結婚前、私は東京医科歯科大学大学院博士課程の学生だった。
夫は昭和なオトコだったので、自身の出身校である弘前大学より格上の医科歯科で、妻が博士号をとることを嫌がった。指導教官とうまくいかなかったり、妊娠したり、研究室を移った先の教官も退官されたことなどあり、博士号をとらないまま、満期退学した。そのときは
「私は、医師の夫を支える妻なのだから、博士号をとったところで使い道はないわ」
と脳内お花畑であった。夫だけをみて、夫を支え、夫にあわせ
子どもを医者か看護師に育て上げることが、私の幸せだと思っていた。開業医の妻である実母の生き方を、無意識に踏襲していたと思う。
主婦の幸せは、夫の裏切りによって強制終了させられ、10キロ痩せた。主婦としてのアイデンティティを、他でもない我が子の父親にぶっ壊されたので、
「子どもたちのために、強く生きる」
ことは不可能。夫の逮捕は、
「私と子どもは、夫に愛され大切にされている」
という前提で行ったすべての判断と行動が、間違っていたのと同義だから。
「これ以上子どもに迷惑かけないよう、死のう」
としか考えられなかった。葛藤の末至った境地は
「主婦として母としてのアイデンティティは、このまま葬るほかない」というもの。抜け殻となってしまった自分を直視し認めなければ、歩き出せないのだ。それが死を回避する唯一の方法。
私はもう、娘たちを母親として包み込んでやることは、できなくなってしまっている。子どもたちが泣いて甘えてこようとすると、スッとその場を離れる私がいる。その場にいると
「文句があるなら、パパに言いなさい」
と冷酷に言い放ってしまいそうだからだ。
林さんが生き返ることがないのと同様に、私が主婦として母としての感覚を取り戻す日もこない。それが犯罪、取り返しのつかないことを父親がしたということ。うちの娘たちは、父親の逮捕と同時に、母親まで失ってしまったのだ。今後二人の娘たちは、歳の離れた姉として、最も身近な大人として、私が成長を支えていく。
今後検察は、公判前整理手続きを非公開で行い、マスコミ統制を徹底的に行い、「悪いのは夫」であるかのように争点を単純化して絞り込み、形だけの裁判で結審するつもりだろう。その過程では当然司法取り引きが行われ、夫と山本氏との共同正犯関係の背景にある医師国家試験受験資格不正取得には触れない条件で、社会に出る時期を早めるような交渉がなされるのだろう。
愉一は、一生刑務所から出てこなくていいんで、
真実を明らかにしていただきたい。
それが裁判のはずですよね。
誰もやらないなら、私がやるほかないから。
夫逮捕によって、降ってわいた研究テーマ
「医師養成利権」に迫り、まとめあげたいと思う。
院生時代に教授に言われた言葉を思い出す。
「テーマが決まれば、研究は半分終わったようなものだよ」
一冊ぐらいは本を書いてみたかったので
頑張りますよ。