経済資本の多寡に応じた文化資本または社会関係資本と図書館利用の関係
つぎに、経済資本を統制しても他の資本との関係がみられるか検討するため、経済資本(収入)の多い少ないに応じた3層それぞれにおいて、文化資本または社会関係資本と図書館利用がどのような関係にあるかを探る。
年収と学歴を掛け合わせて図書館利用をみると、低所得者層、中間層、富裕層、いずれにおいても、最終学歴が高学歴であればあるほど図書館利用の割合が高まるという結果が得られた。つまり、年収に関係なく高学歴ほど図書館を利用しているといえる。
続いて、身体化された文化資本についてもみてみると、やはり、低所得者層、中間層、富裕層、いずれにおいても、美術館やコンサートによくいく人ほど図書館を利用していることがわかる。
最後に、社会関係資本(地域への愛着度合、地域活動への参加度合)と経済資本、図書館利用の関係をみる。まず、収入200万円未満の人の図書館利用割合について、地域への愛着度合別に比較した結果有意差が観測されなかったため、低所得者層は地域への愛着の有無にかかわらず図書館利用をしていないことがわかった。
その一方,中間層においては地域への愛着を強く感じているほど図書館利用の割合が高いものの、富裕層においては、地域への愛着がまったくない者と地域への愛着を強く感じるものが同程度図書館を利用していることがわかった。ただし、愛着がまったくないと回答したサンプル数は14名と限られた結果であるため、慎重に解釈する必要がある。
また、地域活動への参加についてみてみると、低所得者層、中間層、富裕層いずれにおいても、地域活動への参加頻度が高いほど図書館を利用した割合が高いことがわかった。この結果は、上述の文化資本と経済資本の関係と似ているといえる。
ここまでのまとめ
図書館利用割合および経済的資本、その他の独立変数を掛け合わせた結果をまとめると、経済資本の多い少ないにかかわらず、文化資本が多い人ほど図書館利用の割合が高く、経済資本を統制してもなお文化資本の蓄積が図書館利用と結びつきが強いといえる。
社会関係資本では、地域愛着における低所得者層と富裕層以外の部分では、文化資本と同様に、経済資本を統制しても、社会関係資本の蓄積が多いほど図書館利用が盛んな傾向がみられる。これは、図書館はコミュニティとの新たなるつながりを創出するという役割が期待されているものの、実際には機能していない面があることを示唆しているといえよう。
図書館は「マタイの原則」を打破できていない……!?
以上をまとめると、今回の調査においては、資本をより多く持つ者が積極的に図書館を利用しているという結果が成り立ってしまった。つまり、資本が少ない人は図書館を利用していない。
もちろん、この調査結果はあくまで実験的なものであり、既存の調査の再分析の都合上、階層をはかるために最適な変数を用意できなかったことや、オンライン調査におけるサンプルの偏りなども考えられ、慎重な解釈を要するという限界はある。
とはいえ、今回の調査の母集団がWeb環境にある集団に限られていたことや、最終学歴が修士、博士である割合が他の層に比べて少なかったことには、特に留意が必要である。つまり、今回、回答していない層を含めて調査をした場合、さらに身も蓋もない結果が得られる可能性は高いと考えられる。
また、本研究はあくまでも相関をみたものであり、因果関係を明らかにすることについては今後の課題である。加えて、本調査はマクロの視点から分析をおこなっただけであって、ミクロの実際の視点からしてみれば、「図書館を利用してハッピーになる人もいる」といった反論もありうるかもしれない。むろんそれらの可能性は十分あると想定できるだろう。
ただ、利用者・非利用者への量的調査から「もてるものが利用し、もたざるものが利用していない」という相関関係があることを明らかにしただけでも、ある程度の目的を達成したと考えている。なお、本稿では煩瑣になるため、これらのグラフの紹介にとどめておくが、ロジスティック回帰分析でも同様の結果が出たことを付記しておく。
本稿の冒頭で、日本社会において格差が広がっている状況について触れたが、一方で、周囲と同じくらいの生活レベルを維持できていると考える人もいまだに多いとされている。2014年実施の「国民生活に関する世論調査」(内閣府)において、自分の生活の程度を中流と感じている人は9割を超える。つまり日本人の中流意識はいまだに健在なのである(「中の上」12.4%、「中の中」56.6%、「中の下」24.1%)。
こういった中流意識は、社会から疎外されていると感じる人が少ない一方で、裏を返せば疎外されている人を救う必要性に鈍感になることにもつながるのではないだろうか。つまり本稿の結果と合わせると、図書館の機能においても、理念のみが空回りし、実際の問題として弱者のために図書館がこうあるべきだという意識が図書館業界に育っていない可能性が指摘できる。
今後、図書館が真に格差是正機能をもつためには、低所得者層への図書館利用を促すことや、幼少期から図書館利用を促進することや、近年盛んにいわれている「場としての図書館」化の充実などが考えられる。
もちろん、「低所得者層への図書館利用を促すこと」は実現が難しい側面もある。
たとえば極端に経済資本がない存在にホームレスが挙げられる。図書館とホームレスの問題は古くから取り上げられるトピックにもかかわらず、未だ彼ら・彼女らに対するサービスのあり方について、共通の見解は得られていない。
「すべての国民は、図書館利用に公平な権利をもっており、人種、信条、性別、年齢やそのおかれている条件等によっていかなる差別もあってはならない」という「図書館の自由に関する宣言」の原則からすれば、ホームレスであっても拒むことはできない。
しかし実際はホームレスの発する匂いや寝るなどの行為が他の利用者への迷惑行為とされ、むしろ図書館から彼ら・彼女らを遠ざける傾向にある。もちろん、近年では有志の図書館がハローワークなどと連携し、貧困・困窮者支援を行うために「図書館海援隊」を結成するなどといった取組みもみられており、この部分に関心が向いていることは確かである。しかし、この取組みも来館者に対する雇用、住居、生活支援などに関する情報提供にとどまっており、まだまだ十全なものとはいいがたい。
貧困問題の研究者である阿部彩は、社会の仕組みから脱落し、自尊心が失われた時には、本来ならば皆に開かれている筈の公共の場でさえ、いくことが恥ずかしい心境になると指摘している。つまり、図書館のサービス対象でありながら来館していない層(潜在的利用者)に、格差是正や階層流動化の鍵が隠れているのかもしれない。
図書館先進国のアメリカにでは、ホームレスに対して散髪や食事、血圧測定、職業カウンセリングなどのサービスを行う図書館や、スタッフとしてホームレスが働くカフェをもつ図書館などがあるとされる。これらの実践は、社会的排除に至る要因を断ち切り、社会参加を保障する試みといえよう。
もちろんアメリカの状況をそのまま日本に導入することは難しいかもしれないが、日本の図書館が実質的に格差是正機能を果たすために参考となる先行事例があるといえるだろう。このようなホームレスと図書館の議論は極端な例ではあるが、階層移動と図書館の話と共通項はある。
いずれにせよ、図書館は機会均等の理想を掲げつつも、現実は理想と異なる可能性があるという状況が、今回の調査によって浮かび上がってきてしまった。
余談ながら、図書館の「理想論」を真っ向から否定するような、あまりにえげつない今回の結果に対し、著者一同、頭をかかえたことを最後に紹介しておくことにする。いずれにしても、この論考が図書館は今後、なにをすることが求められ、また、なにができるのかを考えるきっかけになれば幸いである。
◇参考文献
菅谷明子. 未来をつくる図書館: ニューヨークからの報告. 岩波書店, 2003, 230p. (岩波新書).
川崎良孝. 公立図書館の社会的役割: インクルージョンかエクスクルージョンか. 京都大学生涯教育学・図書館情報学研究. 2005, 4, p.57-64.
大場博幸. 公共図書館は再分配政策か?. 常葉学園短期大学紀要. (39), p.19-30.
“米国の公共図書館はホームレス問題への取組みの最前線にある(記事紹介)”. カレントアウェアネス・ポータル. 2014-7-18. http://current.ndl.go.jp/node/26604, (参照 2015-11-30).
阿部彩. 弱者の居場所がない社会: 貧困・格差と社会的包摂. 講談社, 2011, (講談社現代新書, 2135).
野口康人, 岡部晋典,浜島幸司,片山ふみ(発表者). “社会階層と図書館利用”. 2015年 社会情報学会(SSI)学会大会. 明治大学 駿河台キャンパス, 2015 -9 -11/13 , 社会情報学会(SSI). http://jairo.nii.ac.jp/0025/00035688, (参照 2015-11-30).
野口康人, 岡部晋典,浜島幸司,片山ふみ. “社会階層と図書館利用(プレゼンテーション資料)”. つくばリポジトリ. https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=83&item_id=35295&item_no=1, (参照 2015-11-30)
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