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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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白足亭の少女



 ◇【白足亭の少女】◇



「ほら、リズ! ボサッと突っ立ってないでさっさと運ぶんだよ!」


 コクッ


 リズベットは素直に頷いた。

 次は謝罪の言葉。


「ごめん、なさい」


 ボサッと突っ立っていたつもりはなかった。

 帰った客の食器をまだ下げている最中だった。

 けれど反論してはいけない。

 口答えすればどうなるかはわかっている。


「お待たせ、しました」

「遅ぇぞ! 半額にしろ! 謝れ!」

「申し訳、ありません」


 白足亭の客は質が悪い。

 イヴが前にそう言っていた。


「リズ! まーたアンタはポカやってんのかい!? ほんといい加減にしなよ!? 誰があんたの寝床と飯を用意してやってると思ってんだ! おい黙るな! 返事しろーっ!」

「……はい」

「ナメてんのか! 謝れ!」

「ごめん、なさい」

「客だけじゃなくてアタシにも謝るんだよ! ほら!」

「ごめんなさい、おかみさん」

「ああわかったわかった! ほら、ボサッとすんじゃないよ! 次はコレ運びな!」

「……はい」


 おかみが客席を指差した。


「さっさと、運べぇぇええええーっ!」


 今日も怒鳴られながらお仕事をする。

 大丈夫。

 明日になればイヴが迎えにきてくれる。

 イヴはこう言った。

 迎えに来るまで耐えてくれ、と。

 必ずここから助け出す。

 そう言ってくれた。

 イヴはウソをつかない。

 だから今日までがんばってこられた。

 リズベットにとっての希望はもうイヴの存在しかない。


(おねえちゃん……)


 イヴがくれた木彫りの首飾りを握り込む。


 ここにいるのは辛い。

 だけどイヴに迷惑はかけたくない。

 イヴも大変なのは知っている。

 血闘士としてずっと戦っている。

 命を賭けて。

 こんな自分のために。

 自分の何倍も、大変なのだ。

 だから――自分も戦う。

 強くならないといけない。

 イヴみたいに。

 弱音は、吐かない。

 リズベットは洗い物をサッと終える。

 食器の水を切っていると、


「まーだアンタは洗いものやってんのかい!? トロいんだよ! ダークエルフってのはほんと使いもんになんないね〜! ふざけるなーっ!」


 自分はできない子なのだ。

 だめな子。

 ここに来てからよくわかった。

 何をやっても遅いと言われる。

 手際が悪いと言われる。

 褒められたことなんて一度もない。

 でも、


(めげちゃ、だめ)


 イヴの言葉を思い出す。


『我ら二人で戦って、我ら二人で自由を勝ち取ろう』


(わたしたちは二人で戦ってる。わたしも、負けない……負けちゃだめ)


 男客おとこきゃくは陽気になっていた。

 残る客はその男一人だけだった。


「ごく、ごくっ……わはは! ったく! 酒でも飲まないとやってらんねぇぜ!」

「ちっ、アンタもいつまでいるんだい? もう店じまいの時間だよ。それを飲んだら出てっておくれ」

「わかってるよ」


 とろんとした目の男客がリズベットを見る。

 粘っこい視線だった。


「しかしこの店に入った頃と比べると、この子もちったぁ色気が出てきたんじゃねぇか? へへ……店の手伝いよりはもっと向いてるコトがありそうだけどなぁ? こんな小汚ねぇ店の小間使いよりは、よっぽど稼げると思うがねぇ……」

「あぁ!? ざけんじゃないよ!」


 おかみが男客を怒鳴りつける。


「いずれこの子は、とあるお方に引き取られることになってるんだからね! 最初からアタシはそのお方に渡すために預かってんだ。だから手を出したら許さないよ? 綺麗なまんま渡さないと、アタシの首が飛んじまう……絶対、キズモンにするわけにゃいかないのさ。だからほら、痣一つないだろ?」


 おかみは傷や痣の残る暴力を振るわない。


「へへ、どこぞのお貴族さまの目にでも止まったか? うらやましいねぇ? ひひ、残念残念」


 リズベットを引き取る相手。


(きっと、おねえちゃんのことだ)


「けど一人の男のモンになるたぁ、もったいねぇなぁ?」


 男客が腕を掴んできた。

 リズベットは慌てて手を振りほどく。

 胸をかき抱いて客から離れた。

 鳥肌が立っていた。


「おいアンタ、手ぇ出すなつってんだろ!? ったく、うちの客はほんと質が悪いねぇ!」

「へへへ、悪い悪い」

「アンタもアンタだよ、リズ!? ガキのくせに客に色目なんか使いやがって……若いからってなんだ? アタシへの当てつけか!? ナメてんのか!?」

「ごめん、なさい」


 男客がゲップをした。


「にしても愛想あいそのねぇガキだなぁ……笑いもしなけりゃ泣きもしねぇ。そのガキ、ちゃんと感情があんのか? そんなんじゃ、身請けしてくれる旦那サマもつまらねぇだろうに」


「あはははっ! ところがどっこいさ! 生意気なことにこのガキ、実は強がってるだけなんだよ! けど、このアタシにゃ勝てねぇのさ……見てなよ〜?」


 おかみが息巻いて腕まくりする。


「おらぁ!」


 スパンッ!


 おかみがリズベットの後頭部を平手で叩いた。


「そら! そら! そらぁ!」


 何度も後頭部をはたかれる。

 手慣れた動作。


「そらそら! そらそらそらぁ! おらおらぁ! いつまで我慢できるかな~!?」


 スパンッ!

 スパンッ!

 スパンッ!


 おかみは頭を叩き続けた。

 十数発を越えたところで――


「……ぐすっ」


 リズベットの目尻に涙が滲んできた。

 続いて、かすかな嗚咽。

 口もとを結んでリズベット耐えようとした。

 けれど嗚咽は、止まってくれない。


「ぐす……ぐすっ……ぐすっ……」


「へへ……ほら見なよ? 澄ましてるように見えて、ちゃ〜んと効いてんのさ。ま、これも躾けさね」


「いや……まあ、わかったけどよ……今のはさすがに、ちょっとかわいそうじゃねぇか?」


 男客の笑みは引き攣っていた。

 リズベットは涙をぬぐう。

 呼吸を整える。


(負けちゃだめだ)


 強くならないと。

 気持ちだけでも。

 イヴみたいに。


「かわいそうだぁ? ハッ! かわいそうなのはアタシの方さ! こんなにがんばってんのにロクなことがありゃしない! このガキで溜まったモン解消して何が悪いんだい!? で――アンタもなんだい!? すぐに泣き止みやがって! へへ、けど知ってんだよ? アンタが苦手なことはねぇ!?」


 おかみがリズベットの耳に顔を寄せた。

 息を吸う音。

 次の瞬間、


「わ゛ぁぁああああぁぁぁぁあああああああ゛あ゛―――――――ッ! わ゛ぁぁぁあああああ゛あ゛っ! わ゛ぁぁあああ゛あ゛ーッ!」


 おかみが大声を出した。


 耳元で大声を出され続ける。

 威圧的に。

 恫喝的に。

 リズベットはこれが苦手だった。

 足がすくむ。

 思わずその場にしゃがみ込んでしまう。

 頭を抱え込み、目をつむる。

 耳を塞げばおかみは耳をきつくツネる。

 だから耳は、塞げない。


「ぅ……ぐすっ……」


 また涙が、滲んできた。


(弱い子でごめんなさい、おねえちゃん……)


「お、おれはこのへんで帰るとするぜ……まあなんていうか、あ、あんまやり過ぎんなよ……?」


 引き気味に男客が席を立った。

 扉が閉まる。

 男客が店を出て行った。

 が、おかみの大声は止まらない。

 いつまで続くのだろうか。


(おねえ、ちゃん……)


「調子乗ってるとぶち殺すぞクソガキぃぃぃいいいいい゛い゛! わ゛ーっ! わ゛ぁぁぁあああああ゛あ゛っ!」


「ぐすっ……ふぐっ……おねえ、ちゃん……」





 バンッ!





 店の扉が開く音が、した。


 おかみの大声が止む。


 先ほどの客が戻ってきたのだろうか。


「ア、アンタは――」


 足音が近づいてくる。


「ぶぎゃっ!?」


 おかみの濁った悲鳴。

 続けて、人が強く卓に打ちつけられる音。

 リズベットは目を開いた。


(あれ? この、におい……)


「ここまでとは、聞いていなかった」


 恐る恐る顔を上げる。


 豹の顔の”おねえちゃん”が、立っていた。



     ▽



「おねえ、ちゃん……?」


 明日は大事な血闘だと聞いていた。

 だから今日は来ないと思っていた。

 イヴがズカズカとおかみに詰め寄る。


「ひぃぃ!」


 おかみは尻餅をついたまま手で制した。


「何をするのさ!? ア、アンタ明日は最後の血闘なんだろ!? さっさと戻らないと――」


 ドカッ!


「ぶぎぇっ!?」


 イヴがおかみを蹴り飛ばした。


「こ、公爵さまに言いつけるよ! こんなことしてタダで済むと――」

「もう終わりだ」


 イヴの声。

 今まで一番、怖い声だった。


「この子はこのまま我が連れて行く。そして、貴様は――」

「ひぃぇええ! ゆ、許しておくれぇ〜!」


 おかみが膝をついて頭を下げた。

 祈るような姿勢。


「アタシはこの子を厳しく躾けるよう、ズアン公爵さまから言われただけなんだよ〜! それと、あとあと扱いやすいように心を折っておけと公爵さまから命令されてぇ……アタシだって、本当はこんなことしたくなかった! だけど仕方ないじゃないかぁ! 拒否したら、アタシだって殺されてたんだよ!」


 おかみがガタガタ震えながら床に額をつける。


「アタシにだって大事な人がいるんだよぉぉ……こんなアタシでも、死んだら悲しんでくれる人たちがいるんだ。だから命だけは、助けておくれぇ~!」


「む、ぅ……」


「アンタがどこへ消えようとアタシは何も言わない! 誓うよ! あの子もいつの間にかいなくなってたと言う! こ、公爵さまには適当にごまかしておくから! だから……この通りだよぉ! 助けておくれよぉ! ひぃぃ〜!」


「本当に、口をつぐむのだな?」


「も、もちろん! あぁ、もちろんさ!」


 おかみがリズベットを見た。

 その顔は涙でクシャクシャだった。


「アンタも悪かったねぇ……今までのこと、すべて謝るよ。どうか許しておくれ? そうだよね、リズは優しい子だものねぇ……ああ、アタシはこんな優しい子になんてことを……」


 イヴがリズベットに手を差し伸べた。


 きゅっ


 温かい手。

 ホッとする手。

 胸のあたりに、火が灯った気がした。


「おねえ、ちゃん」

「事情があって我らはもうこの王都にはいられない。すまぬ……またそなたを、過酷な旅に巻き込むことになりそうだ。それでも……我についてきてくれるか、リズ?」

「は、い」


 目からポロポロと涙が零れ落ちてくる。


「わたしは、おねえちゃんと一緒なら……どこにだって、行きます」


 和らいだイヴの目つきが急に鋭くなる。

 その鋭さはおかみへと向けられた。


「よいか? イヴ・スピードは、突然いなくなったリズベットを捜して南へ向かったと言え。その代わり、先の謝罪に免じて貴様は見逃してやる」


 おかみが何度も頷く。


「わ、わかったよ! 絶対にそうする! あ――ありがとう! 見逃してもらったこの恩義は一生忘れないよ! リズ……あんたも、強く生きるんだよ?」


 リズベットは頭を下げた。


「今まで、ありがとうございました」

「うん、うん! ぐすっ……元気でね、リズ!」


 イヴに手を引かれる。


「ゆくぞ、リズ」


 リズベットは足を止めた。


「……おねえちゃん? あ、あれ――」





 蠅の顔をした魔物が、扉のところに、立っていた。





 黒いローブ姿。

 リズベットはイヴに身を寄せた。


「安心するがいい。あの男は味方だ。我の命を救ってくれたのだ。信用できる」


 よく見ると蠅の頭は被り物だった。

 中身は人らしい。


「いい人、なの?」

「そうだ」


 その時、


 ダンッ!


 蠅の人が、壁を強く叩いた。


 ビクッ


 リズベットは瞬時に目をつむった。

 身を縮める。

 身体が震え始めた。

 薄く目を開く。

 キョロキョロと、周りをうかがう。


 蠅の人が近づいてきた。


 恐る恐る蠅の人を見上げる。

 すると、彼の手がリズベットの方へ伸びてきた。

 身を縮めるリズベット。


 ポフッ


 彼の手が、優しく頭に置かれた。


「急に大きな音を立てて悪かった。だが――」


 男の人の声。

 若い感じだ。

 けれど奇妙な威厳がある。

 王さまみたいだ、と思った。


「おまえの反応で、あの女のことがよくわかった」


 手が離れる。


「あいつと一緒に先に行ってろ、イヴ」


 蠅の人が、通り過ぎた。


「俺は少し、野暮用を済ませてから行く」


 無言で頷くイヴ。

 蠅の人を強く信頼しているのが伝わってくる。

 リズベットはイヴに連れられて店の外へ出た。

 と、店の中から声がした。



「乗り切れると思ったか? けど、残念だったなぁ? 根が善人のイヴはあれで騙せても、俺にあんなクセェ演技は通用しねぇよ。ま、演技力に関しちゃそこそこ自信があってな……あいつの真偽判定がなくとも嗅ぎ分けられた。で、なんだって? あの子を追ってイヴが南へ向かったと公爵に話す、だったか? カカ、馬鹿を言え」



 蠅の人の声は、まるで別人みたいに聞こえた。



「テメェみたいな人間が、そんな約束をクソ正直に守るわけがねぇだろうが」



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