2020年5月15日に発表されたNTTグループの新たな幹部人事に筆者は驚いてしまった。NTTは年次主義や技術系と事務系のタスキ掛けといった鉄則が今でも色濃く残る企業だ。だからこそ揺るぎないルールに沿った幹部人事のパターンをある程度予想できる。だが今回の人事はそんな不文律が崩れ、予想を裏切る結果となったからだ。背景には18年6月の持ち株会社トップへの就任以来、相次いで新機軸を打ち出してきたNTT澤田純社長による、経営スピード向上の狙いがありそうだ。
技術系と事務系のバランスが崩れたドコモ副社長人事
「今回の人事は衝撃的。特に営業系の社員たちはがっかりですよ」
このように打ち明けるのはNTTドコモの中堅社員だ。今回の人事で交代説もささやかれていた吉澤和弘社長は続投。在任4年で交代となるケースが多いドコモとしては珍しい5年目に突入する。もっとも初代社長の大星公二氏や2代目社長の立川敬二氏のように、社長を5年以上務めたケースもあり、長期政権は過去にも例がある。これだけでは驚くに値しない。
今回、異例だったのはドコモの副社長交代だ。次期社長の呼び声が高かった副社長の辻上広志氏が退任し、NTT都市開発社長に就く。辻上氏の後任にNTTの副社長である井伊基之氏を充てる。事務系の辻上氏が退任し、技術系の井伊氏が就く結果、ドコモで代表権を持つ社長と2人の副社長すべてが技術系になる。「過去記憶にない事態」(NTT関係者)というのが異例たるゆえんだ。
ドコモに限らず、NTTグループの幹部人事は、技術系と事務系のバランスを取るという暗黙のルールがあった。例えばNTT東日本の社長が技術系の場合、NTT西日本の社長は事務系といった具合にタスキ掛けにする。グループ企業の幹部も代表取締役の中で技術系と事務系をバランスよく配置することが常だった。そうすることでグループ全体30万人におよぶ従業員の士気を高めてきたのがNTTグループの人事の要諦だった。
今回のドコモ副社長人事で、このような不文律が崩れた。さらに今回、近年は副社長が担ってきたドコモの営業本部長のポストを、常務執行役員の鳥塚滋人氏が担う。この点も事務系が多いドコモの営業畑の社員の士気を下げているという。要職の営業本部長ポストが軽んじられていると受け止められかねないからだ。
新型コロナウイルス対応で続投決まる?
20年5月の決算会見で今回の人事の狙いについて問われたNTTの澤田社長は「長く担当される方が多かったので、それぞれのタイミングで実施している。特に何らかの文脈や方向感を持って今回の人事を演出しているわけではない」と回答する。
10年以上にわたって要職を歴任してきたNTT常務の栗山浩樹氏やNTT取締役の廣井孝史氏が今回異動する人事がそれに当てはまるだろう。栗山氏はNTTコミュニケーションズの副社長(NTTの非常勤執行役員を兼務)、廣井氏はNTTドコモ常務に就く。
片やドコモ副社長人事の背景にはいくつかの見方が浮上している。まず吉澤氏の続投は「新型コロナウイルスの感染拡大が続く重要な局面の中で、社長交代をしている場合ではない」(関係者)という判断が働いたようだ。次期社長候補の辻上氏が待たされる格好になったため、NTT都市開発の社長に引き上げたという見方が1つある。