

 

 

「どうもすみませんでした。直ぐにー」

 

「悪いと思ってんならさっさと退かせよ!!どんクセぇ奴だな!!テメぇは世間知らずの田舎モンかオラァ!?」

 

 

遠慮無しに罵声を浴びせてくる男は明らかに悪意剥き出しだ。隠す事なくニヤニヤした意地の悪い笑みを向けている。本当にこんな因縁吹っかけてくる奴いるのかと別の意味で驚いてしまった。

 

こんな輩に構うだけ無駄だと判断し、モモンガは何も言わずに荷車の方へ向かった。相手はまた何か言ってきたが何も耳に入らない。もう完全無視に決めた。

 

 

「こんなデケェ荷車だと馬使っても動かすのに一苦労だろ?何なら金さえ払ってくれれば手を貸してやってもいいん…だ…ぜ……って、え?」

 

 

モモンガはゴーレムの馬を荷車から外すと、両手で荷車を軽々と持ち上げた。

 

 

「よっと」

 

 

誰がどう見ても人間の膂力では到底不可能な質量の大きな荷車を、たった1人で軽々と持ち上げているモモンガの姿に観衆から驚愕と困惑の声が一気に溢れ出てきた。

 

荷車は建物の隅に出来るだけ寄せて、大通りに精一杯のスペースを開けた。

 

 

「これで問題ありませんか?」

 

 

まるで何ともない様子のモモンガに向けて観衆から一斉に拍手が湧き上がった。すると今度はクラルグラに観衆から冷たい目線が集まってくると、居心地が悪くなったイグヴァルジたちはそそくさとその場を後にした。

 

モモンガとしては別にそこまで怒ってたわけではないので、今回を機に彼らが改心する事を心から願うばかりだ。

 

 

「あ、そうだ。換金するんだった。」

 

 

モモンガも別の意味でその場に居辛くなった為、逃げるように冒険者組合の中へ入って行った。

 

中に入るとそこは受付ロビーの様でだいぶ広々としていた。右手奥には幾つもの羊皮紙が貼られたボードがある。そして、周りには統一性の無い装備を身に纏った様々な職種の冒険者達がいた。

 

皆が一斉にモモンガを品定めでもするかのように視線を向けて来た。ついさっき組合の真ん前であれだけの騒動を起こしたのだから無理も無いのだが、だとしても注目され過ぎだ。これはこの漆黒の全身鎧も注目される原因だろう。

 

 

(こうなるって分かってたら、もっと地味な服装にすれば良かったなぁ。)

 

 

此処でも居心地が悪く感じたモモンガはさっさと換金手続きを済ませようと受付嬢のいるカウンターまで歩いて行く。

 

 

「あの、すみません。」

 

「ハイ。エ・ランテル冒険者組合へようこそ。プレートは…着けていらっしゃいませんね。それでは、依頼登録をご希望でしょうか?それとも冒険者登録をご希望でしょうか?」

 

「冒険者ではありませんが、討伐したモンスターの素材の換金をお願いしたのですが…」

 

「申し訳ございません。当組合では冒険者未登録の方からのモンスター素材の換金を承っておりません。」

 

 

「え、嘘」と思わず声が漏れそうになる。聞いた話では此処でモンスターの換金が出来るって話だったのにどういう事だと思ったモモンガはこの事をそのまま受付嬢へ伝えるとー

 

 

「それは…恐らくですが、その方は貴方様を冒険者と勘違いしたのかも知れませんね。その身なりですと…やはり…」

 

 

受付嬢が上から下までモモンガを見ながらそう伝える。別にこれが一張羅では無いのだが、結構思い入れのある装備である為、出来るだけ着けたかっただけなのだが、それが災いしてしまったらしい。

 

モモンガは兜を取って、その兜をジッと見つめる。

 

 

(困ったなぁ〜、やっぱりもっと地味な服装にするべきだったよ。)

 

 

このまま村までアレを運んで行くのは正直シンドい。無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)に仕舞うという手もあるが、モノがモノである為、人気の多いこの都市ではあまりやりたくない。

 

さてどうしようかと悩んでいると受付嬢が先ほどから自動だにしていない事に気付いた。あれ?と思い彼女の方へ視線を向けると頬を赤らめてポーッと此方を見つめている。

 

 

「あ、あのぉ…?どうかしましたか?」

 

「………はぁ♡」

 

「え?」

 

「え?あ、い、いえいえ!何でもありません!で、でしたら此処で冒険者登録をするっと言うのは如何でしょうか!?」

 

「え?」

 

「此処で冒険者登録を行えば討伐したモンスターの換金は可能です!!いえ、是非そうするべきです!!」

 

 

さっきまでの凛とした態度の受付嬢は何処へやら。何故だか分からないが急にやたらと積極的な態度に激変してまったようだ。カウンターテーブル越しに身を乗り出す勢いで迫ってくる姿は熱狂的で爛々と輝く目は真っ直ぐ此方の目を覗きに来ている。

 

 

(ま、まぁ彼女の態度が急変したのはともかく、その提案は良いな。素材換金出来るし冒険者にならば冒険にも出られるだろうし…コレはメリットづくしじゃないか!)

 

 

モモンガは彼女の提案に快く受け入れると何故か凄く嬉しそうに顔を輝かせていた。

 

 

(彼女…誰にでもこうなのか?)

 

 

ちょっと彼女の今後が心配になって来たモモンガだが、意気揚々と冒険者登録用紙を持って来た受付嬢から用紙を受け取り早速記入しようとした。

 

モモンガの手に持つ羽ペンの手が止まった。

 

 

(字が書けん……どうしよう)

 

 

ここで致命的なミスを犯してしまった。

この世界の文字数字がモモンガのいたリアルとまるで違う事は理解していた。だがそれは『大賢者の片眼鏡(モノクル)』で問題なく解読は出来た。

 

そう…読むことは出来たのだ。

 

だが、書くことは出来ない。

 

モモンガはチラッと受付嬢の方へ視線を向ける。彼女は両頬杖を付きながら楽しそうに此方を見つめている。

 

 

(え?何が楽しいのこの人?)

 

 

しかし、直ぐに問題の用紙へと目線を戻した。

用紙に穴が空くんじゃないかってくらい見つめ続けている。もうなるようになれとモモンガは普通に日本語で『モモンガ』と書いた。他にも全て日本語で記載した。

 

 

「書きました。」

 

「ハイ!……ん?」

 

 

案の定彼女は首を傾げながら用紙を見つめていた。ハイそうですごめんなさい読めないヨネー。

 

 

「あ、あのぉ…失礼ですが、此方の文字は…?」

 

 

ここでモモンガに天啓が舞い降りた。

 

 

「あ、申し訳ありません。実は私、遠国から放浪の旅を続けている者で、この国の文字は…お恥ずかしい話、まだ書けないのです。」

 

「そ、そうでしたか!で、では私が代筆致します!」

 

「すみませんが、よろしくお願いします。」

 

 

モモンガは心の中でガッツポーズをした。我ながら上手く切り抜ける事が出来たと自画自賛したくなる。

 

その後は受付嬢…何故か自己紹介されたが彼女はウィナ・ハルシアと言う名前らしい。左目下にある黒子が特徴的なごく普通の女性だ。あとこれも別に聞いていないのだが彼女は未婚らしく齢は29らしい。

 

登録用紙を胸に抱えながらスキップ気味で後方へ持っていく彼女を見送る。

 

登録するだけなのに妙に疲れる。そう言えば兜を外していた事を思い出したモモンガだったが面倒くさかったのでそのままにした。他の受付嬢達にも視線を向けると、どう言うわけか皆、此方をチラチラ視線を向けて来る。1番年若そうな受付嬢なんて現在進行形で冒険者の対応をしている最中なのに視線はずっとコッチに向いている。目の前の冒険者が大分困っているぞ。

 

 

(やれやれ、ここの受付嬢はもう少し真面目に仕事に取りかかって欲しいものだ。幾ら俺が黒髪黒目で珍しい容姿だからって…)

 

 

もし可能なら上司にクレームを入れるべきかもしれないな。そんなこんなで待っているとウィナが何やら紐で括り付けられた金属のプレートを持って来た。

 

 

「登録手続きが完了致しました。モモンガ様は冒険者ランク最下級の(カッパー)級からになります。」

 

「銅級?」

 

 

モモンガは手渡されたプレートを見つめる。

確かにその金属プレートは銅製だった。

 

彼女の説明を聞くとこうだー

 

この金属プレートは言わば『認識表』の様な物であり、プレートの金属によってその者の階級が判別できる様にもなっている。

 

その者のランクの依頼を達成し続ける事で実績を上げて行き、昇級試験を受けてそれが合格する事が出来れば昇級する事が出来る。上がれば上がるほど受けられる依頼の数も増えるが難易度も上がる。しかし、得られる報酬の量も質も上がるなどそれに見合った十分なメリットも出てくる。

 

どんなに強い人であろうと始めは皆最下級の銅級からである。

 

受けられる依頼はその者のランクに適した難易度しか受け入れられない。

 

冒険者組合は国家とは独立した組織である為、国からの徴兵や国家運営に関する活動、人間同士の争いには参加しない。

 

階級は上からアダマンタイト、オリハルコン、ミスリル、プラチナ、ゴールド、シルバー、アイアン、カッパーと8階級に分けられる。

 

など、他にも細々とした説明を受けたが大体こんなものだった。

 

早速モモンガは討伐したモンスターの素材換金を頼んだ。ウィナは嬉々として返事をしてくれたが、どうやら手に持てるサイズと勘違いしていたらしい。

 

 

「すみません、実は外に…」

 

「そ、そうでしたか。では確認させて頂きます。」

 

 

ーーーーーー

荷車のアレ…GBL(ギガント・バジリスク・ロード)を換金に出すことは出来た。モノがモノだけに時間は数日は掛かるらしいのでその間、モモンガは暇を潰す事に決めた。

 

依頼を受けても良いが今のモモンガは銅級である為、それに見合う依頼しか受けれない。殆どが薬草採取などの比較的誰でも出来そうな依頼ばかりで正直受けたいとは思えなかった。だが、ここはやって行くしかない。地道に成果を上げて行くのが一番いいだろう。

 

今日は飽くまでどんな依頼内容があるのかの確認だけだ。

 

 

(それにしても、GBLを見せた時の組合員達の反応は凄かったなぁ。出現場所とか色々と聞かれたけど、一応レア物っぽいから同じ場所にいるとは限らないし……あれはちょっと大袈裟な反応って思うけど。)

 

 

単純に自分の感性がこの世界と大分ズレているのだと改めて実感させられる。これでも気を付けている方なのだが、まだ時間が掛かるらしい。

 

モモンガは自分が受けられる依頼内容を粗方確認し、組合を後にした。次は都市の観光だ。モモンガは胸ワクワクの高鳴りを抑えながら人々が行き交う露店通りや店を見て周った。

 

 

 

ーーーーーーー

すっかり夕暮れ時になったエ・ランテル。

モモンガはホクホク顔で一通りが少なくなった通りを歩いていた。

 

 

(いや〜中々面白いモノが一杯あったなぁ〜!)

 

 

モモンガが所持している現地通貨はエ・ランテルまでの道中の盗賊達から頂戴した分があるのだが銀貨6枚銅貨15枚と…多分だが多くない。だから買い物はせずどんなモノが売ってあるのかを見るに留めた。質はユグドラシルのモノとは比べられるはずも無くゴミ同然だが、ユグドラシルに無い物であればコレクターとしては十分だ。

 

組合に戻ってみたが換金にはまだ数日掛かるとの事だったので、今日の活動はここまでに決めた。このまま拠点に戻っても良いのだが、折角だから組合で聞いた冒険者御用達の安宿に泊まってみようかと思う。

 

到着してみると本当にザ・安宿と言った建物だった。人が住む分には問題なさそうだが、中から大勢の談笑が聞こえると本当に此処は冒険者御用達なんだなと実感出来る。

 

 

「さてと、どんな所かなぁ?…ん?」

 

 

早速中へ入ってみると、あまり綺麗とは言えない空間に厳ついオッサンたちの視線が一切に此方に集まってきた。受付嬢から聞いた通り一階は酒場で2、3階は宿屋のようだ。先ほどまでの談笑は何処へやら皆一言も発さずに、まるで品定めでもしてるかのように睨み付けている。

 

入って来たのが見るからに高級品である漆黒の全身鎧を纏った男が現れたら注目するのは納得だが…

 

 

(え?何?新人イビリ?)

 

 

あながちモモンガの予想も間違いではないのだが、下手に目線を合わせないよう、宿屋の主人がいるカウンターへと向かった。主人は堂々と此方を観察すると首にぶら下がった銅のプレートに目が止まった。

 

 

「アンタ新米だな…何泊だ?」

 

 

カウンターのオッチャンの方が一番怖い顔してますワ。こんな暴力に慣れた様な人達が出入りする店の主人ならそのくらいの風貌は必要だろう。

 

 

「部屋を借りたいんですが」

 

「ちょっと待ちな………ほら、2階の突き当たりにある相部屋だ。せいぜい仲良くやんな。」

 

 

モモンガとしては個室の方がいい。その方が周りの目も気にせずに無限の背負袋の確認や拠点の様子も《転移門》を使って行き来できるし。それに、此処にいる人たちとはあまり絡みたくない。まぁよく見ると何人か女性もいるがそれでもゴメンだ。デスシーフ達から「では排除しますか?」と言われたがお馬鹿と言っておく。

 

 

(此処は部屋を変えて貰うのがいいな。)

 

 

モモンガはダメ元で交渉する事にした。

 

 

「すみません。私は個室が良いのですが。」

 

「……ったく、そのご立派な兜の中身は空っぽか?先ずは仲間を見つけるなり、先輩方から有難いアドバイスなりを受けた方が今後のお前のためだぞ、新米。黙って相部屋にしとけ。」

 

 

「はは〜ん」とモモンガは心の中で理解した。この主人見た目に寄らず新米冒険者想いだ。冒険者稼業は常に命の危機と隣り合わせ。そんな危険を乗り越えるにはベテラン冒険者の指導や信頼に足る仲間が必要になる。彼が大部屋を薦めて来たのはその為だ。

 

 

(彼なりの配慮ってわけか。人は見かけに寄らないんだなぁ…)

 

 

ただし昼間のイグヴァルジ(チンピラ)は別だ。

 

 

(有難い配慮だけど…ここは遠慮しておくよ。…反感買っちゃうんだろうな。)

 

 

冒険者の仲間は確かに魅力的だがこの世界の平均的強さはハッキリ言って低過ぎる。そんな人達とチームを組むのはリスクがデカ過ぎる。

 

 

(戦闘や経験による価値観の違い…強者にばかり頼る甘え……自分より弱い仲間に気遣いし過ぎて本当の危険に気付けなくなる。)

 

 

モモンガは懐から1人部屋分の硬貨をカウンターに置いた。

 

 

「1人部屋でお願いします。」

 

「…フンッ、余程の腕に自信があるのか?まぁいい。ほらよ、鍵だ。」

 

 

案の定不機嫌になった店主は硬貨を乱暴に掴み取ると1人部屋の鍵を投げ渡して来た。天井から逆さの状態で降りて来た、不可視化状態のデスシーフがその手に持つ短剣を店主の喉元に当てている。店主は気付いていない。「モモンガ様が御命令下されば」と言ってくるデスシーフに、モモンガは「めっ!!」と心の中で注意して必死に諫める。 

 

俺を守ってくれているのは有難いが時折度が過ぎる事が偶にある。それはデスシーフ達に限らず、他の使役アンデッド達もそうだ。

 

 

(使役アンデッド達には、もっと柔軟に対応して欲しいんだけど…いや、創造主とモンスターの関係はこれが普通で変えることは出来ないのではないか?ん〜でもそれじゃあー)

 

 

モモンガが考え事をしながら部屋へ向かおうとしたら、彼の通る所に足が差し出された。足を出した男はニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらモモンガを見ている。

 

この新人イビリ…と言うより新米冒険者の度胸を確かめる為のコレは言わば『通過儀礼』だ。冒険者は何事にも『度胸』が試される。新米冒険者にはその度胸があるか否かを改めて認識させる為の洗礼なのだ。確かに悪意も混ざっているだろうが、ある意味これも先輩冒険者からの有難い御指導(・・・・・・)なのだ。

 

店主も他の冒険者達も知らん顔をしている。

 

 

(ヒヒヒヒ…さぁて、お前さんの度胸を試してやるぜぇ。その身なりは見掛け倒しかぁ〜?)

 

 

差し出された足に当たるべきかそれとも避けるか…。モモンガはこの選択肢に頭を悩ませ……

 

 

(より高位のアンデッドなら可能性あるか?ならいつかは『アンデッドの副官』を試す必要もー)

 

ガンッ!(ポキッ…!

 

「あ、すみません。」

 

「ほぎゃぁああああああああああ!!!???」

 

 

……る事なく単純に考え事をした結果、気付かずに男の足にまぁまぁの勢いでぶつかった。

 

ぶつけられた男は足を押さえながら絶叫を上げて床に転げ回っている。それに反応して彼と同席していた…恐らく仲間が立ち上がるとモモンガに詰め寄って来た。

 

 

「おいおい、新米。いきなり何すんだよ?」

 

「痛ェェェ!!!足がァァァァ!!」

 

「仲間の足にぶつかるなんざぁ、ヒデェ奴だな?」

 

「マジで痛ェェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

「ちゃんと誠意ある謝罪見せろやコラぁ!」

 

「うぎゃあああああああああああああ!!!」

 

「ほらみろよ、ダチがこんなに痛がっ…て…」

 

「痛みェェ!!マジで痛ェェェェよぉぉ!!!」

 

「……お、おい…痛いのは分かったからそろそろ」

 

「ぬぅあああああああああああーーー!!!」

 

 

演技だと思っていた男の仲間達はそのあまりの絶叫ぶりに「え?マジで痛い?」と段々困惑し始めた。モモンガも「え?折れちゃったの!?」と内心ちょっと焦っていた。

 

 

「な、なんか本当に痛がってるぞ?」

 

「うわぁ!!右の膝から下が変な方向向いてるぞ!!」

 

「うげぇ!!??」

 

 

男の仲間達が激痛で悶えている仲間に困惑する中、流石に異変に気付いたのか周りが急にざわつき始めた。

 

 

(本当に折れてるっぽいな。うーん、これは俺に非があるのは明白だし、治した方がいいよな。)

 

 

モモンガは懐から下級治療薬(マイナー・ヒーリングポーション)を取り出し、サッと痛みで悶える男の足に振り掛けた。

 

 

「ぐおぉぉぉ〜〜!!痛………ん?い、痛くねぇぞ?」

 

 

俺の足は元通り治っていた。突然の出来事に男の仲間や周りは訳がわからないといった空気に包まれている。モモンガは未だにへたり込んでいる男の目線に合わせてしゃがんだ。

 

 

「もう大丈夫ですよ。それと…先ほどはどうもすみまー」

 

「ひ、ヒィィ!!すみませんでしたー!!」

 

「ーせんでした………ん?」

 

 

得体の知れない漆黒の騎士に怯えた男とその仲間達は周りを押し除けながら逃げ出してしまった。

 

 

 

(……何だったんだアレ?)

 

 

周りを見渡すと皆から一斉に視線を逸らされた。単純にモモンガが並々ならぬ存在であると理解したらしいのだが、そんな事知る由もないモモンガは地味にショックを受けていた。

 

まぁしょうがないかと肩を竦めたモモンガは今度こそ部屋を向かおうとする。

 

 

「おっきゃああああああああ!!!!!」

 

 

未だ騒めきが止まない酒場に突如として悲鳴とも絶叫とも取れる大きな声が全体に響き渡った。「も〜〜今度は何だよ?」とウンザリしたモモンガが気怠そうに振り返ると、齢20歳ほどで動きやすい程度の長さに乱雑に切られた赤毛の女性が此方にズカズカと迫って来た。顔立ちは悪くないが化粧の類はしていない。目つきは鋭く健康的に焼けた小麦色の肌をしている。

 

 

「ちょっと!ちょっと!ちょっと!アンタ何すんのよ!?」

 

 

明らかに怒っておりその矛先は自分に向けられている。「え?自分この娘に何かした?」と頭の中で必死に思い出そうとするも思い出せないし、そもそも彼女と会ったのはこれが初めてだ。

 

 

(鳥の巣みたいな特徴的な髪型してるから本当に会ってたらまず忘れないだろうし…うーん)

 

 

取り敢えずここは素直に聞くべきだとモモンガは彼女に尋ねた。

 

 

「何とは?」

 

「はぁ!?アンタ自分が何したのか分かんないって言うの!?」

 

 

女が半ベソ状態で突き出して来たのは割れた小瓶だった。「…で?」と言いたい所だがここはもう少し彼女に譲ることにした。

 

 

「アンタらが騒動起こしたせいで私のポーションが…私の大切なポーションが割れたのよ!どうしてくれんのよ!!」

 

(え?いやいや、騒動はあったが彼女がいたテーブルからは離れてたし何も巻き込んでは……あ)

 

 

モモンガは思い出した。

あの時、男たちが慌てふためていて逃げ出した際、人やらテーブルやらを無理やりかき分けて行ったことを…

 

 

(まさかあの時に彼女のポーションが?…)

 

 

恐らくだが彼女のテーブルもそれに巻き込まれてしまい、テーブルの上にでも乗せていたのか彼女のポーションが床に落ちて割れた…と考えるのが妥当だろう。

 

間接的に割ったと言われたらそうなのかも分からないが、直接手を下した連中はもうこの場にいない為、モモンガにその怒りの矛先が向けられたのだ。

 

 

(だとしてもたかがポーションが割れたくらいで大袈裟だなぁ……)

 

「食事を抜き、節約に節約を重ね、必死になって貯めた金で今日…今日買ったばかりのポーションだったの!危険な冒険もあのポーションがあれば命が助かると信じていた私の心を貴方はポーションもろとも砕いたのよ!弁償しなさいよ!べ・ん・しょ・う!!!返してよ、私のポーション!!」

 

 

溜息を吐きたい気持ちに駆られるがここは耐えねば彼女の逆鱗に触れて益々対処し辛くなる。

それに見たところ彼女の首には鉄の金属プレートが下げられている。彼女ば戦士系の冒険者で階級は自分やり一つ上だ。

 

 

「現物を寄越すなり、見合うだけの金額を払ってくれれば許してあげるわ!!」

 

「…金額は幾らほどですか?」

 

「金貨1枚と銀貨10枚よ!」

 

 

モモンガの所持金は盗賊から掻っ払った銀貨6枚と銅貨15枚のみ。全然足りない。当然、ユグドラシル金貨を使うわけにもいかない。そうなると消去法的に考えて現物で支払うしかないだろう。

 

 

「では現物で支払うとしましょう。それで構いませんか?」

 

「……まぁ、それなら問題ないけど。」

 

「分かりました。…ところでそのポーションは体力回復のポーションでよろしいですか?」

 

「え?そ、そうよ。」

 

 

彼女は「なぜそんな当たり前のことを?」と思ったが現物で返してくれるのなら何だって良かった。モモンガはふところに手を入れると真っ赤な液体の入った小瓶…下級治療薬を取り出した。

 

 

「これでどうですか?」

 

「…まぁ、いいわ。次からは気を付けなさいよ!」

 

 

彼女はポーションをふんだくるとそのまま宿を後にした。

 

 

(今度こそ終わり…だよな?はぁ〜…なんか精神的に疲れちゃったよ。部屋に入ったらさっさと寝よ。)

 

 

呆然とする周りの空気に気付かぬまま、モモンガは階段を上がり用意された部屋へと入った。中は埃だらけでカビ臭く、あちこちになんの汚れか分からないシミで一杯だった。

 

ゲンナリしたモモンガは《転移門》を開いて拠点宅へ戻った。

 

床に着く前にモモンガはアンデッド等を招集させると、皆に告げた。

 

 

「就職が決まったー!!」

 

 

ピースサインをしながら両手をあげて嬉しそうに宣言するモモンガを見て、アンデッド達も同じように両手を上げてピースサインをする。長寿の魔樹(エルダー・トレント)も幹を揺らして喜びを露わにする。グはポロポロと涙を流し腕を組んでウンウンと頷いている。お前は一体何なんだ?

 

色々あったが今日がめでたい事は確かだ。

主人が嬉しいと自分たちも嬉しい。

 

喜びを分かち合った後は我が家のベッドでぐっすりスヤスヤと眠った。

 

 

 

ーーーーーー

「クソ!…また恥かかせられたぜ!」

 

 

イグヴァルジは仲間達と共にエ・ランテルの夜の酒場を飲み歩いていた。

 

 

「アレはリーダーが悪い」

 

「うんうん」

 

「何をそんなに敵意剥き出しになる?」

 

 

仲間達から来るのは慰めの言葉ではなく辛辣な言葉が返ってくる。

 

 

「あんな良い身なりした奴が生意気な態度取ってくるのが腹立つんだよ!ぜってぇ、アレはいいとこのボンボンだぜ。産まれてから既に恵まれてる奴が俺は大嫌いなんだよ!」

 

 

仲間達はやれやれと肩を竦めるしかなかった。こうなったイグヴァルジはもう満足に喚き散らすまで落ち着くことはない。正直、ミスリル級冒険者にふさわしい態度とは言えないのでやめてほしいのだが、それすら今の彼には聞こえないだろう。

 

 

「ぜってぇアイツの化けの皮剥がしてやる!今に見てやがれぇよ〜!」

 

 

イグヴァルジは直感的に彼が自分の夢を叶える為の障害になると感じていた。ならばどんな手を使ってでも蹴落とすしかない。

 

必ず英雄になる。

 

より一層その決意が強くなったイグヴァルジはまた別の酒場へと足を運んだ。

 

 

ーーーーーーー

 

「まさかコレにそんな価値があったなんて……た、確かに普通のポーションと違うなとは思ってだけど。」

 

 

先ほど安宿の酒場でモモンガにポーションの弁償を迫った女冒険者のブリタは、夜道を足早に歩いていた。その両手にしっかりと握られているのは、あの時現物を弁償としてモモンガから貰った赤い液体のポーションだ。

 

一般的に知られているポーションば薄青〜青色をしているのに対し、コレは赤色だ。正直血の色みたいで気持ち悪くただのポーションとは思えなかった。

 

そこでブリタは王国で一番有名な薬品店で鑑定してもらったのだが…

 

 

「『神の血』ってなに?通常のポーションに払う何十倍もの金貨を渡すから譲ってくって……そんな価値があるなら『ハイどうぞ』と渡されるわけないでしょ。」

 

 

譲らないことを伝えると今度は「どこで手に入れた」と聞いて来たので、漆黒の全身鎧を纏った銅級の新米冒険者から弁償として貰った事を伝えて、何とか解放してもらえた。

 

 

(あの人が嘘をつくとは思えないし…本当に凄いモノなんだコレ。)

 

 

そう考えると自分はかなり得したのではないかと思えてくる。怪我の功名とは正にこのこと。

 

 

(でもコレ…逆にいつ使えばいいんだろう?あぁ〜勿体無くて使えないなぁ〜!)

 

 

本当に自分は得したのかしてないのか…段々と分からなくなるブリタだった。




【R-18】のウォーミングアップを始めました。

アンケートはやっぱりラキュースとイビルアイが抜きん出てますね。
ガガーランはモモンガが非童貞だからなのか一気に下がりました。

蒼の薔薇が相手(意味深)なら誰にするべきか?

  • ラキュース 清純な貴族令嬢
  • ティア レズビアンだけど…
  • ティナ ショタコンだけど…
  • イビルアイ 合法ロリ
  • ガガーラン 非童貞だけど…

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