男のために豊胸しましたという人がいないように
ところで今まで私の出会った豊胸をしている女で「男のために豊胸しました♡」という人には会ったことがない。整形手術の中でもかなり高額な部類だし傷跡もデカいし、術後は激痛マッサージを自力で続けないと胸が石のような硬さになってしまうし、それでもシリコンの寿命はせいぜい10年なので10年ごとに毎回高額払ってシリコン入れ直して毎回激痛マッサージをする人生か、もうそんな経済的余裕はないので諦めてシリコンを抜いて、中身がなくなって伸びきった胸の皮膚と共に歩む人生のどちらかしかなくなってしまう豊胸手術を、男に「オッ♡」と思われるためだけにやるやつなんていない。じゃあなぜ豊胸をするのかというと、突き詰めて言えばただ自分が巨乳になりたいからだ。
これは男も同じ感覚があるのだと思う。
ある日突然神様が現れて、「あなたはこの先一生セックスをする機会はありません。ところでちんこのサイズを3センチか20センチに変更することができますがどちらにしますか?」と聞かれたら、多くの男が20センチを選ぶと思う。3センチのほうが歩くときも邪魔にならないし、スキニーパンツもスッキリはけるし、公共の場で思わぬ勃起をしてしまっても慌てなくていいしどう考えても実用的だと思うのだけど、それでも多くの男が20センチを選ぶだろう。
巨根になりたいのは女のためじゃない。突き詰めて言えばただ自分が巨根になりたいからなりたいのだ 。
銭湯にでも行った時に周りの男たちから「コイツすげえ……!!」とか思われたら嬉しいし、ちょっと落ち込むことがあったとしても「つっても俺ちんこ20センチあるし〜☆」と自尊心を保つことができるし、「短小」「ポークビッツ」などという単語が耳に入ったとしてもいちいち傷つかなくていいし。
前々から、実際のところは女よりも男のほうがちんこが好きなんじゃないかと疑っている。AVでは男優の精液が本物かどうかに異常なこだわりを見せるわりに、女優の愛液が本物なのかぺぺローションなのかはまったく気にする様子はないし、精液の量が少ないとか飛びが悪いとか色が薄いとかいう理由でAVメーカーにクレームの電話がかかってくることまである。男性向けAVのパッケージにデカデカと書かれる「巨乳!」「素人!」「現役女子大生!」といった惹句には同じように「巨根!!」も並ぶ。巨乳や素人や現役女子大生と同じレベルで男にとって巨根は魅力的なのだ。でも女がいい胸した女の写真に「きれ〜い♡」と言うのは許されるのに、男がいいちんこした男の写真に「かっこい〜い♡」と言うと「え……おまえそっち系だったの?」「ホモ(笑)」「アッー!」とか言われてしまうので、男は大好きな巨根の魅力について語ることができない。
でも自分の好きなもののこと、話したいよね! 同じものが好きって人がいるとうれしいよね! だから男が「やっぱり女の人ってちんこ大きいほうが好きなんですか?」と聞くときは、「短小コンプを慰めてほしい!」という気持ちと、「大好きなちんこの話がしたい!」という気持ちと、「女にも自分の大好きな巨根を好きであってほしい!」というなかなかに複雑な感情が入り混じっている。
そういうわけで男が巨根になりたい、巨根に憧れる、短小の自分なんてイヤだと思うのは、女がごちゃついたネイルをかわいい♡ と思うのと同じで、根本にあるのはモテとかそういうのじゃなくて、そこに山があるから登る、かわいいからネイルアートする、巨根かっこいいからちんこデカくなりたい、というごく個人的な欲望なのだと考えている。
自覚できず言語化できなかった思い
私が10代の頃、というと20年前くらいの話になるのだけど、その頃は男に「男はそういうネイル好きじゃないよ?」と言われると、女はみんな「え〜? そうなの〜?」と曖昧な返事をしていた。中にはマジでこれでモテると思ってネイルやってるヤツもいたとは思うけど、多くの女は自分が好きだからやってて、でもその自覚がなかったり、あっても言語化できなかったり、脳内では言語化できてても口に出せる空気じゃなかったりした結果の「え〜? そうなの〜?」だった。現在は「男はそういうネイル好きじゃないよ?」と言われると、即「男のためにやってるわけじゃねえし」と返すのが定番になっている。「そもさん!」「せっぱ!」の速度だ。
にも関わらず、女は男がシルバーアクセサリーをつけてたり、眉毛を細く整えてたりすると「女はそういうの好きじゃないのに」とか言い出すのはひどい話だなと思うし、男も男で「え!? そうなの!?」みたいなリアクションをとる。中にはマジでこれでモテると思ってシルバーアクセサリーつけてる男もいるんだろうけど、自分が好きでつけてる男もいるのだろうし、でもその自覚がなかったり、あっても言語化できなかったり、脳内では言語化できてても口に出せる空気じゃなかったりした結果の「え!? そうなの!?」だ。20年前の私たちと同じ環境を、男はいま生きている。
男が自分の「性犯罪がしたい!」という欲望を「露出が多い服装をしていたから」とかっつってすぐに女を理由に仕立て上げるのは害悪だけど、自分の「シルバーアクセサリーをつけたい!」「巨根になりたい!」とかいった欲望も女が根本の理由ではないということをいまだ自覚、表明できないことにはなんだか同情する。20年後くらいには「ちんこデカすぎても痛いだけだよ?」と言う女に男が即「女のためにデカくなりたいわけじゃねえし」と返す世界になっていたらいいと思う。
Text&Illustration/峰なゆか
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