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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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招かれた状況


 ひとまず馬を走らせる。

 セラスに指示してイヴたちの馬に併走。

 イヴには動揺がうかがえた。


「どうした?」

「我は夜一人で出歩くことも多い。今夜部屋にいなくとも、違和感は薄いはずなのだが……」


 白足亭の方はもう店じまい寸前だった。

 建物内に女主人以外の人間もいなかった。

 店の灯りも消してきた。

 少なくとも朝方までは、死体は見つからないと思ったが……。


「誰かに王都を脱出する話をしたか? たとえば、血闘士仲間とかに――」

「いや、誰にも話していない。特に公爵や傭兵ギルドの支部長、公爵の私兵長には勘づかれぬよう細心の注意を払ったつもりだ。しかし……」


 喉奥で自責の唸りを鳴らすイヴ。

 何か心当たりがあるようだ。


「血闘場を出る直前に一人の男と出会った。その時の我を見て、その者が何か勘づいたのかもしれん」

「誰だ?」

「ムアジという男だ。他の者の気配に気をつけてはいたのだ。だが……恥ずかしながら、声をかけられるまで我はやつの接近に気づかなかった」

「なるほど」


 俺は後ろを振り返った。


「例のアシントの親玉か」


 再び前を向く。

 おそらくイヴの推察は当たっている。

 ムアジはその時のイヴの様子に違和感を覚えた。

 これまで得た情報からして、アシントは公爵と繋がっている。


「おまえの様子が気にかかったムアジは、そのまま公爵のところへ違和感を伝えに行った。イヴ・スピードの様子がおかしかった、と。で……イヴの荷物の有無や、リズのいる白足亭を調べるべきだと提言した」


 短時間でイヴの様子が妙だと察した男だ。

 白足亭で何が起きたかもすぐ把握しただろう。


 追手の動きが早すぎた理由は、単に追う側が気づくのが早かったからか。


 早く気づいた要因はムアジ。

 アシントのボスは観察力も優れてるようだ。

 読みも鋭い。

 詐欺師には、不可欠な能力。


「ムアジはこの機会に自分の優秀さを公爵へ売り込む算段だろうな。アシントの力を示すという意味でも、絶好の機会だ」


 となると追手の中にアシントもまじっていそうだ。

 イヴを捕らえるのか。

 あるいは、殺すのか。

 いずれにせよさらに自分たちの力を示せる。

 最強の血闘士を凌駕した呪術師集団。

 これで五竜士殺しにもより真実味を持たせられる。

 アシントは本当に強いのだと示せる。


「……すまぬ。我のせいで、そなたたちをいらぬ危険に晒すことになってしまった」


 イヴが馬の速度を落とす。

 リズが不安げにイヴを見上げた。


「おねえ、ちゃん?」

「トーカ、リズを――」

「ここで俺たちに託して、おまえが一人残って追手を食い止めるって?」

「やめて、おねえちゃん……っ」


 リズが涙目になった。 


「……これが我なりの責任の取り方だ。せめてそなたたちと、この子だけでも逃げ――」

「いくら最強の血闘士でも、あの人数相手に一人じゃ勝てないだろ」


 俺はイヴの言葉を遮った。


「何より俺が、ここで禁忌の魔女への案内人を失ってどうする」

「しかし……このままでは、いずれ追いつかれてしまう」


 荷物。

 二人乗り。

 速度は向こうが上。

 確かにこのままだと、いずれは追いつかれる。


 灯りはどんどん近づいてきていた。

 ただしその数は、少しずつだが減っている。

 いくつかの灯りは左右の林の中へ入っていった。

 林の中も捜索しているのだ。

 が、それでもまだ相当な数が残っている。


 俺たちの馬はなだらかな坂を駆け上がっていく。

 首を巡らせ、後方を確認。

 先頭集団のさらにその向こうに、別の灯りのかたまりが見えた。


「あっちが、第二陣ってとこか……けっこうな数だな」


 ご苦労なことだ。

 俺は指示を飛ばした。


「馬を止めて降りろ」


 セラスが馬の速度を落とす。

 イヴが狼狽した。


「ど、どうするのだ?」

「迎え撃つ」


 セラスの身体から腕を解き、俺は言った。


「あらかた、組み上がった」



     ▽



 二頭の馬が闇の向こうへ駆けて行く。


 光を放つ木の枝を身体に括りつけた馬。

 俺たちが乗っていた馬である。

 セラスとイヴが馬の扱いに慣れていて助かった。

 二頭とも意図通り勢いよく駆け去っていく。

 何も乗せていないから、スピードも速い。

 発光する木の枝は光の精霊の能力だ。

 対象物に一定時間、光を付与できる。

 ただし対価は、決して安くはないが。


「悪いな、セラス」

「いえ」

「落ち着いたら、俺がぐっすり眠らせてやるよ」


 薄く微笑むセラス。


「ええ、是非ともお願いいたします」


 複数の馬蹄ばていの音が接近してくる。

 俺たちは茂みの中で息を殺した。


「副長殿、あれを!」

「あの光っ!? よし――ついに捉えたぞ! 灯りは二つ! 豹人と連れの少女で、間違いあるまい!」

「あのムアジという男の読み通り、二人は北を目指していたようですなっ」

「ああ、さすがは黒竜殺しといったところかっ」

「他へ回された連中はこれで無駄足になりましたがねっ」

「我々が北へ回されたのは幸運だった! よし! 豹殺しの称号は我らが手にするぞ! アシントや傭兵どもに渡すわけにはいかん! 追え! 追えーっ!」


 第一陣がけたたましく通り過ぎて行く。

 先頭の第一陣は公爵の私兵っぽいな……。

 口ぶりからそう察せられた。

 他の方角に回された連中もいるらしい。

 女主人の口を封じたおかげで一定の効果は出せたか。

 わずかだが戦力を分散させられたようだ。


 イヴが声を潜めて言った。


「あの話しぶりからすると、アシントや傭兵たちも駆り出されているようだな……」

「傭兵は公爵が報酬で釣ってかき集めたんだろうな。アシントはさっき言ったように、自分たちの力を示すために出てきた」


 駆け去った馬を第一陣が追いかけていく。

 今、俺たちが乗っていた馬は身軽な状態。

 追いつくまで、しばらく時間がかかるだろう。


 ひとまずの分断は成功。


 茂みに身を潜めつつ、イヴが第二陣の方を向く。


「先頭集団にアシントはいなかった。とすると、あの第二陣がアシントかもしれぬな」


 ムアジはイヴが北に逃げたと読んだ。

 ならばこっちへ来ている可能性が高い。

 北以外へは行っていないはずだ。

 つまり第二陣は、高確率でアシントとみていいだろう。


「イヴ」

「む?」

「おまえは夜目がきく上に、耳がいいんだよな?」

「うむ」

「一つ頼みたいことがある……で、それが終わったら少し先にある林の中に身を隠して、そこでリズと荷物を守っててくれ。俺はこのまま、ここに残る」

「我も、ここで戦う」

「今からやろうとしてることにはセラスが必要だ。となると、他の誰かがリズを守る必要がある。リズが捕まれば人質にされる危険だってあるんだ。そうだろ?」

「むっ……」


 イヴはおとなしく引き下がった。

 さっき俺の指示に従うと言った。

 偽りはないようだ。


 枝葉の間から空を見上げる。


 今夜は厚ぼったい雲がたくさん浮かんでいた。

 月が隠れがちなのはいい。

 闇を存分に、利用できる。


 セラスが顔を寄せてきた。


「私たちはおそらく向こう側に存在を知られていません。逃げているのはイヴとリズだけだと思われているはずです。ですので、上手くすれば相手の油断をつけるかと」

「どうかな」


 セラスが小首を傾げた。


「と、いいますと?」

「なんとなくだが、ムアジという男は協力者の存在まで想定している気がする」

「トーカ殿は、大分ムアジを買っているのですね」

「連中の使う呪術ってやつ……胡散臭いと思わないか?」

「まあ、確かに胡散臭さはありますね。術式や精霊術と違って、実体があるようでないと言いますか……」

「にもかかわらず、ムアジは呪術の効果を多くの者に信じ込ませている。配下からも心から崇拝されてる感じがある……おそらく、ムアジってのは相当タチの悪いウソつき野郎だ」


 一応、呪術の正体にも心当たりはある……。

 会話を聞いていたイヴが首を傾げた。


「要するに、何が言いたいのだ?」

「よくも悪くも、ムアジは頭が回るってことだ」


 指でこめかみを示す。


「それも、かなりな」


 向こうもこっちの動きを読みにきている。

 こっちがどう動くか今も読み解こうとしているはずだ。

 追手が放たれた早さが物語っている。

 先ほどの私兵の言葉。


『あのムアジという男の読み通り、二人は北を目指していたようですなっ』


 ムアジはイヴが逃げた方角を北と読んだ。

 あの噂話から推測したと思われる。


 ”イヴ・スピードは禁忌の魔女の居所を知っている”


 その噂話をムアジは知っていたのだ。

 禁忌の魔女が隠れ住むと言われる金棲魔群帯。

 今のイヴがリズを連れてイチかバチかで逃げ込むならそこしかない。

 ムアジはすぐさまそう読んだ。


「…………」


 要するに、やつは切れる。


 荷物を手にしつつイヴが聞いてきた。


「あの数相手に勝算はあるのか?」

「やり方次第さ。真正面からぶつかって勝てない相手なら、こっちが勝てそうな領域へ引きずり込めばいいだけの話だ」


 リズが残りの荷物を抱える。

 俺は立ち上がって、第二陣のいる方角を見た。


「ただ、まさかここでアシントとぶつかるはめになるとは思わなかった」

「……すまぬ。すべては、我の脇が甘かったのが原因だ」


 何度目か知れぬ謝罪を口にするイヴ。

 俺はイヴに視線をやった。


「この状況を招いたのは、確かにおまえが原因かもな」


 と、リズが慌てて頭を下げた。

 まるで、イヴのことは連帯責任だとでも言わんばかりに。


「おねえちゃんがしたことは全部、わたしのためです……ですから、悪いのはわたしです……だから……」


 リズの小さな肩は震えていた。

 まいったな。

 これは俺の言い方が悪かった。

 息をつく。


「いや、勘違いするな。別に俺はイヴを責めてるわけじゃない。もちろん、リズもだ」


 蠅のマスクを手にし、口端を歪める。


「今の状況は、上手くいけば俺が望む結果を生むかもしれない……俺にとってはむしろ、好都合かもしれないんだよ」


 俺の反応が予想外だったのか。

 イヴとリズの二人は、虚をつかれた顔をしていた。


 蠅のマスクを、被る。


「さあ、始めようか」





 少し書くのが難しい場所に差し掛かっているのもあり、このところ更新日時が不安定になっており申し訳ございません。


 一応隔日更新を心掛けたいとは考えておりますが、第三章は執筆状況によってやや更新が不安定になるかもしれません(更新時間の方はこれまで通り17:00か21:00あたりのどちらかで考えております)。ご容赦いただけますと、幸いでございます……。


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