ただでさえ人が通らず閑としている裏路地は夜中なこともあり一層静けさを増している。
外気にさらされ冷たくなった耳をマフラーで覆い、溜め息を吐けば白く消えて行く。
路地の突き当たり、とっくに慣れた異臭を放つ先を見れば血味泥になった男が二人。一人は既に息絶えている。
私はこの脱け殻に用がある。しかし近づいてみれば、暗くてよく分からないが想像していたよりかなり状態が悪い。
「…毎回遺体は綺麗に残してって言ってる筈だけど」
「ごめんごめん、こいつ抵抗したから」
「これじゃ使い物にならない。引き取れないわよ」
再び吐いた溜め息はやはり白く濁って消えて行く。こいつは健康マニアの著名人だったから臓器には期待していたし、他の部位も持ち帰って売り捌こうと思っていたのに…。
目の前に転がる惨死体は最早跡形もない。売り物にもならないので、残った私の仕事は死体処理のみになる。
「_ということで買い取りはできません。そして死体処理は有料」
「えぇ、だったら早く言ってよ。寒いからとっとと帰りたいのを待ってたのに」
「死体を買い取る条件は“状態が良好である”こと。今のコレはまるで買い取るメリットがない」
「あっそ、まぁいいや。お前に売ってるのなんてついでくらいだし」
「片付けくらいなら依頼するまでもないしね」とイルミは付け加えると路地から近くの屋根に飛躍する。
「ちょっと、これ放っておく気?」
「証拠隠滅なんて普段しないし。気になるなら夢子が片付けといてよ」
「タダ働きはごめんよ」
「うちのじいちゃんみたい」
「どこが…」と呟いたのを多分イルミは聞いていない。とっくに夜の曇った空に消えると、私は惨死体と取り残された。
「…リゲル=グライプ」
それは彼…この惨死体の名前だ。こいつは何冊もの健康グルメ本でベストセラーを出した世界的な評論家だ。そして、その美貌所以一部の女層からは宗教のように崇められている。
こいつの身体は売れると思ったのに、顔すらも判別出来ない有り様だ。イルミってば最近仕事が荒すぎではないか。
取り敢えず残っていた腕と多少の血液だけでも持って帰ろうと懐から布袋と注射器を取り出す。
まだ死後硬直の始まっていないそれは、冷たくもグニャリと歪んで、だけどこんなモノにも慣れ果てた私は躊躇うことなく腕を切断した。
血液もサラサラとしている。やはり健康体だったのだろう。
一通りの作業を終えると、イルミの去った方向とは真逆の方に私も飛躍しその場を離れた。