古竜遺跡の勇者たち
◇【十河綾香】◇
アライオンの王都エノー。
エノーの北へ行くと山岳地帯がある。
馬車で半日ほどの距離だ。
その山岳地帯にも遺跡が一つ存在する。
古竜遺跡。
遥か昔、伝説の竜が棲息していた遺跡とされている。
竜の名は青眼竜。
ただ、その青眼竜は今はもういないと言われているそうだ。
2−Cの勇者たちは、古竜遺跡を訪れていた。
「はぁっ!」
ザクッ!
魔物の悲鳴。
十河綾香の槍が魔物の心臓部を貫いていた。
魔物が吐血して痙攣する。
しばらくして魔物は動かなくなった。
短く息を整える。
背後を振り向く。
「みんな、大丈夫?」
七名の生徒。
女神の試練をクリアできなかった者たち。
綾香に預けられた”脱落者”たちである。
女子5名。
男子2名。
「う、うん……」
「すごいね、十河さん」
彼らも手には武器を持っている。
が、武器が血を吸った形跡はほぼない。
鎧も真新しいままだ。
あからさまな使用の痕跡があるのは盾のみである。
「まだみんなは魔物を無理に殺そうとしなくてもいいから。まずは、自分の身を守ることを考えて」
一人、身体を縮めて泣いている女子がいた。
「ごめん……ごめんね、綾香ちゃん。わたし、足が震えて……動くことすら、できなくて……」
綾香は微笑み、震える女子の頬を撫でた。
「大丈夫、
「ううん」
頬を撫でられた南野萌絵が首を振る。
「むしろお礼を言うのは、わたしたちの方だよ……わたしたち、廃棄されそうだったんだよね? ぐすっ……でも、綾香ちゃんがお願いしてやめさせてくれたんだよね? 女神さまが、そう教えてくれたの」
あえて女神は彼らに経緯を伝えたらしい。
裏にどんな思惑があるのかつい考えてしまう。
(本来なら味方のはずの女神さまの方まで、疑ってかからないといけないのは……疲れる……)
「わたしたちがんばるから……ぐすっ……綾香ちゃんの足、引っ張っちゃうかもしれないけど……」
綾香は意識を切り替えた。
「大丈夫。みんなは私が守る。魔物が出たら、私に任せて」
(できればもうクラスメイトを、死なせたくない)
すでに2−Cでは死亡者が出ているのだ。
三森灯河。
彼を、救えなかった。
「…………」
(S級勇者がすごい力を持つのなら、私のがんばり次第では大魔帝を倒せるかもしれない)
槍を強く、握り込む。
(大魔帝を倒せば元の世界に戻れる……そして――)
死なせない。
大魔帝を倒すまでは。
少なくともこの七人は全力で守り抜いて見せる。
(それから、鹿島さんも……)
大魔帝を倒す。
(そのためにはレベルアップが必要……金眼の魔物を、殺さないと)
「周防さん」
「……はい」
綾香は、眼鏡をかけたボブカットの女子に声をかけた。
「私がすぐ対応できない時は魔物の足止めをお願いできる? 時間稼ぎでいい……とにかく、みんなの安全を確保してほしいの」
「…………はい」
抑揚のない返事をしたのは
七名の武器に”ほぼ”使用感はない。
しかしカヤ子の剣には血の形跡があった。
少し前に綾香はだめもとでみんなに尋ねてみた。
トドメをさしてレベルアップしたい人はいるか、と。
その時、地面には槍で弱らせた魔物が転がっていた。
一人だけ手を上げた。
それが周防カヤ子だった。
前の世界ではどこか陰のある印象を持っていた。
人と喋っているところをあまり見たことがない。
鹿島小鳩とは別の意味で目立たない子だった。
が、意外と度胸は据わっているようだ。
しかしそうなると、脱落組にいるのが不思議ではあるのだが……。
他の生徒たちが申し訳なさそうにする。
「役に立てなくてごめんね、十河さん」
「男なのにショボくて、ごめん」
「でも、ほんと怖くて……」
「……生物を殺すのって、生理的にムリで」
綾香は微笑みを返す。
「謝らないで? 考え方や感性は個人個人で違うと思う。できることとできないことがあるのは、当たり前だから」
全員が自分と同じことができると思ってはいけない。
人には適材適者がある。
自分にできることを、すればいい。
「この世界には戦っている人をパワーアップさせる魔法?みたいなものもあるって話を聞いたの。みんなもいずれそういうスキルが使えるようになるかもしれない。魔導具っていう便利な道具もあるみたいだし……だから、無理をして魔物に立ち向かわなくてもいいから。まずはしっかり自分自身を守ってほしい。それでもし余裕があれば、私が戦うのを補助してくれたら嬉しい。ええっと、だから……あんまり申し訳なく思わないで。ね?」
こぶしを握ってみせる。
「大魔帝を倒して、みんなで元の世界に帰りましょう」
希望を抱く表情をするカヤ子以外の六名。
「十河さん……っ」
「わたし、綾香ちゃんのグループでよかった……」
「ぼ、ぼくたちもできる範囲でがんばるよっ」
「これからもよろしくね、十河さん!」
皆、心根の優しい子たちなのだ。
だからこそ、自分が守らなくてはならない。
▽
女神は勇者たちにある一つの条件を出していた。
単眼の魔物だそうだ。
先を進むと、綾香たちは広いエリアに出た。
女神に渡された地図を確認する。
スッ
カヤ子がランタンで照らしてくれた。
「ありがとう、周防さん」
肉竜の棲息エリアは、近い。
「おや? 誰かと思えば、綾香じゃないか」
別の通路からゾロゾロと人が出てきた。
綾香の名を呼んだのは集団の先頭の男子。
「……安君」
安智弘。
彼は、変わった。
(いえ……もしかすると彼は、あの時の――)
過去を思い出していた綾香に安が近づいてくる。
「お互い、大変だよなぁ?」
「え?」
「トボけなくてもよい。綾香だって、都合よく上級勇者の力を頼ってきた足手まといどもを引き連れてるじゃないか」
ポンッ
肩を叩かれた。
「うむ、だるいものだよな? 力ある者の、役回りというのは」
自分が引き連れてきた生徒たちを安が指差す。
彼らは曖昧な微笑を浮かべていた。
「私は仲間を、足手まといだなんて思っていません」
安が肩を竦める。
「綾香らしい期待通りの回答だよ。まさに正しい答えって感じ。正論ってやつだよなぁ? すっごいよ。輝いて見えるよ。あのアホどもとは違うよ。どうかね、綾香? 今から僕と、二人だけで組まないかね?」
「いきなり変なことを言わないで。それにあなたとも、私は上手くやれると思えない」
「ぐっ……綾香は結局、都合よく利用される側の人間だよなぁ。有能なのに、惜しい惜しい。クケケ」
彼のグループと協力できるかどうかは不明だった。
が、無理そうだ。
自分の仲間を大仰な仕草で示す安。
「こいつらB級以下の勇者の呼び名、女神から聞いたかね?」
「呼び名?」
「あいつらB級以下を”
安が両手を広げる。
「
「いいえ、その他大勢なんかじゃない。一人一人が、顔も名前もあるクラスメイト――」
その時、
「グがァぁアあアあ――ッ!」
奥の通路から魔物が数匹、飛び出してきた。
(すべて金眼の魔物……ッ)
「みんな、下がって!」
綾香は仲間たちを背にして槍を構える。
安のグループが悲鳴を上げた。
「や、安さん!」
「お願いします!」
「A級の力で、助けてください!」
安が戦意をみなぎらせて、目を剥く。
口もとには狂的な笑み。
「焼き尽くせ――」
魔物の方へ安が手を突き出す。
「【
安の手から黒い炎が勢いよく放出される。
鎖から解き放たれた獣のように。
見ると彼の瞳には、光る剣の紋様が浮かんでいた。
襲いかかる黒炎が魔物たちをのみ込む。
魔物は悲鳴を上げながら、あっという間に力尽きた。
(あれが安君の固有スキル……?)
次々と称賛の声を上げる安のグループ。
「す、すげぇ……さすがは安さんですよ!」
「やっぱり安さんはすごい! すごい!」
「あの炎、勇者の中でもきっと最強クラスですね!」
「一生、ついていきます!」
皆、目に感情がない。
あれは媚を売っているのだろうか?
「やれやれ」
安は自嘲っぽく微笑んでてのひらを見つめた。
「この力を見せつけるつもりなど、なかったのだがな……」
▽
綾香たちは、安のグループと別れて道を進んだ。
(安君は、ランクの低い勇者を足手まといだと断じた……)
手を取り合える相手ではなさそうだ。
変わっていく。
何もかもが。
先へ進むと、綾香たちは魔物の死体で溢れたエリアに到達した。
本来の道からは逸れている。
ただ、こっちから魔物の悲鳴が大量に上がっていた。
なので少し気にかかった。
桐原たちのグループだろうか?
物陰から様子をうかがう。
二人の女子の姿が見えた。
高雄姉妹。
膝をつく妹の背中を聖がさすっている。
妹の前に吐瀉物が確認できた。
「大丈夫?」
「悪い、姉貴……さすがにここまで大量の死体に囲まれてると、気分が悪くなってきて……」
「いいのよ。あなたも日本社会によって形成された人間だもの。だからそれほどおかしな反応でもないわ」
「あ、姉貴は平気なのか?」
「想像力の一部をシャットダウンすれば問題ないわね。あらゆる精神的な問題は、すべて想像力が産み出す幻想だもの」
「難しくて全然意味がわかんねぇけど、やっぱ姉貴はすげぇよ……」
「といっても、死体のニオイまではシャットダウンできないけれど。だけどこの死臭も生きた微生物の放つニオイと思えば、さほど問題なくも思えるわね。それは”死”臭ではないもの」
「……悪い、やっぱ意味わかんねぇわ」
「いいのよ」
姉妹の周囲に散乱している魔物の死体。
焼け焦げているのが三分の一ほど。
残りは胴体が真っ二つに分かれていた。
「…………」
断面が綺麗すぎるように思えた。
いずれも姉妹の固有スキルによるものだろうか?
だとすれば、
(S級でまだ固有スキルを覚えていないのは、私だけ……)
レベルは以前よりも上がっている。
しかしまだ綾香の固有スキルは解放されていなかった。
聖が手もとの小袋を摘まみ上げる。
「肉竜の眼球も手に入れたし、これでこの遺跡での条件は達成ね」
肉竜の眼球は5人に対し一つでいいと言われていた。
なので計8名の綾香たちが必要なのは二つだ。
「それと――」
聖が顔を向けずに言った。
「出てきても取って食ったりはしないわよ、十河さん?」
やはり気づかれていたらしい。
綾香は物陰から身を出した。
「ごめんなさい……こっちの方から魔物の悲鳴がたくさん聞こえてきたから、少し気になって」
綾香の背後に聖が視線を滑らせた。
「そういえば、お仲間が増えたんだったわね」
「ええ」
姉妹が歩いてくる。
綾香の横を通り過ぎかけた時、聖が立ち止まった。
「大丈夫?」
「え? わ、私?」
「そうよ?」
綾香は苦笑する。
「な、なんとか私なりにがんばってるつもりだけど……」
小さく息をつく聖。
「大丈夫ではないようね」
「え?」
「答える時、視線を逸らしたもの」
「あ――」
「あなたは少し、自分を労わることを覚えた方がよさそうね」
歩き去る聖。
樹が綾香の肩に手を置いた。
「ま……あんま無理すんなよ、委員長」
「……あ、ありがとう」
「姉貴はあれでアンタのこと、けっこう気に入ってるみたいだからさ」
「え?」
「行くわよ、樹」
聖が呼ぶと、樹は小走りで姉を追った。
「聖さん、今の――」
「別に、否定はしないわ」
高雄姉妹はそのまま颯爽と、闇の中へ消えて行った。