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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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単純な女


 俺たちは地下水道を出た。

 先に出ていたセラスが駆け寄ってくる。


「辺りに人影はなさそうです。あの林の中を進めば、ひとまず姿は隠せるかと」

「……馬は無事だと思うか?」

「大丈夫だとは、思いますが」


 俺たちは先を見越して馬を用意していた。

 ただ、今は見張りなしで林の中に繋いである。

 盗まれたら仕方ない程度の感覚だった。

 用意できたのは二頭。

 金を積めば馬車も用意できそうだった。

 が、魔群帯の前で置いていくことになるかもしれない。

 使い捨てと考えると買い物としては割高すぎる。

 何より馬の方が目立たないし、小回りもきく。

 俺は後ろを振り返った。


「あの二人に、俺たちのことは?」

「あなたが合流する前にかいつまんで説明しました」


 明かした情報に関してセラスがサッと説明する。

 与えた情報の選別は問題なさそうだ。

 こういうところもセラスは優秀である。

 俺は背後の二人に言った。


「林の中に馬を用意してある。うち一頭には、イヴとリズで乗ってくれ」

「わかった。すまぬな……元は、そなたたちが一人ずつ使っていた馬なのだろう?」

「いや、違う」

「む?」


 一頭は最初からイヴ用の馬だ。

 イヴがついてくるのを想定して用意しておいたものである。


「俺には乗馬技術がない。だから、セラスと二人で乗る」


 二人乗りだと速度が落ちるが、仕方ない。

 歩くよりはマシだろう。



     ▽



 王都を守る壁の外側には林が広がっている。


 俺たちはその林の中を歩いていた。

 なるべく音を立てないよう注意して歩を進める。

 今、イヴは俺が買っておいた外套に身を包んでいた。

 目立つ豹頭はフードで覆われている。

 豹人は珍しい種族だという。

 日常的にその辺で目にする種族ではないそうだ。

 要するに、イヴは目立つ。

 魔群帯入りするまではああやって姿を隠す必要があるだろう。


「人間の姿に変身とか、できたらいいんだが」


 セラスの変化の力は本人にしか使えないしな……。


「少し、よいか?」


 イヴが話しかけてきた。

 リズは後ろの方でセラスと話している。

 二人はもう打ち解けてきているみたいだ。


「聞きたいことや話したいことがたくさんあるか?」

「うむ」

「で、まず何を聞きたい?」

「我はそなたに禁忌の魔女の居所を教えるつもりでいる。ただし、その前に確認しておきたいことがあるのだ」


 イヴの言葉を思い出す。


『条件つきでだが、我はそなたに魔女の居場所を教えるつもりだ』


 例の条件の話か。


「聞きたいのは、そなたが禁忌の魔女に会う目的だ」

「解読困難な古代文字の記された呪文書が手もとにあってな……記された文字の読めるやつをさがしてる。で、禁忌の魔女なら何か知ってるんじゃないかと思ったわけだ」


 聞いた感じだと禁忌の魔女は”知りすぎた者”だと思われる。

 女神の禁じた呪文。

 その情報を知る者。

 クソ女神にとってはリスクのはずだ。

 だから魔女は女神の手から逃れるべく魔群帯に隠れた……。

 十分、ありえるのではないか?


「魔女を捕まえるなどではないのだな? 彼女に、害を及ぼすわけでも」

「向こうに害意がなければな」


 枝葉えだはのあいだから夜空が見える。

 月は雲で覆われたり、顔を出したりしていた。

 雲で月の光が閉ざされる。

 すると、林の暗さが一気に増した。

 外灯などない。

 しかしイヴの足取りはしっかりしていた。

 躊躇のない歩調。

 俺も闇には慣れているつもりだった。

 が、イヴの歩き方はおそらく俺以上に”見えて”いる。


「夜目がきくのか?」

「ある程度はな」


 耳のよさ。

 夜目。

 イヴの特性は今後も役に立つかもしれない。


「そなたも闇を躊躇せぬ足取りだな。大抵、ヒトは闇を恐れるものだが」

「色々あって闇には慣れた」

「セラス・アシュレインは?」

「光源を作ることはできるんだが」


 この位置だと外壁の物見から灯りが見える可能性がある。

 今は闇に紛れたい。

 イヴが王都を離れたのがいつバレるかもわからない。

 バレれば追手が放たれるはずだ。

 その際、手がかりになる要素は極力排除したい。

 なので当然、光る皮袋も使えない。


 その時だった。


「我は単純な女だ」


 前方をジッと見つめたまま、イヴが不意にそう言った。


「我はそなたのように先の先を見通せるわけではない。深い思索も得意ではない……単純ゆえ、視野が狭くなって愚かな選択をしてしまうこともある。だからこそ、あのズアン公爵にいいように使われてしまったのかもしれぬ。あの女主人の本質を見抜くことも、できなかった」


「俺だって何もかもを見通せてるわけじゃないさ。それに、自己分析できてるだけあんたは上等な方なんじゃないか?」


 イヴは、一拍ほど間を置いて言った。


「この身を、そなたにあずけたい」


「ん?」


「今後は、どう動けばよいかを我に命じてほしい。我はそなたの命令通りに動こう」


「ずいぶん信用されたもんだな」


「アシュレインとのやり取りを見ていて思った。そなたの指示通りに動いた方が、よさそうだと」


 イヴが立ち止まる。


「何より……現状、我はそなたを信じるしかない。正直なところ、どこまで他人を信用していいのか今の我にはよくわからぬ。だが――」


 リズの方を振り返るイヴ。


「そなたなら、信用できると思っている」


「ありがたい話だが……そう思う根拠は?」


「我から禁忌の魔女の情報を得るために、そなたはもっと非道な手段も取れたはずなのだ」


 イヴが視線をリズから俺へ戻す。


「そなたは麻痺させた我をあのまま攫って拷問することもできた。あの子を使って我を脅す手もあっただろう。なのに、それをしなかった」

「…………」


 別に本人が言うほど、頭が回らないわけじゃないんだよな。


 イヴは、少し声を抑えて言った。


「リズは足手まといになる」

「…………」

「そなたもわかっているはずだ。我らが赴くのは、あの金棲魔群帯なのだ」


 リズは非戦闘員。

 しかも子どもだ。

 魔物の巣窟であの子を守りながら戦うのは確かにホネが折れるかもしれない。

 どうしても一人が守りに回る必要が出てくる。

 さっきのイヴの言葉は、事実でもある。


「しかしそなたは、それでもリズの同行を認めてくれた。あの子の気持ちを察してくれたのは我にもわかる……それも、そなたを信用する理由の一つになった」


 どうせリズは魔群帯では生き残れない。

 ひとまずイヴから目的の情報を聞き出せればリズは用済みになる。

 リズが魔群帯の魔物に殺されたなら、イヴも納得せざるをえないはずだ。

 死ぬ前提で連れて行く。

 イヴを協力的にさせるために……。


「…………」


 そういうことを、イヴは考えないのだろうか?

 もちろんリズは全力で守るつもりだ。


 あの子は意地でも、生き残らせる。


「そなたは、き人間だと思う」

「世の中には善意の皮を被った打算もあるだろ」

「ふふ、これが奇妙なものでな……」


 イヴが微笑みをこぼした。


「仮に打算があったとしても、そなたなら信用してもいいと思えるのだ」

「けど、昨日今日会った人間は信用できないんじゃなかったか?」

「む、ぅ……人を信頼できるかどうかは、共に過ごした時間だけでは測れぬ……今回の件で、我はそれを学んだ気がするのだ」


 イヴから不安げな空気が放たれた。

 フードの奥から俺の方をチラッとうかがってくる。


「つ、都合がよすぎるだろうか……?」

「前にあんた、俺をお人好しだと言ったな」


 出会った酒場でイヴに言われた言葉。


『お人好しだな、そなたは』


 俺は、鼻を鳴らした。


「あんたの方が、よっぽどお人好しだ」



     ▽



 俺たちは馬を繋いでおいた場所に到着した。

 幸い馬は無事だった。

 荷物を素早く馬に括りつける。

 騎乗したイヴが、馬上からリズに手を差し伸べた。

 イヴはリズを身体の手前に乗せた。

 俺も馬の横に立つ。


「お手をどうぞ」


 セラスが馬上から手を差し出してきた。

 俺は手を取った。


「あの、もっとしっかり握っていただけますか?」

「……ああ」


 そうして馬に乗るのを手伝ってもらった。

 乗馬経験なんてないからな。

 初体験だ。

 …………。

 これが馬の上にいる感覚か。

 なんか、変な感じだ。

 セラスが背後の俺に声をかけた。


「振り落とされぬよう、しっかり後ろから私に抱きついていてください」

「いいのか?」


 セラスが前を向く。


「必要なことですし、相手はあなたですので」

「わかった」


 細腰に腕を回す。

 そして、胸の下あたりを両手で抱き締める。


 ギュゥッ


 セラスの身体がビクッとした。


「密着しすぎか?」

「…………」

「セラス?」

「いえ、問題ありません」


 ん?


「大丈夫か?」


 セラスの匂いと一緒に感じるもの。

 体温の上昇。


「少し、汗ばんでるみたいだが」

「――行きます」


 問いには答えずセラスは馬を歩かせ始めた。

 馬の扱いには慣れている様子だ。

 扱いのブランクとかで緊張しているわけではなさそうだ。


「…………」


 ま、大抵は異性にこうして密着されたら何か思うところはあるものだろう。


 無理もない。


「どっちの意味合いで緊張してるのかはわからないが、辛抱してくれ。俺もなるべく意識しないでおく」

「わ、わかりました」


 一度、セラスが両頬を自分で叩いた。

 自ら気を注入したようだ。

 セラスはイヴの方を向いて、声をかけた。


「では、行きましょうか」

「うむ」


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