「本当よ、私だってずっと読みたくて探してるのよ!」
「お前のばあさんはもう死んでるのか?」
「もういないわよ。残ってたのはこの館と本だけ」
(_あと鍵の場所を記した暗号)
夢子はクロロにそのことは言わなかった。だって、そこにある禁書は自分のものだから。
土足で入ってきて本を奪って自分を殺そうとしてる見知らないヤツに、まだ自分も読んでいない書物たちを奪われおまけに殺されるなんてごめんだ。夢子は立場を明確にされた今でも命知らずだった。
「禁書庫を壊そうとしたことは_」
「ないわ。…ていうか無駄よ、あらゆる力を跳ね返すんだから」
「ほぅ…興味深いな」
「まさか…場所は教えないわよ」
クロロは自分の力に絶対的自信がある。禁書庫の扉を破壊しにいくつもりだろうと夢子は察した。
しかしあの扉は力の強さどうこうではないのだ。夢子はそれを説明しようとしたが、クロロが自分自身の力でボロ雑巾になるのも良いかもしれない。
「怪我しても自業自得よ」
夢子はチラッとクロロに目配せし、ため息を吐いた。
そんな様子を見てクロロは鼻で笑う。
「場所は教えないんじゃなかったのか?」
「私だって読みたいもの。あ、条件ね。私を殺さないことを今ここで誓って」
「うん、まぁお前を殺す気はないよ」
「本当に…?」
夢子はクロロに疑いの眼差しを向け、横目に睨むとクロロは乾いた笑顔で夢子に返す。
「あぁ、久しぶりに女もいいと思ってな」
「は?」
「まぁそう睨むなよ。で、書庫はどこだ?」
「…」
夢子はクロロをキッと睨んだまま書斎の大きな扉を開く。
ガチャッ…ギィイ…_
何百年も歴史を踏んだ木製の扉の軋む音が、高い天井に響く。時代に似つかわしくない洋風な装飾はこの空間だけ中世に来たようだ。
夢子も世間の女たちとは全く違う、時代を感じさせる地味なドレスに身を包み、全く世間知らずといったような風貌だった。
しかし上品な外見とはうってかわって、夢子は強気で性格の悪そうな物言いをする。
そんな夢子にクロロは興味を示した。
「お前は15歳の頃にここに来たと言ったな…それまでどこで何を?」
「…別になんだっていいでしょ」
「気になったんだ。随分そこらのヤツらと違う生活をしているからな。しかし生まれたときからこうじゃなかったんだろ?気になるさ」
この森をちょっと出れば人通りは少ないとはいえ、もう現代だ。流行りのモノの派手な服に身を包んで携帯端末を片手に騒いでる人間がどれほどいるのだろう。
対して目の前を歩く少女は自身の生まれ持った髪色をそのままにし、肌はちゃんと隠して誰もが興味を示さないような分厚い本に没頭する。この女は脱がして犯したらどんな声で鳴くのだろう。
そんなことを思考していると、夢子がぽつりぽつりと話し始めた。
「…私は親に捨てられた。父の愛人の子だったのよ。でも父の正妻は子供を生めなかったからこの図書館の跡継ぎに私が選ばれたの」
「…」
「両親の顔は見たことないけど、祖母が流星街まで直々に出向いてきたわ。私は世界を旅することが出来るだけの財産をもらって、自力でここまで辿り着いた。そのときにはもう、おばあ様は死んでたわ」
「…今、なんて言った?」
クロロは、夢子の話の中に出てきた場所の名前を聞くや否や反応を示す。
そこは、クロロの故郷でもあったから。
「お前…」
「なに?」
「流星街の出身なのか?」
「ええ、だから本当は戸籍なんてないし法的にここを継いだわけじゃない。私が持ってるのは血だけよ」
「もういい…?」と嫌そうな顔をする夢子にクロロは「ああ」と一言返した。
夢子が自分と同じ境遇だったことを知って、クロロは彼女にとてつもない親近感と探求欲を持った。
世界のA級首の頭である彼にも、まだ情というものが残っていたことに、しかしながらまだ気付いていない。