打算とカード
林の中から様子をうかがう。
道にひと気はない。
「トーカ殿」
「ああ、大丈夫そうだな」
俺たちは一度、林道へ出た。
二人乗り。
荷物の重量。
さほど速度は出せない。
ひづめの音を鳴らし、先へ進む。
イヴとリズは先行している。
時おりこちらを振り返りつつ、二人はおしゃべりしていた。
俺はセラスに話しかけた。
「ここから魔群帯まで大体どのくらいだ?」
「この速度でしたら一日半もあれば到着しそうです」
「例の城を迂回するなら?」
「魔群帯の南に位置する魔防の
魔群帯と接する地域。
各国は小城や砦を置いているという。
ただ、今の俺たちはそれらを避けるべきだろう。
「魔群帯関連で、他に何か気をつけることはあるか?」
基礎知識はモンロイまでの道中でもう教わっている。
「確定情報ではないのですが、やはり一つ気になることがあります」
「なんだ?」
「
「人面種? そいつも魔物の一種なのか?」
「主に人の顔を持つ魔物なのですが……目撃情報はそう多くありません。ただ、人面種は魔群帯に多く生息しているのではとも言われています」
「目撃情報は少ないが、存在自体は認知されてると」
「はい。目撃情報の少なさには、理由があります」
セラスの声が深刻なトーンへと変わる。
「目撃した者が、おそらくほぼ殺されているためです」
「なるほど」
死人に口なし。
死んでしまえば、目撃情報もクソもない。
「詳細は不明ですが、とにかく凶悪な魔物としてその名は知られていますね。しかし、凶悪な力を持ちながらも目立つ場所へは出てこないようです」
「…………」
人面種。
すぐに、ピンときた。
魂喰い。
廃棄遺跡の最上層にいた魔物。
あいつだけ他の魔物と何か違う感じがした。
なるほど。
人面種とやらのお仲間だったか。
金棲魔群帯。
あのレベルの魔物が棲息してるとなると、危険地帯として恐れられる理由もわかるな……。
「そういえばイヴは、魔群帯へ踏み入った経験があるのですよね?」
セラスが聞いてきた。
「らしいな」
「彼女を仲間に引き入れたかった理由は、それもあったのですか?」
「まあな」
確かにそれも理由の一つだった。
「ところでセラス、リズとはどうだ? 上手くやっていけそうか?」
「ええ……あの子は、とてもよい子です」
ハイエルフとダークエルフ。
なんとなく対立しているイメージを持っていた。
微妙にそこを危惧していたのだが……。
問題なさそうでホッとした。
セラスが前方を向く。
「ですが、本当にあの子をこのまま?」
「ああ、あの子は魔群帯へ連れて行く。イヴもあの子を連れて行く気だし、あの子もイヴとは離れたくないだろうしな。本人たちが拒否しない限りは、このまま魔群帯入りするつもりだ」
「大丈夫でしょうか?」
「意地でも守るさ。イヴとあの子は、なんとしても俺が禁忌の魔女のところまで連れて行く」
フッとセラスが微笑んだ。
「やはり、お優しいですね」
「イヴもおまえも、俺を買い被りすぎだ」
「そうでしょうか?」
「ああ。助けて仲間に引き入れたのには、もっと現実的な理由もある」
セラスの身体を抱き直して、続ける。
「イヴを仲間にしたかった理由はいくつかあるんだ。まず一つは、前も言ったようにイヴが優秀な戦士ということ。もう一つは、さっきおまえが言ったようにイヴには魔群帯に踏み入った経験がある。そして三つ目は――禁忌の魔女のことを考えて、イヴは同行させるべきだと思ったからだ」
「と、いいますと……?」
「俺たちとイヴには一つ決定的な違いがある」
禁忌の魔女は隠れ住んでいる。
だから簡単に会ってはくれまい。
が、
「イヴは魔女に恩義があると言っていたな?」
「ああ、なるほど」
セラスは察したようだ。
「そうだ。縁もゆかりもない俺たちが訪ねていくよりは、魔女と少なからず縁のあるイヴが一緒にいた方が、接触しやすいはずだ」
よく考えれば普通のことだ。
ゆかりのある者。
ゆかりのない者。
当然ゆかりのある者を通せば、接触もしやすくなる。
いわゆる”知人の紹介”というやつに近いか。
「ただイヴの話しぶりからすると、面識があるかどうかは微妙なところだけどな……」
イヴの話し方には独特の距離感がある。
少なくとも仲間や友人という感じではない。
あとで魔女との関係性も聞いておきたいところだ。
恩義とやらの内容も。
「それと、リズだが……」
俺の方を振り返るセラス。
「リズですか?」
「ああ」
モンロイの酒場で初日に聞いた話。
『大遺跡帯にいるって言われてる例の魔女か? ダークエルフなんだよな、確か』
「禁忌の魔女は、
セラスがリズの乗る馬を見る。
「リズも、ダークエルフ……」
「俺たちは”ひどい目に遭っていた同種族の少女を助けた訪問者”だ。イヴやリズ本人の口から真実だと説明してもらえれば、魔女も疑いようはないだろう。上手くすれば、俺たちのしたことは禁忌の魔女から好反応を引き出す材料になる」
だからリズは意地でも生き残らせる。
魔女のもとへ、連れて行く。
「なるほど、そんな先まで見越していたのですね……さすがはトーカ殿です」
「手持ちの交渉カードは一枚でも多い方がいいからな。だから、結局は打算ありきなわけさ」
リズを見る。
イヴと楽しそうにおしゃべりしていた。
「ただ、まあ――」
白足亭で初めて会った時のリズを思い出す。
…………。
実の両親から虐待を受けていた俺。
女主人から虐待を受けていたリズ。
あの時、不意に二つが重なった。
もう救うことのできない過去の自分。
まだ救えるかもしれないリズベット。
セラスの言うように、あの子はイイ子だ。
「ああいう子が震えて泣いてるよりは……楽しそうに笑ってくれてた方が、何十倍もいいだろ。どう考えても」
「ええ」
声を和らげ、セラスが同意を示した。
「私も、そう思います」
▽
最初に反応したのは、イヴだった。
次にピギ丸。
三番目に俺が、それに気づいた。
「この、音――」
背後を振り返る。
灯りが確認できた。
複数の灯り。
「トーカ殿」
神妙な面持ちで、声をかけてくるセラス。
「ああ」
俺たちが王都を出た時間を考えると、動きが早すぎる気もするが……。
「追ってきやがった」