北朝鮮より過激な韓国「歴史教科書」のテロリスト史観――佐藤優が読む「隣国の歴史教科書」韓国編

10/23(月) 7:00配信
文春オンライン

日本の隣国である中国、韓国、ロシアはどのような歴史観を持ち、どのような日本観を持っているのか。前回の 中国編 に続き、本稿では韓国の歴史教科書を分析する。

韓国の歴史教科書が教える日本

出典:文藝春秋2015年5月号/佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
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「友好の歴史」はほぼ言及なし
 続いて韓国の教科書です。今回、私が一番驚いたのは、この韓国の教科書に書かれた歴史観でした。この国の歴史観は日本にとって脅威だといっても過言ではありません。世界の教科書の中でも極めて珍しい、「テロリスト史観」によって貫かれているからです。「我が国の先達はここまで追い詰められ、テロをせざるを得なかった」、そういった歴史が延々と綴られているのです。

 北朝鮮との親和性は予想以上に強く感じられ、また北朝鮮の歴史教科書よりも過激な内容になっています。

「テロリスト史観」については後述しますが、歴史の書き換えを行ったり、肝心なことを記さないのが韓国の歴史教育のもう一つの特徴です。たとえば、豊臣秀吉の朝鮮出兵という「敵対の歴史」は数ページに渡って記しても、江戸時代の朝鮮通信使のような「友好の歴史」についてはほぼ言及がない。

 日韓併合に関しては、現在の韓国政府の主張をなぞったもので、目新しい部分はありません。乙巳(いつし)条約(第二次日韓協約)は〈外国との条約締結権を持った皇帝の裁可を受けていない〉ので無効である、というのはその一例です。日韓併合のその日はこう書かれています。

〈1910年8月、総理大臣・李完用と統監・寺内正毅が韓日併合条約を公布した。これにより大韓帝国は主権を奪われ、日帝の植民地に転落してしまった〉(『高等学校 韓国史』志学社)

 韓国の教科書の本当の特異性が見られるのは、日韓併合前後からです。日本では韓国のテロリストと言えば伊藤博文を暗殺した安重根が思い浮かびます。ところが、その扱いはあっさりしたものです。

〈張仁煥と田明雲はアメリカのサンフランシスコで日本の侵略を美化していたスティーブンスを狙撃し、安重根は満州のハルピンで伊藤博文を暗殺した(1909)〉(同前)

 そして、安重根以外のテロリストの行動に関する記述が続きます。

〈朴烈は1923年日本で国王の暗殺を企てた。趙明河は1928年台湾で日本の皇族を刀で襲う義挙を行った〉

〈1932年に韓人愛国団員の李奉昌が東京で日本の国王が乗ったとみられる馬車に爆弾を投げた。失敗したが、このことに対して上海の新聞では失敗を惜しむ論調で報道した〉

〈韓人愛国団員だった尹奉吉は記念式の壇上に爆弾を投げ日本軍将軍と高官らを暗殺した。尹奉吉の義挙は世の中を驚かしたものであり、特に中国人に深い印象を与えた〉(同前)

 きりがないのでここまでにしますが、要するに天皇や政府高官を暗殺しようとしたテロリストを延々と紹介(李奉昌と尹奉吉は肖像写真つき)しているのです。安重根の“功績”がそれほど高くないこともわかる。

 その理由は明白です。伊藤博文は初代首相と言っても、国の元首ではありません。重要なのは「玉」。日本の国家元首である天皇や皇族の命を狙った者が、韓国の教科書では最も偉大だとされているのです。

 文明国において、テロによって現状を打破する試みを褒め称えることは、通常考えられません。しかし、韓国は違う。伊藤博文暗殺に「成功」した安重根よりも、天皇暗殺に「失敗」したテロリストについて詳しく書いています。さらに言えば、これらの記述からは、天皇暗殺という動機を掲げただけで称賛に値し、手段や結果はどうでもよいという場当たり的な思考も見え隠れしています。

 この教科書で教えられるのは「我が国のテロリズムの歴史はこれだけ長い」ということに他なりません。イスラエルでもアイルランドでもそういった教育はしていません。韓国は“恨”の文化といわれますが、教科書も怒りに突き動かされて作られている。カーッと頭に血が上る怒りの感情が底流を貫いているようです。

「日韓の問題は解決しなかった」
 日本の朝鮮統治については、「日帝の植民統治と経済収奪」として、多くのページが割かれています。

〈朝鮮総督府は1910年に会社令を制定し、会社を設立する際に朝鮮総督府の許可を受けるようにした。これは韓国人の会社設立を抑制することで民族資本の成長を防ぐための処置であった。(中略)1915年には朝鮮鉱業令を制定し、鉱業権に対する許可制を実施した。韓国人の鉱山経営を規制しながら、金、銀、鉄、石炭など経済性のある鉱山はほとんど日本人が独占した。一方、高麗人参、煙草、塩などに対しては専売制を実施し、朝鮮総督府の収入を増やした〉(同前)

〈三井、三菱などの大企業はもちろん、日本の多くの中小企業も朝鮮に進出した。これらの企業は朝鮮の安い労働力を利用して大きな利益を上げた〉(『世界の教科書シリーズ39検定版 韓国の歴史教科書』明石書店)

 収奪とテロリズム、そしてまた収奪の繰り返しで、日本統治時代の記述は終始します。日本が「民族抹殺政策」を行なおうとしたという記述も複数回登場します。

〈「民族抹殺政策を実施する」 中日戦争をきっかけに日帝は内鮮一体を打ち出し、皇国臣民化政策を本格的に推し進めた。内鮮一体は「日本と朝鮮は一つ」という意味で、韓国人を日王に忠誠をつくす臣下と民にするというものだった〉(同前)

 韓国にとっての8月15日は、光復節(独立記念日)です。

〈日本は8月15日に連合国のポツダム宣言を受諾して無条件降伏を宣言した。これにより36年間日帝の植民支配を受けていた韓国はついに光復を迎えた〉〈国を取り戻すために韓国人は日帝に立ち向かって絶えず闘争した。その結果、国を取り戻すことができた。しかし、これは韓国人の独自の努力で得られたものではなかった〉(同前)

 独立運動と抵抗運動について非常に詳しく触れる一方、その熱量に比して、独立の日については、意外と冷静に書かれています。また、「独自の努力」だけでは独立できなかったと、ここでは一歩引いた視点から書かれているのは意外な感じに映ります。

 現在韓国政府が問題としている事象が、非常に明確な形で開示されている点もこの国の教科書の特徴です。たとえば、「建国神話」の域に達している竹島問題に関しては、多くのページが割かれ、課題も設けられています。

〈日本政府は「独島を自国の固有の領土」と主張している。(中略)このような日本の主張を下記のインターネットサイトを参考に、歴史的根拠を示して批判してみよう。また、このような問題の解決のための方案を話し合ってみよう〉(同前)

 この課題には、生徒たちが日本の主張を知っても、それらは、すべて論破できるものだという自信がよく表れています。また、慰安婦問題や徴用工問題など、まさに今ニュースを賑わす問題も取り上げられています。

〈日帝は徴用制を実施し、戦時に必要な労働力を強制的に動員した。韓国人青壮年は徴用で日本だけでなく中国、東南アジア、サハリンなどへ送られた。(中略)相当数の女性は戦地に送られて日本軍の軍隊慰安婦として利用された〉(同前)

 この記述は、朴正熙政権の部分と合わせて読む必要があります。

〈朴正煕政府は国民の反対を押し切って韓日協定を批准した。その結果韓国は経済開発に必要な資金の一部を充当でき、韓米日共同安保体制が形づくられた。その反面、日本の植民支配に対する謝罪、略奪文化財の返還、日本軍「慰安婦」や強制徴用者などさまざまな問題を解決することができなくなってしまった〉(同前)

 教科書に、「日韓の問題は解決することができなくなってしまった」とわざわざ記すところに韓国の歴史観の特異性が見て取れます。

 このように韓国の歴史教科書では、自民族内での同質化の比重が非常に高いため、普遍性がありません。ありていにいえば、この教科書を学んでも世界と渡り合う客観的な知性や歴史観を持てるとは思えない。これが、中国やロシアの教科書との最大の違いです。しかし、隣にこうした歴史観を持った国があることは、我々も改めてしっかりと認識しておかねばなりません。
佐藤 優
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