- 2019-07-31
- 建設ITガイド
はじめに
環境問題、人口増加、貧困、エネルギー問題など、多くの課題は地理的な要素と密接に関わる。これらの効率的な課題解決に向けて、地理空間情報が果たす役割はますます注目される。本稿では、政府、地方公共団体、企業がいかにGISやBIMを活用し、現実世界のデジタルツインを作り定量的に分析し、解決策を導くためのプラットフォームを構築しているか世界の動向を紹介する。なお、本稿における情報の多くはオランダで開催されたGeo Delft Conferences 2018で収集した。
地理空間情報の活用が目指すもの
2013年、地球規模の地理空間情報管理に関する国連専門家委員会(以下、UN-GGIM)の要請により英国陸地測量部(OS)によってまとめられた『地理空間情報管理に関わる将来トレンド(5~10年の見通し)』(原典:Future trends in geospatial information
management: the five to ten years vision, July 2013)では、次のようにまとめられている(図-1)。
「地理空間情報の利用は急速に増加している。地理空間情報は、政府部門、民間部門双方において、位置や場所に関わる理解が効率的な意思決定の重要な要素であるとの認識が強まっている。あらゆる国が潜在的な利益を実現化することを保証することは、今後5年から10年間において地理空間情報のあらゆる価値を最大化する上で重要であろう。
一方、地理空間情報基盤の活用段階は、国によって異なり、全ての国が投資を行える状況にあるわけではない。今後数年間で地理空間情報の価値が完全に理解され、現実化することを保証することは、人材育成の仕組みが整っているかにも依存するだろう」
このような課題意識から、国際機関としてのUN-GGIMは、地理空間情報に投資する価値やそれを維持管理するための情報基盤を構築することの重要性を伝え、加盟国の協働による知識の共有と地理空間情報基盤構築のサポートに努めている。
オープンデータとしての都市モデル
オーストラリアの情報委員長であるMcMillan教授は、「情報の真の価値は、他の人が新しいアイデア、発明、戦略を生み出すためにそれを使用して構築できる時にのみ実現される」と述べている。スマートシティに取り組む都市の多くは、誰もがアクセス可能なオープンデータに価値を見出す。都市モデルも今や、オープンデータの一つである。ここでは都市モデルをオープンデータとして公開するベルリン、ロッテルダム、ヘルシンキに焦点を当てて、その内容を紹介する。
ベルリン
2003年、ベルリン州政府の経済局と都市開発局は、公式なバーチャル3D都市モデルのための検討・実装に向けた取り組みを開始した。まず、最初のステップとして重要視された項目は次の通りである: ①異なるデータソースを統合するための支援 ②地理データの取得と取得技術の評価 ③公式なデータベースとしてのモデルの正確性保障と持続可能性確保のための行政上のワークフローの適用および再定義 ④バーチャル3D都市モデルのコンテンツをさまざまなユーザと応用分野に提供するためのインタラクティブな仕組み ⑤都市モデルコンテンツ普及のための新しい流通技術とビジネスモデルの開発および実証実験
それから10年以上の年月を経て、2015年3月、この3D都市モデルはオープンデータとして公開され、インターネットを通じて、誰もが無償でデータを利用できるようになった(図-2)。この都市モデルは、空中から890㎢範囲上にある約54万棟の建物を写真測量し、その屋根形状はレーザー測量により作成されている。約200棟の建築物について詳細なモデルが作成され、そのうち5棟については屋内探索が可能だ。
ロッテルダム
オランダのロッテルダムでは、2010年からRotterdam 3Dを開始(図-3)。
Rotterdam 3Dのビジョンは、4つある。まず1つ目は、都市モデルが「全てのキーレジスタの基盤」となることである。キーレジスタ(key register/ 蘭basisregistratie)とは、全ての政府機関が公的業務を行う際に使用が義務付けられている情報基盤であり、10のデータベースからなる。建物に関係するものとしては、住所および建物基本台帳(BAG)、地形図(BRT)、大縮尺地形図(BGT)、土地登記簿(BRK)、不動産評価データ(WOZ)が挙げられる(図-4)。
そして2つ目として、都市モデルは、建物はもちろん、道路、河川、地下埋設物、植栽や輸送機関に至るまで、都市における「全ての主要プロセス」の資産管理に活用される(図-5)。
3つ目のビジョンは「オープンでデータ交換可能」であること。ロッテルダムの都市モデルはオープンスタンダードであるCityGMLが採用されている。
CityGMLは、豊富なセマンティクスを提供し、高度な検索、シミュレーション、分析を可能にする。
これらのオープンな情報基盤としての都市モデルは、4つ目のビジョンである「あらゆる応用分野にとって活用しやすい」ものとなり、都市計画、環境シミュレーション、マーケティング等さまざまな分野での利用が期待される。
ヘルシンキ
2016年、フィンランドのヘルシンキもまたリッチな都市モデルをオープンデータとして公開した。この汎用的な都市モデルは、エネルギー、温室効果ガス排出量、交通の環境影響など、都市における定量的な分析と可視化ができ(図-6)、ビジネス、観光、ナビゲーション、救助、通信、建物管理、地域計画などさまざまなニーズへの対応が可能だ。
ヘルシンキのプロジェクトマネージャーSuomisto氏は「都市モデルは、オープンな国際標準に基づいており、多くのオープンソースのアプリケーションに対応している。これは、納税者に利益をもたらすだろう」と強調する。
さらに、この都市モデルを基盤として、市民がクリック一つで駐車場や公園が欲しいなどの要望を伝え、ヘルシンキ都市計画の設計プロセスに組み込む市民対話型プラットフォームにも取り組んでいる。
水平なコラボレーションでイノベーションを加速
欧州における政府、地方公共団体、企業、研究機関などによる都市モデルを活用した革新的な取り組みは、欧州連合の政策による支援の影響も大きい。中でもHorizon2020 傘下のESPRESSO(systEmic Standard apPRoach to Empower Smart citieS and
cOmmunities)では、スマートシティおよびコミュニティ、つまりアーバン・プラットフォームのための欧州イノベーションパートナーシップの支援がされている。基本的な共通要素としてのオープン・スタンダードとともに都市と産業の架け橋となることを目指す。
より良質な乗客体験を提供へ-内外をつなぐ国際ターミナル
アムステルダム・スキポール空港(Amsterdam Airport Schiphol)は、ヨーロッパで3番目に大きく、世界でも最大級の国際空港に数えられる。スキポール空港は、よりスマートでスムーズな乗客体験の実現へ向けてBIMの活用に全力で取り組んでいる。
約8万件に上る資産
スキポール空港でのチャレンジは、約8万件に上る資産の維持管理のためにBIMを活用することだ。また、国際空港という施設の性質上、緊急時に資産情報にスムーズにアクセスできることも重要である。
従来、スキポール空港には、4つの異なるシステムに70 以上の情報テーマがあった。それぞれ部門内で業務上必要な項目に焦点を当てて更新され、互いの情報は一貫しておらず、ある項目について完全な情報を得るためには、異なるシステム間を切り替える必要があった。これらの従来のシステムは見直され、システムアーキテクチャを簡素化し、「全ての人に一つのビュー(one view for all)」を目指し、可能な限りシステムとデータをリンクさせていく取り組みがされている。
スキポール空港BIM戦略アドバイザーWorp氏は「スキポール空港では、GISあるいはBIMが、私たちの情報ニーズのための究極の解決策を独自に提供できないと気付いた。従って、私たちは、両システムの強みを組み合わせて、最良の意思決定を支援する仕組みを探っている」と述べる。昨年、東京で開催された国際標準化サミット「buildingSMART International Summit」のAirport Rooomでは、その最新の取り組みが紹介された(図-7)。
BIMからGISへ
GISは長い間、地理上の環境をモデル化し、広域における2D空間分析を実行するため使用されてきた。近年、コンピュータの高度化により、GISは従来BIMの領域であった建物モデルを含むようになってきている。同時に建物設計プロセスにおいても、従来の2D CADからBIMへの移行が進み、インフラや周辺環境情報をサポートするGISを取り込む場面も増えている。GISとBIMの統合は、それぞれの分野が従来備えていなかった情報を補完し、多くの新しい可能性を生み出すとし注目されている。このようにBIMとGISの統合への要求が高まる一方、課題は山積みだ。多くの専門家は2つのうち、1つだけに精通しており、両分野のニーズ、作業プロセス、技術、ソフトウェア、標準などを十分に理解する専門家は少ない。
そこで汎欧州機関であるEuroSDR(European Spatial Data Research)のプロジェクトとして2017年、GeoBIMが発足し、産学官連携の下BIMとGISの統合に向けた研究が進められている。
地球は丸い
BIMとGISの統合において、まず重要なのはジオリファレンスである。GISはBIMモデルを地図上に適切に配置できる場合のみ分析に必要なコンテクストを提供できる。スキポール空港においても、その広大な敷地ゆえにBIMが持つ直行座標系では情報を管理しきれないという。BIMをGISに統合する際には、BIMモデルに適切なGISの座標系を設定する必要がある。
デルフト工科大学の研究チームが公開するifcLocatorでは、IFCファイルを地図上に配置し、3Dビューアでの可視化が可能だ(図-8,9)。
オーストラリアが取り組むスマートインフラとは
日々進化し続ける情報通信技術の恩恵を受け、社会基盤の計画と管理方法は大きな変化を遂げている。BIMというデジタルデータを活用し、建物のみならず、道路や鉄道などを含むインフラの整備から資産管理、そして、輸送、通信、エネルギーなど効率的な運営に向けたスマートな改革を掲げるオーストラリア政府の展望は広い。
カーティン大学Niestroj氏は、オーストラリアにおけるBIMを活用した資産管理について、位置情報の観点から垂直型と水平型があると紹介する(図-10)。垂直型では、階層的な場所の内訳(建物、床、部屋など)が必要となり、これはオブジェクト単位での情報管理が可能である。一方、水平型では、道路とその付帯設備(交通信号機、道路標識など)を示すためポリライン、ポイント、そして線に沿った距離を組み合わせた情報が必要になる。
垂直型、つまり建物の資産管理は、通常、IFC(Industry Foundation Classes)とCOBie(Construction Operations to Building Information Exchange)の2つの方法いずれかによって行われる。
IFCは、ISO16739 標準として承認され、建設プロジェクトや施設管理において、協働者間でデータの交換や共有に広く使用されている。IFCのサブセットであるCOBieは、建設プロジェクトから運用、保守、資産管理情報を取得することができる。しかし、このような垂直型で確立されたオブジェクト単位での資産管理方法は、線形参照方式(Linear Referencing)での資産管理が一般的な水平型には適していないという。
国境を越えたデータの共有
オーストラリアにおける主要インフラ整備は州政府が大きな役割を果たしている。これはオーストラリアにおいて「調和のとれたBIMの取り組み」を大きなチャレンジだとする要因だ。
さらにオーストラリアは、ニュージーランドとの国境を越えたデータの共有がしばしば必要だが、ここでも標準規格のギャップが問題となる。Niestroj氏は、オントロジとセマンティックルールを使用して、共通の系統を持たない複数のデータソースを統合し、道路資産データ集約のプロトタイプソリューションを構築する研究を行っている。
信頼できるデジタルツイン確立のための努力
シドニーにあるニューサウスウェールズ大学にて、地理空間情報分野をリードするZlatanova教授とともに研究に励むDiakite氏は「都市モデルなどの技術は、主に大学が保有する数十年の研究(写真測量、リモートセンシングなど)の結果である。彼らの役割は技術を向上させることだけでなく、IFCやCityGMLなどの標準の開発を通じ、業界や実務家と協力してプロセス全体の耐久性と持続可能性を保証することだ。都市の完全なデジタルツインを得るために必要なBIMとGISデータの統合など、プロセスにはまだ幾つかの制限がある。学者としての私たちの役割は、産業界からの実装されたソリューションがコミュニティにとって有益なものとなるよう、政府にとって信頼できるものであることを確実にしていくこと」と話す(図-11)。
最後に
今、世界の地理空間情報の技術は目覚ましい勢いで進化している。建設分野において活用されるBIMは、そのデータの価値を俯瞰的に捉えることで、建物のみならず、それを取り巻く都市や社会に関わるより多くの人々に、さらなる価値が提供できるだろう。その実現には、架け橋をつくるためのより一層の努力が必要であろう。
【出典】
建設ITガイド 2019
特集2「進化するBIM」
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