「おい…」
「なんでしょう?」
だらしなくふんぞり返る 夢子は俺の呼び掛けに返事をするだけで、目線はテレビに向けられたままだ。ソファに深くもたれ掛かり肘を乗せ、あぐらをかいてガムを噛んでいる。そんな生意気な態度にはすっかり慣れつつも、俺はこいつに忠告しておかければいけないことがある。
嫌がる夢子を無理矢理蜘蛛に連れてきて一年。未だに夢子は俺のことが気に食わないようで生意気にも楯突く。年齢的にも反抗期かと流していたが、そのせいで調子に乗り始めたのでそろそろ立場を弁えさせなければいけない。
ここでは俺が頭だ。
「俺が呼んだのが聴こえなかったのか?」
「は?返事したでしょ」
「人の話を聞く際には相手の目を見ると教わらなかったのか?」
「さぁね、教えてくれる人なんていなかったし」
「なら俺が教えてやるよ」
テレビを消して夢子の頭を無理矢理こちらに向ける。
夢子は一瞬表情を歪めたがすぐにいつもの悪役笑い面に戻る。
「なんなの?」
「人ん家の冷蔵庫を勝手に漁るとは良い度胸だな」
「なに?そんなことで怒ってるわけ?器のちっさい男ね」
「美味かったか?最高級の卵を使用した特製のプリンは」
「えぇとっても。甘すぎずカラメルの苦味とマッチして口のなかでとろけるあの感覚が…もう金輪際味わうことが出来ないって考えたら超美味しかった」
本当にこの女は人を煽るのが好きだ。団員にもしょっちゅう喧嘩をふっかけては自分から印象値を下げているのだから馬鹿馬鹿しくも面白い。
しかし今回のプリンのことだけは笑い事ではない。製造が終了しもう一生口にすることが出来ないプリンを味わうために世界の端から端まで旅をしたのだ。やっと手に入れたそのひとつを図って盗み食いするなんてやってくれる。
「お前はどう落とし前つけるつもりだ?」
「そんな落とし前とか言われても…昨日食べたものを今吐き出せと?もうないわよ」
「本当に品がないなお前」
「盗賊の頭に言われたくないですー」
お前よりかは幾分上品だと思うが。
それにしても夢子は反省すらしていないようだ。本当に生意気なやつだ。俺にここまで楯突く人間なんて、こいつくらいかもしれない。
命知らずとはまた違う。もういくら脅したって無駄かもしれない。こいつは理解っているんだ、俺が何があろうと夢子を殺さないということを。
たまには一発かましてやろうとも思ったが、俺はもう怒る気すら失せて呆れた。そんな俺の様子を見た夢子は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。そんな様子が気に障ったので額を弾いてやった。
「い__…ッたぁー!!A級首のデコピンとかそんなサービスいらないから!」
「なんだそれ…」
「そんなにあのプリンが食べたかったの?肩書き風貌に似合わず可愛いじゃない、あははっ!」
「怒るぞ…」
「私いくら人に怒られても笑っちゃうし反省なんてしたことないのよね、あーでも…
クロロを本気で怒らせるのも面白いかも」
「その時は絶対に泣かせて後悔させてやるから覚悟しておけ」
「人を怒らせて後悔することなんてないわよ、だってこんなにも楽しいじゃない」
額を抑えていた夢子の手が俺の頬に添えられる。
そして、もう片方の手で額に仕返しを食らう。
「ちょっと、私の指が痛いんですけど」
「自分でやったんだろ…」
「強がってないで少しは痛がりなさいよ」
「怒るぞ…」
「へぇ?怒ってみてよ??」
「はぁ…」
ソファの背もたれ越しに互いの額を赤くさせ対峙する空間が馬鹿馬鹿しく
プリンのことなどとうに忘れていた。
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