挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
112/200



     △



 イヴは夜目がきく。

 ただそれ以上に集中時の耳のよさがすごい。

 もはやセンサーという感じだ。

 豹人族の特徴らしい。


 第二陣が迫っていた頃。

 まず迫る第二陣を夜目で確認してもらった。

 次に、耳を地面につけて足音を聞いてもらった。


 灯りの数から推測できる人数。

 足音の数から推測できる人数。


 ズレがあった。


 灯りの数から推測できたのは約30人。

 足音から推測されたのはおよそ45人。


 約15人の誤差。


 誤差の分が別働隊と考えられた。

 途中、足音のかたまりが二つに分離したとイヴが報告した。

 別働隊が本隊を離れたのだ。


 俺はセラスに指示を出してからイヴたちと林の奥へ入った。


 セラスには時間稼ぎを頼んだ。

 灯りを持っている方の部隊の相手。

 彼女なら信頼して任せられる。

 ただし完璧は望まない。

 望みすぎはプレッシャーとなる。

 彼女ならベストを尽くす。

 それはわかっている。

 だからどんな結果でも俺は文句を言わない。

 俺にとって”任せる”とは、そういうことだ。

 そう伝えた。


 セラスと別れた俺は林を進んだ。

 別働隊がいるであろう方角へ。

 途中までイヴとリズを連れて行った。

 集中して耳を澄ますイヴ。


「林を通ってこちらへ向かっているのは14……いや、15人だな……この距離なら確実にわかる……」


 耳元でイヴがそう囁いた。

 音で人数を把握したらしい。

 …………。

 俺はすごい拾い物をしたのかもしれない。


「わかった。あとは戻ってリズと身を隠しててくれ」

「一人で大丈夫なのか、トーカ?」

「あの子を一人にはできないだろ?」

「だが……」

「心配するな。問題ない」


 今、月は隠れている。

 林の中は暗い。

 深い闇。

 得意な舞台だ。

 こめかみを指で叩いてみせる。


「おまえほどじゃないが、俺も感度はイイ方でな? とある場所で、死と隣り合わせのまま数日過ごした。そのおかげか気配ってやつにはけっこう敏感になったんだよ」


 ローブに手をあてる。


「それに一人じゃないしな」


 ピギ丸が小さく返事をする。


「ピ」


 イヴたちが戻ったあと、俺は草陰に身を潜めた。

 別働隊が近づいてくる。

 雲で月が隠れて闇が濃さを増す。

 その瞬間を狙った。


「【パラライズ】」


 闇に乗じてスキルを発動。

 なるべく範囲内に、大人数が入るようにして。


「な……に……?」


 すぐさま近づいて【スリープ】をかける。

 声を完全に出させないために。

 短剣を取り出す。

 一人一人、喉を掻っ切っていく。


 いち、

 に、

 さん、

 し、

 ご……。


 数えながら、手早く、掻っ捌いていく。


「これで――」


 俺は闇に身を潜めつつ、


「じゅうご」


 別働隊をすべて始末した。

 予定通り一人も逃さず片づけた。

 そこそこ腕利きの15人だったとは思う。

 だが、五竜士と比べればなんてことはない。

 適度な闇もほどよい援護になった。

 それに、


「……おまえ、ほんと優秀だな」


 靴底の裏には今、ピギ丸の一部が薄く張りついている。

 平べったい状態で。

 いわば音を吸収するクッションという感じである。

 これのおかげで俺の足音はほぼ完全に消えていた。


 他にも移動中、音が出そうな時はピギ丸が気を利かせて消音してくれた。


 おかげでかなり楽に仕事をこなせた。

 突起を撫でてやる。


「つくづくおまえはデキる相棒だよ、ピギ丸。助かった」

「ピニュゥ〜……♪」


 ピギ丸が上機嫌に小さく鳴いた。

 さて、お次は……。

 先ほどから男の声が聞こえていた。

 内容はまだ聞き取れない。

 が、けっこうな大声で喋っているのはわかる。

 灯りを持っていた本隊の誰かだろう。

 あるいは例のムアジか。

 別働隊の中にムアジがいたかはわからない。

 迅速に済ませたかったので尋問は省いた。

 いずれにせよ――


「アシントは、全滅させる」


 他に気配がないかを確認する。

 ここの位置を頭に叩き込む。

 位置を覚えたあと、俺はセラスのいる方へ戻った。

 今、アシントの連中は足を止めている。

 狙い通り途中で折れた枝に気づいたようだ。

 イヴの違和感を見抜いた男。

 観察力。

 洞察力。

 その二点が優れていると思われる。

 ならばあの枝にも気づくはず。

 次にムアジはそこで何か怪しいと感じる。

 そして踏み込んだ先に何か罠があると読む。

 となれば林の中へは踏み入ってこない。

 が、本当の狙いは逆。


 これは林の中へ踏み込ませないための策だ。


 聞こえてくる声の主は移動していない。

 近づいてこない。

 つまり、林の中へ入ってきていない。

 策は成功している。


 俺は移動を続けた。

 近づいていくと、会話内容が少しずつ聞こえてきた。

 声の主は誰かに何か語っている。

 ムアジがセラスに語っていると思われる。

 セラスは姿を晒したらしい。

 もしくはムアジが、隠れていたセラスの存在に気づいたか。


『できるだけ、林の中に引き入れたがっているように見せてくれ』


 俺の与えた指示はそこまで。

 あとの時間稼ぎの方法はセラスに任せてある。

 会話内容を聞く限り、上手くやれているみたいだ。


「…………」


 ムアジは上等な詐欺師。

 賢く、目ざとい。

 そこに落とし穴がある。

 最初、ムアジには違和感を与える。

 ムアジはその違和感の謎を解く。

 解いたことで、ムアジは満足する。

 自信を得る。

 自分が絶対的に正しいという全能感を得る。


 そこで思考はストップする。


 次は自分のターン。

 目の前にいる女は策を看破された哀れな敗北者。

 何を恐れることがある?

 強力な戦力は揃っている。

 女の背後には差し向けた別働隊もいる。

 相手に逃げ道はない。

 すべて自分の目論見通り。

 ムアジは今、そんな状態なのではないか?

 語り口でわかる。

 今のムアジは、全能感に満ちている。


 そしてその全能感こそが、思考を麻痺させる毒と化す……。


 俺は木に登り始める。

 ピギ丸はロープっぽくも変化できる。

 登るのを補助してくれた。

 つくづく器用なやつである。

 さらに登る際の音も消してくれた。


 やや遠いが、セラスたちを見渡せる位置に俺は陣取った。


 最大射程の【パラライズ】は届かない距離。

 だが今は敵をすべて見渡せる必要がある。

 ムアジたちは林から距離を取っていた。

 林へ近づくと危険だと思っているらしい。

 一方で、さらに後退する様子はない。

 この距離ならば敵の罠にはかからない。

 そう信じているのだろう。


「…………」


 悪いな。


 時間さえあれば、俺の状態異常スキルは届く。


 月が、顔を出した。


 相棒に、囁く。


「ピギ丸……接続、開始だ……」

「ピ」


 頭部の後ろから両側面へ、根の張る感覚が伸びてくる。


 セラスたちの会話を耳にしながら魔力供給と接続を行う。


 ――ミシッ――


 これまで耳にした会話を振り返る。

 声の主はムアジだった。

 ムアジは色々タネ明かしをしていた。

 呪いの正体もやはり毒だったようだ。

 会話の途中で、少し意外なことが起こった。

 セラスが正体を明かしたのだ。

 効果はてきめんだった。

 アシントの意識は完全にセラスの方へ移っている。

 今、連中は周囲の警戒ができていない。

 この距離でもわかるほど他への注意が散漫になっている。

 皆、セラスに意識を吸い寄せられているのだ。

 月光に照らされたセラス・アシュレインに。

 言葉を聞く限り、ムアジさえも魅入っているようだった。

 再び闇が辺りを覆った。


 ――ピキッ……――


 セラスも、闇に包まれる。


「…………」


 意識逸らしと時間稼ぎのためとはいえ……。

 なかなか無茶をしたな、セラス。

 口もとの片方を吊り上げ、呟く。


「たった一人で、よくやってくれた」


 ――ミシッ――


 声に力を込め、俺は、合図を発した。




「――接続、完了――」




     ▽



 直後、セラスとアシントの間に光のかたまりが出現。

 光の精霊の能力。

 照明弾のごとく出現した光がアシントを照らし出す。



 全員、目視できる。



 バシュゥッ!


 何十本もの突起が、アシントめがけて飛び出していく。


 浮足立つ予兆を見せつつもアシントはまだ固まっていた。


 急な襲撃に認識が追いついていないのだ。


 驚愕の表情に変貌していくムアジも確認できた。


 が、もう遅い。


 逃がさない。


 最高の結果を生むためには、逃がすわけにいかない。


 ただの、一人とて。


 


 ゆえに、別働隊を先に潰す必要があった。


 本隊が潰されたのに気づいた別働隊が、四方八方へバラバラに逃げるのだけは避けたかった。


 そうなれば、追跡は困難となる。




 MP残量を表示。




「ステータス、オープン」




 アシント。




「おまえらの知らない状態異常(呪い)を、見せてやるよ」




 




「【パラライズ】」




     ▽




 木から降りて、俺はセラスの隣まで行った。


 視線の先には麻痺したアシントたち。

 最強の兄弟とやらも麻痺状態にある。

 もちろん、ムアジも。


「ここまで攻撃が届くとは思ってなかっただろ」


 もし届くならとっくに攻撃している。

 そう考えるのが筋だろう。

 攻撃がこないからムアジはここが罠の射程距離外だと読んだ。

 が、こちらが時間稼ぎをしていたとは考えなかったらしい。

 稼いだ時間は二つ。

 別働隊を始末する時間。

 ピギ丸と接続する時間。


「この力を使うのにも、準備にそこそこ時間を食うんでな」


 接続を、解除。


「べ、別働……隊は……どこ、に……?」

「もう潰してきた。あんたがペラペラしゃべっているうちに、15人全員」

「ぬ、ぐっ……? 先ほどの、姿……なん、なのです……おまえ、は……?」

「【ポイズン】」

「ぐ、がぁ……っ、ぁ……っ!?」


 ムアジたちが毒状態になった。

 素早く人数を数える。


「全部で30人、か」


 他に気配は……。

 背後の方角。

 離れた位置に二つ。

 イヴとリズ。

 他に気になる気配はない。

 息をつく。


「つーか、イヴのやつ……」


 さっき”約”とか”およそ”とか言ってたけど。

 人数、ピッタリじゃねぇか。

 ピッタリ言い当てていた。

 すごいな、豹人族の聴力……。


「さて、と……しばらくはアシントの連中が毒でくたばるのを待つとするか」


 アシントとは特に何かを話す必要もない。

 言葉に耳を貸す必要もなさそうだ。

 こいつらの悪行は知っている。

 死んでも心は痛まない。

 クズだとわかっているだけで十分だ。


「あの」


 セラスが声をかけてきた。


「ん?」

「ご期待に、応えられたでしょうか……?」

「ああ、もちろんだ。よくやってくれた。けど、正体を明かしてまで意識を引きつけるなんて、ずいぶん大胆な策に出たもんだな」


 反省の色を見せるセラス。


「申し訳ありません……独断で、正体を明かしてしまい……」


 なぜ反省路線へ入ったのか。


「いや、褒めてるんだが」

「う」


 手の甲で口を塞ぐセラス。

 次いで彼女は、気まずそうに視線を逃がした。


「すみません、早とちりでした……」


 俺は口端を歪めた。


「ま、とにかくよくやってくれたよ。おまえに任せて、正解だった」


 セラスの表情が緩む。


「は、はいっ……お役に立てて、よかったです」


 胸を撫で下ろして表情を輝かせるセラス。

 俺は言った。


「一度、イヴたちに状況を知らせてきてもらえるか? できるだけ早く戻ってくれると助かる」

「はい、わかりました」


 小走りで林の中へ入っていくセラス。


「…………」


 第一段階は、クリア。


「……さて」


 来たか。

 囮の馬を追って行った第一陣。

 灯りのかたまりが遠くに確認できた。

 近づいてくる。

 合図時に放ったセラスの光。

 あれを見て戻ってきたのだろう。


「フン」


 少しホッとした。



 



「あいつらが戻ってきてくれないと、俺の目論見も不完全で終わるからな」



 思い描くは、完成に近づきつつある。



  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。