45.逆転の青炎
定刻に近づき、リートたちは試合が行われる闘技場へ向かう。
リートの様子は、少しだけましになっていたが、しかしそれでも到底まともに戦えるような状態には見えなかった。
それでもなんとか気合いで一歩一歩歩いていく。
「おや、リート。なんだか顔色が悪いな」
と、闘技場で待ち構えていたカイトが、下賎な笑みを浮かべながら言った。
心配する気など毛頭ない。
当然、父親からリートが毒をもられるということは聞いていた。
だから会場に現れたことがすでに驚きだったが、もちろんそんなそぶりは見せない。
代わりに、心配するふりをする。
「おいおい、大丈夫か?」
リートはそれを無視して、そのまま指定の位置につく。
「なんだよ、万全じゃない相手と戦って勝ってしまうのは、後味が悪いなぁ」
そんなことを平然とのたまいながら、カイトはリートの向かい側に立つ。
そしてカイトの相方は、シャーロットの向かいに立っている。
ランドの相方と同じく、これまた屈強な男だ。
名前をアレクサンダーという。
クラスは魔導剣士。
例によって“傭兵”だ。もともと地方の大貴族に雇われていた経歴を持つ。
本来なら見習い騎士になどなる必要がない、騎士と同等かそれ以上の力を持つ男だ。
「それでは、小隊長任用試験、第二回戦、リート組・カイト組の戦いを始めます」
リートは必死にカイトを睨みつける。
気を抜くと意識が飛びそうになるが、なんとか歯をくいしばって耐えた。
「それでは――試合、開始!」
審判が試合開始を告げる。
「“ドラゴンブレス・ノヴァ”!」
リートは開幕速攻で、いきなり最上級の魔法を放った。
剣戟でカイトとまともに戦えるような状況ではない。
だから遠距離魔法で決着をつけようと思ったのだ。
だが――
「“神聖結界”!」
カイトが聖騎士のスキルを放つ。
カイトの周囲に黄金色の結界が張られ、リートの魔法を無効化する。
――新しい技か。
リートが持っていない技だ。カイトは新しく身につけたらしい。
リートも聖騎士の技が使えるが、聖騎士のクラスを持っているわけではないので修行しても新しい技は身につけられない。
クラスの有無による差が出た。
リートは、並みの騎士が相手ならば、サラからもらった聖騎士のスキルで倒せる。
だが、聖騎士相手となると、ことは簡単ではなくなる。
スキルという面では、リートは常に聖騎士に対してはビハインドを背負わざるを得ないのだ。
「その程度か? “神聖結界”はビクともしないぞ!」
高らかに笑みを浮かべるカイト。
「――“ファイヤーランス・レイン”!」
リートは立て続けに遠距離から魔法を放つ。
だが、カイトの発動した“神聖結界”を破ることはできない。
「はは、どうした? 手こずってると、小人ちゃんがやられちまうぜ!」
カイトは、一回戦でランドがとったのと同じような作戦を取ろうとしていた。
“神聖強化”によって自身を守りつつリートを足止めし、その間に相方にシャーロットを倒させる。
そして2対1の構図を作って総攻撃を仕掛けるのだ。
もちろん、接近戦を挑んで、勝負をつけにいっても毒に冒されているリート相手なら勝機はあるだろうが、安全に勝ちに行こうとしているのだ。
――一方、シャーロットは、カイトの相方アレクサンダーに苦戦していた。
アレクサンダーのクラスは魔導剣士。
接近戦と遠距離戦、両方を得意とするクラスで、極めて器用な相手だ。
特に魔法攻撃は、シャーロットにとって天敵。
シャーロットには遠距離攻撃がない。
それゆえ、敵の魔法に遮られてなかなか距離を詰めることができないのだ。
「“ファイヤーランス・レイン”!」
アレクサンダーは上級魔法を打ち込む。
シャーロットは数発を避けながら、避けきれない攻撃をスキルで迎撃する。
「“バーニング・ナックル”!」
だが、ようやく撃ち落としても、次の魔法が飛んでくる。
「“ファイヤーランス・レイン”!」
攻撃が切れ目なく、近寄れない。
「小人ちゃんらしく、踊ってやがるぜ。しかし、いつまで持つかな」
カイトが嘲笑う。
――このままじゃジリ貧だ。
リートは、打開策を考える。
そして、望みは薄いだろうなと思いながら、思いついた策を実行した。
「“ファイヤーランス・レイン”!」
その魔法攻撃を――カイトではなく、アレクサンダーに向けて放つ。
カイトが守りに徹しているなら、弟子のアシストだ!
だが、当然カイトがそれを許すはずがない。
カイトは、アレクサンダーとリートの間に回り込んで、
「“神聖結界”!」
リートの攻撃を防ぐ。
「まぁまぁ、焦るなって。ゆっくり弟子たちの奮闘を見守ろうじゃないか」
リートはもどかしさに唇を噛む。
見ると、シャーロットは、アレクサンダーの魔法攻撃を立て続けに防ぎ続けて、体力がかなり削られているようだった。
「ふふ。お弟子さんは、小人のくせによく頑張ってるねぇ。褒めてあげたいよ」
カイトはそう言って笑う。
どこまでも人を見下した下賎な笑いだ。
「でも、やっぱり小人は小人だね。騎士になろうなんて、いくらなんでも、ムリだよね。流石に王宮は似合わないよ。道端で寝泊まりするのがお似合いだ」
その言葉。
カイトのシャーロットへの言葉。
――それがリートの心に火をつけた。
「雑魚が、黙れよ」
リートは、重たい体を必死に持ち上げて、カイトの方へと走り出した。
「“ドラゴンブレス・ノヴァ”!」
再び最上級の技を撃ち放つ。
もちろんこれは、
「しつこいな。“神聖強化”!」
カイトの鉄壁の前に弾かれる。
だが――
「“神聖剣”!」
リートは地面を蹴り上げ、捨て身の突撃を放つ。
「――クソ、剣を振るえるのかよ!?」
自分の方にまっすぐ飛んでくるリートに、カイトは焦りを感じた。
神聖強化は魔法攻撃には有効だが、打撃技、それも同じ神聖属性の攻撃には無力だった。
だからカイトは自分も“神聖剣”を発動してリートの攻撃を迎え撃つ。
――力は拮抗する。
リートはなんとか精神力で剣を握っていたが、普段のような威力は流石に出せなかった。
そしてお互いの神聖剣の威力が尽きたところで、カイトは後方に跳びすさり距離を取る。
「ちッ。おい、アレクサンダー。さっさとカタをつけろ!」
カイトは味方にそう指示を出す。
「――了解」
と、アレクサンダーが、魔法攻撃をやめ、剣を抜いて打撃に切り替える。
既にシャーロットは体力を消耗しているから、今なら接近戦で競り負けることはないと判断したのだ。
――アレクサンダーの周囲が、大きな魔力に歪む。
「――魔斬剣ッ!」
アレクサンダーの伝家の宝刀。
魔力を帯びた剣が、シャーロットにトドメを刺そうとする。
――ダメだ。シャーロットの“バーニング・ナックル”では絶対に太刀打ちできない!
リートは直感的にそれを理解した。
だが――
「……はぁ」
と。
――シャーロットは大きく息を吐いた。
呼吸を整えている。
まだ諦めてはいなかった。
そして、シャーロットは小さく、しかしハッキリと呟く。
「初めて……これが、女神の声!」
次の瞬間、シャーロットは拳を引いて、腰を落とす。
――アレクサンダーが魔斬剣で斬りかかってくる。
それに対して、シャーロットも真っ向から勝負を挑む。
拳が、炎を帯びる。
だが、その色は今までのそれと違って――青色だった。
温度が極限まで上がった炎の拳。
「――これは」
リートは理解した。
シャーロットが放つスキルは――
「――“バーンアウト・ストライク”!」
――それは必然だったのかもしれない。
クラスを得てからリートに出会うまでまともに実戦経験を積めなかったシャーロットは、
打って変わってこの一ヶ月半、毎日格上の相手と修行を続けてきた。
だから、経験値は十分だったのだ。
シャーロットの小さな拳に宿った青い炎は、アレクサンダーの魔斬剣と真っ向からぶつかり、
そしてその鉄剣を溶かし尽くす。
「――ば、バカな!!」
拳の勢いは止まらず、アレクサンダーの腹に直撃する。
――加護の指輪の結界が弾け飛ぶ。
「――嘘だろ!?」
カイトは思わず叫び声をあげる。
――だが、それによってシャーロットの意識がカイトに向かう。
シャーロットは、そのまま踵を返して、カイトの方へと跳躍した。
「“バーンアウト・ストライク”!」
――拳の炎を灯し直す。
「クソッ! “神聖結界”!」
カイトはとっさに聖騎士のスキルでシャーロットの技を防ぐ。
シャーロットの技は強力だったが、流石に聖騎士のスキルの前には太刀打ちできなかった。
だが、シャーロットの技を受け止めている間、カイトの側面は全くの無防備だった。
「――“バーニング・ナックル”!」
リートは、最後に残った渾身の力を振り絞って、カイトに突撃する。
「――――ッ!」
リートの拳が、カイトの結界を殴り飛ばした。
「グハッ!!」
カイトは痛みに顔を歪める。
【――スキル“神聖結界”を手に入れました】
女神の声が、リートの脳裏に響いた。
「――――勝者、リート組!」
審判がリートたちの二度目の勝利を告げた。