画
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イヴは夜目がきく。
ただそれ以上に集中時の耳のよさがすごい。
もはやセンサーという感じだ。
豹人族の特徴らしい。
第二陣が迫っていた頃。
まず迫る第二陣を夜目で確認してもらった。
次に、耳を地面につけて足音を聞いてもらった。
灯りの数から推測できる人数。
足音の数から推測できる人数。
ズレがあった。
灯りの数から推測できたのは約30人。
足音から推測されたのはおよそ45人。
約15人の誤差。
誤差の分が別働隊と考えられた。
途中、足音のかたまりが二つに分離したとイヴが報告した。
別働隊が本隊を離れたのだ。
俺はセラスに指示を出してからイヴたちと林の奥へ入った。
セラスには時間稼ぎを頼んだ。
灯りを持っている方の部隊の相手。
彼女なら信頼して任せられる。
ただし完璧は望まない。
望みすぎはプレッシャーとなる。
彼女ならベストを尽くす。
それはわかっている。
だからどんな結果でも俺は文句を言わない。
俺にとって”任せる”とは、そういうことだ。
そう伝えた。
セラスと別れた俺は林を進んだ。
別働隊がいるであろう方角へ。
途中までイヴとリズを連れて行った。
集中して耳を澄ますイヴ。
「林を通ってこちらへ向かっているのは14……いや、15人だな……この距離なら確実にわかる……」
耳元でイヴがそう囁いた。
音で人数を把握したらしい。
…………。
俺はすごい拾い物をしたのかもしれない。
「わかった。あとは戻ってリズと身を隠しててくれ」
「一人で大丈夫なのか、トーカ?」
「あの子を一人にはできないだろ?」
「だが……」
「心配するな。問題ない」
今、月は隠れている。
林の中は暗い。
深い闇。
得意な舞台だ。
こめかみを指で叩いてみせる。
「おまえほどじゃないが、俺も感度はイイ方でな? とある場所で、死と隣り合わせのまま数日過ごした。そのおかげか気配ってやつにはけっこう敏感になったんだよ」
ローブに手をあてる。
「それに一人じゃないしな」
ピギ丸が小さく返事をする。
「ピ」
イヴたちが戻ったあと、俺は草陰に身を潜めた。
別働隊が近づいてくる。
雲で月が隠れて闇が濃さを増す。
その瞬間を狙った。
「【パラライズ】」
闇に乗じてスキルを発動。
なるべく範囲内に、大人数が入るようにして。
「な……に……?」
すぐさま近づいて【スリープ】をかける。
声を完全に出させないために。
短剣を取り出す。
一人一人、喉を掻っ切っていく。
いち、
に、
さん、
し、
ご……。
数えながら、手早く、掻っ捌いていく。
「これで――」
俺は闇に身を潜めつつ、
「じゅうご」
別働隊をすべて始末した。
予定通り一人も逃さず片づけた。
そこそこ腕利きの15人だったとは思う。
だが、五竜士と比べればなんてことはない。
適度な闇もほどよい援護になった。
それに、
「……おまえ、ほんと優秀だな」
靴底の裏には今、ピギ丸の一部が薄く張りついている。
平べったい状態で。
いわば音を吸収するクッションという感じである。
これのおかげで俺の足音はほぼ完全に消えていた。
他にも移動中、音が出そうな時はピギ丸が気を利かせて消音してくれた。
おかげでかなり楽に仕事をこなせた。
突起を撫でてやる。
「つくづくおまえはデキる相棒だよ、ピギ丸。助かった」
「ピニュゥ〜……♪」
ピギ丸が上機嫌に小さく鳴いた。
さて、お次は……。
先ほどから男の声が聞こえていた。
内容はまだ聞き取れない。
が、けっこうな大声で喋っているのはわかる。
灯りを持っていた本隊の誰かだろう。
あるいは例のムアジか。
別働隊の中にムアジがいたかはわからない。
迅速に済ませたかったので尋問は省いた。
いずれにせよ――
「アシントは、全滅させる」
他に気配がないかを確認する。
ここの位置を頭に叩き込む。
位置を覚えたあと、俺はセラスのいる方へ戻った。
今、アシントの連中は足を止めている。
狙い通り途中で折れた枝に気づいたようだ。
イヴの違和感を見抜いた男。
観察力。
洞察力。
その二点が優れていると思われる。
ならばあの枝にも気づくはず。
次にムアジはそこで何か怪しいと感じる。
そして踏み込んだ先に何か罠があると読む。
となれば林の中へは踏み入ってこない。
が、本当の狙いは逆。
これは林の中へ踏み込ませないための策だ。
聞こえてくる声の主は移動していない。
近づいてこない。
つまり、林の中へ入ってきていない。
策は成功している。
俺は移動を続けた。
近づいていくと、会話内容が少しずつ聞こえてきた。
声の主は誰かに何か語っている。
ムアジがセラスに語っていると思われる。
セラスは姿を晒したらしい。
もしくはムアジが、隠れていたセラスの存在に気づいたか。
『できるだけ、林の中に引き入れたがっているように見せてくれ』
俺の与えた指示はそこまで。
あとの時間稼ぎの方法はセラスに任せてある。
会話内容を聞く限り、上手くやれているみたいだ。
「…………」
ムアジは上等な詐欺師。
賢く、目ざとい。
そこに落とし穴がある。
最初、ムアジには違和感を与える。
ムアジはその違和感の謎を解く。
解いたことで、ムアジは満足する。
自信を得る。
自分が絶対的に正しいという全能感を得る。
そこで思考はストップする。
次は自分のターン。
目の前にいる女は策を看破された哀れな敗北者。
何を恐れることがある?
強力な戦力は揃っている。
女の背後には差し向けた別働隊もいる。
相手に逃げ道はない。
すべて自分の目論見通り。
ムアジは今、そんな状態なのではないか?
語り口でわかる。
今のムアジは、全能感に満ちている。
そしてその全能感こそが、思考を麻痺させる毒と化す……。
俺は木に登り始める。
ピギ丸はロープっぽくも変化できる。
登るのを補助してくれた。
つくづく器用なやつである。
さらに登る際の音も消してくれた。
やや遠いが、セラスたちを見渡せる位置に俺は陣取った。
最大射程の【パラライズ】は届かない距離。
だが今は敵をすべて見渡せる必要がある。
ムアジたちは林から距離を取っていた。
林へ近づくと危険だと思っているらしい。
一方で、さらに後退する様子はない。
この距離ならば敵の罠にはかからない。
そう信じているのだろう。
「…………」
悪いな。
時間さえあれば、俺の状態異常スキルは届く。
月が、顔を出した。
相棒に、囁く。
「ピギ丸……接続、開始だ……」
「ピ」
頭部の後ろから両側面へ、根の張る感覚が伸びてくる。
セラスたちの会話を耳にしながら魔力供給と接続を行う。
――ミシッ――
これまで耳にした会話を振り返る。
声の主はムアジだった。
ムアジは色々タネ明かしをしていた。
呪いの正体もやはり毒だったようだ。
会話の途中で、少し意外なことが起こった。
セラスが正体を明かしたのだ。
効果はてきめんだった。
アシントの意識は完全にセラスの方へ移っている。
今、連中は周囲の警戒ができていない。
この距離でもわかるほど他への注意が散漫になっている。
皆、セラスに意識を吸い寄せられているのだ。
月光に照らされたセラス・アシュレインに。
言葉を聞く限り、ムアジさえも魅入っているようだった。
再び闇が辺りを覆った。
――ピキッ……――
セラスも、闇に包まれる。
「…………」
意識逸らしと時間稼ぎのためとはいえ……。
なかなか無茶をしたな、セラス。
口もとの片方を吊り上げ、呟く。
「たった一人で、よくやってくれた」
――ミシッ――
声に力を込め、俺は、合図を発した。
「――接続、完了――」
▽
直後、セラスとアシントの間に光のかたまりが出現。
光の精霊の能力。
照明弾のごとく出現した光がアシントを照らし出す。
全員、目視できる。
バシュゥッ!
何十本もの突起が、アシントめがけて飛び出していく。
浮足立つ予兆を見せつつもアシントはまだ固まっていた。
急な襲撃に認識が追いついていないのだ。
驚愕の表情に変貌していくムアジも確認できた。
が、もう遅い。
逃がさない。
最高の結果を生むためには、逃がすわけにいかない。
ただの、一人とて。
ゆえに、別働隊を先に潰す必要があった。
本隊が潰されたのに気づいた別働隊が、四方八方へバラバラに逃げるのだけは避けたかった。
そうなれば、追跡は困難となる。
MP残量を表示。
「ステータス、オープン」
アシント。
「おまえらの知らない
「【パラライズ】」
▽
木から降りて、俺はセラスの隣まで行った。
視線の先には麻痺したアシントたち。
最強の兄弟とやらも麻痺状態にある。
もちろん、ムアジも。
「ここまで攻撃が届くとは思ってなかっただろ」
もし届くならとっくに攻撃している。
そう考えるのが筋だろう。
攻撃がこないからムアジはここが罠の射程距離外だと読んだ。
が、こちらが時間稼ぎをしていたとは考えなかったらしい。
稼いだ時間は二つ。
別働隊を始末する時間。
ピギ丸と接続する時間。
「この力を使うのにも、準備にそこそこ時間を食うんでな」
接続を、解除。
「べ、別働……隊は……どこ、に……?」
「もう潰してきた。あんたがペラペラしゃべっているうちに、15人全員」
「ぬ、ぐっ……? 先ほどの、姿……なん、なのです……おまえ、は……?」
「【ポイズン】」
「ぐ、がぁ……っ、ぁ……っ!?」
ムアジたちが毒状態になった。
素早く人数を数える。
「全部で30人、か」
他に気配は……。
背後の方角。
離れた位置に二つ。
イヴとリズ。
他に気になる気配はない。
息をつく。
「つーか、イヴのやつ……」
さっき”約”とか”およそ”とか言ってたけど。
人数、ピッタリじゃねぇか。
ピッタリ言い当てていた。
すごいな、豹人族の聴力……。
「さて、と……しばらくはアシントの連中が毒でくたばるのを待つとするか」
アシントとは特に何かを話す必要もない。
言葉に耳を貸す必要もなさそうだ。
こいつらの悪行は知っている。
死んでも心は痛まない。
クズだとわかっているだけで十分だ。
「あの」
セラスが声をかけてきた。
「ん?」
「ご期待に、応えられたでしょうか……?」
「ああ、もちろんだ。よくやってくれた。けど、正体を明かしてまで意識を引きつけるなんて、ずいぶん大胆な策に出たもんだな」
反省の色を見せるセラス。
「申し訳ありません……独断で、正体を明かしてしまい……」
なぜ反省路線へ入ったのか。
「いや、褒めてるんだが」
「う」
手の甲で口を塞ぐセラス。
次いで彼女は、気まずそうに視線を逃がした。
「すみません、早とちりでした……」
俺は口端を歪めた。
「ま、とにかくよくやってくれたよ。おまえに任せて、正解だった」
セラスの表情が緩む。
「は、はいっ……お役に立てて、よかったです」
胸を撫で下ろして表情を輝かせるセラス。
俺は言った。
「一度、イヴたちに状況を知らせてきてもらえるか? できるだけ早く戻ってくれると助かる」
「はい、わかりました」
小走りで林の中へ入っていくセラス。
「…………」
第一段階は、クリア。
「……さて」
来たか。
囮の馬を追って行った第一陣。
灯りのかたまりが遠くに確認できた。
近づいてくる。
合図時に放ったセラスの光。
あれを見て戻ってきたのだろう。
「フン」
少しホッとした。
「あいつらが戻ってきてくれないと、俺の目論見も不完全で終わるからな」
思い描く