46.任用
――ウェルズリー公爵領。
「ば、バカな!? カイトが負けただと!?」
東方騎士団長から報告を受けたウェルズリー公爵は、いよいよ腰を抜かす勢いだった。
「申し訳ありません……」
「おのれ……」
小隊長任用試験は、一度でも負けたらそこで終わりだ。
もはや万事休す。
いくら騎士団長の力を持ってしても、この状況を覆す方法はない。
カイトが昇進するのは不可能だ。
「こうなったら……何としても、リートが試験に勝つことだけは避けなければならない……」
もはや公爵を動かしているのは意地だった。
かつて、智謀策略をめぐらせ公爵にまで上り詰めた男だが、前王が死んだことで一気に勢力基盤が弱まっていた。
だから、カイトを早急に騎士団で成り上がらせる必要があったのだが、その目論見は頓挫しつつある。
「……しかし、公爵様。毒がダメでは手の打ちようがありません……」
「いや、まだ一つあるぞ」
「……と言いますと?」
「あいつはどこまでも甘ちゃんの偽善野郎だ。それを利用するのだ」
ウェルズリー公爵の頭の中で、完璧なシナリオが描かれる。
「騎士団長、これが最後のチャンスだ――」
†
――小隊長試験第二試合から二週間後の王宮。
近衛騎士の事務所に、リートとシャーロットが呼び出される。
「お前たち、聞いて喜べ」
ウルス隊長が笑みを浮かべながら言う。
「――今日、中央騎士団の人事院から内示があった。シャーロットを正式な騎士として迎え入れるそうだ」
「「ほんとですか!?」」
シャーロットとリートは、声を揃えて驚く。
「嘘をつくわけないだろ」
「――!!」
シャーロットは、口をその小さな手で抑えて、そして俯く。
「ありがとうございます……」
ポロポロと涙を流し、それを拭うこともできなかった。ただ両足に力を込めてなんとか立っているのがやっとだった。
――これまで彼女の人生は辛いことが多かった。
だがようやく認められたのだ。
「まだ任用試験の途中ではあるが、第一・第二試合の内容がよかった。騎士レベルの力は十分にあると認められたのだ」
そう言うと、隊長はもう少し詳細な経緯を説明してくれた。
前にシャーロットを見習いにしてチャンスをやれと、ランドに命令した中央騎士団のある中隊長がいた。彼が、シャーロットの活躍を見て人事院に打診したらしい。それが決め手だった。
「来月から中央騎士団の騎士だ。残念だがいきなり近衛騎士にはなれないからな。すぐにリートのもとで働かせてやることはできないが……」
リートとしてはもちろん寂しさはあったが、しかし彼女の夢がかなったのは自分のことのように嬉しかった。
「よかったな、シャーロット」
リートは彼女の肩をポンポンと優しく叩く。
「ありがとうございます、師匠……! 本当に……ありがとうございます!」