《木漏れ日を窓を開けて感じせば
ハーブの香りが風のざわめきに乗じて
十字に逆らゐし一匹の蟲に髪を蝕まれ
瞳はその扉を見つめるならむ
風が止み雪が溶けて水となり
満月に照らされ輝きし頃
汝は永遠を望んで眠らむ
その時再び扉は閉ざさる》
「全く意味がわからないわ」
「この言い回しは…古語だな」
「そんなことわかってるわよ」
「そういう本は読むのか?」
「古語で書かれた本はいくつも読んだわ」
夢子は不機嫌そうに暗号を睨むとクロロに言った。
「ほら、わからなかったでしょ。だいたい、最後に再び閉じるだろうって書いてあるけど、そもそも開いてすらいないのよ」
「この言い回しだと、扉は開けるものではなく何か条件が揃ったときに開くといった感じだな」
「その条件って?」
するとクロロは暗号に記された単語を指差して言った。
「例えばこの汝とは夢子、お前のことだ。それとこの“十字に逆らゐし一匹の蟲”、これはオレのことだろう」
「は?なんであなたがおばあ様の書いた暗号に出てくるのよ」
「お前のばあさんは予言者か何かか?きっとオレが本を奪いに来ることを予測していたはずだ」
「…たしかに祖母は予言師だったわ」
それはもう立派な。まぁ夢子も彼女が亡くなってから知ったことだが。
しかし何故ここにクロロのことが出てくるのか、夢子は不可解でならない。夢子の中でクロロは突然現れた不躾な盗賊である。
そんな男が扉を開く鍵に関係あると?
夢子は目を細めて暗号を見つめる。
「おばあ様は何を考えていたのかしら…」
「さぁな。しかし、何年も前からオレが来ることを予測していたとは、やはりかなりの手練れだな」
「えぇ、祖母はかなりの使い手だったそうよ」
仕事においても、戦闘においても。まぁこれも夢子の祖母の死後に彼女の日記で知ったことだが。
「…そう、日記よ
日記!日記になにかヒントがあるかも!!」
「日記?」
「えぇ、祖母の日記よ。そこには仕事のこととか何でも書いてあったわ。私は祖母について詳しいことは日記を読んで知ったのよ。まぁ、たまに意味わかんないことも書いてあったけど」
夢子は書斎の引き出しを順に開けて漁り始める。
3つ目の引き出しに、目当てのそれを見つける。
鞣した牛革の表紙に、色褪せて焼けた紙。中の文字のインクは擦れて滲んでいる。
夢子はパラパラとページを捲っていき、赤い付箋の貼ってあるところを開いて机に置いた。
「『12/15 孫の夢子を迎えに流星街へ。夢に出てきた少女を探して流星街を歩き回った。』…あの日のことね、おばあ様が私を見つけたときの」
「…その言い様だと、それまで会ったことはなかったのか?」
「えぇ、…私に親族なんていると思ってもなかったし、目の前におばあ様が現れて『私はお前の祖母に当たる者だ』って言ってきたときも信じなかったわ」
そう語る夢子の目線は日記より少し上、前方を見つめる。何もない壁を懐かしそうに見つめる夢子に、クロロもまた彼女を見つめる。
「それで、どうなんだ。何かわかりそうか」
「え?あぁ、そうね。ヒントはこれより後のページだと思う。所々意味不明だけど意味ありげな言い回しとかたくさんあるのよ」
「どっちなんだ」
「うるさい」
そう言い放って夢子は日記に目線を戻すと、またパラパラとページをめくり始めた。