私小説置き場

夏だしこんな実話でも。

事故物件を自分でお祓いした話

 もうだいぶ時間も経ったし、夏だから、たまにはこんな話もいいかなと。  もう十年以上前の夏の終わりの日、その日から乗り込みの外構工事の現場があった。坂や階段の多いその地域でも、とりわけ奥まった場所にある戸建て。その戸建てのエクステリアの工事で、既存のブロック塀を解体し、ややお洒落なアルミのフェンスを建てるという、簡単な工事だった。  しかし、昼頃から異常が起き始める。まず、熟練の電気工事士が何もない所で不可解な転び方をして左腕を怪我。次に、中堅の職人がなぜかワイヤーメッシュが手に引っかかって掌をざっくりと切ってしまう。  この時点で自分は『何かいやな日だな……』と思っていたが、夕方に決定的な出来事が起きた。もっとも運転の上手な熟練の職人が追突事故を起こしたのだ。自慢ではないが、当時のうちの会社は熟練者も多く、怪我人は出た事が無かった。交通事故も無かった。なのに、一日でこの状態だ。 ―何かがおかしい……。  気になった自分は元請け会社の担当に電話をかけた。 「すいません、今日の物件、もしかして何かあります?」  電話の向こうの担当者が、息を呑み込むように沈黙して、とても嫌な予感がした。彼は間を置いて聞き返してきた。 「もしかして、何かありました?」  何かが起きることを想定していたような答えだった。自分はここで、不可解な事故や怪我が続いた事を報告し、改めて物件について聞き直した。担当者の歯切れの悪い答えが返ってくる。 「すいません、そこ、訳アリです。二人死んでます。色々噂はあったんですが、自分たちが内装工事で徹夜した時は何も無くて、大丈夫だと思っていました。すいません」 「二人も!?」 「出るとか言われてるみたいです。近所の人からも」 ―なんてこったぁ!事故物件ひいちまった!  いつかは来ると思っていたが、その日は意外に早く来た。そして、間をおいて聞き直す。 「……今日の分の金は要らないから、撤退しても?」 「むしろ、上乗せするんで何とかなりませんかね?」 「そちらで坊さんや、神主さん、つまり、お祓いをお願いする事は出来ますか?」 「いやー……、それは難しいかなと。お金は乗せることはできますが……」 「……わかりました。何とかしてみます。また連絡します」  皆が帰ってくる頃なので、会社の倉庫に向かう。ほどなくして、バンやトラックが戻り、みんな口々に『なんかおかしいぜ?』という話を始めた。 「ああ、事故物件だってさ。二人死んでるし、出るって噂もあるんだと。で、撤退はしないで欲しいと。但し、金は上乗せだと」  この話に、職人連中の親方が反応した。 「坊さんや神主は呼ばねェのかい?」 「こっちでやってくれと。まあいいよ、お祓いくらいやるよ」 「おう、なんだ水抜き(古井戸の水を抜く際のまじない)以外もやんのか?」 「貧乏会社だからさ、お祓いも『下請け』に出さないで直でやるよ」  この冗談に、親方ほか帰ってきた連中は笑った。 「とりあえず、今日嫌な気がした人は神社に賽銭でもあげてきて、明日は怪我したメンバーは一緒に『お祓い』に来た方がいいかもだな。仕事はそれから再開しよう」 「本当に自分でやるのかよ?」  聞いてくる電気工事士。 「やるよ。相手も人間、話せばわかるはず」 「分かんなかったら?」 「お経でぶん殴ればいい。お祓いから地上げに変更だ!」 「本気かよ!」  笑いが上がる。何とも強引な話の持って行き方だが、これくらいの方が人は安心するものだ。これで明日の予定をなんやかんやと決め、家に帰るが、途中で線香や酒を買った。さらに、帰ってきた妻に事情を説明し、味噌と塩のおにぎりを二つ、握ってもらった。 「やっぱりさ、むさいおっさんの握ったおにぎりでは、纏まる話もまとまらないと思うんで」  自分だって嫌だ。死んで成仏する時何か貰うなら、女性が心を込めて握ってくれたおにぎりの方がいい。まあ、無かったらおっさんが握ったものでも納得はするかもしれないけれども。 「こういう事して、何とかなるの?うまく行ったかどうか、確認する方法はあるの?」  妻の言う事ももっともである。ここは、昔からの知識で説明する。 「まず、こういう事は、『解決できる誰か』に訴えかけられるもんだ。で、今回は話の分かるおれが選ばれたと思ってる。こういう対応するからな。で、まず筋は通しておく、と」 「解決したかどうかはどう確認するの?」 「ああ違う、これはまず、『何があったか理解しました。大変でしたね、でもとりあえずこっちも事情があるから怒らないでね?』って挨拶というか約束みたいなもんなんよ。ただし、ちゃんと心を込めてねぎらうと、ささやかに良い事が起きたりする。それが起きれば完璧だな」 「昔もこんな事が?」 「あったし、年寄りは知っている話だよ。今は失われつつあるけどな」 「……丁寧に作るね」 「あとで何かお礼します!」  と、こうして、おそらく心を込めて握ってもらったであろうおにぎりも二つ用意できた。  翌日。  はるばるやってきた事故物件、書類上のやり取りのみで自分が来たのは初めてだが、建物の内部は過去に経験した幾つかの『やばい場所』の空気そのものだった。湿った冷たい風呂場にいるような、独特の感覚が、残暑の厳しい日でも肌にまとわりついてくる。 「いらっしゃいますねぇ」  どんな時も冗談は忘れない。さて、ここで手順だが、まず、サッシも窓も全開にする。押し入れも戸袋も、玄関収納もキッチンの収納も、風と光が入るような状態にする。その上で、一階の『何やら一番雰囲気の悪い和室』がポイントだと思い、そこに酒、水、お茶、塩、おにぎりと線香を用意し、線香に火をつけた。 「準備オッケーかな?始めるよ?」  ここで正座したのは、自分と職人二人、そして電気工事士の三人だ。咳払いをして、本職顔負けの『般若心経』を唱え始める。ところが、すぐに庭から、『もし?』と声をかけてくる人が現れて、お経は中断した。年配の女性が不思議そうに見ている。 「お坊さんかと思ったら、作業着着てらっしゃるから、どういう事なのかしらと思ったのよ」  事情を話すと驚愕の事実が判明した。このおばちゃんは、この事故物件の隣のアパートの大家さんで、なんと、この家の故人とは用地の境界で長年揉めた間柄だったのだという。 「〇〇さんは区議まで動かして、ほぼ無理やりうちのほうに越境していたの。でもそれをあなたたちが壊したから出て来たのよ、きっと。境界に凄くこだわる人だったから……」 「何があったんです?」 「ある時、〇〇さんの奥さんが植物状態になってしまったの。このお部屋で寝ていたのよ。〇〇さんは生活が大変になって、役所に相談したのだけれど、生活保護を受けるにはこの家を手放さなくてはならなくなってね、それは絶対に嫌だったみたい」 「でしょうね」 「ある日の朝、〇〇さんがベランダに立っているのを、うちのアパートの人が見かけたの。夜になって帰ってきても同じ場所にいたから、よく見たら……首を吊っていたのね。奥さんも間もなく亡くなったのよ。世話する人がいないから」  経験上、これはただの話ではない。故人が身の上話を自分にしている局面でもあるのだ。しかし、そんな事を知っている人はもうほとんどこの世にいない。要は、供養をするなら自分たちの事をよく知って欲しいという意思が働いている局面なのだ。だから自分は、境界に関しては執着し過ぎとは思いつつも、自分の家を離れたくない、という思いには共感する事にした。 「私も手を合わさせていただいても?」 「どうぞ」  こうして、隣地の大家さんも加わって手を合わせたので、自分も本気で読経した。しかし、その途中だった。 ―おい!  職人が自分の腕を押し、何かを見るように目で合図をした。信じられないものを見た。大の大人三人が、家の中のあちこちを開け、チェックしたはずなのに、亡くなった奥さんの寝ていたこの和室の、片開きの押し入れが閉じており、しかもそれが、風もないのにゆっくりと開き始めた。 ―ギーイッ  今でもあの音は耳に残っている。ゆっくり開いた片開の襖は、ほぼ全開になって止まった。 (ああ、そこにいたのか。お疲れ様……)  背筋に冷たいものが走っていたが、読経をきっちり終えた。何か空気が変わった気がする。思い込みかもしれないが、それこそが大事でもある。いつの間にか厳かになった供養はこうして終わり、大家さんも何度も挨拶をして帰って行った。工事は翌日から再開したが、怪我もトラブルもなく進み始めた。経過は順調らしい。  そして、それから三日ほどして、現場から連絡が入った。 「隣の大家さんが、小さい仕事を頼みたいってさ。あと、面白い社長だって言ってたぞ!お坊さんよりお経が上手だってさ!菓子折りも二つ貰ったから後で持ってくわ」 「ありがとん!」  しかし、ピンときた。供養へのささやかな『お礼』だろう。経過は良かったという事だ。ホッとした。夜になり、帰ってきた妻に経過を伝える。 「おにぎり、だいぶ美味しかったらしい」 「本当にこういう事ってあるのね!」  こうして、事故物件のトラブルは何とかおさまった。自分は特に何かの宗教を信じているということは無い。今回のこの手順は、神主も坊さんもいない時に、良くない場所を供養する方法だ。昔の年寄りから聞いたもので、手順も経過も聞いた通りだった。断絶しかけている知識の一つだろう。しかしそれが、何かを正しい流れに戻したっぽい。  夏になるとたまに思い出す、そんな話。

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  • れびゅにゃ~

    朽縄咲良

    ♡1,000pt 2020年8月7日 0時55分

    人(幽霊)の心を動かすのは、肩書や大仰な作法ではなく、真心である…って事ですかね…。

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  • そうなのかもしれません。 お経でなくともいいのかもですよ。 昔はこのような方法があったそうです。

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    堅洲

    2020年8月7日 0時59分

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  • エリナ(QB)

    ATワイト

    ♡1,000pt 2020年8月6日 23時18分

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  • ありがてえありがてえ

    堅洲

    2020年8月6日 23時20分

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  • ゆりすぺしゃる

    双六 人生

    ♡200pt 2020年8月31日 19時18分

    悲しいけど、これってファンタジーじゃなくて現実なんですよねぇ……。子供の頃は家を建てる前にする、お祓いなどの意味が分かりませんでしたが、今は縋れるものなら何でもという感じですね。1人暮らしの高齢者が亡くなって、というのもわりと聞くようになってしまいましたし。。。

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  • なかなか切ない現実があります。 人生いろいろな事がありますから、お祓いや供養の理念も理解しておいた方は良さげですね。

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    堅洲

    2020年8月31日 19時27分

    メイド

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